キャリアVol.253

栃木にある“パーツ屋”イケヤフォーミュラに、世界の自動車メーカーが熱視線を送る理由【連載:世良耕太】

F1・自動車ジャーナリスト 世良耕太(せら・こうた)モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(ソニーマガジンズ)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー4』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など

ITの世界ではベンチャー企業発のアイデアなり技術なりに火が付き、大きなビジネスにつながる例がめずらしくないように思う。ひるがえって自動車業界では、大手メーカーやサプライヤーが発信する技術に比べ、ベンチャー発のアイデアや技術は低く見られる傾向があるように思う。

かく言う筆者も、そうした風潮に飲み込まれていた感は否めない。シリコンバレー発のテスラモーターズが開発・製造・販売する電気自動車を前に、「自動車会社として歴史の浅い企業にまともなクルマが作れるはずはない」と、浅はかな先入観に支配されたまま対峙したのは事実だ(※テスラの回参照)。

栃木県鹿沼市に拠点を置くイケヤフォーミュラは「未来開発志向」を掲げている
栃木県鹿沼市に拠点を置くイケヤフォーミュラは「未来開発志向」を掲げている

イケヤフォーミュラ(栃木県鹿沼市)の代表取締役、池谷信二氏も自動車ベンチャーが置かれた不遇な境遇を、身をもって体験してきた1人だ。乗用車用の革新的なトランスミッションを開発したのだが、「どうせアフターが作ったものだろうと。そういう見方だったと思います。メーカーさんは見てもくれませんでした」。そう振り返る。

「アフター」とは自動車業界用語でいう「アフターマーケット」の略で、販売店から受け取ったままの状態で満足できないオーナーに向けて、性能向上や特性変更を実現するパーツを開発・製造し、販売する業者のことだ。いわゆるチューニングパーツメーカーである。開発・製造元が自ら部品の取り付けを行う場合もある。

いずれにしても純正品ではなく社外品であり、たとえ合法パーツを扱っていても改造には違いない。改造には改良よりも改悪のイメージが強く、技術レベルも低く見られがちだ。業界の裾野が広いだけあってアフターマーケットの技術力もピンからキリまであり、キリの方のイメージに引きずられてしまうのは致し方ないのかもしれない。

だから、たとえ革新的な技術であっても、「どうせアフターが」という目で見られてしまいがちだ。

イケヤフォーミュラの場合、「メーカーさん」の見る目を変えさせたのは、開発中のトランスミッションを搭載したデモカーを用意したことだった。いくら口を酸っぱくして説明しても「本当にそうなの?」と疑惑の目を向けられてしまう。だが、効果を体感してもらえば、革新的な技術が口だけではなく本当に実現しているかどうか、瞬時に理解できるからだ。

栃木県鹿沼市から生まれた世界的イノベーション

イケヤフォーミュラが開発したトランスミッションが革新的なのは、上の段への変速時(例えば1速から2速に上げるとき)に、トルク切れを解消できることだ。マニュアルトランスミッション(MT)で上の段へ変速を行う場合は、クラッチを切って現行段(例えば1速)を抜き、次の段(例えば2速)を選択。選択し終わったらクラッチをつなぐ手順を踏む。

イケヤフォーミュラが開発したシームレストランスミッション『IST』
イケヤフォーミュラが開発したシームレストランスミッション『IST』

この場合、クラッチを切っている間はたとえそれが0.1秒であってもエンジンが発生させたトルクは路面に伝わらず、クルマは空走することになる。加速中に急にトルクが抜けると乗員はガクンと体が前に振られる。いわゆる引き込み感というやつで、不快感につながりやすい。

MTの場合は自分の意思で変速操作を行っているので、引き込み感に対する構えができており、不快感にはつながりにくい。ところが自動変速の場合は自分の意思とは関係なく、制御の都合で引き込み感が生まれるので不快に感じやすい。特に、MTのクラッチとシフト操作を自動化(フットクラッチの操作は不要で、アクセルとブレーキの2ペダルのみ装備)したAMT(オートメーテッド・マニュアル・トランスミッション)にその傾向が強かった。

AMTのネガを解消した自動変速機がDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)だ。AMTと同様にMT由来のトランスミッションだが、奇数段と偶数段に軸を分けてそれぞれクラッチを配したのが特徴。例えば1速で走行中にはあらかじめ2速が待機しており、変速の指令があった際には1速(奇数段)側のクラッチを離すと同時に2速(偶数段)側のクラッチをつなぎ、トルク切れなく変速を行う。

シームレスに変速を行うだけでなく、MT由来ゆえステップATやCVT(無段変速機)に比べて伝達効率が高いのがDCTの特徴だ。2000年代半ばにフォルクスワーゲン(VW)が採用すると、他ブランドにも波及。欧州車を中心に採用が広がっている。


DCTはクラッチの操作などに複雑な機構や制御が必要となり、コストや重量面でハンデを負うのが難点だ。一方、イケヤフォーミュラが開発したシームレストランスミッション『IST』は、シンプルな機構ながら、トルク切れのないシームレスな変速を実現したところに特徴がある(『Motor Fan illustrated Vol.96』に詳しい)。

あえて既存のMTのケースを流用してデモカーに搭載したのは、機構のシンプルさ、コンパクトさをアピールするためだ。DCTは高精度なアクチュエータが必要だし、それを用いた制御頼みなところもあるが、『IST』は制御に頼らず、機構でトルク切れを解消したところに特徴がある。

『IST』は上の段への変速の際、クラッチ(MTやAMTと同じでシングル)を切らずに操作を行う。先に上の段を選択すると、下の段が機構的に「必ず抜ける」構造になっており、二重噛み合いによる破壊を回避しつつ、トルク切れのないシームレスな変速を実現する。

説明を聞き、機構を見て合点がいかなくても、デモカーに乗って確かめてみれば『IST』の最大の特徴が確認できるのだ。そして、こう思う。「なるほど、これはイケるかも」と。

従業員25名の会社に世界から視察が集まる

世界の自動車メーカーやサプライヤーが視察に訪れる栃木県鹿沼市のイケヤフォーミュラ
世界の自動車メーカーやサプライヤーが視察に訪れる栃木県鹿沼市のイケヤフォーミュラ

『IST』はMTベースゆえ伝達効率は高く、シンプルな機構でシームレスな変速が実現でき、コンパクトで軽い。ゆえに、コスト面でもメリットが出るだろう。DCTやAMTのみならず、ATやCVTにも対抗できるポテンシャルを備えていそうだ。

トルク切れのないシームレスな変速機構はF1でも2000年代半ばに実用化されている。だが、F1のシームレスも制御頼みの面があり、信頼性の観点から量産車に転用するのは現実的ではないようだ。そのF1も含め、『IST』にはモータースポーツ関連からの引き合いもあるという。

「どの程度の出来なのか、ちょっと様子を見てみよう」程度の引き合いもあるかもしれないが、モータースポーツ/量産を問わず、世界の自動車メーカーやサプライヤーの“鹿沼詣で”が続いている。

あまりの人気ぶりに当事者は当惑ぎみだそうだが、国産自動車関連ベンチャーに対する見る目を変える絶好のチャンスに違いない。

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