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なぜ今、アマゾンは新規事業を連発しているのか? 「インフラを握る」ことの強さ【連載:中島聡】

働き方

    今回は、今まで以上にさまざまな新サービスを世に送り出しているAmazonの次の一手を予想してみようと思います。

    わたしのメルマガ「週刊 Life is Beautiful」を購読している方はご存知かもしれませんが、さる9月、プライベートでAmazon創業者のジェフ・ベゾスとテニス談義をする機会がありました。

    第一印象は、「思ったより小柄だな」というもの。一緒にいた奥さんよりも背が低いんです。でも、ぎょろっとした目は眼光鋭く、いかにも変わり者というオーラを放っていました。

    From Steve Jurvetson 2012年は『Fortune』誌が選ぶ「Businessperson of the Year」にも選ばれているジェフ・ベゾス

    From Steve Jurvetson 2012年は『Fortune』誌が選ぶ「Businessperson of the Year」にも選ばれているジェフ・ベゾス

    このベゾスの印象と同じく、Amazonという企業も、IT業界の異端児として存在感を増しています。最近の動きだけを列挙しても、その多彩さには驚くばかり。

    「Login and Pay with Amazon」(Amazon.com以外のECサイトでモノを買ってもAmazonの決済機能で支払いができるペイメントサービス)の提供、オンライン学習サービスの米TenMarks買収、独自製作ドラマ『Alpha House』のネット配信開始などと、「いったい何の会社なのか?」と思わせる展開です。

    しかし、いろんな事業に手を出しているように見えて、Amazonがこれまで本気で押さえようとしてきたビジネス領域はたった2つしかありません。小売りとWebインフラです。

    Amazonがユニークである本当の理由は、この2つの領域で、他社の追随を許さない圧倒的なインフラになれたという点にあります。

    プロフィール画像

    UIEvolution Founder
    中島 聡

    Windows95/98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトを務めたエンジニア。NTTに就職した後、マイクロソフト日本法人(現・日本マイクロソフト)に移り、1989年、米マイクロソフトへ。2000年に退社後、UIEを設立。経営者兼開発者として『CloudReaders』や『neu.Notes+』、教育アプリ『neu.Tutor』といったiOSアプリを開発する。シアトル在住。個人ブログはコチラ

    「KindleとAmazonスマホの無料配布」すら可能になる理由

    もともと本のECサイトとして始まったAmazon.comは、今では雑貨や家電まで何でも買える一大ショッピングサイトになりました。

    今年は新たに生鮮商品の宅配サービスAmazon Fleshを開始しましたが(米の一部地域のみ)、実はリアルショップにおける卸の流通まで担うようになっており、小売り・流通の世界的インフラとして成長しています。

    それを支えるのはフルフィルメントセンター(商品の管理・配送拠点)ですから、当然規模の拡大に投資を続けていますし、仕分け・配送効率やコストダウンへの徹底ぶりもすさまじいと聞きます。

    From William Christiansen 「当日配送」も当たり前にこなすAmazonの強みは間違いなく物流の最適化にある

    FromWilliam Christiansen 「当日配送」も当たり前にこなすAmazonの強みは間違いなく物流の最適化にある

    また、クラウドサービスの代名詞となったAWS(Amazon Web Services)でも、最近グラフィックゲームをサーバサイドで走らせるという挑戦的な試みを始めるなど、Webインフラとしての実績、技術力ともに競合に圧倒的な差を見せ付けています。

    こうして「モノ」と「Web」のインフラを握ったからこそ、Amazonは今になって加速度的に新規事業に着手し出した――。わたしはそう見ています。

    インフラが莫大な売り上げを生み続ける規模に達すると、ほかのサービスの成否は極論どうでもよくなるからです。新規事業に失敗しても、会社そのものが傾くことはない。

    これを言い換えると、インフラさえ握ることができれば、ほかの事業領域で「ものすごく顧客思いなサービス」を展開することが可能になるということです。

    例えば、近年のAmazonは電子書籍のほか、音楽、映画、TV番組とデジタルコンテンツの拡充に力を入れていますが(放送事業への注力ぶりは過去の連載でも触れている)、「3つ目のインフラ」としてコンテンツ領域も握れば、課金料だけで十分にやっていけるようになるので、

    「有料会員のAmazonプライムメンバーにはKindleを無料配布」
    「(HTCとの共同開発が噂されている)Amazonスマホも無料配布」

    というデバイスのタダ売りが可能になります。

    さらに、運送業者とのハードネゴシエーションで「配送料タダ」を実現したAmazonなら、通信会社との交渉によってケータイの通信料すら無料にしてしまうかもしれません。「プライムメンバーはスマホもタブレットも無料で使えますよ」となるわけです。

    もしそこまでやり切ったら、iPhone/iPad+iTunes/App Storeの組み合わせで時価総額世界一の地位を得たAppleの牙城も、さすがに崩れるでしょう。

    インフラが閾値を超えるまで投資し続けると、誰も追いつけなくなる

    From Ian MacKenzie Kindleなどハードウエアの提供は、「次の一手」への布石なのか?

    From Ian MacKenzie Kindleなどハードウエアの提供は、「次の一手」への布石なのか?

    こうした予測が決して絵空事ではないと思わせる何かが、ベゾスにはあります。

    10月に発表した第3四半期決算が2期連続の赤字だったというニュースが注目を集めましたが、これは「どんなに儲けても顧客のために投資し続ける」、「それを嫌だと思う人はAmazonの株を買わないでくれ」というベゾスの強烈な意思表示です。

    わたしの古巣Microsoftが、上場以来ほとんど黒字決算であるにもかかわらず停滞している一因には、正しく進化するための思い切った投資をすべき場所が見つからないため、株主への配当を増やすしかない、という事実があります。

    今ではAppleも、同じ道をたどろうとしている。

    一方、ベゾス率いるAmazonがこれらの“先輩”と同じ轍を踏まないのは、どこかのタイミングで

    「インフラが閾値を超えるまで投資し続ければ、誰も追いつけなくなる」

    と気付いたからでしょう。

    それがいつだったのかわたしには分かりませんが、Amazon.comが書籍のECでNo.1になった時にでも、インフラという「規模がモノを言う領域」の拡大と整備に投資し続ける重要性を悟ったんじゃないでしょうか。

    それが、結果的に顧客を増やし、会社を成長させ続けると気付いた。

    このDNAが変わらず残るようなら、Amazonは永遠に利益が出ないのにずっと成長していくという、歴史的に見てもまれな(むしろ異常な、と言うべきか)企業になれるかもしれません。

    個人的に、Amazonには次にケータイ通信料無料化とケーブルTV料金の無料化をやってほしい。そのために、前述したデジタルコンテンツの拡充をやっているんじゃないかと思っています。

    もしかすると、ベゾスが個人で買収したワシントン・ポスト紙も、いつか“Amazonコンテンツ革命”の一部に組み込まれるのかもしれません。発言を見聞きする限り、いまだ収益源として紙媒体の存在が捨て切れない新聞業界をどう変えるのか、ベゾス自身も答えを持っていないようですが。

    現時点で言えるのは、変革者はいつだって辺境=業界の外からやってくるということです。

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