「顔認証」が切り拓く未来とは?精度・速度で世界一のNECに聞く
「顔認証」技術への注目度が日に日に高まっている。
法務省入国管理局は、2020年東京オリンピックに向けて出入国審査の迅速化を図るべく、顔認証を使った自動化ゲートの実証実験を開始。エンターテインメントの世界では、後を絶たない公演チケットの転売を防止するため、人気アイドルグループ「ももいろクローバーZ」が公演入場に顔認証を導入したことも話題を呼んだ。
顔認証は、指紋認証や虹彩認証などと並び、身体的特徴をもとに個人を識別するバイオメトリクス認証技術の一つ。他の認証技術と比べ、特別な行為を必要としないこと、離れた場所からでも認証可能なことなどから、注目を集めている。
9・11テロを背景に、もともとは出入国管理や犯罪捜査系システムなどの国家インフラの分野で活用されてきたが、近年は企業のセキュリティーや勤怠システム、アミューズメントパークの入場ゲートシステムなどでも使われており、一気に身近な技術になってきた感もある。
経年変化、人種の違い…顔認証が超えなければならない壁
この顔認証の分野で、今、世界一の称号をほしいままにしているのがNECだ。
2009、10、13年と、米国の国立技術標準研究所のベンチマークテストで3回連続の1位評価を獲得。2010年に記録したエラー率は0.3%という超高精度で、世界の主要ベンダーに圧倒的な差をつけた。1秒あたりの検索人数で測る速度の面でも1位となった。
NECの主席研究員・今岡仁氏によれば、顔認証は、大きく2つのプロセスに分けることができる。
一つは、目鼻や口端などの特徴点を画像から探し出す「特徴点検出」のプロセス。もう一つは、検出した特徴点の情報を基に、対象の画像とデータベースの画像を照合する「顔照合」のプロセスだ。
今岡氏は顔認証技術の研究者として、10年以上の歳月をかけて、照合精度の向上に尽力してきた。その難しさを、今岡氏は次のように語る。
「例えば出入国管理に活用する場合、パスポートは有効期限が10年ですから10歳年を取っても同じ人物だと認証できなければ使い物になりません。また、日本人にとって西洋人の顔が見分けがつきにくいのと同じことが、機械についても言えます。彫りの深い西洋人は照明の加減で目の周りに影ができます。こうした条件でも正確に認証できることが求められるのです」
前述したように、顔認証は離れた位置からでも可能なところが長所だが、反面、照明や顔の角度、表情の変化に影響を受けやすいという難点もある。
こうした課題を克服すべく、各ベンダーが取り組む顔認証のアプローチはさまざま。だが、認証精度の差を分けるのは結局、「どんなアルゴリズムを使うか」だと今岡氏は言う。
視覚情報処理研究で得た知見がアルゴリズム構築のヒントに
NECの顔認証研究が始まったのは1989年。今岡氏はその13年後に現在の職務に就いたが、当時の一般的なエンジンの照合精度はエラー率20%と、現在とは比べ物にならないくらい低かった。
「当初は、領域ごとに特徴点が合うか合わないかを判定する、プリミティブな手法でやっていました。しかし、それではいろいろと条件が変わった時に対応できない。これは機械学習的なものを取り入れないと先に進まない、ということになりました」
ただ、最適なアルゴリズムを構築するまでの過程は長く、地道なものだ。
「一つアルゴリズムを考えついたら、実際のシステムに落として試す、というプロセスの繰り返しです。もちろん、時にはうまくいかず、1、2カ月の間、まったく性能が上がらない時期もありました。そんな時にできること? それも結局は、考えることだけです」
この方法ならどうか。その前に迂回してみたらどうか……。一つずつ課題を見つけてはつぶしていく作業は、次の一手を打つのに何十通りもの方法で先の先までを読む将棋のようだったと今岡氏は振り返る。
1997年入社の今岡氏が、当初従事したのは脳の視覚情報処理の研究だった。この時の経験が、先の見えないアルゴリズム開発のヒントになったという。
「人間も相手の顔を目で見て誰なのかを判断しているわけですから、通じるところがあるはずです。情報が大脳皮質でまずV1野に入って……という脳の動きを考えることが、アルゴリズムを構築する上でのアイデアの一つになりました」
被災地でなくなった写真を見つける作業にも活用
こうした苦労の末に世界一の技術水準に達したNECの顔認証技術は現在、さまざまな分野で活用されている。
事業面に携わる同社の穂積幸雄氏によれば、規模の大きいところでは、国家インフラのレベルで世界20カ国以上。反対に、ソフトウエアをインストールすればどんなカメラを使っても利用できるため、企業がスマートフォンやPCのセキュリティーに活用するケースも増えているという。
変わったところでは、東日本大震災の復興支援としてリコーが立ち上げた、『セーブ・ザ・メモリー・プロジェクト』にも活用されている。
「被災地で回収された写真は水で塗れてゆがんでおり、人の目では識別が非常に困難です。これをデジタル化した上で、取りに来た人との顔認証を行うことで、持ち主やその家族、知り合いが見つけるのを助けることができます」(穂積氏)
実際に、顔認証を導入したことで返却率は急増。月6000枚のペースで返却が進んでいるという。
究極は、すべての決済を「顔パス」で済ませる世界
迷子の子どもを捜したり、替え玉受験を防止したりと、利用のアイデアは尽きない。しかし、そうした活用の果てに両氏が夢見るのは、もっと別の未来。「カードやスマホを使ってやっている決済をすべて顔に移行した世界」だ。
「カードやスマホは忘れても、顔は忘れないし、なくさない。完全な手ぶらの実現が究極の目標です」(穂積氏)
今岡氏によれば、それを現実のものとするための当面の技術的課題は、「横顔から正面の顔をいかに作るか」だという。
「現状で認証可能なのは、正面に近い20~30度の斜めまで。所要時間はほんの1秒でも、やはり一瞬、カメラの方に顔を向けてもらう必要があります。100万人の中から0.3秒で該当人物を見つけ出すことはできても、この点に関しては現状、人間の方が得意なのです。まったくカメラを意識する必要のない認証。これが次の挑戦です」(今岡氏)
取材・文・写真/鈴木陸夫(編集部)
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