自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
マツダ躍進の秘密はここにも~水面下で進む革命的なアダプティブLEDヘッドライト開発
道路運送車両法の保安基準は、クルマの安全性などに関して規定した法律だ。「前照灯等」に関する規則では、「自動車の前面には、走行用前照灯を備えなければならない」と定めている。また、「自動車の前面には、すれ違い用前照灯を備えなければならない」とも規定してある。
耳慣れた用語に置き換えれば、「走行用前照灯」は「ハイビーム」であり、「すれ違い用前照灯」は「ロービーム」。言葉の用い方から判断すれば、ハイビームがメインであり、ロービームは対向車のドライバーを眩惑しないよう、あくまでも一時回避的に用いる機能のように受け取れる。
だが実際はどうだろう。特に都市部のユーザーにとっては、ロービームがメインであり、ハイビームは街灯すらないような郊外、いや山の中を走る時に一時的に使う機能という認識ではないだろうか。
真っ暗闇になった山中の一般道、あるいは山間部を駆け抜ける高速道路では、遠方をはっきり見るためにも、常時ハイビームで走りたいところ。だが、対向車がいつカーブの向こうからやって来るかもしれず、すぐにロービームに切り換えられるよう心構えをしながら運転しなければならない。
なぜ、そんな配慮をするのかというと、誰にも一度や二度、対向車のハイビームに眩惑させられた経験があるからだ。
LEDの進化が可能にした「ALH」の開発
常にハイビームで走行し、車載のカメラが対向車を検知した瞬間、自動的にロービームに切り換えてくれる機能がある。例えばマツダではHBC(ハイビーム・コントロール・システム)と呼んでいる機能だ。
その先を行くのが、アダプティブLEDヘッドライト(ALH)である。ALHがハイビームのまま走行するのはHBCと一緒だ。だが、ALHとHBCで決定的に異なるのは、対向車を検知した時の対応である。
HBCはハイビームを消灯し、ロービームだけに切り替わるのに対し、ALHはハイビームのまま走行。対向車がいるエリアだけ、ハイビームを部分的に減光する。対向車がいるエリア以外はハイビームのままなので、HBCのように、遠方の視界が一瞬にして心もとなくなることはない。
どうしてそんな芸当ができるかというと、LEDの恩恵である。マツダが開発中のALHは、12チップのLEDを横方向に4つのセグメントに分割してハイビームのモジュールに収めている。対向車、あるいは先行車のいるエリアに応じて消灯するセグメントを制御することで、ハイビームの機能をキープしたまま、対向車を眩しくさせないような配慮を可能にした。LEDの点灯消灯制御による配光パターンは8種類だ。
マツダのALHは「グレアフリー(防眩=眩しさを防ぐ)ハイビーム」と呼ぶハイビームのモジュールに加え、「ワイド配光ロービーム」と呼ぶLED3灯を収めたユニットを採用する。このユニットの役割は、車両の側方を広く照らすことだ。
ウインカーを出した方向だけ照射するコーナリングランプがすでに実用化されているが、「事故を減らす目的で言うと、曲がる方向だけでなく、対向車線側の路肩をしっかり見ることが重要」(開発者)との観点から、ロービーム時に常時点灯する側方照射ユニットを追加した。
また、ロービーム(これも光源はLED)には光軸を上下方向に調整するステッピングモーターが仕込んであり、先行車両がいてハイビームが使用できなかったり、ハイビームが部分減光されたりしている状況で、ロービームの光軸を上げ、遠方視界を確保する仕組み。
至れり尽くせりのライティングシステムだが、マツダが目指す究極の目標は、「夜間でも昼間と同じ運転視界を提供する」こと。なぜ、昼間と同じ運転視界を提供したいかというと、歩行者事故を減らしたいからだ。
目指すのは、法律の先の「理想」
マツダの調査によると、日本の歩行者事故のうち、70%が夜間に起きているという。その事故を詳細に分析すると、ほとんどがロービーム使用時に起きており、ハイビームにしていれば防げた可能性のあるケースが半数に達することが分かった。
それが、「対向車や先行車に迷惑を掛けず、常にハイビーム」を実現するライティングシステムを開発する動機となっている。誰彼気兼ねすることなくハイビームで走ることができれば、事故に巻き込まれる歩行者を減らすことができるからだ。
道路運送車両法の保安基準では、走行用前照灯(ハイビーム)は「100メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有すること」、すれ違い用前照灯(ロービーム)は「前方40メートル」と定めている。
これはあくまで法律上の話で、マツダの担当者は「ドイツのアウトバーンを時速200キロで安全に走ろうと思ったら、364メートル先の障害物が見えていなければならない。これがマツダの理想」と答える。数字の根拠は、マツダのクルマが時速200キロで走っていてブレーキを踏むと、完全停止するのに364メートルを必要とするからだ。
つまり、時速200キロで走っていて364メートル先の障害物を発見した場合、その時点でブレーキを踏めば事故は回避できる。でも、光が届かず発見できなかった場合、事故は回避できない。だから、夜でも364メートル先は見えていなければならない、とマツダは考える。
横方向に関しては左右各60度、標識をしっかり認識するためにも上方は7度の範囲が昼間と同様にしっかり見えれば、夜間も安心して走れる。実のところ「ロービームもハイビームも(特にハイビームは)、理想の照度からかけ離れた状態」とマツダは素直に認めるが、理想に一歩近づくのが開発中のALHだ。
ハイビームはより遠く、ロービームはより広く明かりを届け、対向車や先行車を眩惑する光を出さないのがコンセプト。自動制御であり、ハイビームとロービームの切り換えという概念をなくすポテンシャルを秘めた、画期的な新技術である。
高みを目指す姿勢が今のマツダを象徴している
取材を通じ、ハイビームが心底ほしくなるほど暗い広島空港近郊でテスト車両を運転させていただいたが、対向車を気にせず常時ハイビームで走行できることの、なんと快適なことか。
対向車を(車載カメラが)検知すると瞬時にハイビームが部分減光し、対向車がいなくなると全点灯に復帰する。パッと復帰するのではなく、LEDならではの調光機能を活かし、じんわり復帰するところがニクい。
ワイド配光ロービームは、低速ではしっかり側方を照射。車速が高い領域ではわずらわしく感じるので、側方の光量をあえて落とす制御を組み込んでいる。
衝突を回避したり、衝突時のダメージを軽減したりする機能は、できれば体験したくないけれども、あるとありがたい機能。一方、ALHは一度その機能を味わってしまうと、手放せなくなる機能のたぐいである。
1つ付け加えておくと、マツダはディーゼルエンジンに代表されるスカイアクティブ技術が注目を集め、それらの技術を搭載したモデルが同社躍進の原動力となっている。その象徴が、2012年のCX-5に続き、デミオが2014~15年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したことだろう。
だが、ALHのような技術に触れると、スカイアクティブ以外の技術領域も実に先進的で、社内のあらゆる領域に「活気」が波及していることが伝わってくる。こうなってくると、マツダの次の一手も楽しみだ。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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