自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
ル・マン最後発の日産が見せたセオリー無視の「空力」勝負。押し通したのはエンジニアのプライドだ
ル・マン24時間レースは、24時間でどれだけ長い距離を走れるかを競う競技である。決められた時間で長い距離を走るには、速く走ればいい。単純な論理で、だから参戦する自動車メーカーは「速いクルマ」を作ろうと知恵を絞る。
5月13日~14日に行われた83回目の大会では、ポルシェが17年ぶりに17回目の総合優勝を果たした。24時間で走った距離は5382.82kmで、平均速度は224.2km/hである。セーフティカーの導入によるスロー走行や、給油、タイヤ交換、ドライバー交代によるピットストップを含んでこの数字だ。
F1でいうと、18レース弱を24時間で一気に走り切ったことになるし、東京~シンガポール間の距離にほぼ等しい。
ただ単に速く走らせればいいわけではない。使える燃料の流量と総量が決まっているからだ。例えば、優勝したポルシェの場合、13.629kmのル・マン1周あたりに使えるガソリンは4.76Lと決められている。乗用車の燃費風に表現すると、2.9km/Lだ。
乗用車じゃ20km/L、30km/Lの世界で勝負しているというのに、3km/L弱とはいかがなものか、と思うなかれ。ほぼ常時500馬力以上の出力を出しながらのリッター3キロである。
1kWの出力を1時間出した時に何グラムの燃料を消費するかという単位に置き換えてル・マンのエンジンと量産車のエンジンを比較すると、軍配はル・マンのエンジンに上がる。それほど高効率なのだ。
使える燃料の量が規制されているので、燃費を良くしながら、出力を高めて速く走る開発をしているのだ。そうした開発はいずれ、量産エンジンにもフィードバックできる。だから自動車メーカーはこぞってル・マンに参戦し、技術を研鑽しているのだ。
ディーゼルかガソリンか。どんなハイブリッドを組み合わせるか
2011年までは、ディーゼルエンジンを搭載するアウディがル・マンの頂点に君臨していた。
そこに待ったを掛けるべく参戦したのがトヨタで、ディーゼルを圧倒するため、高効率ガソリン自然吸気エンジンに高出力のハイブリッドシステムを組み合わせてぶつけてきた。
ヨソと同じ技術で勝っても面白くないと考えるのは、エンジニアのプライドだろうか。
現在のル・マンはディーゼルを選ぶか、ガソリンを選ぶかの内燃機関の勝負であると同時に、それにどんなハイブリッドシステムを組み合わせるかの勝負にもなっている。
ル・マンの最上位カテゴリー、LMP1-Hに参戦するにはハイブリッドシステムの搭載が義務付けられており、アウディも搭載している。
だがアウディは、その性質上、どうしても大きく重たくなってしまうディーゼルエンジンのせいで、ハイブリッドシステムを高性能化できない。一方、トヨタは超軽量なガソリンエンジンを開発しつつ高出力のハイブリッドシステムを開発し、アウディに挑んだわけだ。
すると今度はポルシェがアウディとトヨタの戦いに割って入ってきた。2014年のことである。
ポルシェはトヨタと同じガソリンエンジンを選択したが、自然吸気ではなくターボを選んだ。量産車の世界で流行する過給ダウンサイジングの思想をル・マンにも持ち込んだ格好で、排気量はわずかに2L。トヨタのエンジンが3.7Lであることを考えると、小排気量ぶりが際立つ。
特色はそれだけではない。ハイブリッドシステムの一種として、熱エネルギー回生システムを採用してきたのだ。トヨタが搭載するハイブリッドシステムは、運動エネルギー回生システムに分類される。制動時にブレーキユニットで熱として放出していたエネルギーをモーター/ジェネレーターユニット(MGU)で電気エネルギーに変換し、キャパシタに蓄えるシステムだ。いわば、プリウスなどの量産ハイブリッド車が備える仕組みと同じで、その超高性能版である。
ポルシェも同様のシステムを備えるが、それとは別に、排気の持つ熱エネルギーでタービンを回し、同軸に設置するジェネレーターユニットで電気エネルギーに変換するシステムを搭載している。運動エネルギーと熱エネルギーの2種類の回生システムで発電した電力は、リチウムイオンバッテリーに蓄える仕組みだ。
やはりポルシェもヨソと同じ技術で勝負に挑むのはイヤだったのだろう。すでに競合が全力で取り組んでいる技術を後追いしても、追い付き追い越すのは容易ではない、という判断が働いたとしても不思議ではない。
革新的な車両コンセプトでジャンプアップを狙う
2015年に復帰した最後発の日産(と、活動をサポートする100%子会社のニスモ)も同じ思いだった。アウディとトヨタ、ポルシェが激しい競争を繰り広げているところに、勝負を挑もうというのである。
彼らと同じ技術で臨んだのでは勝機はやってこないし、同じ技術で勝負したのではニュースバリューに欠ける。
「例えばアウディは、過去16年に渡るル・マン参戦の経験から、豊富なデータを手に入れている。そうした相手に対していきなり競争力を発揮できるとは思っていない。真っ向勝負しても歯が立たないのは分かっていたので、革新的なアイデアを投入することによってジャンプアップしようと考えた」
そう話したのは、日産でLMP1チームプリンシパル兼テクニカルディレクターを務めるベン・ボウルビーである。「自然吸気エンジンよりも高い熱効率を実現している」(ニスモ関係者)という3L・V6直噴ターボエンジンも革新的ではありそうだが、インパクトが強いのは車両コンセプトの方だ。
日産が目を付けたのは、空力だった。走行中に車体の周囲を流れる空気の力を利用し、ダウンフォース(車体を路面に押さえ付ける力)を効率良く発生させつつ、ドラッグ(空気抵抗)を減らして最高速を伸ばそうという発想である。
アウディとトヨタ、ポルシェの3メーカーは内燃機関とハイブリッドシステムの勝負をしている側面が強い。そこで真っ向勝負しても勝ち目はないと判断し(だからといって、エンジンの技術も、ハイブリッドシステムの技術も捨てているわけではない)、日産は空力で勝負するアプローチを選んだのだ。
開発はまだ初期段階。だが実力の片鱗は見せた
現在のレギュレーションでは、リヤウイングやフロアの寸法に関する締め付けが強く、開発の自由度がほとんど残っていない。そこでフロントに目を転じてみると、リヤよりはまだ開発の自由度が残っている。
ボウルビーはそこに目を付け、フロントの空力開発を重点的に行うことで空力性能を高め、競合を出し抜こうと考えたのだ。
車体が発生するダウンフォースの前後配分と重量配分は一致させるのがセオリー。空力のバランスが後ろ寄りなら重量配分も後ろ寄り、バランスが前寄りなら重量配分も前寄りにする。
日産がル・マンに送り込んだNISSAN GT-R LM NISMOはフロントの空力を重視して開発したため、重量物であるエンジンは前に置いた方が都合は良かった。
それが、ル・マンカーとしては特異な、フロントエンジンレイアウトになった理由である(アウディ、トヨタ、ポルシェはいずれも車両ミッド=運転席の背後にエンジンを搭載)。空力のためのフロントエンジンなのだ。エンジンの動力は前輪に伝わるので、FFだ。
本来は強力なハイブリッドシステムで後輪を駆動する設計だったが熟成が間に合わず、ル・マン本戦は機能をキャンセルし、純粋にFFとして走った。
NISSAN GT-R LM NISMOは「究極的にはコンペティティブになると信じている」(ボウルビー)革新的なコンセプトではあったが、実状はクルマのポテンシャルを探っているような状況で、開発のごく初期段階と言っていいレベルだった。そのせいか、ラップタイムはトップから20秒近く遅く、3台投入したうちの2台がトラブルでリタイア。1台は苦しみながらもチェッカードフラッグを受けたが、周回数不足のため完走扱いにはならなかった。
そんな状況で、最高速(338.1km/hを記録)だけは実力の片鱗を見せた。
革新的な技術の固まりと言えば聞こえはいいが、FFなのも、リヤタイヤがフロントより細いのも、空力を優先するあまりリヤサスペンションが頼りないのも、見ようによってはセオリーに反した設計である。だとしても、ヨソとは異なる技術で競合を出し抜こうと、マジメに反セオリーな技術に取り組んだ姿勢の方を評価したい。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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