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大学研究者のわたしが企業に就職しなかった、たった一つのシンプルな理由【五十嵐悠紀】

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    五十嵐 悠紀

    計算機科学者、サイエンスライター。2004年度下期、2005年度下期とIPA未踏ソフトに採択された、『天才プログラマー/スーパークリエータ』。日本学術振興会特別研究員(筑波大学)を経て、明治大学総合数理学部の講師として、CG/UIの研究・開発に従事する。プライベートでは三児の母でもある

    わたしは大学を博士課程まで進学し、その後、大学での研究生活(いわゆる、アカデミックな道)を選びました。今回はなぜ、企業に就職しなかったのか、を振り返りながら、企業の研究者と大学の研究者の違いについて書いてみます。

    研究テーマを自分で決める大学、チームで決める企業

    近年、女子学生でも理系では大学院修士課程に進むことが多いこともあり、修士課程には特に迷わずに進学しました。その後の研究職、特に企業の研究職か、大学の研究職かの大きな分かれ目の第一歩となったのは修士2年の時だったと思います。

    周りが「就職活動」という言葉を口にし出したのは修士1年のころ。そのころ、わたしはIPA未踏ソフトウェア創造事業という個人向け研究費予算を2度採択されていたり、学部時代で行った研究が海外の学会から賞をいただいたりしていたことも影響して、研究が楽しいまっさかり。将来研究職に就きたいな、という気持ちはとても強くなっていました。

    そこで問題になるのは、企業の研究所に就職するか、大学で博士課程に進学するか、でした。以前に寄稿した連載③にも書いたように、女性の先輩方の大学での研究する姿は身近に見ていたので、修士卒で新卒採用のある企業の研究所に見学に行くことにしました。

    OB訪問で話を聞いたり、実際に研究所のチームで研究をしている人たちから説明を受けたり。働くとしたらこういう環境かな、など具体的に想像をしながら見学させてもらい、積極的に質問させていただきました。同じ会社でも研究所は部署によってバラバラの土地にあったりします。かかわりそうなすべての部署を見学させてもらったので、何度も伺った会社もありました。

    結果的に、大学と企業の一番大きな違いだと感じたのは、研究テーマを自分で決めるか、チームワークで決めるか、でした。

    研究が”陽の目を見ない”可能性を許容できるか?

    大学の研究者も共同研究などで他者と組んで研究を進めていくことがありますが、基本的には自分で独自のテーマを考え、自分で研究を遂行します。研究のテーマそのものを考えるのもそうですが、研究の構想をふくらませて、その研究がいかに世の中に意義があることであるかを考え、研究費申請のための書類を書き、研究費を獲得する。これもすべて自分の責任で行います。

    これらのことを自分1人でやっていく覚悟がないと、大学での研究者としては半人前ですし、しないと研究が行えません。一見、自由な研究ができるということでメリットのようにも思えますが、研究テーマを常に自分の責任で考え続ける精神力が必要という面は、デメリットといえるかもしれません。

    一方、企業ではチーム、グループで一つの研究テーマを行っていることが多く、研究能力に加えて、コミュニケーション能力も重要になってきそうだと感じました

    企業での研究内容は、グループ会社から出てきた要求を元に研究テーマが設定されていることが多く、研究所での研究成果がすぐ開発に直結しますし、製品化されることが多いので、自然と一般の人の目に触れることも多くなります。

    ユーザビリティテストなどを子会社が行ったり、一般の人へ向けた募集方法などもたくさんノウハウがあったりするので、数100人規模の本格的なテストができることも、企業で研究活動を行うことの特徴と言えます。

    それに対して、大学での研究はそれこそ一生ほかの人の目に触れないまま、人に役立たないままで終わってしまう研究だって多々あります。これに自分の存在価値を見いだせるかどうかも、人生を楽しく過ごせるかどうかにかかってくるでしょう。

    仕事とプライベートの境界は大学の研究者ほど曖昧

    次にライフスタイルに注目して考えてみます。企業では研究に限らず、仕事は持ち帰れないことが多いです。メールの読み書きですら社外では禁止されているところも多いと聞きます。その分、仕事の多い時は会社で残業。でも家に帰ったり、夏休みなどの休暇を取ったりする際にはオンオフの切り替えがはっきりできる

    反面、大学での研究者はオンオフの境目が非常に曖昧。ノートPCとネットワークさえあれば、夏期休暇中でも仕事、仕事。モバイルネットワークを利用してメールをつないで仕事、というのも多くあるようです。

    そんなことがいろいろ見えてきた中で、就職したい候補の会社・部署がありましたが、そこは博士号を持った人でないと取らない、ということが分かりました。どうしようか悩んでいたところ、「自分でやりたい研究ネタがあるのであれば、博士課程に進学すればいい。君ならやっていけるのでは」と言ってくださった先生がいらっしゃったこともあり、最終的には博士過程に進むことを決め、その先生の研究室に入ることにしました。

    結局博士課程3年間、修士のころに思い描いていた研究ネタを次々と自由に研究させてもらい、あっという間に再度、就職活動という時期になりました。しかし、前回と異なっていたのは自分自身のライフスタイル。結婚して子どももいる、というまた違った環境でした。

    家庭があり、乳児がいるので、転勤がなく、時間が自分の裁量で自由に決められることを優先した結果、アカデミックな道、特にポスドクを選ぶことに迷いはありませんでした。博士時代に自らの好きなテーマで研究させてもらい、自分で研究テーマを設定して、研究費申請書類を書き、研究費を獲得して、研究を進めて論文発表をする――というスタイルに、ある程度の慣れと自信がついてきていたことも、迷いがなかった一因でしょう。

    「選択肢が圧倒的に多い」ことが、大学に残る決め手に

    こうして、大学の研究者の道を選んだわたし。子持ちであるわたしにとって、大学の研究者である最大のメリットは、自分で研究テーマを設定し、「最終的にどのようなアウトプットをしたいか」も自分で決めることができるということです。研究結果をどの学会で発表するか、どの論文誌に投稿するか、時期はいつころが良いか、なども、自分で決めることができます。

    子どもが生まれてからは学会や論文誌のレベル、学会開催地、夫や実家の両親のスケジュールなどを調整した上で、投稿する学会を決めています。無理のないペースで、国際会議への参加や論文発表をあきらめたりすることもなく続けられているのは、その結果です(最近では口頭発表のない論文誌に投稿することも増えてしまいましたが)。

    これまでに見てきた多くの先生方と同様、わたし自身のオンオフの切り替えは非常に曖昧で、家族と旅行中なのに子どもが寝静まった夜はついノートPCを広げて仕事をしてしまうことも多いですが(事実、この記事も夏休み旅行中の山の中で書いています)、こんな生活も楽しいものですよ。

    撮影/小林 正(人物のみ)

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