内田和成氏に聞く、「ビジネスのルールを変えるエンジニア」になるための基礎知識【特集:New Order】
「企業間競争の厳しさは、以前にも増して激しさを増しています。いまや大企業と言えど、競争相手は国内の同業他社に限りません。手の内の見えづらい国外の異業種企業であったり、起業間もないスタートアップであったりすることもしばしば。日本の企業は以前にも増して変革の必要性に迫られています」
そう話すのは、2015年1月『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』という新刊を上梓した、早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成氏だ。
内田氏はその著作の中で、異業種や新規参入によって、企業間競争を加速させる存在を「ゲーム・チェンジャー」と名付け、その戦略を「儲けの仕組み」と「製品やサービス」という2つの軸で4つに分類。
それぞれに当てはまる事例を交えながら解説を加えている。
解説の詳細は同書にあたってほしいが、ここで簡単に「ゲーム・チェンジャー」の類型に触れておく。
ゲーム・チェンジャーの4類型
■新しい儲けの仕組み+既存の製品やサービス~既存の儲けの仕組みを無力化する「秩序破壊型」
(例)スマホゲーム、リブセンス、コストコ
■既存の儲けの仕組み+新しい製品やサービス~顧客が気付いていない価値を具体化する「市場創出型」
(例)JINS PC、東進ハイスクール、青山フラワーマーケット
■新しい儲けの仕組み+新しい製品やサービス~想像力と創造力を発揮する「ビジネス創造型」
(例)価格.com、Oculus Rift、カーシェアリング
■既存の儲けの仕組み+既存の製品やサービス~既存のバリューチェーンを見直す「プロセス改革型」
(例)アマゾン、セブンカフェ、ZOZOTOWN
※出典:『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(P31図版)
「秩序破壊型」は、これまで提供されてきたものと同等な製品やサービスを、まったく異なる儲けの仕組みによって提供するタイプの競争相手を指す。近年のテクノロジーサービスでは、既存のコンシューマーゲーム市場を侵食する形で成長したスマホゲームが代表例だ。
それに対して「市場創出型」は、新しい製品やサービスを既存の儲けの仕組みによって提供する競争相手である。メガネを視力の矯正のためではなく、液晶画面から出ている有害なブルーライトから目を守るという機能をアピールし大ヒットした『JINS PC』などがこれに該当する。
また価格.comのように、新しい製品やサービスを、新しい儲けの仕組みで提供するのが「ビジネス創造型」の特徴だ。彼らはユーザーに製品の小売価格を簡単に比較できるサービスを確立し、通販業者から仲介手数料を得るビジネスで成功している。
最後の「プロセス改革型」は、儲けの仕組みや提供する製品・サービスは、既存ビジネスと同じだが、ビジネスプロセスをまとめたり、省いたり、他のプロセスで代替することで勝ち残りを図るタイプである。商売の舞台を現実の店舗からネットに移し、ビジネスを拡大しているアマゾンがその好例だ。
「『秩序破壊型』は生まれるのも多いのですが、生き残るのも難しい多産多死の傾向があります。一方の『ビジネス創造型』と『市場創造型』は、生まれる数も、生き残る数も少ない。そして、生まれる数も生き残る数も最も多いのが『プロセス改革型』です。市場の“守り手”である既存ビジネスを運営する側は、攻め手のゲーム・チェンジャーがどのタイプなのかを冷静に見極め、対策する必要があります」
“守る側”の企業が陥る4つの失敗パターンと打開策
しかも現代は、ゲーム・チェンジャーにとって非常に有利な環境になっている。起業や事業参入コストがかつてないほど下がっているからだ。内田氏は指摘する。
「以前なら『IT起業』といえばシリコンバレーが中心地であり、日本にはスタートアップが大きく育つ土壌がないとさえ言われた時期もありました。それがいまや日本でも若者の起業が広がり、メガベンチャーも登場している。
彼らの多くは、既存ビジネスが保有する過去の蓄積や資金に乏しい代わりに、小回りが利く小さなチームと優れた技術力、そして焦点を絞り込んだビジネスモデルで、既存企業に戦いを挑んできます。さらに、もしうまくいかなければ別の市場に“転戦”すれば良いという割り切りもある。こうした状況が、彼らの立場を有利にしています」
守る側の企業から見れば、ヘタをすれば大事な市場を乗っ取られ、そうでなくても市場を荒らされるというリスクをどう回避すべきか、頭を悩ませることになるはずだ。
ちなみに、守り手の失敗パターンには次のようなものがある。
【1】ゲーム・チェンジャーを無視するなど、適切な対応を取らない
【2】適切な対抗戦略を選んだのに、プロセスが正しくない
【3】適切な対抗戦略を選んだのに、スピードが遅い
【4】上記のすべてにおいて競争相手に出し抜かれる
上記4項目の裏返したものが、成功のパターンと言えるが、具体的にどんな対応を取るべきかは、攻守それぞれが置かれているポジショニングと、外部環境によって変化するため一概には言えない。
ただ、成功率を高めるに、今ある資産を正しく使うという選択が、もっとも有効なのは知っておいて損はないだろう。
「JR東日本の『エキナカ』のように、駅構内の空きスペースという資産を有効活用した戦略は、自らの強みを活かした『市場創出型』の好例です。既存ビジネスにも、ギャンブルのようなリスクを取ったり、相手のペースにハマり込んだりして自滅せずとも、生き残る方法はあるということなのです」
重要なのは、冷静に相手の出方を見極めるのと同じくらい、自己を客観視することなのだ。
混同しがちな「企業内価値」と「市場価値」
外敵から身を守り、企業が生き残るためには、変化に気付いた時点でその変化に向き合い、合理的な対策を最短のプロセスで実現する以外にないということが分かった。
これは、エンジニア個人のキャリアプランニングにも通じる教訓ではないだろうか。内田氏に尋ねてみた。
「例えばトヨタのようなエクセレントカンパニーは、競争相手がどうあれ、毎年コストを見直し『カイゼン』を徹底することが知られています。一方、市場を冷徹に見極め、他社に先駆けて開発したハイブリッド車や燃料電池車をリリースし、自らゲーム・チェンジを仕掛けていくような積極果敢なDNAも同時に持っている。これを人間に置き換えると、『企業内価値』と『市場価値』の両面に優れた人材と言えるでしょう」
とはいえ、企業にしろ人にしろ、二兎を追える者は限られている。
内田氏によると、まずは自分の実力とその評価が、社内価値に基づいたものなのか、それとも社外で通用する市場価値に基づいたものなのか、客観的に判断することが重要だという。
「ゼネラリスト的なスキルを磨いて自分の『企業内価値』を高めるか、それとも誰もが認める高度なスキルを身に付け『市場価値』の高める方を選ぶかは、その人次第です。もちろんその両方を高い次元で満たすこともできるでしょうし、どちらか一方に振り切ったりする人生もあるでしょう。しかし現実的には、この2つのバランスをうまく取るというのが現実的な選択になると思います」
その潮目を見極めるのは難しいが、少なくとも、混同しがちな「企業内価値」と「市場価値」を峻別することは、エンジニアの未来にも有効に働くはずだ。
「エンジニアは行動を起こす前に、必ず技術トレンドや業界動向、また社内の状況などを多面的に分析すべきです。未来を見通すことは難しいもの。流行りの技術に飛び付くのではなく、自分のスキルやキャリアが攻守どちらで活かせるのかよく考え、未来を切り拓いていってほしいですね」
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