自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
テスラは「クルマ好きの盲点」を解消することでイノベーションを起こした
テスラモーターズのCEOがアップルと協議の場を持ったことから、「アップルがテスラを買収するのでは」という憶測が生まれたが、テスラ側がその可能性を否定することで、事態は沈静する方向に向かっているようだ。
ニュースになるほどの価値を持ったブランドの組み合わせだし、確かに、テスラモーターズは最も成功したEV(電気自動車)ベンチャーと言っていい。
恥ずかしながら筆者は、テスラのブームは一過性だろうと思っていた。歴史のある自動車メーカーでなければ「クルマは作れない」と思い込んでいた。いくらエンジンよりも取り扱いが楽なモーターを相手にするからといって、必要なコンポーネントを調達してきてセットするだけでは、クルマにはならないだろうと。
よしんばクルマの形になっていたとして、デリケートなクルマの動きはどう造り込むのだと疑問に思っていた。それこそ、自動車メーカーが長年蓄積したノウハウの固まりではないか。格好はいいけど、乗ってみたら「何だこれ」といったことになりはしないか……。
ところが、である。
乗ってみたところ、すべてすっとこどっこいな勘違いだったことに気付くのである。クルマづくりに必要なノウハウがなければ、ノウハウごと買ってくればいいのだ。
日本では自動車メーカーにノウハウが集中する傾向にあるが、ヨーロッパに行けば、技術コンサルタントやメガサプライヤーを中心に、技術とノウハウを切り売りしてくれる。
普及の障壁だった「充電の不安」を解消したのがすべて
さて、EVという乗り物がまだ普及していない要因については精査の必要があるだろうが、個人的な経験から言えば、航続距離の不足である。エンジンを積んだクルマは1度燃料タンクを満タンにすると、500kmから600km、クルマの燃費性能や走り方によっては800kmくらい走る。
自家用車として使用する場合、1回のトリップで数百キロ移動することなど年に何回もないだろうが、たとえ数十キロの移動でも「数百キロ移動できる」性能を備えていることが安心の担保になる。
そのことを筆者が実感したのは、実質的に1回の充電で100kmしか走れないEVと付き合った時だ。
クルマに乗り込んだ途端に、充電場所のことばかり考える始末。言うなれば、30分いじっているとバッテリー残量がなくなるスマホを持ち歩いて、国内出張に出かけている気分だろうか。いずれにしても落ち着かない。
他方、テスラの4ドア車両『モデルS』は2種類のバリエーションを用意しているが、バッテリー容量の大きい仕様は85kWhであり、航続可能距離は約500kmに達する。だいぶ“電費”の悪い走りをしても、400kmは走る。
高出力モーターがもたらす「異次元」としか形容のない走りも印象に残ったが、充電の心配をせずに走り回れる安心感といったらない。
付け加えておくと、家具に指を這わせてほこりを指摘する姑的な視点でもってテスラを眺めれば、言いたいことのいくつかは出てくる。けれども、全体の魅力からすれば些細なことだ。
「給油」という手間を省略した功績は意外と大きい
少し前の資料になるが、資源エネルギー庁が平成21年(2009年)2月にまとめた『蓄電池技術の現状と取組について(PDF資料)』という資料に、蓄電池(バッテリー)の価格目標についてまとめた項目がある。
EVやハイブリッド車などのバッテリー搭載車が普及していくためには、バッテリーの低コスト化が必要と訴えている。資料中、テスラ『モデルS』など、EVの標準となっているリチウムイオン電池のコストは、2006年の時点で20万円/kWhだった。
2010年の目標として記されているのは10万円/kWh、2015年が3万円/kWh、2030年が0.5万円/kWhである。
肌感覚として、現状では10万円/kWhを切ったかどうかというところ。日産『リーフ』のバッテリー容量は24kWhなので、10万円/kWhとして240万円。テスラ『モデルS』の場合、バッテリー代だけで850万円になる。
そこだけ捉えると「ずいぶん思い切ったことをしたなぁ」という感想も湧くが、単価が0.5万円/kWhになった途端に42.5万円である。テスラは「ちょっと先の普及型EV」の姿を見せてくれていると思えば、途端に魅力的に見えないだろうか。
何とも思っていない人は何とも思っていないようだが、調査をしてみると、「給油」という行為はユーザーに大きな負担を強いているのだそうである。「給油しなくて済むならずいぶん楽になるのに」と思いながらクルマを使っているユーザーは意外に多い。
家庭側の設備を整備する必要はあるものの、航続距離の確保されたEVが普及するようになれば、わざわざ外でエネルギーを補充する必要はなくなる。クルマを使うハードルが下がるポテンシャルを秘めているわけだ。
既存の作り手が謳う訴求ポイントは、ユーザーに刺さっているのか
グーグルが火を点けて一気に世界の自動車メーカーやメガサプライヤーに飛び火したのが自動運転である。制御の面で、エンジンを載せたクルマよりもEVの方が相性は良い。
普段、何の不自由もなくクルマで移動している人の視点では、「オレには関係ない」技術かもしれないが、年齢やその他の理由によって、外出に不自由を感じる人にとっては世界を広げる可能性を秘めている。
日本全国、ひいては世界(特に欧米)に目を向ければ、5 分も歩けばコンビニが見つかるような環境で生活をしている人は実は少数で、クルマに乗って出かけなければ生活に困る人の方が多数だからだ。
スマホのように家で充電が済んでしまい、目的地をセットすれば、自動かつ安全に目的地まで連れていってくれて(よく行く場所ならプリセットしておけばいい)、用事が済んだら連れて帰ってくれる。運転を楽しみたい人はさておき、移動の時間を別のことに使いたい人は別に使うこともできる。
「年齢を感じさせない洗練された若々しさをたたえ、素敵なライフスタイルを送る」50代をターゲットにした国産車があるが、実際の購買層はどうだろう。多くは、素敵なライフスタイルを送っているかどうかは別として、「60代で、クルマのセンスの高さに引かれたから」ではなく、「20年乗ったクルマがいい加減くたびれたから」という理由で買いに来るケースが相当あるという。
そういう人が何に驚くかというと、クルマが車線から逸脱しそうな時に警告する先進の安全装備や、しゃれたスタイリングではなく、リモコンキーでドアの施錠と解錠ができることだったりする。
作り手からすれば、「刺さってほしいのはそこではないのに」という気持ちだろうが、ターゲットはあくまでターゲットで、商品が売れて普及すること自体は“是”である。
テスラのような高価格帯に属するクルマは、いわゆる「感度の高い人」に支持されているのだろうが、このクルマが持つ機能とポテンシャルに目を付けている人、あるいは恩恵を受ける人はターゲットユーザーばかりとは限らない。
そこに、アップルが目を付けたとしても不思議ではない。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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