優れた技術者たちは何を目指すのか?各社の「匠」の視点を覗こう
『GreenFan』『JetClean』を生んだ家電ベンチャーの雄、バルミューダに秘められたロックな起業マインド【匠たちの視点】
「日ごろ、親に対して面と向かってお礼を言う機会ってなかなかないじゃないですか? それと同じで、本当の恩人だからこそ、かえって『あなたたちのおかげでここまで来れました』なんて言えないんですよ。恥ずかしいですしね。だからせめて日々の仕事で思いを示さなければいけないと思ってるんです」
音楽活動に見切りをつけた寺尾玄が、モノづくりを志したのは28歳のころ。当時、一ユーザーとして惚れ込んでいた、アップルのマッキントッシュやハーマンミラーのアーロンチェアの機能美に彼が見いだしたのは、美しさだけではなく彼自身の将来だった。
9年間取り組んだ音楽活動が行き詰まり、ロックスターになるという夢が潰えた時、これらのプロダクトが、彼自身に“メーカー”になるという新たな道を示してくれたのだ。
だが、彼には素材や加工についての知識はなかった。デザイン、設計について専門教育を受けた経験もない。あるのは“つくりたい”という無垢な情熱と貪欲な知識欲だけ。
そんな彼に手を差しのべたのが、東京の小金井市にある小さなアルミ切削工場、春日井製作所の職人たちだった。
「あのころは、削り出しのアルミとか、カーボンファイバーを使って机が作れないかと思って、電話帳を頼りに多摩地区の町工場に片っ端から電話をかけたり飛び込んだりしてたんです。全部で50社くらいは訪ねたとは思いますが、こっちはモノづくりに関してはまったくの素人。大抵は相手にもしてもらえませんでした。そんな生活が4カ月ぐらい経って、ものすごく焦っていた時あの工場に出合ったんです」
その日も、バイトから上がるといつものように電話帳をめくり、目星を付けた工場に電話をかけていた。その中の一つの町工場が、「今から訪ねて来ても構わない」という。それが春日井製作所だった。
工場に駆けつけた彼は、出迎えた職人を相手に自己流で描いたスケッチを示しながら、自分が作りたい机のイメージを熱心に語り始めた。すると、ほかの職人たちも仕事の手を休め、寺尾の話に耳を傾け出す。
「最初は、金髪にヒゲ、ジャージ姿のヘンなヤツが来たと思ったんでしょうけど、話をするうち、職人さんたちとも意気投合して、夕方の7時から11時くらいまでずっと話し込んでいました」
その時、職人の一人が、秋葉原で見つけた小型フライス盤や旋盤を買おとしているという寺尾の言葉を聞きつけてこう言った。
「そんな偽物買ったって、正確な寸法なんて出やしないよ。使い方を教えてやるからうちのを使え」
プロの職人が、アマチュアの情熱にほだされた格好だ。
「それから毎日、工場通いが始まりました。彼らがどうしてわたしを受け入れてくれたのか分かりませんけど、わたしが本気なんだってことを感じ取ってくれたからだと思っています。そんなヤツに真っ正面からぶつかってこられたわけですから、かわすのは忍びなかったんじゃないでしょうか」
「可能性がゼロじゃないなら、やらないわけにはいかない」
「よく大胆だとか行動力があるって言われますけど、本質的に子どもな部分があるんでしょうね。やる前から失敗したらどうしようなんて考えないし、やりたいことを見つけたらやる。ただそれだけなんです」
寺尾にとって、脇目もふらず物事に取り組んだのはこれが最初ではない。高校を中退し、一人でスペインやモロッコを旅した時にミュージシャンとしてロックスターになると心に決め、音楽活動にのめり込んだ時もそうだった。
「人生って何が起こるか分かりません。でも確実に分かっていることが2つだけあります。それはいつか死ぬということと、残された人生は決して長くはないということ。そこから逆算すれば、今日必死に頑張るという以外の結論に辿り着かないじゃないですか。迷っている時間はないんです」
今日を必死に生きる。その大切さに思い至ったのは、14歳の時母親が不慮の事故で亡くしたことがきっかけだった。
「身近な存在がある日突然消えてしまったわけですから、どうしてそんな理不尽なことが起こるのか、とにかく不思議で仕方がありませんでした。母の死をきっかけに、哲学書を読んだり海外を旅したりしながら、人生の意味や生きる目的について考えるようになったんです」
考え抜いてたどり着いたのは、「人間がいくら偉そうなことを言っても、大きな流れの中では、偶然に左右されるだけの無力な動物に過ぎない」という結論だった。
だが、寺尾がその境地に達した時、心をよぎったのは厭世でも達観でもなく、今、生きている状態に対して誠実であろうということだった。
「生きているってことは、確実に変化することが約束されている状態です。明日を生きた人はいない以上、どんなに大きな目標であっても、結果が出るまでは『できない』なんて誰にも言い切れません。やりたいことが目の前にあって、実現する可能性がゼロじゃない。それならやらないわけにはいかないでしょう?」
町工場で修業を始めてからおよそ1年。当初の机を作る計画からスタートした夢が、やがてアルミの削り出しによるノートPC用冷却台に姿を変え、初の製品『X-Base』へと結実する。2003年、ないないづくしの状況から、たった一人のガレージメーカーが産声を上げた瞬間だった。
好きな音楽をやり続けながらヒットを飛ばすロックスターのように
『X-Base』以後も、LEDデスクライト『Highwire』や『Airline』など、洗練されたデザインを持つ製品を次々と開発することで、デザイン志向が強いユーザーの心をつかんできたバルミューダだったが、2008年、彼らを取り巻く環境は一変する。
「リーマン・ショックで製品がパッタリと売れなくなってしまったんです。その時ふと考えました。それまでは『いかにカッコいいものを作るか』がモノづくりのモチベーションでしたし、自分たちの存在意義だと思っていました。でも、こだわり抜いて作った製品が売れなくなったことで、それが本当に自分にとって一番欲しいものだったのかって、改めて自分の立ち位置を考え直す必要を感じたんです」
もし考え抜いた結果が、今まで同様「カッコいいモノづくり」なのであれば、会社の経営が傾いてもそのまま突き進んでいくべきだと思った。だか自分の本心を腑分けしていくと、別の答えが見えてきたという。
それは、「より多くの人に自分たちの製品を使ってもらいたい」という、メーカーとしての根源的な欲求だった。
「ずっと音楽をやっていましたから、ポピュラリティについて考える時間は普通の人より長かったと思います。売れるだろうと思って作った曲にロクなものがないというのも、すでに経験済みです。だから売れることだけを考えたモノづくりをしようとは思いませんでした。
できることなら、本物のロックスターのように、好きな音楽をやり続けることで多くの人に聞いてもらえるような、そんなモノづくりがしたい。そうでなければ本物にはなれないって思ったんです。じゃあそれができる分野はどこにあるか。思い当たったのは地球温暖化と化石燃料の枯渇という問題でした」
その思いが、バルミューダを省エネを軸にした冷暖房および空気にかかわる事業へと舵を切らせる契機となった。
この時、彼らが開発を進めたのは、『GreenFan』と名付けられた高性能扇風機。この製品の発売により、環境問題に深い関心を寄せるユーザーの心をつかむことに成功したバルミューダは、どん底にまで落ちた業績をV字回復させる。
寺尾は、誰もが「進歩とは無縁」と思っていた扇風機に革命を起こすことで、自らの存在を再び証明してみせたことになる。『GreenFan』が生み出したのは、2重構造の羽根が生み出す心地良い風だけではなかったわけだ。
「わたしにとって会社はバンドみたいなもの。つまり自己表現のための道具なんです」
多くの人に支持してもらえるコンテンツを提供するという意味では、楽曲も製品も本質的には変わりない。表現するものも変わったから、ギターをドライバーに持ち替えたまでのこと。
「わたしにとって大事なのは、社会に対して表現することであって、表現方法ではないんです」
モノづくりの敷居が下がっても、イノベーションが起きるとは限らない
「最近、3DプリンタやCADの低価格化と充実によって、誰にでもメーカーになれるチャンスがあるという話が盛り上がっています。今後はますます高性能なツールがより安価に利用できるようになるでしょうから、その主張におそらく間違いないとは思います。でも、それで何もかも上手くいくというのは、少々ロマンチック過ぎだと思ってます」
寺尾の指摘は、かつて自身がかかわってた音楽制作の現場で見た風景がもとになっている。
スタジオや演奏家さえ不要にしてしまうほど発達したレコーディング技術がもたらしたのは、優れた楽曲やスターを生むことではなく、コストの劇的な低下とプロセスの省力化だったという指摘だ。
「つまり、敷居が下がったから多くのイノベーションが起こるわけじゃないってことなんです。実際、Hondaやソニーが生まれたのは、今みたいな便利な道具がない時代でした」
イノベーションが実現化するには、もちろんチャンスが必要。でも、それよりも重要なのは、本当にそれを実現したいという個人の思いなんだと力説する。
「これなしで実現されたイノベーションは、世界のどこにもないでしょう? だから、自分が求めているものを分解できなくなるまで突き詰めて、最後に残るたった一つの目標を見つけることが大切だと思います。そしてそれを見つけたら、実現化に全力を尽くすべきです」
2012年『GreenFan mini』の発売によって、『GreenFan』シリーズは3機種に拡充。また10月に発表した、高機能空気清浄機『JetClean』は、その花粉除去能力で他社製品の約12倍という高性能を実現し世間を驚かせたばかりだ。
そんな寺尾に向けた最後の質問として、バルミューダが目指す最終目標とは何かと尋ねてみると、「世界中の人に必要とされる製品を作ること」だとすぐに答えが返ってきた。
あれこれ考え抜いた末、余計なものをそぎ落としたら、ここまで純化したのだと笑う。
「10万のユーザーに褒められたら、20万人のユーザーに褒められたいって思うタチなので、そういう意味では欲深いのかも知れませんね。でも、こういう欲が、われわれを突き動かす原動力なんです」
企画開発力に優れた彼らが、次にどんなイノベーティブな製品を見せてくれるのか。今ここで予想することは難しい。だが、われわれが想像もしなかったようなアプローチで既成概念を壊すものになるのは、おそらく間違いないだろう。
かつて小さな町工場からスタートしたHondaやソニーのような飛躍をつかめるか。当面バルミューダから目を離せそうにない。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/竹井俊晴
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