株式会社コルク 代表取締役社長
佐渡島庸平氏
1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立
文章や写真、イラスト、音楽、動画などの投稿サービス『note』が8月1日にメニューを強化した。クリエーターによるコンテンツの有料販売に継続課金機能を追加したのだ。これにより、閲覧者は毎月一定額を支払えば、雑誌を定期購読するように特定のクリエーターの“note”を読んだり見たりできるというものだ。
noteは今後、どのように成長していくのか。そして、日々着実に進んでいく技術革新を受け、コンテンツ業界の未来はどう変化していくのか。
noteを運営するピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕氏と、noteも活用しながら、漫画家の三田紀房氏や小山宙哉氏ら、クリエーターのエージェント業務を手がけるコルク代表取締役社長の佐渡島庸平氏に聞いた。
それぞれ独立前は出版社所属の編集者として働いていた共通点を持つ2人。しかし、話を聞いてみるとデジタルコンテンツの拡散について、目指す理想は同じであれど、アプローチ方法は異なることが窺えた。
株式会社コルク 代表取締役社長
佐渡島庸平氏
1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立
株式会社ピースオブケイク 代表取締役CEO
加藤貞顕氏
1973年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキーにて、雑誌の編集を担当。ダイヤモンド社に移籍し、単行本の編集や電子書籍の開発に携わる。『ゼロ──なにもない自分に小さなイチを足していく』(堀江貴文)、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海)などの編集を担当する。2011年に株式会社ピースオブケイクを設立。2014年4月に『note』をリリース
――まず、加藤さんに伺います。2014年4月にnoteのサービスが始まってから3カ月以上が過ぎました。手応えはいかがですか。
加藤 ユニークユーザー数がすぐに100万人を超えて、予想以上の反響を得ているなというのが実感です。クリエーターの側では特にミュージシャンの方からの反応が大きく、インターネットでビジネスを可能にする仕組みが必要とされているのを感じます。
すでにnoteにはくるりの公式ファンクラブ『純情息子』がありますが、今後、こういった形での利用は多くなると思います。
佐渡島 コルクが海外展開をサポートさせてもらっている平野啓一郎さんもnoteを使いはじめました。定期購読機能はいい機能ですね。お金を出してまで読みたい、という“熱いファン”がいれば、クリエーターが安定してお金を得ることができて、作品作りに集中できる。
加藤 そうなんです。他にも、今、菅原敏さんという詩人の方と一緒に仕事をしているんですけど、詩人としての活動だけで食べていくのってとても大変なんです。
でも、例えば、500人の濃いファンとつながることができて、noteで1人あたり月額1000円を支払ってもらえれば、彼はほかの仕事をしなくても、詩人としてのクリエイティブな活動に没頭できます。
佐渡島 月収50万円が保証されますからね。ある程度のお金を出してまで作品を見たいというコアなファンと、思い切った金額は出せないけどとりあえず興味はあるという薄いファンのバランスをどう取るかが大切ですね。
加藤 今、映画のDVDなどはそういう仕組みで販売されていますしね。まずは5000円のものを出してコアなファンに買ってもらって、少し時間を置いて2980円で売って、だいぶ時間が経ってから500円で売る。そうすると、500円でなら買ってみようという人も手に取るようになります。
佐渡島 時間差もあって、5000円で買った人が早く見れて満足しているのなら、損をしているわけでもないですしね。
加藤 課題は、500円で売っていることをどう多くの人に知ってもらうか、僕の立場としては、それをいかにシンプルなアーキテクチャで実現するかになります。
佐渡島 noteは、僕らみたいな立場にとって、使いやすいところと、使いにくいところがありますね。
加藤 おっ、ぜひ聞かせてください。どこですか?
佐渡島 まず、クリエーターが簡単に課金できるのが素晴らしいですね。使いやすいです。
加藤 自由に課金ができても、公序良俗に反するコンテンツがないのも、noteの強みです。クリエーターが安心して活動できるように、心を砕いて制度を整備しています。
JASRACとも契約を進めていて、正しく音楽を扱えるように環境を整えています。それに、noteはクリエーターとファンが長く続くリレーションを作る場所なので、変なことは起きにくいんです。
佐渡島 なるほど。noteを現実に喩えるならば、まっさらな土地に作られた新しい商業施設のようなものだと、僕は考えています。
一方のクリエーターは、そこに出店する人。商業施設には、たくさんの人が訪れます。
すでにブランドを持っているクリエイターが課金をするのには、いいプラットフォームですが、ブランドのない新人クリエーターにとっては使い勝手のいい場所ではない気がしています。
コルクは新しい才能を発掘・育成したいので、そこが使いにくい。
加藤 うーん、言いたいことはいろいろあるんですが、続けてください(笑)。
佐渡島 加藤さんは編集者ですけど、ケイクスはエンジニアの会社だと思いました。発想が、仕組みよりかなと。エンジニアの方が、編集よりも多いですよね?
加藤 10人くらいがエンジニアとかデザイナーとか、開発関係ですね。編集者も5人います。
佐渡島 一方で、僕の会社は編集者寄り。いわば、noteはたくさんの人が入れる商業施設を作っていて、僕らは強い個人商店を作ろうとしている。
加藤 なるほど。
佐渡島 だから、“1店目”を作る時に、いきなり大きな商業施設の中でいいのか? というジレンマに陥るわけです。noteは、すでにブランドを持っている人にはいいんだけれど、新人のクリエーターは埋没してしまうんじゃないかと。
デザインなどの自由さもきかないので、はじめは集客よりも、個性を出しやすい場所の方が、いいかもしれないと考えています。
加藤 なるほど。佐渡島さんはnoteについてそう思っているんですね。せっかくの機会なので、弁明というか、説明をさせてください(笑)。
佐渡島 ええ、ぜひ(笑)。
加藤 僕は、新人のデビューの場にもnoteは適していると思ってるんですよ。
佐渡島 おっ、楽しみ。もっと聞かせてください。
加藤 Webはnoteよりも広い海です。新人であれば特に、ファンに定期的に自分のサイトに見に来てもらうのは大変なことです。でも、noteにはフォローという仕組みがあって、ファンと簡単につながりを作れます。実は課金システムよりも、これこそが大切な機能だと思っています。
――そのフォローの概念は、FacebookやTwitterのものと同じですね。一度フォローすると、自分のホームに、随時、新しい情報が配信されてくる。
加藤 はい。その上で、課金の仕組みがあるんです。noteのユニークユーザーはサービス開始から1カ月で100万人を超えて、今も増え続けています。
だから、そこから500人のファンを得て、有料ユーザーになってもらうというのは非現実的な数字ではありません。
佐渡島 なるほど。ただ、ファンは、noteに来て、たくさんのクリエイターを同時に楽しみますよね。僕らは、このクリエイターがいい、この人だけを見ていたい、と思うようなファンとの関係を作りたいのです。ライトなファンを取り込んで増やしてから、コアなファンを増やすのではなく、コアなファンを生み出してから、ライトなファンを育てていく。
加藤 確かにそこを切り出すと、コルクと僕らは正反対ですね。
佐渡島 ただ、この違いは、加藤さんと僕のこれまでのキャリアの違いのせいでしょうね。
加藤 僕もそう思います。僕は学生のころはLinuxカーネルをいじって遊んでいましたし、編集者として仕事をし始めたのも、アスキーというコンピュータ書をたくさん扱っている出版社でした。ピースオブケイクを興したのも、テクノロジーで多くのクリエーターの思いに応えたいと思ったからです。
佐渡島 そこが、僕から見ると加藤さんがエンジニアに寄って見える理由です。僕はもっと作家に寄っていて、目の前のこの作家が、どうやったら多くのファンに愛されるようになるかを考えるので。
加藤 ネットが発達して便利になっているはずが、“食べられない” クリエーターが増えるのはおかしいですよね。そういう全体の状況を、テクノロジー側から変えられないかな、というのはありますね。
佐渡島 その点では、加藤さんと僕らが目指しているところは同じだと思いますよ。
加藤 任天堂はプラットフォームであると同時にソフトも作っていますよね。任天堂みたいに、場を提供する側が、面白いゲームはこうやって作るんだよ、と表現してあげることで他のソフト会社が追随しやすくなる。そういうことができたら、最高だなと思っています。
佐渡島 そうですね、クリエーターとファンのコミュニケーションの場を作っていくのが仕事になりますね。AmazonやAppStoreという檻の中だけでモノを売るのはやめようという点でも一致しています。
加藤 そうです。編集者のこれまでの仕事って、コンテンツマネジャーだったと思うんですよ。でも、これからの仕事はコミュニケーションマネジャーになるのかなと思っているんですよね。
佐渡島 ただ、同じ目的地を目指す長い旅に、飛行機を選ぶのか船を選ぶのかの違いが、ここまでの会話の違いに表れているのだと思います。
佐渡島 コルクは、作家に対してMagnetという機能の利用を勧めています。これは、作家のサイトに埋め込むことで、その場でその作家の電子書籍が買えて、ネット上の本棚に置けるというものです。知ってました?
加藤 ちょっと見せてもらっていいですか?
佐渡島 じゃあ、コルクで売り出している新人漫画家・羽賀翔一さんのサイトで見てもらいます。サイドバーの「応援する」を押すと、コードが表示されます。これを自分のサイトに貼ると、羽賀さんの漫画の試し読みコーナーを作れます。
加藤 なるほど。じゃあ、応援したい人はこれを貼って、自分のブログの読者にこの漫画を紹介できるわけですね。
佐渡島 そうです。さらには購入にも結びつけられるんですが、このMagnetの良いところは、クリエーターに、誰がその埋め込みをしてくれたかが伝わるところです。今は、そのような機能はまだついていませんが、実装のために開発しているそうです。
加藤 あ、それはいいですね。
佐渡島 でしょう!? これまでは、本もCDも、作ったらばらまくしかありませんでした。そのクリエーターをとてつもなく好きな人が買っても、そうでない人が買っても、同じ1冊や1枚だったわけです。
中には、好きだからもっと払いたいという人もいるし、10冊とか10枚買って友達に配る人もいるけど、僕らはそういう人の存在を作家に伝えることができませんでした。
加藤 分かります。でもこれがあれば伝わりますね。noteも、売り手には買ってくれた人が誰かが分かるようになっています。
佐渡島 なるほど。それと、コアなファンにはMagnetを使って仲間を作るという楽しみが生まれます。
加藤 ファンは、自分の見つけたクリエーターを人に教えたり作品を紹介したり、自慢したいですからね。
佐渡島 すると、路上ライブをしているミュージシャンが少しずつファンを増やすように、ファンの数は増えていきます。10人が50人になり、100人になって、1000人になったら、あとはまた別の方法で、ファンの桁を増やしていけると思います
――SNSなどのプロモーションの選択肢が増えたことにより、送り出す側が疲弊している感のあるこれから、プラットフォーム側はどう変わるべきですか。
加藤 雑誌について言えば、完全にビジネス全体を考え直す必要がありますね。デジタル用に雑誌というものを再発明する必要があると思っています。
多くのコンテンツを生み出す場所がなくなるのは困るので、その再発明は誰かがやらなくてはならないと思います。
それから、書籍に代わるものも今の電子書籍ではないと思うんです。それでは作家は食っていけませんから、そこも誰かがなんとかする必要があります。noteは、その両方を実現する場にするつもりです。
――クリエーターの個を埋もれさせないためには、どんな施策が考えられますか。
加藤 例えば、noteはランキングを設けていないんです。コンテンツは本質的に多様であることがいいと思っているからです。
あまり良い例ではないかもしれませんが、レンタルビデオ店でアダルトコーナーを眺めると、人間の嗜好とはいかに多種多様なものかと思わされます。あの場では、ランキングはそれほど重要なものではありません。
また、ランキングには、多様性をそぐ側面があるんですよね。「仕事が10倍速くなる○個の事」みたいな記事が上位にあると、そういうコンテンツが量産される場の方向性が生まれてしまいます。
佐渡島 うん。
加藤 ただ、ランキングの良いところは面白い記事をピックアップしてくれるところですよね。そこはテクノロジーでカバーしようと思っています。noteのコンテンツ量がもっと多くなった時、レコメンドが効果を発揮するようになると思いますよ。
佐渡島 でもね、noteにあるコンテンツを眺めてみた時、面白い人の見つけ方が分からないんですよね。だから楽しみ方がよく分からない。
加藤 レコメンド機能ができるまでちょっと待ってください(笑)。あともう一つ、有力だと思っているのは、人力です。
noteで6月から提供を始めた「マガジン」機能は、自分のものはもちろんのこと、他人のコンテンツをも束ねることができる機能です。これを使うことで、簡単にキュレーションができます。
例えば、佐渡島さんが面白い記事ばかりを集めたマガジンを作って、それをフォローすると、佐渡島さんのおすすめコンテンツが見られるようになります。
佐渡島 つまり、僕が誰かを応援できるわけか。
加藤 そうです。ちょっと悩んでいるのは、それによって佐渡島さんにインセンティブが返るようにするかどうかですね。少なくとも、ポイントとかお金とかの具体的なものはいらないような気がしているんですけど。
佐渡島 うん、そうですよね。応援にインセンティブが発生すると、どうしても純粋な気持ちでも見れなくなりますから。それから、テクノロジーと人力の両輪というのにも賛成です。
――機械学習が進歩していますが、ある個人がその人の感性で「情報を編む」という行動の代わりは機械では代替できないということでしょうか?
佐渡島 テクノロジーにもレコメンドはできるけど、人は人に興味があるってことですよね。
加藤 はい。システムも便利ですけど、ぜんぶを代替させる必要性は感じませんよね。佐渡島さんが選んだものの方が楽しそうじゃないですか。
佐渡島 僕は加藤さんのお薦めも読むし、Gunosyがレコメンドしてくるのも読むことになりますね。バランスですね。
加藤 そう。だから両方やるんです。たぶん、そのうち何でもシステムで置き換えられるようになるんですよ。でも、レコメンドされるコンテンツを作るのは、人間の最後の牙城だと思っているので、ここは大事にしたいところですよね。
――「大事にしたい」というのは?
加藤 先にも話したように、雑誌や書籍の業界はデジタルに置き換えていくしかないと思っています。その時にクリエーターやコンテンツホルダーがちゃんとビジネスできるように、場を整えていこうと日々思っています。
――なるほど、興味深いお話をありがとうございました。
取材・文/片瀬京子 撮影/竹井俊晴
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