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【UX設計の失敗学】今年、「最高のユーザー体験」を作りたいと考えるディベロッパーが知るべき3つのこと

働き方

    あるeコマースサービスを、スマホアプリ化する案件に携わることになった、とあるUXデザイナー。彼はプロジェクトに入る前にさまざまなマーケティング調査に目を通して、

    「アプリを使うシチュエーションは、PCでサービスを利用する時とは違う」
    「だから、PCのサービスをそのままアプリにするやり方では失敗する」
    「これから作るアプリは、『ユーザーのタッチポイントを複数作る』という発想で開発しよう」

    とチームに提案した。

    スマホの普及でWebサービスのスマホアプリ化プロジェクトは日に日に増えているが……

    しかし、プロジェクト開始早々、チーム内から彼の意見に反発の声が上がる。出てきた意見は、おおむねこんな内容だ。

    「Webでそれなりに成功しているのに、なぜ『違う機能のアプリ』にする必要があるのか?」、「タッチポイントを増やしたところで、売り上げは上がるのか?」

    客観的に聞く限り、このUXデザイナーの意図していたことは、決して間違いではないように思える。なのになぜ、プロジェクトチーム内で足並みがそろわなかったのか。

    その原因を探る糸口は、繰り返し行われた開発ブレストの中にあった。

    「UX、UXって言ってるけど、eコマースサイトは出店者も『ユーザー』なんだけど……」

    サービスの「ユーザー」は誰か?~今、注目されるHXという考え方

    昨年~一昨年あたりから、Webサービス開発で重視されるようになってきた「UX(ユーザーエクスペリエンス)」。競合サービスとの差別化や、新規サービスを世に発信する際には、「どんなユーザー体験を提供するか?」を考えることが「どんな機能を作るか?」を考える以上に大切になっている。

    しかし、UXという言葉がバズワード化したことで、そもそも「サービスとしてユーザー体験を高める」とは何なのかを理解していないディベロッパーも少なくないはずだ。

    楽天のUXデザイナーで、今年2月9日に開催される情報アーキテクチャの国際的イベント『World IA Day』で日本代表となった坂田一倫氏も、以前は「UXを向上させるために本当に意識しなければならないことが分かっていなかった」と話す。

    楽天の編成部でUXデザイナーを務めている坂田一倫氏。人間中心設計の専門家でもある

    坂田氏は2008年に新卒で楽天に入社後、Webディレクターとしてサービスの大規模リニューアルや新規サービスの立ち上げ、既存サービスのアプリ化などに携わってきた。また、社外活動としてマイクロギフトサービス『giftee』のUXアドバイザーを務めてもいる。

    その数々の経験の中で、冒頭の失敗談と似たような体験をしたこともあったという。

    そこで、独学で学んでいたUX設計のノウハウを体系化して学び直すため、HCD(Human Centered Design/人間中心設計)の理論に興味を持つようになり、2012年にHCD-Netが認定する「人間中心設計専門家」の資格を取得した。

    その坂田氏は、UX設計でよく陥りがちな失敗を、「UXの示す『U』を勘違いすること」と話す。

    「ユーザーエクスペリエンスで言う『ユーザー』とは、一般ユーザーだけでなくサイトが提供するサービスを形成するすべてのステークホルダーを指します。例えば楽天なら、サイト利用者は購入希望者だけでなく出店者も含まれますし、物品を配送する業者さんもUXを形作る一部となります。ですからユーザビリティの向上とは、決して単眼的な見方では生み出せないのです」

    つまり、サービスにかかわるあらゆる「ヒト」の視点で、その利便性や体験後の満足を追求するのが、HCDの推奨するUX設計ということ。坂田氏も、「私見では、これからはUXではなくHX(ヒューマン・エクスペリエンス)の視点がより大事になると思う」と話す。

    この「ヒト」の観点で冒頭の失敗を見直すと、「そもそもサービス企画の上流工程で、事業責任者、開発陣、UXデザイナーのそれぞれがゴールをあいまいにしていたから起きた」(坂田氏)といえるだろう。

    これを反面教師に、本質的にユーザビリティを高めるためにやるべきことを、坂田氏は以下の3つにまとめる。

    最高のユーザー体験を生むための3要素

    【1】 コンセプトメイキングで「5W1H」をどう設定するか?

    坂田氏も述べているように、UXの向上にはサービス企画の上流工程から「目指すべきゴールの設定」と「やるべきことの整理」をしなければならない。

    昨今はリーン開発やアジャイル開発の間違った解釈で、「まず作る」のを重視する向きもあるが、「今はアジャイルやリーン開発でも、最初に『なぜこれを作るのか?』を考えようという流れになってきている」(坂田氏)という。

    そこで念頭に置いておきたいのは、文章の執筆と同じく

    「Who(誰が?)(誰に対して?)」、「What(何を?)」、「When(いつ?)」、「Where(どこで?)」、「Why(なぜ?)」、「How(どのように?)」

    の6要素。マルチデバイス化が進む最近は、「How」の中に「どのデバイスで?」という問いも含まれる。

    これらを接頭語に置きながら、これから作ろうとしている、または改善しようとしているサービスの存在意義をチーム全員で議論・共有しなければ、開発途中で目的がブレていってしまうと坂田氏は話す。ブレる原因は、冒頭であったような「意識の違い」だ。

    「この5W1Hをキチンと整理してサービス開発に取り組むようファシリテートするのが、UXデザイナーの仕事です。サービス開発の関係者それぞれが思っている“理想の行く末”を引き出して、それをUXという共通見解に描き直す仕事といってもいいかもしれません。さらに言うと、UXデザイナーには『これから作ろうとしている機能やコンテンツはそもそも必要なのか?』を考える視点も大切だと思います」

    【2】 「デザイン」と「アート」の違いを理解する

    よく、UXはUI(ユーザーインターフェース)と同義語のように扱われることがあり、実際の開発現場ではUXの向上≒インターフェース改善として動くケースも多々ある。

    ユーザーとの接点となるUIが、ユーザー体験を左右する重要な要素であることは間違いないが、「デザインの意味を間違えてとらえてしまうと小手先の対策でしかなくなってしまう」と坂田氏は言う。

    「なぜなら、本当の意味での『デザイン』とは、問題解決をすることだからです。デザインとアートを比較するなら、デザインとはより戦略的な視点でトータルエクスペリエンスを作っていくことになります。その意識を開発チーム全体に浸透させるように働きかけることで、例えば『UX向上はデザイナーが考える役割だ』などという他人任せの意識もなくなっていきます」

    また、UI・UXデザインを専門とする人たちは、UX向上のためのプロセスや各種技法をすぐに導入しようと試みるため、「手段の目的化による失敗も数多く見てきた」と坂田氏。

    「このようにエゴに走ってしまうこともアートに似ている要素であり、目的ありきで展開するデザインとは異なる部分だと思います」

    【3】 UX設計は“ラグビーのように”進めていく

    From landrovermena ラグビーは「横」にしかパスを出せない。だからこそ、前に進むにはチーム力が大切になる

    こうして開発の上流工程でゴールを共有したところで、実際の開発では時間的な制約や技術的な限界で、描いたとおりのUXを実現するのは難しい。【2】で坂田氏が指摘したような分業意識=他責の罪も、プロジェクトが大きくなればなるほど顕在化しがちだ。

    こうした問題を解消する上で、「戦略上の魔法は存在しない」と坂田氏は強調する。

    「やるべきことは、UXデザイナーも都度開発の現場に顔を出し、エンジニアやデザイナーと一緒に横一線で作業をすること。上からモノを言うだけでは、何も変わりませんから。その際に個人的に意識しているのは、ラグビーのパスのように左右でパスをし合って皆でゴールを目指す姿勢です」

    “パス”を交換する相手は、状況に応じて、開発者になり、デザイナーになり、マークアップエンジニアになる。大切なのは「横のパス=自分も現場で手を動かす」をしながらでないと、前には進めないということだ。

    「実は楽天も、社内でアジャイル開発を浸透させていく過程で『エンジニア・デザイナー・UXデザイナーが三位一体になってプロジェクトのオーナーシップを取る』という体制を強化しつつあります。結局のところ、サービス開発チーム全員がオーナーシップを取るという体制づくりが、UX向上で最も大事なポイントになるんじゃないかと思っています」

    <坂田氏も取得した「人間中心設計専門家」認定制度が受験者を募集中>

    HCD-Netの「人間中心設計」について、詳しい説明はこちらのホームページに載っている

    HCD-Netが運営・認定している「人間中心設計専門家」は、ユーザビリティ設計の専門スキルを評価し認定する、日本で唯一の人間中心設計の資格認定制度として、年々注目度を高めている。

    これまでは独学で実践してきたUX設計のノウハウを体系化して学びたい、認定資格の取得で仕事上の糧にしたいという人は、応募を検討してみては?

    取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)

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