製造業を中心とした採用支援を手掛けるリクルーターズ株式会社・代表で、キャリア関連の著書を多数持つ有名ヘッドハンター小松俊明氏が、各種ニュースの裏側に潜む「技術屋のキャリアへの影響」を深読む。技術関連ニュース以外にも、アナタの未来を左右する情報はこんなにある!
60歳定年延長と40歳定年。エンジニアにとって幸せな選択はどちらだろう?【小松俊明】
東京海洋大学特任教授/グローバル・キャリアコンサルタント
小松俊明氏(@headhunterjp)
慶應義塾大学法学部を卒業後、住友商事、外資コンサル会社を経て独立。エンジニアの転職事情に詳しい。『35歳からの転職成功マニュアル』、『デキる上司は定時に帰る』ほか著書多数。海外在住12年、国内外で2回の起業を経験した異色の経歴を持つ。現在はリクルーターズ株式会社の代表取締役、オールアバウトの転職ノウハウガイド、厚生労働省指定実施機関による職業責任者講習講師を務める傍ら、東京海洋大学特任教授として理系大学生のキャリア&グローバル教育の研究と教育に取り組む。転職活動コンサルHP
国家戦略会議の下に置かれた部会の一つが、「40歳定年制」を提言したのは記憶に新しい。多くのメディアがこの提言を紹介したことから、目にした人も多いのではないだろうか。
部会長を務めたのは、東京大学大学院教授の柳川範之氏。提言自体は、現代社会が直面する雇用や社会保障の現実を視野に入れた、至ってまともな内容であった。
しかし今、「40歳定年制」という言葉が誤解をはらんだまま独り歩きをしている。「リストラを助長するのではないか」、「失業問題が悪化するのではないか」、「景気はさらに後退するのではないか」という論調で議論されることが目立つ。
雇用や社会保障といったトピックで変わった発言をすれば、必ず強い反対意見や異論が生まれるのが世の常。にしても今回は反響が大きかった。
その背景には、昨今の日本を代表する大企業の業績不振のニュースが少なからず関係していると思う。
「40歳定年制」の提言とほぼタイミングを同じくして、日本を代表する大手家電メーカーが苦境に陥っているというニュースが続いた。
パナソニックは7500億円を超える赤字を2期連続で記録。ソニーの最終損益も4期連続で赤字、シャープに至っては存続も危まれる状況である。
大量のリストラを行う可能性を示唆する報道も続いたため、「40歳定年制」という考え方はなおさら警戒され、極論、暴論であるとけん制する向きもあったかもしれない。
少子高齢化社会を迎えた今、総じて言えることは、「60歳定年延長」の検討に入っている企業が世の中に増えていることだ。
体力や気力の面で充実し、働く意欲の高い高齢者をビジネスの現場で今以上に活用することは、日本経済復興に大きな意味を持つという議論に異論をはさむ余地はない。実際、内閣府の調査(第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査)も示すように、「高齢者の3人に1人が、望ましい退職年齢は70歳以上」と答えているのだ。
翻って、「60歳定年延長」が若手社員に与えるインパクトはどうだろうか。古株社員がいつまでも組織に残ることは、若手の成長機会を奪うことにはならないだろうか。
いつまでたっても管理職になれない、いつも先輩社員から意見される、挙句の果てに会社の歴史や前例を指摘され、チャンスをつぶされてしまうなら、若者の中に60歳定年延長に乗り出す会社への就職、転職を避ける動きが出てきたとしても驚くことではないだろう。
サステナビリティーの視点で、両方の施策を考えると……
一方で、不景気のあおりにより若者の間に極端な安定志向が生まれていることも指摘されている。
「草食男子」という言葉に象徴されるように、若者があまり主張をしなくなったことや、上昇志向を持たず、他人との争いを避け、内向き志向が強まっているともいわれている。
グローバル化により競争がさらに激化している現実をよそに、若者の積極性や創造性に陰りも目立つ。
安定志向を持ち、変化を嫌う若者ばかりが旧来の大手国内企業を志向し、グローバル化に積極的に対応してリスクを取れるタイプの若者は平均年齢30歳前後の成長企業ばかりを目指すようになっていくかもしれない。こういった風潮が今まで以上強まったら、前述した“日本を代表する企業”の未来はどうなるだろうか。
「40歳定年制」について少し誤解があると先に指摘したが、「40歳定年制」ではなく、「40歳定年選択」と言葉を置き換えてみると、少し誤解は解けるはずだ。
「40歳定年制」というと、まるで「60歳定年制」のように、自分の誕生日が来たらいやが応でも強制的に退職させられるイメージがある。ゆえに過剰な反応になるのかもしれない。そうではなく、「40歳定年選択」、つまり定年する選択肢があるというところが、この提言の新しいところなのだ。
以上を踏まえ、これから迎えるであろう「60歳定年延長」の社会と「40歳定年選択」の社会を対比した場合、日本の未来はどちらが明るいだろうか。
欧米社会は早々にフリーエージェント社会の到来を予測し、実際にそこに向けて急速にかじを切っている。
社会制度も、欧米各国ではそうした大きな社会のうねりに対応できるよう、制度面、税制面でもフリーエージェントとして働く人々をサポートする方向に向かっている。
他方、日本の雇用状況を見ると、中高年世代の日本企業の幹部社員が将来の自分自身の保身のために、「60歳定年延長」を画策しているようなことはないかという心配もある。
本当に企業の継続性を見据えているのか、本当にグローバル競争に勝ち残る人材戦略の一環として「60歳定年延長」がベストの施策なのか。
若者の就職難が深刻であるだけでなく、仕事の現場では若者の育成や戦力化ができない悲痛な叫びもある。魅力のない職場で長く働く理由を見いだせなければ、優秀な若者から先に会社を辞めていく。残るのは、依存度が高く、内向きで安定志向の若者ばかりとなれば、そうした若者を採用してしまった日本企業の将来には期待を持てなくなってしまう。
もう、ゼネラリストorスペシャリストの考え方では先が見えない
ただし、「40歳定年選択」という考え方にも注意すべき点はある。
40歳でその後の生き方の選択をすることを見据えれば、自ずと20代にやるべきこと、30代でやっておくべきことが見えてくるものだ。ゼネラリストがいいか、スペシャリトがいいかという議論はあまりにも古い。
ビジネスに必要なのは、「プロフェショナルだけ」だからだ。
何か突出して詳しいことや、自分ならではのサービスを提供できない者が、自らをゼネラリストであると慰めてみたところで、グローバル化の進む世の中で生き残るのは難しいだろう。ことエンジニアは、専門性や最先端の技術などの変化を追っていく習性が強い職業だ。
中でもSEの世界には、以前から「35歳定年説」がまことしやかに囁かれてきた。これは制度としての定年ではないものの、エンジニアとしてのスペシャリティが35歳を境に切実に問われることを意味している。
もちろん、エンジニアにもコミュニケーションやマネジメント力は大切なスキルだ。だがそれは、あくまでもスペシャリティを補強する力でしかない。
自分はプロフェショナルかどうか。これはつまり、自分の力で案件を受注し、お金を稼げるかという問いだ。「力」とは、突出した技術力でも専門知識でも、人脈でも企画提案力でも何でも良いのである。
どんな分野でもいいから、いつもこのフィルターを通して自分に問いかけることが、これまでにも増して重要になっていくだろう。技術の進化という大波に翻弄されがちなエンジニアであれば、より切実に問われるのは言うまでもない。
「60歳定年延長」のニュースを聞いてホッとするよりも、「40歳定年選択」の社会を迎えても自信を持って“人生の後半戦”を自ら設計できるだけの志、知識とスキル、そして社内外の人脈を築いておいてほしい。
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