料理動画サービス『cookpad storeTV』のアプリ開発をたった1人で担った新卒入社1年目エンジニアが明かす「ユーザーファースト」のモノづくり
2017年12月、クックパッドはかねてから試験導入を進めていた『cookpad storeTV』を本格始動。大手スーパーをはじめとする流通チェーンとの連携により全国約1000店舗でサービスをスタートした。
生鮮食材の売場に独自開発したサイネージ端末を設置して料理動画を配信。売場にある食材を活用したレシピを配信することで、消費者に新たな“料理の楽しみ”を提供するとともに、流通店の売上促進および食品メーカーなどのマーケティング推進に貢献する、というビジネスモデルだ。
クックパッドが満を持して料理動画関連サービスへの注力を開始したことについては、同社CTO・成田一生氏へのインタビューで詳しく紹介したが、この重要戦略の一翼を担うのが『cookpad storeTV』だ。この開発プロジェクトで、サイネージ端末のアプリケーション開発をたった1人で担ったのは、何と新卒入社1年目のエンジニア・石本航太氏。同社が今最も力を入れて臨む新規事業の“核”を作り込んだ同氏に、cookpad storeTV開発プロジェクトの舞台裏を聞いた。
「アプリのプロトタイプを3日で作ってほしい」
石本航太氏がクックパッドに新卒入社したのは2017年4月。新卒研修を経て広告事業の部門に配属されたのが5月だった。その後は、Android端末を対象にした広告システムの保守・運用業務を担当することになり、少しずつ社会人としての生活や仕事内容にも慣れ始めた。そんなある日、定例のミーティングで上司から『cookpad storeTV』事業へのトライが発表された。その場で、「サービス開発はAndroidベースで進めるから、経験のある石本くんにお願いします」と突然の指名を受ける。
「今思えば、驚くくらいサラッと言われたんですよ(笑)。僕の方も、あっさり『分かりました。頑張ります』と答えたんですけど」
笑顔で事も無げに答える石本氏。クックパッドが満を持して仕掛ける新たな料理動画事業の第1弾サービスだ。緊張感や不安、逆に奮い立つような感覚はなかったのだろうか? 「最初は、純粋に面白いなという感覚だったんです」と笑う石本氏は、こう続ける。
「入社前にインターンで来ていた時から、クックパッドで若手が大きな仕事を任されるのは珍しくないことだとよく知っていました。それに同期入社した同僚も、それぞれ配属された部門で大きなミッションにトライし始めていたので、自分だけが特別に抜擢されたような感覚はなかったんですよ」
ミーティングの直後、「すぐに店舗に置いて実証実験がしたいので、アプリのプロトタイプを3日で作ってほしい」と指令が飛んだ。口で言うほど簡単な作業ではないはずだが、「大きな会社なのにスピード感があって良いなあ、と思いました」と石本氏は言う。
「事業全体の推進役は別部門のディレクターが担当し、営業チームのメンバーも連携して動き始めていたので、既に大手スーパーのアボカド売場に最初の端末を置くことが決まっていたんです。ですからアボカドを使った料理の動画を2種類用意して、それが交互に再生され続けるようにアプリのプロトタイプを作りました。
確かにスピードは必要でしたけれど、学生時代にAndroidのアプリを作った経験はありましたし、技術的な難易度も最初は決して高くなかったんです。最初のうちは、ですけど(笑)」
その後、プロジェクトチームは3~4カ月をかけて、端末が設置できる店舗を増やし、料理動画配信に適した売場の模索も展開。石本氏も現場に足を運び、動画が流れた時の消費者の反応などをリサーチしながらシステムの改善点を探っていったという。
「急速に忙しくなりました。実装するべき機能について次から次へとリクエストが来て、要求される技術レベルも上がりましたし、カバーしなくてはならない技術領域も広がっていきました。サーバサイドも自分で調整していたので、店舗が増え、設置する売場の数が増えていくと、当然対応しなければならない。売場で働く方たちの要望にも応えながら、アプリ側の改善もどんどんこなす必要が出てきたんです。
それでも、例えば動画の効果を何で測るか、必要な機能を何に絞るかなど、開発だけでなくサービスを創るために必要なことを、チームの皆で議論して決めていくのは純粋に楽しかったし、やりがいを感じました」
当初より、各設置店舗での動画配信状況をクックパッドのオフィスで管理できるシステムを構築していたが、実際に端末に触れるのは設置店舗のスタッフとなる。「動画が急に止まった」「端末の電源のオンオフをクックパッド側でできないか」など、初の試みゆえの問い合わせや要望が相次ぎ、細かな対応は無数に発生した。また、長時間稼働し続ける、という独特の環境ゆえの端末のトラブルにも対応する必要があったという。
一方、cookpad storeTVの取り組みに賛同する食品・飲料メーカーが増え、各社の商品を活用した料理動画広告のトライアル配信をスタートするにあたり、広告の切り替えをリモートで行う必要なども出てきた。長時間の安定稼働、店舗側の負担を極力減らすためのシンプルな機能構成、広告主側の要求に柔軟に応えるための拡張性の保持など、やるべきことは山積していった。
「学生時代にスタートアップでのインターンを経験して、その時Androidのアプリを作っていたことが役に立ったのは事実です。しかし、動画を扱ったことはありませんでしたし、ましてや朝から晩まで稼働し続けるようなアプリなんて作ったことはありませんでした。
端末の稼働状況のログを検証して改善に役立てることも初めてでした。導入店舗数も急激に増加しており、昨年末頃の1000店舗から、今年の6月には3000店舗となる見込みです。そのため、当然サーバサイドでの対応も難易度の高いものになったんです。どれも難しい仕事でしたが、新しい経験の数々が面白くて仕方なかった。エンジニアとしても急速に成長できたと思っています」
「消費者にちゃんと使われるものを創る」ために必要なこと
例えば10年以上前、クックパッド創業当時ならば、エンジニアであろうがなかろうが、多様な仕事を若い面々でこなしていたとしても不思議はない。だが今やグループ全体で350名超が従事する会社である。新規事業の取り組みであったとしても、石本氏のように1人のエンジニアが何でもこなす必要はないように思う。その点を当人はどう考えているのだろうか?
「就職活動をする時、こだわっていたポイントがあるんです。それはユーザーファーストの精神でサービスを展開している企業かどうか。記事を読んだりしながら調べるうちに、このこだわりに該当しそうな会社がいくつか見えてきて、それでクックパッドのインターンにも参加しました」
驚いたのは、先輩エンジニアたちが技術について語る時、一様にエンドユーザー目線でものを言っていたことだと石本氏。どの言語を使い、どういうプラットフォームで何を動かすか、といった技術論に終始するのではなく、一般のユーザーがどういうサービスを望んでいて、そのための機能をどう実現するか、という目線で夢中になって語るのだという。
そうなれば、フロント領域もバックエンドも関係ない。そればかりか、営業マンがやるべき仕事も、マーケティング担当者が引き受けるべき事柄も自身の業務の範疇になり得る。ユーザーに支持されるサービスを作り上げるエンジニアに求められる要件が、実感をもって理解できた。
「消費者にちゃんと使われるものを作るには、物事を分かりやすくブレークダウンして話せないと始まらない。クックパッドのエンジニアは皆、そういう社員ばかりでした。インターンの後、アルバイトもさせてもらって、本物のユーザーファーストのモノづくりの仕方を吸収していったんです」
技術者として得意領域を持つことは大切だ、という考え方はある。石本氏も「『Androidの案件なら石本に相談すればいい』と言われる存在にいつかはなりたい」と話す。だが、もっと大切なのはユーザーに必要とされるものを作れるようになること。そのためには「僕はここからここまでしかできません」ではダメなのだと石本氏は語る。「そもそも、それじゃあ僕自身が面白くない」とも言う。それでも課題解決のために未体験領域に踏み込めば、当然技術的な壁に突き当たることもあるだろう。
「もう、壁だらけですよ(笑)。でも壁が現れても、相談できる人が周囲にいっぱいいます。今回もいろいろな先輩に相談して、乗り越えてきました。
入社早々、新サービスをゼロから立ち上げる経験ができて、僕は幸せです。使い続けてもらうためには、新しい機能をスピード感をもって届けることが常に求められますが、だからこそ、後の運用・保守も踏まえて、最初のサービス設計がいかに重要かということがよく分かりました。既存サービスの開発ではできない多くの学びを得られたと思います。
こうした経験の積み重ねで、必要とされるサービスをちゃんと完成させられるエンジニアへ成長していける。そう思っています」
端末設置店からの問い合わせや依頼への対応も求められる。相手は技術のプロではない。消費者と直接向き合う人々が何を求め、何に困っているかを聞き、それらを頭の中で技術的にブレークダウンして「やるべきこと」を見つけ出し、優先順位を付けながら一つ一つ解決していく、その繰り返し。
アプリ自体に問題があるケースばかりではない。OS側で改善すべき場合もあれば、端末機のハードウエア、ネットワーク、サーバ側、課題は各所に現れる。時には店舗サイドの業務オペレーション上の問題にも対応策を講じる必要がある。
入社1年目の人間に全ての面で100点が取れるわけはない。しかし、困って振り向けば、ユーザーファーストを貫き、それぞれの領域で成果を上げてきた人たちがいる。プロジェクトチーム内外に相談相手が存在し、いつでも有効なアドバイスが得られた。「大抜擢された新人が孤軍奮闘」して新規サービス創出を支えたのではない。会社中が一丸となったチームワークのもと、絶対の安心感をもって石本氏は開発に臨んだのだ。
「cookpad storeTVはこの春に正式な広告商品としての販売がスタートする予定です。ようやく本稼働を始めたところですから、今後も課題はきっと出てくるでしょう。それらに対応する中で、僕としてはさらに成長したいと願っています。受け身の対応ばかりでなく『このサービスはこうなっていくべきだから、今これをしないといけない』と発信していける存在にならなければ、とも考えています。
例えば忙しい主婦の方が、お買い物に行って、何となく売場を歩いていたら、端末の動画でいつもと違う献立を紹介していて、見てみたら案外簡単に美味しく作れそうだと分かる。それで必要な食材を購入して、家で家族のために料理をする喜びを改めて感じてくれたら、こんなにうれしいことはありません」
とかくメディアはビジネスモデルの斬新さや収益性、使われている技術の先進性やユニークさばかりを取り上げる。しかし、実際にサービスを起こし、動かしているエンジニアは、料理をする人の喜びだけを一心に見つめている。
単なる「食材の販売促進のための動画サービス」と認識している人は、スーパーまで行って見てみれば分かる。クックパッドが創った新サービスが、そんな小手先のものではないことを、買い物客たち一人一人の表情がきっと教えてくれるはずだ。
取材・文/森川直樹 撮影/柴田ひろあき
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