コードで「社会とつながる」ということ~26歳で再就職した元ニートの『skillstock』開発記【後編】
そのころから、週に1度のミーティングでの報告だけでなく、今日やったこと、明日やるべきこと、プログラミングで分からなくて苦労しているところを、毎日高橋氏宛てにメールで書き送るのが義務になった。技術ノウハウだけでなく、仕事の進め方の基本も、高橋氏に教えられた格好だ。
「最初は毎日報告メールを送るのは大変だと思いましたけど、やってみたらそれで気持ちがずいぶん楽になったんです。仕事ってこうやって進めていけばいいのかと、初めて理解できた気がしました」(竹原さん)
このやりとりを重ねるうち、技術に対する欲も出てきた竹原さんは、『skillstock』の新機能開発を行うかたわら、Railsの勉強会に参加したり、エンジニアとして自分を採用してくれる会社を探すようになっていた。
が、求人サイトでエンジニアを募集している会社に片っ端から応募しても、なかなかうまくいかない。やっとの思いで面接にこぎつけても、実務経験のなさを理由に断られてばかりいた。
「ほぼ毎回、『skillstock』での開発のことを話していたのですが、『それは仕事じゃないですよね』って念を押されるばかりで……」(竹原さん)
何度目かの面接でとうとう心が折れそうになった時、竹原さんは『skillstock』開発中に藤代氏から言われ続けてきたアドバイスを思い出していた。
「とにかく最後までやり切ることが大事だ。それが竹原さんの実績になるんだから」
その言葉を信じ、アクションを止めなかった竹原さんに、やっと幸運が訪れる。
そのきっかけは、『ギークハウス』のことを知った時と同様、Twitterを介して訪れた。
かつて竹原さんが開いたカレーパーティーに参加してくれた人のつぶやきに、気になるURLが貼ってあるのを目にしたのだ。
《RailsとGitHubが使える学生インターン募集》
そのリンクを見るやいなや、竹原さんはダメもとでDMを送る。
「学生じゃないですが両方使えます。僕じゃダメですか?って」(竹原さん)
その相手こそ、現在彼が勤めるkamadoのエンジニアである齊藤正浩氏だった。後に面接したkamado代表取締役社長の川崎裕一氏は、竹原さんの第一印象をこう述懐する。
「物静かで朴訥としていた印象ですが、話を聞くと油絵専攻で焼肉店勤務経験があって、インドへのカレー修業に行ったこともあるというユニークなところに興味を持ちました。それに、ギークハウスに同居するギークたちと交流するうち、幼かったころにやっていたプログラミングを思い出しているなんて話も面白かったと記憶しています」(川崎氏)
とはいえ、Railsでの『skillstock』開発経験や、Objective-Cでサンプルアプリを作ったことがあるというスペックまでは分かっても、短い面接時間では「職業エンジニアとしてどれだけのポテンシャルがあるのか、推し量ることはできなかった」と川崎氏は言う。
それでも、竹原さんはkamadoに入社することが決まった。理由はこうだ。
「第一に、プログラミングで食べていこうとする覚悟を感じたことです。仕事に慣れよう、成果を出そうという姿勢を感じました」(川崎氏)
この読みは的中し、実際、職場での竹原さんは「朴訥とした印象とは裏腹に、自分で都度判断しながら仕事を進められる人」(川崎氏)だそうだ。『skillstock』でのボランティアを通じて、高橋氏、澤村氏が伝えてきたことが活きた格好だ。彼らの慧眼あってのことといえよう。
そしてもう一つ、川崎氏には採用して良かったと思う点がある。
「それは彼のカレーの腕前(笑)。竹原が社外の方々にカレーを振る舞うイベントを月に1回ほど弊社オフィスで開いているんですが、そこからkamadoに興味を持ってくれるエンジニアが増えているんですよ」(川崎氏)
竹原さんも、「自分の作ったカレーがきっかけで、恵比寿界隈のITベンチャーの方だったり、別の会社にいる多くのエンジニアと知り合いになれるのは楽しい」と顔をほころばせる。
「岡山の焼肉チェーンに勤めていたころは、とにかく『休みがほしい』、『次の休みはいつだ』って思いながら働いていましたけど、今は楽しくて休みがなくてもいいかなって思うようになりました」(竹原さん)
藤代氏には、「『skillstock』には2人の師匠がいるんだから、会社のことでも技術のことでも、不安があったらいつでも聞くといい」と言われている。
むろん、竹原さんの師匠は高橋氏、澤村氏だけではない。藤代氏や川崎氏、そしてギークハウスやkamado、カレーパーティーで知り合った仲間たちも、今は彼の成長を温かく見守ってくれる存在だ。
「もし皆さんに出会えなければ、おそらく今ごろはニート生活に行きづまって岡山に帰っていたかもしれないって思うことがあります」(竹原さん)
紆余曲折を経て、ようやくエンジニアとしてのスタートラインに立つことができた。彼の今後が明るいものになるかどうかは、周囲の応援を糧にどれだけ自分の意思を貫けるかにかかっている。
だが、もはや飽きっぽい性格を理由に職を投げ出すことはないだろう。PCを前にして見せる彼の笑顔は、明るい希望に満ちていた。
取材・文/武田敏則(グレタケ)
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