なぜ、アマゾンは超爆速でサービスを進化させられるのか? AWS Summit Tokyo 2013で中の人に聞いてみた
「創造性を解き放ち、夢を追い求める力を人に与えるものこそが、最も革新的で変革力のある発明なのです」
これは、2012年に米AmazonのCEOジェフ・ベゾスが株主宛に送った手紙の一節だ。これまで物理的・技術的な制約があって実現できなかった「柔軟で、自由で、高速なITインフラ構築」を可能にしたという点で、クラウドプラットフォームはベゾスの言う「最も革新的で変革力のある発明」の一つといっていいだろう。
数あるクラウドサービスの中でも、同社が提供するAmazon Web Services(通称AWS)は世界190カ国・数十万人規模の利用者がいる(同社発表)という一大クラウドサービスとなっており、その勢いは6月5日~6日に東京・品川で開催された『AWS Summit Tokyo 2013』でも感じられた。
初日5日の基調講演の前には、会場となったグランドプリンスホテル新高輪・国際館バミールの入口が参加者であふれ返り、AWSの最新動向を知ろうと集まったエンジニアやIT業界関係者の熱気と期待が入り混じっていた。
その日の基調講演に登場したのは、AmazonのCTO(最高技術責任者)であるWerner Vogels氏。約1時間30分の講話で、AWSの進化や各産業にもたらしたインパクト、今後の展望などを語った。
毎月20前後の新サービス発表/アップデートを続けているAWS
同氏は、AWSがもたらした最大の成果として「不確実性の高まるすべての産業に、新たなイノベーションのパワーを提供したこと」を挙げている。その理由はこうだ。
「AWSを利用してもらうことで、これまで人・モノ・金のすべてにおいて莫大なコストがかかっていたシステム基盤への開発投資を極限まで減らすことができる。これが示す意味は、『失敗のコスト』をゼロに近付けたということ。だから、数多くのチャレンジを生み出すことができたと考えている」
まさに技術革新のプラットフォームとして進化し続けてきたAWSだが、彼ら自身のサービス展開の速さにも驚かされる。この日も
・日本リージョンにおけるHPC(高性能コンピュータ)向けEC2インスタンス提供開始
・ペタバイト規模のデータウエアハウス『Amazon Redshift』の日本展開
・クラウド人材育成『AWSトレーニング』の全コースを日本語で提供開始
などの発表を行ったが、Vogels氏によれば「AWSでは毎月約20前後の新サービス発表/アップデートをしている」とのこと。Amazonのような規模の巨大企業では、異例のスピードといえる。
なぜ、同社はこのような“超爆速”でのサービス開発が行えるのか。それを探るため、基調講演の後に行われた個別セッション『AWSだけじゃない!Amazon Android アプリストア、Kindle、AWS勢ぞろいでの丸ごとAmazonパネルディスカッション』に足を運んだ。
イノベーションのペースを速める4つの特徴
このセッションは、Amazonが展開するモバイル・コンシューマ向けを主軸にした各ビジネスの担当者たちがパネルディスカッションに参加し、ECサービスのAmazon.comやAWSをプラットフォームとして、どのようにサービスを展開しているのかを発表。
アマゾン データ サービス ジャパンのテクニカルエバンジェリスト堀内康弘氏をモデレータに、Kindleデバイス&アクセサリー事業部長の小河内亮氏、『Amazon MP3』や『Amazon Cloud Player』といったデジタル音楽映像事業のマーケティング部長である浅岡範子さん、Amazonアプリストアのシニアベンダーマネジャーを務める岡崎淳一氏らが、各サービスの特徴を披露した。
それぞれのサービスで共通していたのは、徹底した顧客志向という御旗のもと、AWSと同様に高速で改善や機能追加が行われているということ。
その一例として、Kindle事業部の小河内氏はこう話す。
「Kindleを購入したユーザーが、購入前の読書量と比べてどのくらい本を読む時間が増えたのかを調査した結果を見ると、年々その時間が増えています。2008年の調査結果では2.56倍だったのが、2012年には4.62倍にもなっている。これは、Kindle内における書籍のセレクションを増やす、デバイス自体の使いやすさを改善するといった地道な努力を当社が続けていることの表れだと考えています」
では、こうした取り組みを支える現場の動きはどうなっているのか。パネルに参加した4名の話から、4つの特徴が見えてきた。
何かを変えたり新規で開発する際、他部門・他サービス間での交渉や調整が発生するもの。数々のサービスを展開しているAmazonも例外ではない。
一般的な企業では、そこで利害争いが起こったりするものだが、Amazon社内には徹底した顧客志向(同社の言葉でいうと「カスタマーオブセッション(Customer Obsession)」)が根付いているため、結論を出して動き出すまでの時間を短縮できると小河内氏は言う。
「各セクションで利害が一致しないシチュエーションでも、すぐに『お客さまにとって何が大事か?』という共通のキーワードで議論がなされるので、調整が頓挫することがない。これが大きいと思っています」(小河内氏)
今回紹介されたKindle、Amazon MP3、Amazonアプリストアはすべてマルチデバイス・マルチプラットフォームで展開しているのも、「ユーザーの行動を縛るべきではない」というカスタマーオブセッションの思想あってのことという。
上記したカスタマーオブセッションの一つとして重視する考えに、《Start with the customer and work backwards.》があると話すのは、デジタル音楽映像事業の浅岡さん。特にプロダクト開発時に重視されているという。
日本語訳するなら「顧客を起点に考え、行動する」となるが、これを口だけでなく実践するための方法論が面白い。
「例えばプレスリリースを書く時のやり方もちょっと変わっています。通常、プレスリリースは製品を開発した後に作成するものですが、Amazonは開発に取り掛かる前にリリースを作成します。そうすることで、製品の魅力や解決する課題が何なのかをチームで確認し合うのです」(浅岡さん)
これでプロダクトアウトでのサービス開発を防ぐ一方、先に「開発の命題」を決めることでその後のプロセスの高速化が図られるのだろう。
さらに、各プロダクトの企画なり開発なりを行っていく際のチーム構成として、「2枚のピザで足りるサイズにする」ということが徹底されている。AWSエバンジェリストの堀内氏は、「このルールがあるから、少人数で課題解決に当たれるし、即断即決できる」という。
もはや「大は小を兼ねる」と考えられていた時代は終わり、というのが、世界中どの組織でもスタンダードになりつつある。
Amazonは、ここで紹介した以外にもさまざまなサービスを展開しているが、「そのほとんどがAPIを充実させることに腐心している」と堀内氏は言う。
「そうすることで、各プロダクトの連携/他社サービスとの連携時も『APIをどうするか?』だけ考えればよくなるため、話が早く進むのではないかと思います」(堀内氏)
さらに、APIに対するAmazonのスタンスを、Amazonアプリストアの岡崎氏は別の切り口でこう話す。
「Amazonアプリストアではディベロッパー向けに広告APIを提供していますが、『ユーザー行動に則ってパーソナライズされたレコメンデーションを行う』というEC事業で培った思想で開発されているので、ユーザーのノイズにならない広告を配信できます。これが、広告主だけでなく、ユーザー、ディベロッパーの3者が幸せになれる仕組みを作り出しています」(岡崎氏)
一つ一つの施策を見ると、どれも当たり前のように聞こえるものばかりだが、組織が巨大化しても社員全員が「当たり前のこと」を実践し続けていることが、Amazonの強さなのかもしれない。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)
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