及川卓也氏をプロダクトマネジャーに迎えIncrementsが構想する「Qiita3.0」とは?
GoogleでChromeの開発などに携わったエンジニアである及川卓也氏がこのほど、技術情報共有サービス『Qiita』などを運営するIncrementsに加わった。
Microsoft、Googleと世界を舞台に活躍してきた大物技術者が、転職先として社員わずか13人のスタートアップを選んだことは、少なくない人に驚きをもって受け止められた。詳細はまだ明かせないということだが、及川氏をプロダクトマネジャーに迎えたIncrementsは、「Qiita3.0」とも呼ぶべき未来構想を描いているという。
2012年の会社創業とともにローンチした『Qiita』は、直後に1度ピボットを経験した後は、現在の「ノウハウ共有サイト」として右肩上がりの成長を遂げてきた。現在では月間200万UU、投稿された記事は10万件を超えるなど、日本のエンジニアコミュニティにすっかり定着している。
そんな『Qiita』が進む次のステージとは、どのようなものとして構想されているのか。代表取締役社長の海野弘成氏と及川氏に話を聞いた。
コミュニティとプロダクトは『Qiita』の両輪
海野 Incrementsではこれまでエンジニアを厳選して採用してきました。なので、優秀なメンバーはある程度そろっている。次はプロダクトを強化すべきと考えて、プロダクトマネジャーというカテゴリーで考えた時に浮かんだのが及川さんでした。
エンジニアをマネジメントする上では、エンジニアだったりエンジニアコミュニティだったりを理解している必要がありますが、マネジメントができて、さらにそうした理解もある人というのは、なかなかいるものではありません。
及川 共通の知人を通じて海野さんと会い、そこでディスカッションを重ねる中で、『Qiita』や会社として向かっている方向性が、私自身がやりたいと考えていたことと非常に近いと感じるようになりました。
これは、Googleを辞めるよりも前の話です。誰にも言ってはいませんでしたが、Googleを辞める時点でIncrementsに入ることはすでに決めていました。
海野 プロダクトマネジャーの責任はプロダクトを成功させること。そのためには営業だったりマーケティングだったりとさまざまな要素が絡んできますし、それはプロダクトによっても違います。
『Qiita』の場合はやはり、エンジニアコミュニティを理解するというところが一番難しい。
エンジニアには皆、根っこに性善説というか、「世界をより良くするために自分の技術を使いたい」と考えるところがあると思うのですが、これは感覚的なものなので、学習して身に付けられるものではない。それを理解してコミュニティを育てるということ、かつ社内のエンジニアメンバーと良いプロダクトを作るために協調してやれるという、両方を期待しています。
及川 『Qiita』にとってはプロダクトとコミュニティは両輪だと思っていますから、プロダクトを考えることとコミュニティを考えることはオーバーラップしますし、それをやるためにはチームとしてうまくやらなければならない。全てそろって進められないようでは成功はないと思っています。
Incrementsは、チームといっても自分を含めて14人とまだまだ小さい。なので、メンバーと一緒に働くことがそのままチームマネジメントだとも言えます。1人で籠ってスペックを考えていてもできっこないし、今のコミュニティを知らないことには何も作れない。プロダクトだけを見続けることで可能になる打ち手もあるでしょうが、それ以外を見ることで見えるものもあるということです。
情報を「集める」フェーズから「価値を高める」フェーズに
海野 僕らが『Qiita』を出すまでは、技術情報を発信したり共有したりする場所がかなり限られていました。
『Qiita』を出し、さらには『Kobito』やAPIを公開することによって環境を整え、いかに情報共有してもらうかに腐心してきたのがこれまでのフェーズです。
そうした場が徐々にできてきて、いろいろと活用できるデータがそろってきたので、今後は共有された情報の価値をいかに高めるか?というフェーズに入ると思っています。
及川 『Qiita』にはすでに10万件以上の投稿がありますが、中には古くなったり埋もれてしまったりして、死蔵してしまっているものも少なからずあります。これを再発掘する、あるいは情報を追加するなどして、鮮度を保つということをやっていきたい。
しかも、それをコミュニティの力によって実行したいと考えています。
これまでは情報の正しさや鮮度を保つことが、投稿した書き手個人に委ねられていました。でも、それではあまりにも負担が大きい。『Qiita』が“情報共有のGitHub”のような存在になることで、この問題を解決できるのではないかというのが、私たちの考えです。
例えばオープンソースには「WIP(Work In Progress)」という件名を付けて作業中であることを示しつつ、途中経過もレビューしてもらうというやり方がありますね。『Qiita』においても、本人にとっては忙しい最中に残したメモ書き程度のものであっても、コミュニティに委ねればコンテンツとして育っていくかもしれない。
方法はいろいろあると思いますが、現在は頭の中にあるアイデアを少しずつ、チームのメンバーに共有している段階です。
成長意欲と承認欲求をトリガーにコミュニティを育んでいく
及川 Googleは存在自体が巨大な求心力でしたから参考にはなりませんし、どういう方法が良いのかは模索中です。ただ、適切なタイミングで生まれ、適切な方法で運営されていれば、コミュニティは自然と育っていくものではないかと思います。
どういう人が集まっているのかを理解した上で、共通のゴールを設定するのが大事なような気がします。何かしらのインセンティブは必要でしょう。それが何かはまだ分かりませんが、『Qiita』の場合は「そこに行けば成長できる」ということが一つのインセンティブになるのではと思います。
海野 「成長したい」とともに「人の役に立ちたい」という思いも、情報共有やオープンソースに参加する動機として挙げられると思います。これは、これまでに行った投稿者へのヒアリングなどから分かっていることでもあります。
僕自身が『Qiita』を作るに至った原体験も、まさにそうでした。ある言語の記事をブログに書いたら、その言語を作った人からコメントがついた。それが嬉しかったんです。ただ、個人のブログだとプレゼンスを得るまでのハードルが高い。そこを改善しようと思ったのが『Qiita』の始まりです。
及川 現状の『Qiita』のコミュニティはスマホやWebの技術者に偏っており、日本の技術者全体を反映したものにはなっていません。職業エンジニアが110万人とも120万人とも言われる中で、ネット上でプレゼンスを持っているのはそのごく一部。『Qiita』にいるのはそのさらに一部に過ぎない。
こうした現状を変え、技術者全体のコミュニティと限りなく一致させる方向にもっていきたいと思っています。
もちろん実際には完全に一致することは難しい。ただ、日本の技術者全体が相互に助け合って成長していく一つのコミュニティになるための努力はするべきだと思っています。
将来的には、アドバンストな人の集まりである『Qiita』の思想や文化を日本全体に反映させるといった方法で、世界における日本のプレゼンスを向上させることに貢献していきたいと考えています。
キャリアの棚卸しの末に行き着いた、イネイブラーとしての喜び
及川 FinTech、医療、シェアリングエコノミー……バーティカルなテーマは確かにどれも面白いですし、そういう事業を手掛ける企業に行くという選択肢も考えはしました。ただ、一時的にアドバイスする分には良いけれど、ずっとやり続けるのに果たしてモチベーションを保てるだろうかと考えたんです。
というのも、振り返ってみると、過去に在籍したMicrosoftにしてもGoogleにしても、自分はずっとプラットフォーム技術を作る会社に勤めてきた。人にアドバイスすることはあっても、自分自身の仕事としてバーティカルなことをやったことはなかったし、自分が面白いと感じてきたのも、Web技術を作って多くの技術者に使ってもらう、イネイブラーとしての役割でした。
仕事以外でもさまざまなコミュニティに関わってきましたが、それもイネイブラーとして啓発させてもらう立場と言うことができます。なので今回も、プラットフォーム技術を作るか、技術者を支える技術を作りたいと考えたんです。
もちろん、自分で起業することも考えました。ただ、そんな中で誘われたIncrementsが掲げる「ソフトウエア開発をよくすることで、世界の進化を加速させる」というミッションは、自分がやりたいことと近いもので、非常に共感できた。
だったらゼロから資金調達や採用といった自分が苦手なことをやるより、参加させてもらった方がより、自分の夢にも近づくと思ったんです。
及川 当然です。キャリアの棚卸しは皆、絶対にやった方がいい。
人間はずっとハイテンション、ハイモチベートされた状態で働き続けることはできません。プロジェクトが終わってバーンアウトしたり、大きな組織変更があったりと、キャリアを見直すタイミングは必ずあります。そういう時、自分がこれまで何にエキサイトしてきたのかを振り返ることで、自分がやりたいことを見つけることができる。
MicrosoftからGoogleへ移った時も、Google内で職種転換した時も、私は必ずそうやってその後の道を決めてきました。
及川 Googleは素晴らしい会社でしたが、多くのものを自社のインフラでまかなえる恵まれた環境にありました。しかし、それは一歩会社の外に出てしまえば当然使えません。
一方でIncrementsは典型的なスタートアップ。誰でも手に入るものを活用し、ベストプラクティスを模索して常に実践を重ねている。こうしたことに足を踏み入れることがチャレンジであり、やりたかったことでもあるんです。
さまざまな企業や技術者からGoogleの開発事例を聞かれて答えても、「参考になりました」と言われるだけで、実際には変わらない。それはGoogleが特別な会社だと思われているからであり、実際に特別な会社だったからです。
その点、Incrementsは製品を通じてだけでなく、自分たちのプラクティスを通じて世の技術者たちを啓発していける会社だと思っています。14人の会社にできていることが、もっと大きい会社にできないはずがないですから、刺激を与えられる存在になれるのではないでしょうか。
海野 Incrementsでは「可能な限りオープンソースにする」という考え方を大切にしていますし、ブログやミートアップで発信する内容も、成功事例だけでなく、失敗や試行錯誤のプロセス自体を含んでいます。
僕らがやっているのは、プラットフォーマーとして外からコミュニティを作る、育てるというよりも、僕ら自身もその輪の中に入って、一緒にベストプラクティスを模索するということ。ここまで受け入れられて成長できたのはそうした思想があったからではないかと思っていますし、それは今後も変わらない姿勢だと思ってもいます。
取材・撮影/伊藤健吾 文/鈴木陸夫(ともに編集部)
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