「Windows95を設計した日本人」中島聡氏と、「世界初のモバイルインターネット i-mode を世に送り出した男」夏野剛氏が発起人となって設立したNPO、シンギュラリティ・ソサエティ。「シンギュラリティ」という言葉の解釈には諸説あるが、中島氏は「人工知能が人間を置き去りにして限りなく進歩してしまうプロセス」と定義し、「私たちは既に、そのプロセスの真っ只中にいる」と話す。
しかしながら、テクノロジーを理解し、最大限に活用できる真のリーダーがこの日本にはどれほどいるだろうか。技術のさらなる進化を正しく導けるエンジニアはどれほどいるだろうか――。
「このままではいけない」そんな危機感が、“テクノロジーの歴史を変えた男”二人を立ち上がらせた。
一般社団法人 シンギュラリティ・ソサエティ 代表理事 中島 聡 氏
早稲田大学大学院理工学研究科修了。大学時代に日本のCADソフトの草分けである「CANDY」を開発。大学院修了後はNTTに入社したが、わずか1年で設立間もないマイクロソフト日本法人へ転職。3年後、米国本社へ移るとWindows 95、Internet Explorer 3.0/4.0等のチーフアーキテクトを担った。2000年代に入り、独立を果たすとXevo 、neu.Pen等を起業。毎週火曜日発行のメルマガ「週刊 Life is Beautiful 」の執筆を今も継続中。主な著書に『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』(文響社刊)がある。米国シアトル在住。MBA(ワシントン大学)
一般社団法人 シンギュラリティ・ソサエティ 発起人 夏野 剛 氏
早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京ガスに入社。ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを取得後、ハイパーネットを経てNTTドコモに参画すると、『i-mode』の立ち上げに携わって全世界から注目を浴び「時代の顔」に。多数のジョイントベンチャーも成功に導き、2005年には執行役員就任。2008年ドコモ退社後は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授に就任(現任)。セガサミーホールディングスなど多数企業の社外取締役にも就任。2009年にはドワンゴの取締役(現任)としてニコニコ動画の黒字化に携わった。近著に『自分イノベーション』(総合法令出版刊)、『誰がテレビを殺すのか』(角川新書刊)がある
「もはや、日本の“テクノロジー後進国”感たるやハンパないですよ」
――今回、なぜこの2人がタッグを組んだのでしょうか?
中島 過去の笑えるエピソードを語り始めたらキリがないほどあるんですが、真面目にお答えすると、過去30年ほどの技術の歴史が関わってきます。この間、大ざっぱに言えば「PC→インターネット→モバイルインターネット」が世の中を変えてきたし、その象徴が「Macintosh→Windows95→iモード→iPhone」でした。奇しくも私と夏野さんは、この4つの内の2つに深く携わってきた人間です。シンギュラリティ・ソサエティという「未来」のための場を創ろうというとき、私にとってどうしても一緒にやりたいキーパーソンが夏野さんでした。
夏野 中島さんと私はそれぞれ別の環境で生きてきたけれど、たしかにお互い歴史の節目に深く関わってきました。そして、だからこその共通認識がある。それは「日本をこのまま放置していたら、未来なんて創れっこないよね」というもの。
先日、2週間の休日をフロリダで過ごしてきたんですが、アメリカと日本の差というものを、ありとあらゆる場面で見せつけられました。とにかく、アメリカでは「スマホで出来ないこと」が何一つ無かったんですよね。先進技術が生活に浸透している。どんな小さなレストランだって、すべてオンラインで予約できるし、通りに出てタクシーを探すよりも、ウーバーで呼び出した方が圧倒的に早く車に乗れる。Wi-Fiだって大体の場所で使えるし、面倒なログインとかも無い。この程度のことでさえ、驚かされてしまうわけです。もはや、日本の“テクノロジー後進国”感ハンパない ですよ。
中島 バブル崩壊後、1990年代の日本は「失われた10年」なんて言われていたわけですが、それが21世紀に入ってもズルズルと延長され、今や「失われた30年」になろうとしています。ただし、2000年ごろ、ほんの一瞬だけ日本が世界を圧倒的にリードした時期があった。それがiモードだったんです。まだ欧米のIT業界が「WAP(Wireless Application Protocol)がどうのこうの」などと、通信仕様や要素技術の話に終始していた時期に、島国ニッポンではドコモのガラケーがiモードで、バリバリのモバイルインターネット・サービスを事業化していたんです。
当時、私のまわりにいたアメリカ人たちも「iモードってスゲーな」と言っていたし、ちょうど私は向こうで会社を立ち上げたばかりだったので、イベントの時などは勝手に「iモード・エボリューション」と銘打っていました。実際にはiモードと直接関係ない会社だったのに、それだけで広い部屋を確保できたんです(笑)。
夏野 たしかに2000年ごろから、おサイフケータイが登場する2005年ごろまでは、世界中がiモードを絶賛していましたね。結局、iモードは世界にエボリューションを実現しませんでしたけど(笑)。
中島 そこなんですよ、残念なのは。あのとき、私はポジティブな意味で「ガラパゴス」という表現を使ったんです。「小さな島だから実現できた突出した進化」がiモードであり、うまくやれば日本の「失われた10年」に終止符を打てたかもしれないのに……。結局、「ガラパゴス」も「小さな島国でしか通用しない進化」というネガティブな意味で使われるようになってしまった。
夏野 iモードがグローバルに広がらなかったのは、「通信メーカーの限界」というのが理由。結局、通信業界は後進のネット業界にオーバーライドされ、のみ込まれてしまった。
中島 そうですね。キャリアが提供するガラケーでも十分にモバイルインターネット・サービスが可能だったのに、その後から登場したiPhoneとAndroidのスマホがモバイルインターネットの象徴になってしまった。まぁ、私も夏野さんもiPhoneが大好きだけどね(笑)。正直デバイスとしてとんでもなく素晴らしいかというと、そうとも言えないんだけど、パッケージングとマーケティングと事業戦略が素晴らしかったから。
夏野 その素晴らしさをAppleが発揮できたのは、ジョブズがトップに君臨して、あらゆる決定を下すことができたからとも言える。生え抜き出世組ばかりが経営陣を形成する日本企業で、中途入社組の外様の執行役員に過ぎなかった私にはいかんともしがたいジレンマはありましたね。まあ、初代iPhoneが発売される一カ月前にドコモを辞めた私は、すっかりiPhoneに魅了されて、パソコンから何から、全てAppleにしましたけどね。「あのiモードの夏野が、iPhoneを絶賛しているぞ」なんて言われ、裏切り者扱いされたりもしました(笑)。
中島 それを言うなら、私もとんだ裏切り者ですよ。そもそも最初に入った会社がNTTだったのに、1年で辞めてMicrosoftに転職したし、そこでWindows95を作った張本人のくせにiPhoneを手に入れて、「これはスゲーぞ」と大喜びしていたし。
夏野 変わり身の早いところは、この2人の共通点。ずいぶん早いタイミングからテスラに夢中ですしね。
中島 変わり身のはやさって、結構大事なことですよね? 2007年の時点でiPhoneの素晴らしさに気づいた人の多くは、今テスラの魅力にも気づいているはず。新しくて面白いものに飛びつくようなところがなかったら、世の中を変える存在にはなれないと思います。
夏野 そこですね。欧米人の多くは変わり身が早い印象があります。「良いモノは良いんだ。何がいけない?」という感性が根付いている。逆に日本の人、とりわけ自身がモノ作りに携わっている経営者とか技術者なんかは、「食わず嫌い」で新しいモノに否定的だったりしないでしょうか?
中島 「良いモノは良い」というより「変わらないモノが良い」みたいな発想だよね。今までやってきたことを続けていくことが大事だと思っている。でも、そんなの大間違いです。
平成が終わろうというのに日本はまだ昭和
「逃げ切り世代」に自分の人生を預けてどうする!?
――「平成」ももう終わろうとしているのに、多くの人がまだ「昭和」を抱えて生きているとお二人は感じているようですね。
夏野 はい。もういい加減、「昭和」をぶっ壊せ、と言いたい。
中島 少し前の日経新聞に書かれていたんです。経団連で主要なポジションに就く企業経営陣が皆、転職経験のないサラリーマン経営者だと。「昭和」の時代に会社に入った人たちが、起業も転職も経験しないまま30年を過ごして、「平成」が終わろうという今も日本経済の中枢を握って、意志決定をしている。このままでは「失われた30年」どころか、いつまで経っても日本に未来はやってこないよ。
夏野 そういう「逃げ切り世代」の経営陣には、いまだにガラケーを使っている人もいて、スマホどころかインターネットだってまともに使えない人も多い。エンジニアの皆さんは、そんな人たちに自分のキャリアや人生を預けてしまってどうするの? それでいいの?
中島 最悪だね。そういう世代に何を言っても、逃げ切るだけだからね。
夏野 そう。だから僕らは逃げ切れない若い世代に訴えかけて、エンパワーしていきたい。
中島 人工知能が人間を超えると言われているのが2040年ごろ。その頃には逃げ切り世代はとっくにリタイアしていなくなっていますし、今の20代は働き盛りの40代を迎えます。その時になって「テクノロジーに使われる身」になっているのか、それとも「テクノロジーを操って、シンギュラリティの時代に相応しい人間」になっているか。違いは恐ろしく大きいわけです。
――シンギュラリティ・ソサエティでは、AIのことだけを意識しているわけではないんですね?
中島 そうです。私たちが言う「シンギュラリティ」は、テクノロジー全般と人間との関係性が大きく変わろうとしている「今」を指しています。そんな「今」、僕らは何をすべきなのかを、皆で議論し、情報発信していく場にしていきたいんです。じゃあ今、どんなテクノロジーがあるのかといえば、人工知能、自動運転車、ドローン、ロボット、VR/ARなどなど。それらがビジネスを変え、生活を変え、コミュニケーションの仕方や働き方まで変えようとしている。
夏野 なのに、日本の企業経営は新陳代謝が進まないでいる。新陳代謝のないところに変革なんて起きっこない。だったら、企業という枠組みを超えて集まろうと。
中島 なぜシンギュラリティ・ソサエティをNPOにしたのかといえば、ここのオンラインサロンに定期的に集まるだけでも、尖ったベンチャーで働いているような経験ができるはずだからです。営利というゴールに向かうしかない「企業」という形をとるよりも、NPOの形態のほうがずっと自由に動ける。そして、ここで手に入れるベンチャー的な体験の中で、それぞれのメンバーが「新しい何か」「夢中になれる何か」を見つけることができれば、それがまた未来へ向かって膨らんでいく可能性がある。
夏野 私は以前から、インターネットが可能にしてくれた素晴らしさの1つとして、「組織と個人のパワーバランスを変えた」ことを挙げています。才能や情熱さえあれば、個人はいくらでもアイデアや技術を発信していくことが可能になりました。そしてシンギュラリティの時代である今、僕らは1つの企業に「石の上にも3年」なんて居なくても良くなったんですよ。「石の上には3カ月」だって構わない。短期間でそこにある価値をしっかり吸収できてしまう能力があって、なおかつ「夢中になれる何か」を見つけたら、自由に動き出せばいいんです。
中島 学生の一斉就職なんていう昭和のシステムだって、壊してしまうべきだし、転職だって「しなきゃいけなくなってからする」ものじゃない。欧米ではとっくにさまざまなコミュニティーを通して人脈が広がり、そこから転職や起業のチャンスが発生している。そっちの方がずっと自然だし、意義がある。例えば私自身、こうして夏野さんとシンギュラリティ・ソサエティで絡むようになって、人間ネットワークを深めたり広げたりするチャンスをもらっています。いつか何かをやりたくなって、その時、夏野さんの力を必要だと感じたら、いつでも協力し合えるような関係性をどこかで意識しながらコミュニケーションしています。これから未来を創っていく世代に、そういう場も提供したかったんです。
君たちが書いているコードの一行一行が“経営判断”だ
――これからの未来を明るいものにするか、暗いものにするか、テクノロジーの進化を担うエンジニアの役割も大きいと思います。
夏野 もちろんです。そこで僕は日本のエンジニアにズバリ言いたい。「逃げるな」と。AIをはじめとする先端テクノロジーと人間とが向き合っていくシンギュラリティの時代、自らアウトプットをしていける技を持ったエンジニアは最高に強力な存在なのに、重要な決定事項から逃げ出そうとする人がいるでしょ。絶対にだめですよ、そんなの。特に私が嫌いなのは「ボクはエンジニアなのでぇ……」という逃げの姿勢。
中島 そう、それですよ!!!!
夏野 お、なんか刺さった、中島さん(笑)
中島 分かる!分かるよ、その自虐的な感じ。
夏野 「僕はエンジニアなのでマーケティングは分からないんで~」とか、「エンジニアなので経営のことはちょっと……」とかね。「エンジニアだから、僕モテないんです」みたいなことまで。「エンジニアだから」を言い訳にすんな!
中島 あのね、私が昔から言っていることがあるんですけど、コードの1行1行というのは経営判断なんですよ。例えば、「このプログラムを使ったら完璧に近いんだけれども、どうしても時間がかかってしまう」という選択肢と、「このプログラミングだったら手っ取り早く動かすことは可能だけれど、いろいろ問題点もある」という選択肢の二択を迫られる場面というのが、エンジニアには常にある。
結局、どっちのコードを使うかで、サービスの質が変わったり、事業の収益に影響が出たりするわけだから、プログラマーの営みというのは、いつも経営判断の繰り返しなんです。科学者とエンジニアの最大の違いがここにあると言ってもいい。その自覚を持ってやっているエンジニアになるのかならないのか。それで大きく違ってくる。
夏野 そこですね! エンジニアでなければ下せない判断というのがあるし、それこそがビジネスの価値、サービスの価値、そのエンジニアの価値を決めるはずなのに、「ボクはエンジニアなのでぇ、どっちが良いのか言ってくれたらぁ、そっちの方向で作りますけどぉ?」なんて言うなよ。変化を生み出す最高のチャンスから、なんで逃げようとするんだよ。
中島 マグマですよ、必要なのはマグマ!
夏野 マグマ!?
中島 才能とかカリスマ性って、みんなどこか「天性のもの」みたいに捉えているじゃないですか? 僕、それ、絶対違うと思っているんです。ジョブズやイーロン・マスクがスゴイのは、「これはこうじゃなきゃいけないんだ。こうするべきなんだ」という強い想いがマグマのように心の中でうごめいていて、だからこそ「これだ」という突破口が見えた時に、皆を圧倒して巻き込んでしまうくらいの迫力と説得力が出るんだと思うんです。
夏野 なるほど。火山みたいにマグマがぶわっと噴き出してくるエンジニアこそ本物だと。
中島 そう。私はアメリカに住んでいるせいか、時々日本のネットベンチャーに疑問を感じるんですよ。「なぜ、揃いもそろってFXかガチャかビットコインなんだよ」と。
夏野 「楽に金儲けができそうだから」だろうな(苦笑)。
中島 そんなので良いと思っているエンジニアに、世の中を変えたり、未来を創造していくことなんてできるんだろうかと感じてしまうなぁ。
夏野 うん、日本にもスタートアップは増えてきたけれども、上場をゴールだと思っている小賢しいアントレプレナーに、世界を変えることはできない。だからこそ、僕らは「シンギュラリティ」という危機感や切迫感のある言葉を使ったわけだし。
中島 そうですよね。言ってみれば、シンギュラリティは「技術を使えない人は、技術に使われる」という恐ろしいバケモノだけれども、逆にテクノロジーを操る側にまわって、未来を設計して創造する若い世代が育っていってほしい。彼らに新しい時代の主役になってもらうための場として、シンギュラリティ・ソサエティを活用してもらえたら。そう強く願っています。
取材・文/森川直樹、撮影/竹井俊晴