「AIに仕事が奪われる」という意見が目立つ昨今。テクノロジーを扱う側のエンジニアであっても、「仕様書通りに開発する」だけでは生き残れない時代に差し掛かっています。そこで本連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが、未来を生き抜くヒントをお届けします!
「全てがコードで定義される世界の先頭を走りたい」DMM新CTO松本勇気が抱く夢
2018年10月11日、グノシー元CTOの松本勇気さんが合同会社DMM.comの新CTOに就任。同社のCEO、片桐孝憲さんからは初対面の印象を「宇宙人」と称され、「自分にもよく分からないような新しい未来の話をしてきた」「彼のようにエンジニアとして具体的にビジネスの話ができる人はなかなかいない」と言わしめた。
今後の活躍に大きな期待が寄せられる新CTOに、仕事をする上で貫くポリシーを聞いてみると、これからの時代に求められるエンジニア像が見えてきた。
スピーディーな意思決定と莫大なリソース
「スタートアップより面白いことができる」と感じた
松本さんがDMMにジョインすることになったのは、前CTOの城倉和孝さんから声を掛けられたことがきっかけだ。2017年末に開催されたIVSの『CTO Night』で出会い、それから交流を続けている中で、CTOポジションでDMMにジョインすることを決意した。同社の売り上げは2000億円以上、40以上の事業を展開し、企業買収のノウハウも豊富。新しい事業を生み出しやすい環境が、入社の決め手となった。
「もう一つ、僕がこの会社で働きたいと思った理由に『意思決定のスピード』があります。DMMは上場を選択していないので、ステイクホルダーは亀山さん一人だけ。合理的な提案ができれば、短期・長期どちらのプロジェクトもすぐにスタートできる環境です。莫大なリソースと、スピーディーな意思決定、この2つを組み合わせれば、スタートアップよりずっと面白いことができるはずだと思いました」
同社は現在、技術思考の会社へと組織全体を改革し、さらなる成長を目指している。これをテクノロジーの側面から加速させ、DMMを真のテックカンパニーへと導くのが松本さんのミッションだ。
「社内に蓄積された技術的な負債や組織的な問題を根本から解消していこうと考え、この10月に『DMMテックビジョン』を立案し、社内で発表しました。簡単に言うと、社内のベストプラクティスを集め、それを『当たり前』に続けていける環境をつくろうという試みです」
「上手くシステムが回り出す瞬間がたまらない」
会社経営もエンジニアリングの一つだ
松本さんは、技術者としてのアイデンティティーを守りつつも、企業経営や組織運営など、ビジネスサイドの仕事にも自ら率先して取り組んできた。DMMのCTOは、「技術×経営」の両方を味わい尽くすことができる最高のポジションだと目を輝かせる。
「未来をつくり変えてしまうような技術の現場にいるのはすごくワクワクします。それと同時に、僕は『事業』も好きで、お金や投資について考えることも楽しいと感じる。どちらにも共通するのは、エンジニアリングの要素があることですね」
経営もエンジニアリングの一つ。その言葉の真意を聞くと、次のような答えが返ってきた。
「組織を運営するための仕組みをつくり、そのもとで社員みんなが楽しそうに走り出していく瞬間を見るのが好きなんです。それは、エンジニアリングでコードを書いてサービスが動く瞬間や、改善してユーザーが増える瞬間にもよく似ている。多分、『上手くシステムが回り出す』というのが自分にとってのやりがいなんだと思います」
メッセージを渡さずして、人は動いてくれない
そんな松本さんがCTOとして貫くポリシーの一つは、社内コミュニケーションに透明性を持たせることだ。自分の考えや学びを、常に社内に発信するよう心掛けているというが、「透明性あるコミュニケーション」を意識するようになった背景には、前職での“失敗経験”があると明かす。
「グノシーにいた最初の頃、僕はエンジニアリングだけに専念していたんです。でも、CTOになって突然、『人』や『組織』という不確定かつ巨大な課題に対処することになり、解決できないことに山ほど直面しました。エンジニアリングだけで対処できないことが増え過ぎて、幾度となく心が折れそうになったんですよね」
その時に、半年~1年という時間をかけて気付いたのが人間同士のコミュニケーションをおろそかにしてはいけないということだった。「当たり前のことなんですけどね。当時の僕は、その基本を忘れていた」と語る。
その反省を生かし、松本さんはDMMに入社してすぐ、社員の個別相談に応じる時間を設けた。キャリアのこと、技術のこと、さまざまな悩みがぶつけられるそうだが、そこでも自己開示は忘れない。
「実際のところ、人とのコミュニケーションをおろそかにするエンジニアは少なくない印象です。でも、それでは仕事は動かない。僕ら技術者が作るシステムは、オブジェクト間でメッセージの受け渡しをすることによって、初めて動き出します。人も同じで、メッセージを渡さずに動くわけがないんです」
20代で次々にやりたいことを実現してきた松本さん。エンジニアが仕事の中で自分の理想を叶えていくためには、「評価者の視点を忘れてはいけない」と助言する。
「時々、『この技術をやりたい』ということだけ主張するエンジニアがいます。でも、自分が所属する企業が解決すべき課題と何も結びつけずに『やりたい』ことだけ主張していても実現できる可能性は低いし、評価にもつながらない。だったら、自分を評価する人の視点に立って、どんな提案をしたらGOサインを出そうと思ってもらえるのか考えた方がずっといい。企業に利益をもたらすことや、課題解決をするために『この技術が役立つ』って言ってくれた方が上司や経営者としては価値があると判断できますから」
自身のキャリアにおいても、技術ばかりに固執せず、経営者視点を磨いたことが今につながっている。グノシーにアルバイトとして入社した彼が、新規事業担当に任命され、CTOを務めるまでに成長したのは、会社の目標達成状況を常に把握しながら、「自分には何ができるか」試行錯誤を続けてきたからだ。
誰にも何にもとらわれない
VR空間で生活する未来をつくりたい
冷静にビジネスを語る松本さんだが、技術者として叶えたい未来について聞くと、「今は人間が肉体を離れてどうやって生活できるのかというテーマに関心を向けている」と熱を込めて話してくれた。
「僕がエンジニアになったきっかけの一つが『攻殻機動隊』なんです。分かる方には分かると思うのですが、『電脳化』という世界観に憧れていまして(笑)。今まさにVRという技術があり、距離の概念がなくなり、空間を自由に設計できる時代が到来しています。オフィスで働く必要もないし、アバターを使えば見た目を気にすることもなくなり、生まれや出自などによるハラスメントもなくなるかもしれません。ニアリアルタイムの翻訳システムもあるし、国境を超えたコミュニケーションがスムーズにできる日も近いはずです」
VRの世界で、誰にも何にもとらわれることなく生きられるようになる日が来ることを思い描く。そしてそれは、松本さんにとって決して夢物語ではない。
「先日、1日の間に自分がスマホを見る時間を計測したら、起きている時間の4分の1から3分の1もあったんです。現代の人間は、意識の上ではすでにインターネットの上にいる。もはや、VRの空間で生活できる未来はすぐそこまで来ている。そんな仕組みを僕自身の手で作ってみたい」
さらに、人間の能力をどこまで拡張できるかというテーマも関心の一つだ。「人間の脳は非常にアダプティブなので、もしも腕が4本になったとしても、その全てを自在に動かせる」と松本さん。
「VR空間の中では、人間がドラゴンの姿で生活できる可能性だってある。これまで人間は物理に縛られてきましたが、そこから解放される世界がそこにはある。僕はゲームが大好きで、できることならゲームの中に一日中引きこもって暮らしたい人なので、そんな未来は理想ですね(笑)」
VRだけにとどまらず、世の中の技術革新は日々続いている。松本さんの目に映るのは、全てがコードで定義されていく世界だ。
「僕は、最終的には世界におけるすべての物事がエンジニアリングされていくと思っています。システムや経営にとどまらず、社会システムもきっとそうなる。すべてがコードで定義できるようになったその時、一番先頭を走っている人間でありたいです」
技術、経営、社会環境、“すべてをエンジニアリングできる存在”それが、これから必要とされるエンジニアの姿ではないだろうか。多くのエンジニアが課題解決のためのベストプラクティスをつくり、再現性の高いノウハウを共有していけば、人間はより高次元の課題に集中することができるようになる。
「技術の力で世の中の常識を塗り替えたい」そう強く語った、若きCTOの挑戦は続く。
取材・文/上野真理子 撮影/竹井俊晴
RELATED関連記事
RANKING人気記事ランキング
NEW!
ITエンジニア転職2025予測!事業貢献しないならSESに行くべき?二者択一が迫られる一年に
NEW!
ドワンゴ川上量生は“人と競う”を避けてきた?「20代エンジニアは、自分が無双できる会社を選んだもん勝ち」
NEW!
ひろゆきが今20代なら「部下を悪者にする上司がいる会社は選ばない」
縦割り排除、役職者を半分に…激動の2年で「全く違う会社に生まれ変わった」日本初のエンジニア採用の裏にあった悲願
日本のエンジニアは甘すぎ? 「初学者への育成論」が米国からみると超不毛な理由
JOB BOARD編集部オススメ求人特集
タグ