AI研究の世界最先端を知る異才が、日本のスタートアップに「技術を投資」する理由
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「テクノロジーの力で社会課題を解決する」
この壮大なミッションに対するアプローチはいくつか考えられるだろう。アカデミックな世界で研究成果を社会に還元する。またはプロダクトやサービスの開発で課題解決に挑む。
だが、現在TECHFUND(テックファンド)でCTOを務める早川裕太さん(以下、早川さん)は、違ったやり方を選んだ。
TECHFUNDが手掛けるのは、複数のスタートアップに対してお金ではなく技術を投資し、ビジネスの成長を支援するというユニークな事業だ。「テクノロジーアクセラレーター」として数々の起業家を支援する為には、当然、幅広い技術知識が求められる。CTOとして、30歳(2019年1月時点)という若さでこの重責を担っている早川さんだが、同社のチャレンジを支えるに足る経験を持っている。
そのハイライトは、東大大学院に在籍中、知能システム情報学研究室(ISI)チームの一員として『ILSVRC』(※1)と『ImageCLEF』(※2)で、1位を獲得したことだろう。
※1 ILSVRC 2012(Task 3 /fine-grained classification部門)
※2 ImageCLEF 2013(Personal Photo Retrieval部門)
ILSVRCとImageCLEFとは、世界有数の学術機関や大手IT企業などに所属するAI研究者たちがこぞって参加する画像認識技術の国際的コンペティションのことだ。グーグルやマイクロソフトといった世界的IT企業のAIサービスが用いるアルゴリズムの原型が、これらのコンペティションで最初に発表されてきたことからも、世界的に注目されている。
この両コンペティションに参加して世界の最高峰を経験した早川さんは、学部時代は慶應義塾大学で、自然言語処理、データマイニング、機械学習を学び、コンピューターに人間の常識を身につけさせる研究に取り組んだ後、東大大学院で胃がんなどの病理診断に画像解析を活用する研究に取り組んだ経歴の持ち主だ。
ILSVRCやImageCLEFに参加することになったのも、研究活動の一環だったという。そのまま研究者の道を歩むこともできたであろう早川さんは、なぜ「テクノロジーアクセラレーター」という職業を選んだのか? その決断の裏側にあった想いを聞いた。
「起業家をメジャーな職業にする」共感するビジョンとの出会い
「ILSVRC, ImageCLEF等コンペティションに出場するには、前年度までに登場したアルゴリズムの性能を上回ることが大前提になります。厳しさもある一方、トップクラスのAI研究者たちと精度を競い合い、特にImageCLEFでは優勝に繋がるコアアルゴリズム提案に貢献出来たのは、貴重な経験になりました」
実は、早川さんがILSVRCやImageCLEFに挑戦した2012年から2013年にかけての時期は、画像認識技術が大きな飛躍を遂げた時期と重なる。画像認識技術の領域に脳の神経細胞(ニューロン)の働きを模したニューラルネットワーク技術が持ち込まれ、正解率が飛躍的に改善したのだ。
グーグルが「コンピュータが人間に教えられなくても、猫を判別できるようになった」と発表し世界的なニュースになったのも2012年のことだ。
こうした時代のターニングポイントで世界的なコンペティションに勝ち残った経験は、AI研究者の将来を明るく照らし出すものと言えそうだが、早川さんは修士修了後、研究者の道には進まなかった。
「そもそも、自分の力で1位を取ったわけではなく研究室の成果なので。個人的には、常識の自動獲得の研究の方が気に入っています。人間が判断・行動の根拠としつつシステムに乏しい”常識”は、当然であるからこそ記述され難く、想像以上にデータマイニングが難しいです。それをあえて、”非常識”から”常識”を推定するという方法を編み出したものです。また、以前から実社会に近いところでテクノロジーを駆使して課題を解決したいという想いが強かったので、卒業後は新規ビジネスの立ち上げに携わることのできる会社に入ろうと思っていました」
最終的に選んだのは大手ECサイトを運営する楽天だった。同社では希望通り新規サービス開発部に配属され、機械学習を用いた広告サービスを開発するなど、複数のサービス開発に携わることとなる。
「当時の想いは、中学生のとき祖母の病気をきっかけに関心を持つようになった、高齢者の自立支援とITを掛け合わせた新規ビジネスを創出すること。ITはむしろ行動範囲が限られる高齢者こそ便利なもの。それが単に使いこなせていないだけなので、その入口を作ろうとしました。そして、楽天はECサイト以外にも数多くのビジネスを手掛けており、各ビジネスは共通ポイントを介して『楽天経済圏』を構成しています。こうしたアセットを活用すれば、自分の想いを実現できるのではないかと考え入社しました」
しかし入社から2年、偶然の出会いによって進路を大きく変えることになる。TECHFUNDとの出会いだ。
「たまたまあるサイトで『起業家をメジャーな職業にする』というビジョンを掲げる会社を見つけ、すごく共感したのを覚えています。機械学習、自然言語処理、ブロックチェーンなどを用い、起業家やスタートアップを支援するという言葉を目にして、自分の過去の研究経験や新規事業の立ち上げ経験が活かせるのでは、と考えずにはいられませんでした。そこで2016年の半ばから、休日や空き時間を使って仕事を手伝うようになったんです」
技術の進化を黙って見ているだけでは、「技術投資」は止まってしまう
冒頭にも書いたように、TECHFUNDの主な事業は「テクノロジーアクセラレーター」だ。言い換えるなら、「技術投資」とも表現できる。技術投資は「業務委託」や「技術顧問」にも似ているが、本質的に異なるものだと早川さんは話す。
「私たちはベンチャーキャピタルのようにスタートアップに対して投資を行っていますが、提供するのは資金ではなく技術力。アドバイザリー業務だけに徹するわけでも、単発の請負仕事でもなく、戦略立案からハンズオンでの開発まで、投資先の皆さんが必要とする技術力を提供しています。多くの場合、資金が潤沢でないスタートアップに寄り添って、仕事の対価はエクイティ(主に株式など)になるので、運命共同体として事業づくりに臨んでいます」
TECHFUNDは2014年10月の創業以来、250以上のチームにメンタリング、デューディリジェンスサービスを提供し、6社への技術投資を実行してきた(2019年1月時点)。だが、TECHFUNDの事業はスタートアップ向けのアクセラレータープログラム『ACCEL PROGRAM(旧 SUNRISE PROGRAM)』だけに留まらない。
AIによってスタートアップの与信スコアを算出する信用格付サービス『ACCEL ANALYSIS』や、大企業にリーン・スタートアップ開発手法を伝授しながら共同で新規事業立ち上げを行う『ACCEL PROGRAM for BIZ』など、独自サービスの開発にも余念がない。
例えば、野村ホールディングス傘下の新規事業特化型の子会社N-Villageと共同で開発した個人間オンライン取引の信用情報蓄積サービス『MyRate』も『ACCEL PROGRAM for BIZ』の成果の1つだ。野村ホールディングス以外にも、20社以上の大手企業とイノベーション創出に取り組んだ実績があるという。
さらに、少人数のチームで支援できる社数を最大化するべく、独自のプラットフォーム開発も行っている。その一環として、2018年6月にローンチした『ACCEL BaaS』を開発・提供している。(※3)
※3 BaaS=Blockchain as a Service。アプリケーション開発のブロックチェーン機能を提供するクラウドサービスを指す。
「『ACCEL BaaS』はスタートアップや事業会社が迅速にブロックチェーンアプリケーションを開発できるようにするためのプラットフォームです。また、ブロックチェーンに関する事業として、以前から個別企業を支援していた延長で、2018年10月にはICO(Initial Coin Offering)やSTO(Security Token Offering)による資金調達を目指す企業を支援する『ACCEL PROGRAM for ICO/STO』というサービスも始めています」
もともとAI関連のテクノロジーを研究していた早川さんにとって、ブロックチェーンの世界は未知のものだった。
さらに当時は、ブロックチェーンに詳しい日本人はごく僅か。それでもなお、必要な知識をキャッチアップしようと思ったのは、ブロックチェーン領域の最新技術を習得することが多くのスタートアップを成長させると考えたからだ。
スタートアップが抱える課題に対する解決策は、時代とともに変化する。時代に合わせたテクノロジーをキャッチアップし、「テクノロジーの力で課題を解決する」という思想こそがTECHFUND流と言えるだろう。そしてこの思想は、サービスの機能づくりにも表れている。
例えば『ACCEL BaaS』は、各種機能をGUIで設定できるようにすることで「ブロックチェーンに詳しくないWebエンジニアでも使えるように」工夫されている。
ウォレット作成、残高確認、送金、コントラクトのデプロイ、メソッドの実行、データの参照といった機能だけでなく、決済やトークン発行・クラウドセール、分散ストレージ、抽選、投票等ブロックチェーンのユースケースをスマートコントラクトのテンプレートとして用意し、API経由で呼び出すことで各種Webサービスや自社システムに実装できるようになっている。
「『ACCEL BaaS』は、Solidityなどのプロトコル固有の開発言語に依存しないため、ブロックチェーンの未経験者の方々にも利用していただける可能性を秘めています。ゆくゆくはエンジニアだけでなくビジネスサイドの方々にも広く使っていただけるようなサービスにしていきたいと考えています」
世界中の誰もがスタートアップに「技術投資」する未来を作る
TECHFUNDは2014年の創業以来、スタートアップへの「技術投資」を推し進めてきた。1つのテクノロジーにこだわることなく、時代の流れに合わせて新しいテクノロジーをキャッチアップし、多くのスタートアップの課題を解決してきている。今後の事業展開はどのようなものになるのだろうか。
早川さんは「現状のビジネスを成長させるのはもちろん、まだ公にできないが、次に仕掛けたいのは誰でもスタートアップを応援できるプラットフォームを作ること」だと話す。見据えているのは、多くの人が「起業家をメジャーな職業にする」ことに共感する未来だという。
「起業家を増やそうと思ったら、”スター経営者が生まれることでフォロワーを増やす”というアプローチと、”誰でも想いを実現しやすい環境を整える”という2つのアプローチが必要です。私自身はどちらかというと、後者のアプローチに想い入れがあります。例えば、起業に失敗した人を一括りにして排除するのではなく、失敗の質を見極めて、再起の可能性がある人、意欲のある人の背中を押すようなサービスを提供したいと思っています。もっと起業がポピュラーになって、起業という行為自体がキャリアの与信になるような世界を作っていきたいですね」
現在「技術投資」を提供している企業は、TECHFUND以外にはほぼ存在しない。誰もが想いを実現しやすい環境を整えるための「技術投資」が世界中に浸透するかどうかは、まさにこれからのTECHFUNDの努力にかかっている。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 編集/伊藤健吾 撮影/竹井俊晴
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