「女性エンジニアのキャリア支援、何が大事?」「Women’s Heroも必要ね。それはあなたかも」
「私がこの活動を始めた理由は主に2つ。一つは、もっとたくさんのエンジニアが必要だから。そしてもう一つは、ソフトウエア開発のプロセスは女性がかかわることで変わると考えているからよ」
そう話すのは、ソフトウエア産業の健全な発展を目的に設立された非営利の業界団体『BSA | ザ・ソフトウェア・アライアンス』でPresident and CEOを務めるビクトリア A. エスピネルさん。このポジションに就く前は約10年間ホワイトハウスに勤務し、初代の知的財産執行調整官としてバラク・オバマ大統領に助言もしていた女性だ。
そのエスピネルさんが今年3月、日本のプログラミング教育に携わる人や政府要人らと意見交換をするために来日。3月15日には、女子学生や女性エンジニア、教育関係者などを集めてトークイベントを開催した。
主な目的は若い女性エンジニアのキャリア形成を支援すること。これはエスピネルさんのライフワークにもなっている。
創造的な学びを支援するNPO法人CANVASと日本マイクロソフトの後援で行われたこのイベントでは、自身も家庭を持ち、子育てをしながら働くエスピネルさんが、なぜ激務の合間を縫って女性のキャリア支援活動に力を注ぐようになったのかを語っていた。
そのトークイベントでの談話と、その後に行ったインタビューの模様を紹介しよう。
少女時代に興味があっても大人になると離れてしまう
BSAは、商用ソフトウエアの合法的な利用を促進するコンプライアンスプログラムの開発や、技術革新の発展とデジタル経済の成長を推進する公共政策の支援に取り組む団体です。ワシントンDCに本部があって、世界60カ国以上で活動しています。東京にも拠点がありますよ。
加盟企業として、AppleやMicrosoft、Dellといった世界的なソフトウエア企業が名を連ねているのも特徴ですね。
もっと多くの若い女性に、ソフトウエアの世界で働いてほしいと考えているからです。
ソフトウエア産業は今、大きな変化のうねりの中にあり、とてもエキサイティングな場所になっている。そこにもっと多くの女性が加わってくれればと思っています。ソフトウエア開発にもダイバーシティは必要ですしね。
ええ。これは14~17歳くらいの高校生を対象に、7週間かけてプログラミングを教える夏季集中プログラムです。これまで『Girls Who Code』に参加した女の子の中には、Webサイトやスマートフォンアプリ、はてはロボットにダンスを踊らせるようなプログラムまで開発できるようになった子がいました。
そして、コーディングができるようになるだけではなく、新しいスキルが身に付くことで自信が持って帰っていく。これが、一番素晴らしい点だと思っています。
今、アメリカのソフトウエア産業は非常に由々しき問題を抱えています。ミドルスクールの女性に「科学と技術に興味があるか」と聞くと、7割以上が「興味がある」と答えているにもかかわらず、大学でコンピュータサイエンスを選考する女性は1.5%しかいないという調査結果が出ています。かつ、昔は科学を学ぶ女子学生が全体の35%くらいいたのに、今は15%くらいまで落ちている。
つまり、ソフトウエア産業が慢性的な人手不足に陥っているのに、「少女の時に科学・技術分野に興味を持っていた子が大人になると離れてしまう」ところに問題があるのです。
この現状を変えるには、より多くのロールモデルが必要。だから、女性エンジニアのキャリア支援をしているのです。
プログラミング教育の裾野を広げるには、企業の協力と政府のサポートが大切
2つの“change”が必要でしょうね。
一つ目のchangeは、ソフトウエア産業全体が、プログラミングに興味を持ち、コーディングに取り組む女性をもっと応援しなければならないということ。
学びの機会は、すでにいくつか生まれています。さきほど話した『Girls who code』もそうですし、『Hour of Code(アワーオブコード)』のような小学生から始められるオンラインのプログラミング教育キャンペーンもあります。こうしたプログラムを、もっともっと広めていかなければならないと思います。
また、世界中のIT企業は、プログラミング教育やクリエイティブ教育に対してもっと積極的になるべきでしょう。エンジニア不足は、業界全体の課題なのですから。
BSAの加盟企業は、すでにさまざまな切り口で教育の場を提供し始めています。例えば日本マイクロソフトは、レゴ エデュケーションと連携して『ロボット×クラウドではじめての本格プログラミング』という教育カリキュラムを提供していますし、Autodeskは学生のクリエイティブ活動を支援するためにソフトウエアの無償提供を始めています。それにIBMは、Watsonを使ったデータアナリティクスの手法などを教えたりもしている。
ほかにも、Adobe SystemsやSalesforce.comといった企業が、若い女性にテクノロジーと触れ合う機会を提供しています。
大切なのは、男の子も女の子も、なるべく早い年齢でプログラミングに触れ、コンピュータサイエンスを学ぶ機会が得られるようにすることです。エンジニアには向き・不向きがあります。でも、コーディングに触れる機会そのものが少なければ、向き・不向きすら分かりません。機会を増やすことこそが大切です。
そして、教育の機会を増やすには、国の支援も必要になります。ですから2つ目のchangeは、政府に対する働きかけです。
BSAは行政に対しても積極的に提言をしてきました。実は今回、私が東京に来た理由の一つに、日本政府のIT政策担当大臣と意見交換をするという仕事もあります。
仕事と家庭の両立にも「銀の弾丸はない」。とにかく目の前のことに集中する方が生産的
答えはシンプル。人類の約半分は女性なのですから、どの分野であっても女性の関わらない製品づくりはよくないはずです。
また、女性の多くは創造的で辛抱強く、努力家なので、女性エンジニアが増えればソフトウエア製品がよりイノベーティブでセキュアなものになるとも思っています。
コーディングを勉強すれば働き方の選択肢が増えるでしょう。今なら、自分が興味を持つ場、情熱を傾けられる仕事にプログラミングスキルを持ち込むことだってできます。コーディングとは、直接的な問題解決の手段なのですから。
それに、自らがスタートアップして、ボスになるという道もありますよね。だから学んで損はないはずですよ。
正直に話すと、エンジニアに限らず働く女性がキャリア形成をしていく上で抱えるさまざまな「障壁」を完全に取り除く方法はないと思います。
私には、情熱をかけて行える仕事があり、愛する夫と子どももいます。これはとても幸せなことです。とはいえ、仕事と家庭生活をより良いモノにするという2つのテーマが、時に対立してしまうこともあるわけです。
そんな私がアドバイスをするならば、こう言うでしょう。「とにかく目の前にあることに集中しなさい」と。
家庭にいる時は仕事のことは考えないようにし、オフィスにいる時はなるべく家庭のことを考えないようにするのです。一度に両方を気にしながら日々を過ごすのは、生産的ではないですから。
子どもだって、好きな仕事に取り組む母親を見て、「イキイキしている」と感じるかもしれません。それは、今後の人生を生きていく上でとても良い模範になるのではないでしょうか。
あとは、協力的な夫か、仕事と家庭の両立をサポートしてくれるお母さまが近くにいれば、より完璧ですね(笑)。
たくさんいますよ。すぐ思い付くのはエイダ・ラブレスですね(編集部注:1815年-1852年を生きた英国貴族。数学者で計算機科学者でもあったチャールズ・ベバッジと共に記した、ベルヌーイ数を求めるための解析機関用プログラムのコードは、世界初のコンピュータプログラムだと言われている)。
ええ。
イエス。そう思います。ソフトウエア産業には“Women’s Hero”も必要ね。でも、そう遠くない未来に、女性エンジニアたちのロールモデルとなるようなCEOが出てくることでしょう。
今日のトークイベントの後、私のところへ話に来てくれた参加者の何人かは、「こんなアイデアがある」、「自分で会社を起業したい」と話していました。それを聞いて、私はとてもうれしくなりました。彼女たちのような人が若い女性エンジニアのロールモデルとなっていくのだと。ぜひアイデアを実現してほしいと願っています。
何か新しいことをやろうとするプロセスでは、意欲をそがれてしまうような意見を聞くこともあるかもしれません。そして、「部屋の中には女性が誰もいない」という状況が、あなたに不安をもたらすこともあるでしょう。でも、まずは部屋に入ってみてください。外野の意見なんてシャットダウンしてしまえばいいの。そして本当にやりたいことを追い掛けてほしい。
私が100%自信を持って言えるのは、その方が、世の中の役に立つ仕事ができるということ。若い女性たちにとってのWomen’s Heroは、あなたかもしれないのです。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)
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