「経営会議でメモを取るだけの自分が嫌だった」Sansan CTOが“ただの技術屋”を卒業できた理由
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デジタル化が進んだ今日、経営とITはもはや切り離せない関係にある。となれば、エンジニアが経営戦略や事業戦略にもっとコミットしていてもおかしくないはずだが、大半の日本人エンジニアは、「エンジニアリング」という小さなテリトリーに留まってしまっているのが現実だ。
その一方で、自ら経営を学びキャリアを充実させているエンジニアも存在する。29歳で社会人大学院に進学し、経営を学んだSansanのCTO藤倉成太さんがその一人だ。
■シリコンバレーで働いて気付いた「技術力向上」だけに固執するエンジニアのダメさ【Sansan CTO 藤倉成太】
■現場or管理、受託or自社開発、技術or事業貢献?「二者択一の考え方はエンジニアのキャリアを先細りさせるだけ」【Sansan 藤倉成太×エムスリー 山崎聡】
上記記事など、エンジニアtypeでもすでにおなじみの藤倉さんだが、彼にも最初は経営どころかビジネス用語が全く分からずに困惑していた時代があったという。そこから経営知識を身に付け、今の藤倉さんに至るまでにどのような道を歩んできたのか。また、エンジニアが経営を学ぶメリットとは何なのか。ご本人に話を伺った。
経営会議で話される言葉が「意味不明」
帰国後、“自分のやばさ”を痛感
“エンジニアは、テクノロジーやエンジニアリングだけに関わっていればいい”
そう考えるエンジニアは少なくない。要は、自社や顧客のビジネス、プロダクトの成長よりも、話題のテクノロジーやツール、開発メソッドの良しあしに意識が向きがちなエンジニアだ。実はかつての藤倉さんもその一人だったが、2度の転機を通じて意識が大きく変わったと話す。
「最初の転機は20代半ばのころです。当時はシリコンバレーで現地のベンチャーに所属するエンジニアたちと一緒に働く機会があったのですが、すぐにエンジニアリングやプロダクトについての捉え方が、明らかに自分と違っていたことに気付きました」
国内の大手SIerで働いていた藤倉さんは、2002年から2004年にかけてシリコンバレーを拠点にベンチャーとの共同開発に取り組んでいた。エンタープライズ系のシステム開発に役立ちそうなプロダクトを日本に持ち帰るためだ。
「私の役割は、シリコンバレーで優れた技術やプロダクトを見つけて顧客のシステムに適用することだったので、どうしても先々の拡張性や保守性などの技術的な課題が気になります。一方、自社プロダクトを開発している彼らは、将来の懸念よりもユーザーに対して価値を生み出すことや今日をどうやって生き抜くかということに集中していました。同じエンジニアでも働いている場所や立場が違えば、これほど物の見方が違うのかと驚いたことをよく覚えています」
それはつまり安定した経営基盤を持つSIerと、明日をも知れぬベンチャーの違いが生み出す差異だった。
「先々必要になることは『必要になった段階で考えればいい』し、テクノロジーの選定も『最速でつくれるならそれでいい』というのが彼らのスタンスでした。ここで初めて、“プロダクト目線で開発をする”というのはこういうことなのかと思い知らされた気がします」
2つ目の転機は、帰国直後に訪れた。
「ある大手顧客の経営陣に対し、シリコンバレーから持ち帰ったプロダクトを使ったシステムの提案をしに行った時のことです。話題が財務や管理会計の細部におよぶと、話の内容どころか発している単語の意味すら分からず、ただただメモを取るだけの自分がいました。正直言って、かなりやばいと思いましたね」
「会社に戻ったらメモを見直して、分からなかったビジネス用語をネットで調べたり、上司に聞いたりすることで自分に足りないビジネス知識を補おうとしました。でも、断片的な情報をいくら集めても、それがどういう意味を成すのか、体系的な知識が得られるわけではないことにすぐに気付いたんです」
会社や顧客から向けられた期待に応えうるだけの知識がないことに焦りを感じていた藤倉さんにとって、“経営”は習得しなければならない対象となっていた。そんなある日、滞米中に見掛けて気になっていた日経新聞の広告が頭によみがえったという。
「ふと、シリコンバレーで見た、社会人大学院の広告を思い出しました。1年間で修士号が取れるということでかなりインパクトがあって。それが金沢工業大学大学院(現・KIT虎ノ門大学院)でした。改めて調べてみると、教授陣は第一線で活躍されているビジネスパーソンばかりで、虎ノ門キャンパスも勤務先からそう遠くありません。定時で帰宅できれば、なんとか1年で修了できそうだと思い、試験を受けてみることにしたんです。それが29歳の時のことでした」
「場違いなところに来てしまったかもしれない」
KIT虎ノ門大学院の試験を受け、無事入学にこぎ着けた藤倉さんだったが、最初の授業で再び悪夢がよみがえるような経験をしたという。
「最初の授業は『企業戦略特論』だったのですが、指導教授は外資系戦略コンサルの日本法人トップで、受講生も10歳以上年上のグローバル企業の事業責任者や会社経営者がほとんど。授業中は先生と生徒の間で軽やかに会話が進んでいました。でも自分は教室を飛び交う経営用語が分からないから、全く話に付いていけなくて。完全に場違いなところに来てしまったと思わずにはいられませんでしたね」
「仕方ないので、授業中は聞き取れた単語をAmazonの検索窓に打ち込んで、その単語がタイトルに含まれている本を片端からポチっていました(笑)。90分の授業中に買った本は20冊を超えていたと思います。後ろの席の人からはパソコンの画面が見えたと思うので、『アイツは一体何をしてるんだ?』って思われていたでしょうね(笑)」
初日こそ散々だったが、平日に2コマ、土曜日に5~6コマの授業を受け、深夜や早朝の時間帯を使って予習・復習に励む傍ら、山ほど買い込んだビジネス書を読み漁った。すると、「徐々にビジネスの輪郭がつかめるようになった」と藤倉さんは振り返る。
「当時はほぼ毎日仕事のあとに大学院に通って、帰宅したら買い込んだビジネス書を1冊は読むようにしていて。かなりストイックな生活を送っていたと思います。
そんな生活を繰り返し、ビジネス戦略や財務会計、管理会計、マーケティング、オペレーションマネジメント、知的財産など、ありとあらゆるビジネスマターを学ぶうち、言葉すら分からなかったのが嘘のように学ぶことが楽しくなっていました。それぞれのビジネスマターがどのように関連しているのかが見えてきたからだと思います。これが“体系的に学ぶ”ということの楽しさなんだと思いました」
とはいえ就業しながらの学習だ。業務との両立で苦しむこともあったが、藤倉さんは当初に立てた目標通り1年間ですべての単位を取得し修了を果たした。
「最短での修了にこだわったのは、もう一度シリコンバレーでチャレンジしたいという希望があったからです。チャンスはなるべく逃したくありませんから、多少無理をしてでも1年で修了しようと決めていました。実際、修了した年に2度目のシリコンバレー駐在が決まったので、頑張ったかいがありましたね」
経営を学んだことで得た好影響
その後、藤倉さんはSIerを退職し、創業間もないSansanに入社することになる。ここでも社会人大学院で得た経験は大いに役立っているという。
「会社を辞め、偶然出会ったSansanに入社し、自社サービスを成長させる役割を担うことになりました。入社直後から事業戦略に関わる議論に加われたのは、大学院で身に付けた知識があってこそでした」
大学院で習得した経営に関する知識は、Sansanに入ってCTOになるまではある意味で実体験の伴わない知識に過ぎなかったが、CTOとしての役割を担ううち、知識が咀嚼され自分の血肉になっている実感があるという。
「もし20代最後の年に行動を起こさなかったら、もう一度シリコンバレーに赴任することも、ベンチャーに転職することも、経営陣から信頼を得てCTOを託されることもなったかもしれません。あらかじめこうなることを想定していたわけではありませんが、大学院で学んだことによって、これまでの経験が一本の線でつながったような気がします」
しかし、働きながら大学院に通うのはそれなりの覚悟がいる。経営知識を得たいと思うが二の足を踏んでいるエンジニアはどうすればいいだろうか。
「すべての人に当てはまるかどうか分かりませんが、漫然と学び始めるより、今自分が直面している課題を解決するために学ぶ方が、知識の吸収には有効です。そういう意味では、興味のある分野のビジネス書を読みあさるところから始めてみるのも、一つの手だと思います」
ただ、やはり特定分野の知識だけを付けるよりも、各分野の関係性などを体系的に学んだ方が、より実践的な知識を付けることができるだろう。
「社会人大学院の魅力は、やはりその道のスペシャリストから体系的に知識を吸収できる点。敷居は高いかもしれませんが、効率的に学べるのは間違いありません。また、教授陣や同級生たちと親しくディスカッションできるのも大きなメリットになるはずです」
ビジネスの原理原則が理解できれば、新たなキャリアの可能性が開けるのは間違いない。さらに、ビジネス知識を得ることでエンジニアとしての悩みも減ると藤倉さんは言う。
「よく社外のエンジニアから、古くてイケていないシステムをリファクタリングして、技術的負債を一掃したいのだけれど、なかなかマネジャーが首を縦に振ってくれないという悩みを聞くことがあります。でも、もしエンジニア自身が管理会計的な考え方を身に付ければ、闇雲に刷新を主張することが、いかにナンセンスかということが分かるようになると思います。
新機能を開発するタイミングで関連する部分を手直しすることはできますし、もし時間的、予算的に難しければ、いまは負債を返済する時期ではないという判断がすぐにつくようになるからです。経営知識を身に付けることは、きっと日々の開発業務にも良い影響を与えてくれると思います」
エンジニアがエンジニアリングの理想を追求するためにも、経営を学ぶ価値はあるようだ。
「エンジニアもビジネスパーソンである以上、テクノロジーやエンジニアリングさえ理解していれば経営をまったく知らなくてもいいということにはならないと、私は考えています。同じような考えを持っているものの現状何も取り組めていないという皆さんには、深く掘り下げるかどうかは別にして、まずは関心があるところから学び始めてみることをお勧めします。新しい知識を得れば視野が広がり、新たなキャリアの選択肢が見えてくるかもしれませんから、ぜひ機会を捉えて学んでみてください」
>>【エンジニアにおすすめ】藤倉成太さんが通ったKIT虎ノ門大学院で開催される今後のイベント・説明会情報はこちら
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹
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