仕事にとことん没頭する人生もいいけれど、職場の外にも「夢中」がある人生は、もっといい。「偏愛」がエンジニアの仕事や人生に与えてくれるメリットについて、実践者たちに聞いてみた!
パンダに1日5時間!8年間毎日上野動物園に通ったマークアップエンジニアの偏愛がスゴイ
今回話を聞いたのは「上野動物園のパンダ」をこよなく愛する高氏貴博さん(41歳)だ。高氏さんは、2011年8月から毎日欠かすことなく上野動物園に足を運び、自身で撮影したパンダの様子をブログ『毎日パンダ』にアップしている。
朝8時半に上野動物園に到着、3時間ほどパンダを見た後に出社し、帰宅後は2時間かけて写真の選定やブログの投稿を行うというのが彼のルーティーン。平日であっても1日のうち5時間は“パンダタイム”に使うという高氏さんに 、“何かに夢中になれること”が仕事と人生にどんな影響を与えてくれるのかを伺った。
パンダに出会うまで、20代は仕事漬けの人生だった
大学在学中に地元の友人たちとホームページ制作会社を立ち上げた高氏さん。現在でもその頃の仲間とクラシノ株式会社で、Webマーケティング、サイトの制作、広告運用などを手掛けている。もともと“ワーカーホリック気質”な高氏さんは、パンダに出会うまでは四六時中仕事に打ち込んでいたという。
「『毎日パンダ』を始めるまでは、文字通り朝から晩まで仕事をしていました。それでも早起きだけは苦手で、毎朝布団の中で『どんな言い訳をしてズル休みをしようか』と考えていたくらいだったんです(笑)」
そんな高氏さんがパンダにのめり込んだのは、仕事で外出した合間にふらっと動物園を訪れたことがきっかけ。上野公園を散歩していた時、上野動物園のゲートが目についた。
「上野動物園はゲートを入ってすぐのところにパンダ園があるので、暇つぶし程度に覗いてみたんです。そしたらその時にいたシンシンというパンダが、巨大な桃のようなお尻をこちらに向けて寝ていました。それがたまらなく面白いし可愛いなって思ったんです。上野動物園は1回の入場料が600円、年間パスポートは2,400円なので『入場料4回分なら、年パスを買った方がお得だな』と、その日に半ばノリのような感じで年パスを購入しましたね」
翌日も「せっかく年パスを買ったのだから」と上野動物園に足を運んだ。高氏さんはもともと一つのことにハマるととことんのめり込む性格。その次の日も、また次の日も……と、気付けば毎朝パンダ園に通うように。「このまま1カ月通ってみようかな」、「せっかくだからホームページを作って写真をアップしてみよう」と、何となく、だが確実に、パンダに夢中になっていったという。
「『パンダって面白いなあ』と思って写真を撮り続けて、気付いたら8年も経っていました(笑)。毎日、パンダの違う表情を見ることができるので、飽きることもないんですよ」
高氏さんが思うパンダの魅力は、その愛くるしい仕草とパンダ一頭一頭で異なる性格だ。眠りたいときは人目を気にせずひたすら寝る、気に入らない笹があれば機嫌を悪くする……。高氏さんはそんなパンダたちを「おじさんっぽく見えることもあれば、赤ちゃんのようなときもあって、とてもユニークなんです」と笑う。
「それまでパンダはただ“可愛い動物”くらいにしか思っていなかったんですが、通い始めて1カ月くらい経つとパンダの見分けがつくようになり、そこからメスパンダ・シンシンとオスパンダ・リーリーの仕草や性格が分かるようになって、世界が広がったような感覚になりました。可愛いというよりも、見ていて面白いんですよね。シンシンはおやつに目が無い、リーリーはおっとり屋さん……。そして2017年6月に生まれたシャンシャンはどんどん大きくなり、まるで我が子の成長を見守っているかのよう。パンダを見ていると、時間がゆっくり感じて、とにかく癒されるんです」
「納期が遅れたのはパンダのせい」にしたくない
2011年に『毎日パンダ』を開設して8年。現在はほぼ毎朝、動物園開園の1時間前に到着し、パンダ園に直行して1000枚ほど写真を撮影。そのまま出社して仕事をこなし、帰宅後は当日の写真を選定してブログにアップする。それが高氏さんの毎日だ。
「仕事の状況にもよりますが、時間があるときはパンダの列を3周します。例え急な案件があったとしても、見る回数を1回に抑えたり時間をずらすなどで対応して、毎日上野動物園には向かっていますね。撮影に3時間、写真の確認・選定に2時間くらい……と、毎日5時間ほど“パンダタイム”を設けています」
毎日5時間も趣味の時間を設けるとなれば、さすがに仕事や生活にも支障をきたすのでは……? と思いきや、高氏さんは『毎日パンダ』を始めたことで仕事の時間をうまく確保できるように調整したり、生活にもメリハリをつけられるようになったと話す。
「『毎日パンダ』をやっているから仕事が遅れたとかクオリティーが下がったと思われたくなくて、かえって納期や品質を守るようになりました。それに、一日中部屋にこもって作業をしていた頃に比べたら、今は効率を重視して仕事をするようになりましたね。
苦手だった早起きも、パンダのためなら起きられます。さらにはクライアントから『ブログを読みました』と声を掛けていただけたり、時には一緒にパンダを見に行くこともあります(笑)。フレックス制で働く時間を自分で調整できる職場なので、とてもありがたいですね」
マークアップエンジニアとして、具体的にどのような良い影響かあったのかを聞いてみると「待ち時間を使って仕事ができることです」と返ってきた。
「だいたい開園時間の1時間前に到着しているので、その間に『この作業を終わらせよう』と決めて、ノートパソコンを広げています。『この後にパンダを見られる』『パンダのためなら』と思うと、自然と集中できる。“開園まであと何分”という終わり時間が見えているのも、集中力を保てる要因かもしれません。パンダの存在が仕事へのモチベーションにもつながっているんです」
たまには「寄り道」してみたら?
“人生を懸けたい何か”が見つかるかも
8年間毎日写真がアップされる『毎日パンダ』は各地で話題を呼び、高氏さんが撮影したパンダの写真を使った写真集やカレンダーも発売されている。上野松坂屋では写真展が開催されたり、現在は茶寮・銀座清月堂とコラボした『毎日パンダカフェ』もオープンした。
実際にこの取材中も、“パンダ仲間”から手作りの差し入れをもらったり、写真集にサインを求められたりと、高氏さんはすっかり有名人だった。
『毎日パンダ』の人気っぷりを見ると、その“パンダ愛”を生かして仕事にすることもできるのでは? と思えるが、高氏さんはきっぱりと「活動での収益は、動物園などに寄付することに決めています」と言い切った。
「上野動物園のパンダは皆のものなので、独占して収益化するのは僕のポリシーに反するんです。『毎日パンダ』をはじめとした活動はあくまで趣味。仕事にはしたくないので、ブログには広告も一切入れていません。
カレンダーや本の印税も上野動物園に寄付したり、寄付したお金がパンダのエサ代や建物の整備に使われる『ジャイアントパンダ保護サポート基金』に送ったりして、パンダのためだけに使っています」
高氏さんは「パンダは皆のもの」だという意識を忘れない。常にパンダと、パンダに癒されている人々のことを考えているのだ。
とはいえ、趣味であっても「毎日5時間の作業を8年間続ける」というのは難しいことのように感じる。少しでも辞めたいと思ったことはないのか聞いてみると「毎日が楽しいので、この生活がずっと続けばいいのに、と思っています。辞めるとかは、考えたこともないですね」と高氏さんは笑った。
こんなふうに、パンダに出会えたことで、仕事にもプライベートにもハリが出るようになった彼を見ていると、羨ましささえ感じてくる。エンジニア読者がこれから高氏さんのように「夢中」になれるものを見つけるにはどうすればいいのだろうか。
「僕の場合、たまたまパンダに夢中になっただけなので、どのように“夢中になれるもの”を探せばいいか聞かれると、正直よく分かりません。でも、僕のようにたまたまふらっと行った先に自分の人生を懸けられるものがあるかもしれない、とは思います。その“ふらっと”って結構大切だなって思っていて。毎日家と職場の往復だけじゃなくって、少し寄り道してみることで、何かと出会えるかもしれないですよね」
さらに8年間という長い年月、『毎日パンダ』を継続できたことにも、高氏さんなりの工夫があった。
「物事に没頭するときに大切なのは、スタートダッシュを切らないことだと思っています。僕だって初めから『1日中パンダを見て立派なブログを作ろう』って無理してがんばろうとしていたら、今頃苦しくなっていたはず。でも『会社に行く前に、少しだけ上野動物園に寄ってみよう』という感覚だったから続けられました。実際に『気付いたら8年経っていた』というくらいですから。だからこれからも無理せずのんびりと、パンダとの時間を大切に過ごしたいと思います」
新しい“何か”を見つけたいなら、自分から“いつもいる場所”の外に出ていくことが大切。そう高氏さんは教えてくれた。
職場と家を往復するだけの毎日を見直して、たまにはフラっと気の向くままに寄り道をしてみる。そこで意図せず「強烈に好きになれること」や、仕事や人生を豊かにしてくれる趣味が見つかるかもしれない。
取材・文/高城つかさ 編集/大室倫子(編集部) 写真/『毎日パンダ』より転載、一部編集部が撮影
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