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多様性のない組織が生むイノベーションは「危険を孕んでいる」――スプツニ子!が指摘する理由

働き方

    本特集では、テクノロジーの力で社会課題の解決に取り組む「未来の創り手」たちの仕事にフォーカス。彼らが描くビジョン、挑戦の原動力、エンジニアがイノベーターへの一歩を踏み出すためのヒントを聞いた

    アーティスト兼エンジニアのスプツニ子!さん。『生理マシーン、タカシの場合』や『チンボーグ』など、テクノロジーを用いてジェンダーに関して問題提起するアート作品を生み出してきた。

    また、アーティスト活動と並行し、マサチューセッツ工科大学(MIT)の助教や東京大学の特任准教授に就任した経験を持つ。他にも世界経済フォーラムが世界から約100名を選出する「ヤング・グローバル・リーダー」に選ばれるなど、優秀な人材が集う最前線に身を置いてきた。

    これまでの活動の背景には、彼女のアイデンティティーに根差した問題意識があるという。

    「テクノロジーは差別や不公平を助長しかねない」と危機感をあらわにするスプツニ子!さん。その理由を紐解いていくと、男性中心になりがちなエンジニア組織が陥りやすい“イノベーションの落とし穴”が見えてきた。

    スプツニ子!さん

    スプツニ子!さん(@5putniko

    1985年東京都生まれ。東京藝術大学デザイン科准教授。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰、2019年より現職。RCA在学中より、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。最近の主な展覧会に「Cooper Hewitt デザイントリエンナーレ」(クーパーヒューイット、アメリカ)、「Broken Nature」(ミラノトリエンナーレ2019,イタリア)など。VOGUE JAPAN ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013受賞。16年 第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」受賞。17年 世界経済フォーラムの選ぶ若手リーダー代表「ヤング・グローバル・リーダー」、19年TEDフェローに選出。著書に『はみだす力』。共著に『ネットで進化する人類』(伊藤穣一監修)など
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    人類は月に行けるのに、なんで女性の生理は原始時代のままなの?

    私は今、生殖医療に関するプロジェクトを立ち上げようとしています。まだ詳細はお話できないのですが、このプロジェクトに取り組もうと思った背景には、私のアイデンティティーが強く影響しています。

    両親が数学者だったこともあり、私は小さい頃から数学が得意でした。中高生の頃からプログラミングをやっていて、高校3年生の時に飛び級でインペリアル・カレッジという、イギリス版のMITのような大学に進んでいます。

    大学でまず気付いたのは、女性の少なさです。100人のクラスに女性は9人しかいない。教授者たちも男性ばかり。これまでに世界ではさまざまなテクノロジーが生まれ、世の中を変えてきたけれど、その現場に女性がほとんどいないことに危機感を抱いたんです。

    それを目撃した時、私は思いました。「テクノロジーは進化し、人間は月面に降り立って遺伝子まで編集できるようになった。それなのに、私が毎月つらい思いをする生理の問題が野放しっておかしくない?」って。

    テクノロジーの担い手たちが女性の性に意識を向けてこなかったおかげで、女性の性周りのことは未だに原始から変わらない。もう2020年なのに、ほとんどの女性は毎月のように血を流して、生理痛もつらいままなわけです。

    スプツニ子!さん

    何が言いたいかというと、「イノベーションを生み出す側の意識」によって、イノベーションが起こるジャンルも、その先の未来も、どちらも大きく変わってしまうということ。

    顕著な例が、避妊用ピルとバイアグラです。

    先進国の多くは1960年代に避妊用ピルを承認する中、日本でピルが承認されたのは国連加盟国で最も遅い、1999年でした。国連加盟国で最後まで承認しなかったのは日本と北朝鮮の2カ国で、日本では承認前も「女性の性生活が乱れるんじゃないか」と懸念されていました。

    一方で、明らかに男性の性生活に乱れを起こしそうなバイアグラは半年足らず、世界でも稀に見るスピードで同じ1999年に承認されています。当時、100人以上の死亡例があったのにも関わらず、です。

    最近だと、人工知能が格差を広げる可能性があると、その危険性が指摘されています。現在と過去のデータをもとに学習をする人工知能は、人間の差別意識やバイアスも学んでしまう。

    例えば米アマゾン社が採用に使っていたAIツールは、女性の応募者に対して男性よりも低い評価を付けてしまっていました。なぜなら過去にあまり女性を採用していなかったため、人工知能が「女性は採用しない方がいい」と学習してしまっていたから。

    また、アメリカの裁判所で使われている、犯罪者の再犯を予測するアルゴリズムも問題になりました。過去の黒人差別の歴史に基づいたデータをAIがラーニングしていたため、全く同じ罪を犯していても、白人よりも黒人に再犯率が高いという判断を下すようになってしまったのです。

    「みんなを幸せにしたい」の「みんな」って誰?

    こういった「無自覚な差別」に、私は最も関心があります。これまでテクノロジーやサイエンスが、いかにマイノリティーを無視して進化してきたか。世の中を良くするどころか、不公平な世界をつくりかねないわけです。

    そこに目を向けて、差別が起きないようなシステムをつくる活動に私はエネルギーを注ぎたい。これは私の人生のテーマでもあります。

    自ら研究者になる道も考えましたが、私は中高生の頃からアートにも関心があって、特にローリー・アンダーソンやミランダ・ジュライといったテクノロジーアーティストが好きでした。当時、彼女たちは作品やパフォーマンスを通して、社会課題を提起していて。

    それで大学卒業後に美大へ進んで、これまで話してきたような問題意識を全部ぶつけて2010年に作った卒業制作が『生理マシーン、タカシの場合』です。ネットで話題になって、後に東京都現代美術館やニューヨークのMoMAでも展示されました。

    私は日米の大学で助教や准教授を務めた経験がありますが、一部の理系の人は理屈とロジックを偏愛するあまり、人権や社会の道徳を軽んじる傾向にあると感じていて。「その進化の先に、人に優しい未来はあるのか」を考えない人がちょっと多過ぎるように思っています。

    例えば研究の世界でも、ビジネスの世界でも、「みんなを幸せにしたい」という言葉はよく聞くけれど、「みんな」って誰なんでしょう?

    理系社会においての女性、白人社会での黒人、LGBTの人たち。これまで無視されてきた人にとって、無邪気な「みんなを幸せに」は言葉の暴力にもなり得ます。漠然とした「みんな」という言葉に傷付けられてきた人たちの存在を忘れてはいけません。

    それに、もはや「みんな」っていう時代でもないですよね。

    私自身、「みんなの幸せ」ではなく、外国人ハーフとして日本で生まれ育った中で芽生えた問題意識や、自分に子宮があるがために降りかかってくる重荷や犠牲に、真摯に向き合っているだけなんです。

    私はこれまでに女性エンジニアとして、嫌な思いを何度もしてきました。だから本当にどうにかしたいんですよ。そのイノベーションを同じように求めている人もきっといるだろうとは思いましたけど、あくまで「自分が変えたい」が出発点です。

    つまりイノベーターにとって大切なのは、自分の感じた問題意識に向き合う姿勢なのだと思います。

    どんなに賛同者がたくさんいようと、自分のコアに起因しないようなイノベーションだったら、あなた自身が起こさなくて良いかもしれない。逆に自分が本当に起こしたいと思えるイノベーションなのであれば、賛同者の人数なんて気にしないで行動すればいいと思うんです。

    一般的だとされている価値観を変えようとするとき、それをよく思わない人は必ずいます。私が今取り組んでいる生殖医療プロジェクトだって、リリースすれば反対意見もたくさん出るでしょう。だからこそ、出発点となる問題意識が重要なのだと思います。

    技術を磨くだけでは「人に優しい未来」はつくれない

    ただ、マジョリティー側にいる男性エンジニアがイノベーションを起こすときには、マイノリティーへの配慮が必要だと思います。

    これまで東大でも政府の会議でも、女性は私一人という場面がほとんどでした。マイノリティーである私の発言はニッチで変わった意見だと思われがち。そういう中で、誰もが気持ちを強く持って能力を発揮できるわけではありません。

    そもそも組織の構成の偏りは、イノベーションを起こす上での壁になります。

    なぜなら、画期的なイノベーションは表面化されていないニーズをすくい取り、解決することで生まれるもの。そのニーズをキャッチするには、性別、人種、多様な文化圏など、ダイバーシティを意識したさまざまなジャンルのアンテナが必要です。

    最近盛り上がっているフェムテックの領域はその象徴ですよね。今、まさに無視されていたニーズが掘り起こされている。これは私自身、生殖医療プロジェクトを立ち上げる中で実感していることでもあります。

    今の日本の多くのエンジニア組織は男性が中心ですが、それではアイデアが行き詰まってしまうのは目に見えている。だからこそ、男性エンジニアの皆さんには、自分の身を未知の場所に置いてみてほしいと思っています。

    イチロー選手が引退会見で、「アメリカでマイノリティーの体験をしたことが自分にとってすごくよかった」と言っていたのがとても印象に残っていて。実際、その通りだと思うんですよ。

    私は頭の回転が速いことと、知性があることは別物だと思っているのですが、自分がマイノリティーになる体験をすることで後者は磨かれます。人間としての深みや寛容さ、幅は間違いなく広がる。そしてそれがイノベーションのアイデアにつながります。

    多くの人はイノベーションというとSFのような話をしたがるけれど、「テクノロジーがどのくらい進化したか」なんて、実はそんなに重要じゃない。そりゃあ人が時間をかけて新しい技術に取り組めばテクノロジーは進化しますし、イノベーティブなものもつくれるでしょう。

    でも、人に優しい未来をつくるためのイノベーションは、ひたすら技術に向き合うだけでは起こせません。エンジニアは技術を磨く以上に「何のために作るのか」を考える時間を持つことが大切なのではないでしょうか。

    そもそも「イノベーションを起こすためのイノベーション」なんて、ダサいですよ。

    問われるべきは、どんな社会を生み出したいのか。イノベーターは「何のためのイノベーションなのか」をもっと考える必要があると私は思います。

    取材・文/天野夏海

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