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ロボット開発の天才・石黒浩の最新アンドロイド『ERICA』がハリウッド映画に出演。“ものづくり日本”のエンジニアが秘める可能性を語る

働き方

    2020年6月、アンドロイドロボット研究の権威・石黒浩さんが開発した『ERICA(エリカ)』がハリウッドSF映画『b(原題)』に出演することが決まり、国内外で話題に。

    >>日本製のAI搭載アンドロイド「ERICA」、ハリウッド大作に史上初の主演

    最先端の技術を搭載していること、人間を超えた美しさを『ERICA』が備えていることが、今回の抜擢につながったという。

    さらに、アンドロイド研究開発の最先端に身を置く石黒さんにとって、最近のAIブームやリモートコミュニケーションの盛り上がりは「違和感しかない」という。一体それはなぜか。

    石黒さんがアンドロイド開発を日本で続けることにこだわる理由と併せて聞いた。

    石黒浩さん

    大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授
    ATR石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー
    石黒浩さん(@hiroshiishiguro

    1963年生まれ。人間酷似型ロボット研究の第一人者。2011年大阪文化賞(大阪府・大阪市)受賞。2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。『ERICA』の他、『マツコロイド』、『漱石アンドロイド』の開発にも携わる

    ERICA(写真左)
    石黒さんが2015年に開発した、音声認識・音声合成・動作認識・動作合成の最先端技術を用いて「違和感のない自然な対話」を追求するアンドロイドロボット。日テレのアナウンサー『アオイエリカ』としても活躍している

    現実が「SFの世界」に追いついた今、「人間とは?」が深く問われる

    ハリウッド映画(公開は21年以降予定)に出演することを発表してから、すでにいくつかのメディアから取材を受けました。中には「特別な演技法を採用した」と書かれている記事もありますが、ハッキリ言って盛り過ぎですよ(笑)

    アンドロイドが意思を持って“演技”をするわけがありません。しかし「指示された通りに動く」という能力は人間にも勝ります。完璧にコントロールできるロボットは、完璧な「役者」にはなれるんですよ。優れたディレクションによって人間の役者の演技が開花するようにね。

    そもそもアンドロイドに知能があるとは言い切れません。「人工知能(AI)はすごい。人間の知能をいつか超える」という意見も多いですが、逆に「じゃあ、あなたは“知能とは何か”を説明できるのか」と僕は問いたい。

    人工知能でやっているのはあくまで膨大なデータを集めて統計的に推定するということであって、人間の知能とは程遠い。将棋や囲碁のようなボードゲームで人間に勝ったからといって、それが人間の知能に勝ったということにはなりませんよ。

    石黒浩さん

    今回の映画でも『ERICA』の役柄はあくまでロボットであり、人間を代替する演技を求められているわけではありません。人間を忠実に再現するのなら、CGの方がよほど効率的でしょうしね。

    一方で、本物のアンドロイドが映画に登場するのは今回が初めてのことではありません。10年前に公開された『サロゲート』という米映画の冒頭には、私自身がモデルとなった遠隔操作型アンドロイド『ジェミノイドHI−1』と、開発者である私が受けたCNNのインタビュー映像が引用されました。「自分そっくりのロボットが遠隔操作で社会活動する技術が現実のものとなった」という事実をベースに、そこから広がる近未来の姿を描いた作品でした。

    今回の『ERICA』の起用の意味も同じです。音声認識・合成技術によって「意図や要求といった“意識”に近いものを感じさせるアンドロイドが生まれた」という事実をベースに、その先にある社会や人間のあり方をストーリーに仕立てていく。私の役割は、『ERICA』に搭載できる最新技術を提供するというものです。

    かつてのSF映画とは、現実からは想像もつかない世界を描くものでしたが、今や現実の技術がSFに追い付いてきています。現代のSFは、今の科学そのものを題材にするしかないんですよ。だからこそ、科学が突き付ける「人間性とは何か」「感情とは何か」といった深いテーマを描かないといけない。SF映画に期待されるものが変わってきているのだと思います。

    夏目漱石が『こころ』を朗読。アンドロイドと“対話”する価値

    ではなぜ今回、世界中のロボットの中から『ERICA』が起用されたのかといえば、それは『ERICA』が見た目や機能において、現時点で最も人間に近いロボットだからです。『ERICA』の開発では見た目にもこだわり、単なる人間のコピーではない、“人間を超えた美しさ”を追求しました。

    ERICA

    『ERICA』

    どういうことかというと、『ERICA』の顔は完璧な左右対象になっているんです。人間の顔は当然左右対称ではないし、ホクロやシミがありますよね。それはその人特有の「個性」になります。個性があると、見る人によって好みが分かれていく。

    逆に、個性のない顔は性別の区別も付きにくく、多くの人に受け入れられやすいんですよ。世間的に「美男」「美女」と言われる人たちは、つまり個性が少ないんです。イケメン男性アイドルが女装をしたときにほとんど違和感が出ないのは、そういう事です。

    同じように、『ERICA』の顔も限りなく個性をなくしました。『ERICA』に人間のモデルはいません。一から完璧に美しい顔をつくり出したのです。「見た目」から多くの人に受け入れられることができれば、対話を通じて内面を感じてもらえるはず。その可能性を広げているわけです。

    人は3次元で対話をすることによって、さまざまな感情が呼び起こされる生き物です。実際、マツコデラックスさんのアンドロイドを作ってみると、たくさんの人が会いに来て対話を楽しんでくれました。「実物よりも緊張しない」という良さもあるようです。

    参考>>アンドロイドメディアの可能性とマツコロイド

    アンドロイドを用いれば、故人を蘇らせて現代を生きる人たちとのコミュニケーションを実現することもできます。夏目漱石のアンドロイドが小学生に『こころ』や『坊ちゃん』を朗読すると、みんな興味津々で聞くんですよ。

    参考>>漱石アンドロイドプロジェクト

    また、本物の人間ではない、「アンドロイドならではの利点」もあります。それは、アンドロイドなら“良い面”だけを再現できること。夏目漱石にだって人間として褒められない一面はありましたが、これなら素晴らしい部分だけを再現して後世に伝えることができます。アンドロイドは銅像よりもさらに深く、その人の功績を伝える装置になるでしょうね。

    ロボット開発者にとって「日本以上の環境はない」

    今、世の中を見渡すと、『Zoom』が盛況です。新型コロナウイルス感染拡大によって、世界的にオンライン会議が浸透しましたね。しかし、2次元の映像に頼ってばかりでは、人間の感性は刺激されないと思いますよ。

    先ほども申し上げましたが、元来人間は視覚、嗅覚、触覚など3次元的な感覚で刺激を受ける生き物です。それで言うと、オンライン会議は何かを共有するだけのつまらない会議には便利な技術ですが、斬新なアイデアを生む場にはなりづらい。パッと集まって対面で企画会議をするのとは、実際のところわけが違います。

    そもそも映像によるリモートコミュニケーションなんて30年前からあった技術なのですが、ほとんど進化していません。ロボットの技術を取り入れるなどして、もっと進化させる必要があります。

    石黒先生

    こういうことを言うと「そんな未来は実現可能なのか?」という質問をされますが、技術自体はある程度完成しています。ただ単に、日本の技術を国や人々が受け入れないだけなんですよ。遡れば20年前の『ASIMO』以来、これまで何度もロボットのプロジェクトは立ち上がってきましたが、社会全体に浸透するほどの盛り上がりには至らなかった。

    しかしながら、アメリカからiPhoneが入ってくると飛び付く。「いや、ちょっと待てよ。その技術、10年前に日本のソニーが開発した電子手帳やシャープのPDA『ザウルス』とほぼ同じ機能じゃないか」と反論したくなるわけです。だったらなぜあの時にみんなで使って、世界に売り込まなかったのかと。

    iPhoneの中身の6割は日本製の部品なんですよ。飛行機だってそうです。隣の芝が青く見え過ぎるんです。本当は自力で世界に誇れる製品を作れるのに、目を向けようとしない。他国のブランドにあっさり傾いてしまう。実にもったいないと常々感じています。

    日本のロボット開発技術は世界一だと思います。かつて世界の産業ロボットの7割は日本製でした。自動車も時計も日本は後発でしたが、ものづくりの力で世界一になっていった。日本はものづくりが非常に得意な国なんですよ。これは、今も変わりません。

    その理由は、労働者が報酬のためだけでなく、プライドを持って働く文化が根付いているからでしょう。ロボット開発には非常に高度な技術が求められるので、プライドがなければ向き合い続けるのは難しい。日本人の仕事に対するプライドの高さは、トヨタの「カイゼン」が経営者主導ではなく、現場主導で磨かれていることにも象徴されています。

    加えて日本には、ロボットを単なる道具ではなく、ペットや家族と同等に扱い、愛情や信頼を交換し合うカルチャーもあります。これは日本には隣接する国がなく、ヨーロッパなどように表立った階級社会が築かれなかったという歴史的背景も影響していると私は考えていて、「島国仮説」と名付けているのですが。

    今後インターネットの影響で世界がよりフラット化していくと、各国もいずれは日本のようにロボットに愛着を持つようになると予想できます。そういった土壌のある日本においては、人間型のロボット開発に対する理解は非常に進んでいます。

    その一点においても、ロボット開発者にとって、日本は素晴らしい環境なのです。

    ロボットで出張し、同時に在宅勤務…「欲しい未来」の創り手は、日本のエンジニア

    「ロボットと共生できるのか」という議論はもう古い。では、義足を付けている人は人間ではないのですか? 人工臓器を体に入れている人はどうですか? 「何割人間、何割ロボット」なんて答えにならないことは誰もが分かりきっているはずです。「生身の人間だけで生きる世界」のずっと先に、私たちはすでに辿り着いているのです。そこから議論を始めたいですね。

    ロボットをもっと受け入れることができれば、あらゆる可能性は無限に広がります。ロボットの遠隔操作を使えば、「働き方」もより自由になるでしょう。

    例えばアジアのストリートチルドレンが現地在住のまま、日本国内のビル清掃ロボットなどを遠隔操作して働けるわけです。これはすでに「未踏アドバンスト」(独立行政法人情報処理推進機構)というプロジェクトで採択され、私が指導している事業です。

    一般の会社員の方も、「ロボットを遠隔操作しながら“出張”し、同時に在宅勤務する」といった働き方ができれば、生産性は何倍にもなるでしょうね。出勤に往復数時間もかけて満員電車にすし詰めになるといった、前時代的な働き方からも解放され、労働力不足を解消する処方箋にもなります。

    そして、こうした未来の創り手になり得るのが、日本のエンジニアです。

    日本の技術はまだまだ世界を救う力を持っています。コロナ禍で炙り出された問題の多くも、ロボットによって解決できるはずです。実力以上にブランディングに頼る欧米の発信力に惑わされず、自分たちこそが世界に教える立場にあるのだと信じて、堂々と仕事に向き合ってほしい。若いエンジニアの方々には、そう伝えたいですね。

    取材・文/宮本恵理子 編集/河西ことみ(編集部) 写真/石黒研究室より

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