スタートアップへの転職を視野に入れているエンジニアの中には、「これから伸びる会社に入りたい」と考えている人も多いだろう。
では、現在のコロナ禍を追い風にして、今後圧倒的に成長する企業を見極める目は、どうすれば養えるのか。
シリコンバレーで20年以上、経営コンサルタントとして活動している“シリコンバレーの歴女”・海部美知さんは、「会社の成長性を知る鍵は、経営者の人柄にある」と断言する。
海部さんは、1990年代半ばのITバブルから2008年のリーマンショック、そして今回のコロナショックに至るまで、シリコンバレーのスタートアップ動向を現地で目の当たりにしてきた日本人の一人だ。
なぜ、今後伸びる企業を見極める鍵は「経営者の人柄」なのか。現在までのシリコンバレーのスタートアップ動向と併せて、その理由を聞いた。
ENOTECH Consulting 代表
海部 美知さん/Michi Kaifu(@MichiKaifu)
シリコンバレー在住。米国と日本の新技術に関する戦略分析、事業開発支援、投資・提携斡旋、市場調査などを手掛ける。本田技研工業を経て、1989年にNTTに入社し、米国の現地法人で事業開発を担当。96年に米ベンチャー企業のネクストウェーブ(NextWave)で携帯電話事業の立ち上げに携わる。99年、ENOTECH Consultingを設立し現在に至る。2020年、早稲田大学ビジネススクール非常勤講師を務めた。テクマトリックス株式会社社外取締役、北カリフォルニア・ジャパン・ソサエティ理事。一橋大学社会学部卒業、スタンフォード大学MBA取得
■著書:『ビッグデータの覇者たち』(講談社現代新書)、『パラダイス鎖国』(アスキー新書)、『シリコンバレーの金儲け』(講談社+α新書)
歴史を振り返ると、コロナ禍は「最悪の状況」ではない
いま、コロナ禍の影響がシリコンバレーのスタートアップにも及んでいます。
ただ、全てのスタートアップの業績が悪化したわけではありません。コロナ禍が逆風になった企業もあれば、追い風になった企業もあります。
しかし意外なことに、追い風を受けた企業は必ずしも積極的なエンジニア採用に踏み切っていません。
例えば、Zoomのように急激にユーザー数を伸ばした企業が、いまエンジニアを大量採用しているかというと、そうはなっていない。忙し過ぎて新人をトレーニングする暇がないため、一気に人を増やせないのが実情のようです。
企業の成長とエンジニア採用の勢いが比例しない。そんな捻れた状況が、シリコンバレーで発生しています。しかし長期的に見れば、景気の回復とともにエンジニア採用のペースも加速すると見ています。
「そうは言っても、一体いつ景気が良くなるのか分からない」と不安に思う人もいますよね。そんな方に知ってほしいのは、コロナ禍の状況がスタートアップにとってどのくらい悪いかというと、決して歴史上最悪ではないということ。
シリコンバレーの歴史を振り返ると、一番ひどかったのは2000年のITバブル崩壊時でした。バブルに乗じて生まれた企業は、2001年末までにほとんど消滅し、投資された巨額の資本は消え去ったのです。
その当時、シリコンバレーを車で移動していると、どのオフィスビルも中が向こう側まで見渡せました。働く人がいなくなり、空っぽになってしまったんですね。
では、いまはどうでしょう? コロナ禍の中でも 資金調達したスタートアップや、IPOしたスタートアップは存在します。投資したい人のお金は余っているので、それをうまく引っ張る力のあるスタートアップは、実はそれほどお金に困っていません。
オフィスは再び空っぽになってしまったかもしれませんが、それは会社が潰れたからではなく、在宅勤務になったから(笑)。ITバブルの崩壊時や、金融がダメージを受けたリーマンショック時と比べると、スタートアップが極端に資金不足に陥っているわけではないのです。
経営者のカリスマ性より、熱意、誠実さ、ビジョンの実現可能性を見る
では、コロナ禍を乗り切り、これから成長していくスタートアップはどのように見極めたらいいのか。
シリコンバレーの投資家がそういう企業を見極めるときに判断材料にするのは、「経営者の人となり」です。
スタートアップはいままでにないプロダクトを生み出そうとしているので、比較対象となる前例がありません。ですから、創業者の人柄や過去の実績、どんな人脈を持っているのかといった、「人」以外の判断材料は乏しいのです。
転職先を検討しているエンジニアの方も、会社の成長可能性を見るために、ぜひ経営者という「人」を見てください。
その上で注意してほしいのは、「カリスマ経営者」と呼ばれる人たちです。彼らはメディアで大きな理想を語り、言葉で人を引き付けます。その姿は魅力的に映るかもしれませんが、実現不可能な目標を達成するために従業員に無理を強いて、結果的に周囲を裏切るケースもあります。
例えば、「一滴の血液だけであらゆる検査ができる技術を開発した」と宣伝し、莫大な資金を集めたセラノス社の話を、聞いたことがある人もいらっしゃるかもしれませんね。
同社を創業したエリザベス・ホームズには、血液検査の専門知識はありませんでした。彼女が雇った専門家たちは「そんなものを作れるはずがない」と悩み、経営陣に申し立てるとパワハラをされ、外部への告発に踏み切ろうとすると脅迫されたと証言しています。悲しいことに、最後には自殺した社員まで出てしまう結果となりました。
大きな理想を語る経営者が、全て悪いというわけではありません。スティーブ・ジョブズやビルゲイツのように、それを支える確かな技術や時代的要因などの背景が重なり合えば、そうした“大風呂敷”は成立します。
しかし、ベースとなる知識や技術が全くない状態でいくら理想を語っても、将来性はありません。有力なベンチャーキャピタルや信頼できる投資家の出資状況などもチェックし、経営者の掲げる理想の「実現可能性」を判断してください。
また、「経営者の人となり」を判断する上で私が最も大切だと思うのは、経営者のプロダクトに対する熱意と、誠実さです。たとえメディアにはほとんど取り上げられていない地味な人だったとしても、強い信念を持ってプロダクトと向き合っていれば、地道に成果を上げていけます。口のうまさやカリスマ性などに惑わされず、実直さ、誠実さを重視しましょう。
伸びる企業を「見極める目」を養う三つの習慣
さらに、伸びるスタートアップを見極めるためには、エンジニア自身が「企業を見る目」を養うことも大切です。
例えば、世の中でいま何が起きているのかを知らなければ、その企業が手掛ける事業の成長性は見えてきませんよね。それには、判断材料として使える情報を、日々インプットしていく必要があります。
そこで私がおすすめしたいのは、次の三つの習慣です。
【1】自分の専門領域の「隣」にも注目する
次にどんな技術が流行るのか、いま何が注目されているのか。世の中のトレンドを抑えるためには、自分の専門領域を深く知るだけではなく、その“隣の領域”で何が起きているのかまで知る姿勢が必要です。
例えば、オープンソースのカンファレンスに参加する際には、自分の使っている言語やフレームワークの話だけではなく、隣のセッションや全体のキーノートも覗いてみてください。
一つの領域の知識を深めるだけでは視野が広がらず、世の中の動きを感じ取れないままになってしまいがちです。すぐに役に立ちそうにない話でも、とりあえず聞いておく。そういう習慣を身に付けておくと、後々自分のキャリアに生きる瞬間が必ず訪れます。
【2】語学力を磨く努力をする
また、可能な限り、英語の情報を自分で取り入れられる語学力を磨きましょう。
テクノロジー業界の最先端の情報は、主に英語で発信されています。コロナ禍、無料でオンライン視聴できるカンファレンスも世界各地で増えていますから、この機会に活用しない手はありません。
少しずつでもいいので、語学学習を続けてみてください。英語でテック関連の情報にアクセスできるようになると、トレンドをいち早くキャッチアップできます。
【3】“地味なもの”を軽視しない
どの業界においても、派手で目立つ“流行りのビジネス領域”というのは、競争が激しく廃れやすくもあります。一方で、表舞台にはなかなか出にくい地味な領域のビジネスほど、一般的には長く続くものです。
例えば、ITバブルの時代に設立されたeコマース関連の会社はほとんど潰れてしまいましたが、その会社にルーターを提供していたシスコはいまも存続しています。
同じように、モバイルアプリの全盛期にはアプリ開発者の淘汰が激しかったものの、そのエンジニアにサーバーを貸していたAWSは大きな飛躍を遂げました。
さらにさかのぼると、ゴールドラッシュで金を掘りに来た開拓者よりもはるかに稼いだのは、その人たちにジーンズを売ったリーバイ・ストラウス社です。『リーバイス』のブランドは、時代を超えていまなお受け継がれていますよね。
息の長いビジネスは、実は表舞台を支える裏にある。これは歴史の法則です。
いまでいうと、業種ではサイバーセキュリティーや、クラウドストレージ。職種ではインフラエンジニア、サーバーサイドエンジニアあたりが、今後ニーズが高まる領域と考えられます。
伸びるスタートアップを見つけ出す一番の近道は、「見極める目」を養うために、日頃から努力を重ねること。
何となく派手で良さそうに見えるものに惑わされず、自分で確かな判断ができるようになるために、ぜひ今回紹介した三つの習慣を意識してみてください。
取材・文/一本麻衣 編集/川松敬規(編集部)
2000年代以降、世界のビジネスモデルは大きく変わった。新型コロナで加速するビジネスの新潮流から日本再生の道も見えてくる。シリコンバレーの盛衰をつぶさに見てきた著者が明らかにする「お金とハイテクのからくり」とは?
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