ネット上には、数々の「SES脱出」ノウハウが出回っている。しかし、SESは本当に“脱出”しなければいけない場所なのか? 本特集では、SESで働く技術者・経営者や人材業界の識者への取材をもとに、SESにまつわるネガティブな噂の真相を検証。SESエンジニアが仕事を楽しみ、“いいキャリア”を築くための方法を紹介する。
「SESの案件ガチャ」本当は存在しない? エンジニアが希望案件に就くためにできること
「Web制作の仕事がやりたいのに、インフラ系にアサインされてしまった」「コーディングがしたいのにテスト案件ばかり……」
そんなふうに、希望の案件に就くことができずに悩むSESエンジニアは少なくないのでは?
SESで働くエンジニアにとって、案件のマッチングはキャリアに大きな影響を与える。とはいえ、ビジネスの特性上、案件を自由に選ぶことはなかなか難しい。
やりたい仕事とアサインされる案件のミスマッチ――「案件ガチャ」とも呼ばれるこうした事態に、SESのエンジニアは振り回されるしかないのだろうか?
案件ガチャのハズレを防ぎ、キャリアプランを考えていくために、エンジニア個人には何ができるのか。大手SES企業で営業や人事として15年以上働き、現在はソフトウエア開発などを手掛けるトライクアル合同会社で代表を務める今井智之さんに話を聞いた。
トライクアル合同会社 代表
今井智之さん(@TomoEqual)
フリーランスのBtoC営業、SES(派遣)営業のマネジャー、人事などを経験した後、2018年に独立し、トライクアルを起業。SES企業としてJavaを使った開発案件などをメインに手掛け、エンジニアが希望に合わせて働けるような仕組みづくりをしている。TwitterでSESにまつわる情報を発信している
実はどこにも存在しない「案件ガチャ」
最初からちゃぶ台を返すようで申し訳ないのですが、私はそもそも「案件ガチャ」なんていうものは存在しないと考えています。
もちろん、SESというビジネスはお客さまの案件ありきですから、どのような現場に入るか、そこでどんな人と働くことになるのかといった不確定要素はあります。けれども、経営者の目線から言えば、その人のやれること・得意なことと案件の内容が大きくずれることは、そんなにないと思います。
というのも、営業からすれば、そのエンジニアが持っている経験・スキルを活かせる案件にアサインする方が単価が高くなるからです。ミスマッチの案件にエンジニアを送り込むことは、売上が下がることに直結しますから、営業としてはむしろ極力控えたいはずなんですよ。
ええ。ただ、ミスマッチが全く起こらないわけではありません。例えばエンジニアの経験が浅く、本人のやりたいことと持っているスキルとの乖離がある場合です。
エンジニアが「ゲーム開発がしたい」という希望を持っていたとしても、未経験でいきなり任せることは難しい。それに、ほとんどのお客さまは未経験のエンジニアにお金を出してはくれません。ですから「まずは他の案件で経験を積みながら目指していこう」というケースは実際によくあります。
もう一つは、不景気の際に稼働優先となった場合です。不景気で案件自体が減ってしまうと、どのSES企業も稼働率を保つために「稼働優先なので案件は選びません」「稼働優先なので単価は調整します」となりがちです。
このような場合、エンジニアが自分の希望や能力に合わない案件にアサインされてしまうことは起こり得るでしょう。こうした背景を知らないエンジニアが「案件ガチャ」だと感じてしまうのは仕方ないことかもしれません。
そうですね。一方で、その後課題が解消されたときに、早い段階でエンジニアの希望する案件に異動させてもらえるか、それとも同じ現場にずっと塩漬けにされてしてしまうのか、という点には運要素が絡んでくるとも言えそうです。これは会社がどれだけエンジニアのことを考えているかや、営業担当の能力によって大きく対応が変わります。
目先の売上しか考えず、エンジニアを数字で見ているような会社は「稼働さえしていればいい」となりがちです。ですからエンジニアのためを思ってローテーションをさせるかどうかは、経営者がどれだけエンジニアのキャリアに寄り添ってくれているかによるでしょう。
またローテーションをさせるためには、営業はエンジニアの希望を満たす案件を獲得すると同時に、今の案件からエンジニアを引き上げる調整をしなければなりません。さらに、今の案件の稼働を終了させるタイミングと、新しい案件をスタートさせるタイミングを一致させる必要もあるため難易度が高く、レベルの低い営業担当にあたってしまうと、放置されてしまう可能性も高いんですよ。
ええ。ただ、自分の望まない案件にアサインされることを、漠然と「案件ガチャ」だと認識してしまうエンジニア個人の課題もあると思います。
エンジニアが「案件ガチャにハズレた」と思う場合、本人はその仕事に意味や価値を感じられていないのでしょう。でも、全く学ぶことのない現場なんて、特に経験が浅いエンジニアにとってはほとんどないはずです。
例え技術的に簡単でチャレンジ要素がなかったとしても、メンバーの中に参考にできる人はいないか。リーダーはどうやってメンバーを率いているのか。技術以外の面でSEとしてレベルアップできる要素がないか。あるいは、仕事のやり方に問題を感じているなら自ら改善提案をしてみるとか……。
そうした観点がなく、単に「やってみたい技術に触らせてもらえない」ことをガチャと捉えているエンジニアは少なくありません。
「ガチャ」というのは、出てくるまで中身が分からず全てが運によるものを指しますよね。でもほとんどの仕事には、努力や工夫次第で何かしらの改善ができる余地があるはずです。
もちろん現場に行ったらパワハラやセクハラをするような人がいたとか、契約にはない仕事を任されてしまったとか、行ってみなければ分からなかったような事態は起こり得ますし、そういうものは「ガチャ」と呼べるでしょう。
しかしそうではなく、目の前の仕事が気に入らなかったというだけで「案件ガチャにハズレた」と言うエンジニアは、ただ不満の方だけに目を向けてしまっているのだと思います。
客先常駐の業態に甘んじず、「報・連・相」をしているか?
大切なのは、社会人になるとよく言われる「報・連・相」です。そんなことかと思われるかもしれませんが、報告・連絡・相談をちゃんとできる人は、エンジニアに限らず結構少ないんですよ。
自分のやりたくない仕事にアサインされたとき、多くのエンジニアは職場や居酒屋、SNSなどで愚痴を言うだけで終わってしまいます。でも、愚痴をぼやいていれば会社の誰かが聞きつけて何とかしてくれる……なんてことは、ほとんどありませんよね。
「今はこういう作業をしています。正直、技術的な上積みはほとんどないけれど、プロジェクトの進め方は勉強になりました。次はもっとこういった経験を積みたいので、現場を異動させてください」
こんなふうに、粒度の高い「報・連・相」をすることが、エンジニア自身のキャリア形成にとって大切なことだと思います。
それもよく言われてはいますが、仮に同じオフィスの中で働いていたとして「上司が今日の仕事の進捗を聞きに来てくれない」と文句を言ってる人がいたら、「何を言ってるんだ」と思いませんか?
報告は社会人の基本ですし、特に常駐しているエンジニアにとってはそれが自身の仕事をより良くしていくことにつながるんですよ。
そうした粒度の高い「報・連・相」をした上でもなお、自分の希望とかけ離れた案件ばかりやらされるようならば、そういう会社なのだと諦めて転職を考えるべきでしょう。
ただ、ここで一つ気を付けたいのが、同業者からの引き抜きです。現場で愚痴を言っていると同業者から声が掛かりやすいんですよ。どこのSESもエンジニアを採用したいので、「現場のエンジニアを引き抜いてきたら報酬を出す」なんて会社も中にはあるようです。
しかしこういった同業他社への転職では多くの場合で大して条件も良くならず、将来性も変わらないでしょう。一概には言えませんが、不満だけを理由に転職を繰り返し、結果的にキャリアとして何も積み重なっていない、という人を本当によく見かけます。
そもそも「引き抜き」は、特に人材を扱う業界ではタブー視されていますが、経験上、本当に優秀な人は同業者ではなくお客さまから声がかかるものです。
SESエンジニアは、アピール次第で理想のキャリアに近づける
まずは自社との関係性を築くことですね。携わりたい分野や理想のキャリアプランがあるならば、きちんとそれを会社に共有するべきです。そして、自分の希望を言いっぱなしにするのではなく、自分がそのために具体的な準備をしていることを示すことも重要です。
特に未経験の分野に挑戦したいという希望があるならば、こうした姿勢一つで状況が変わる可能性も大いにあります。
例えば「最近はAIがアツいから、そっちの仕事もしてみたいんですよね~」と言っているだけのエンジニアと、ふとした時に鞄から参考書が出てきて「今、AIについて勉強しているんですよ。関連した資格も取ったので、もしそうした案件があったら是非お願いします!」というエンジニア。
自分が営業で、AIの案件に一人だけアサインできるとしたら、どちらに頼みたいですか?
一言で表せばそうなるかもしれませんね。「社内営業」というとエンジニアは嫌がると思いますが、経験のない技術や仕事に挑戦したいのなら、そのためのアピールは必要です。
もちろん、営業の中にもエンジニアの話をちゃんと聞かない人もいるかもしれませんし、例えばエンジニアが「Pythonをやりたい」と希望を伝えても、今の案件から引き上げさせたくない営業が「その案件はないから無理」とごまかすこともあるかもしれません。しかしSESは非常に営業のアポが取りやすい業界なので、ちょっと頑張れば案件はいくらでも取ってこれるはずなんですよ。
よくエンジニアから「会社に聞いたんですが案件がないと言われました」という話を聞くのですが、それは単に営業力不足によって起こっているのかもしれません。一方で、エンジニアのポテンシャルアピール不足によって、希望する案件へのアサインができていない可能性も考えられます。
案件を決める際、営業は基本的にこれまでの経歴書に書いてあるスキルセットを基にエンジニアをアサインします。つまり、過去の経歴書に書かれている以上のことをやりたい場合。そして、そのために新たなスキルを勉強したり、習得したりしている場合。まずはそれを社内の人に知ってもらえなければ、営業はお客さまに向けてプッシュすることもできないわけです。
そうなんです。こうしたコミュニケーションは、お客さまとの面談のときにも非常に大切です。
例えば、「○○をやったことがありますか?」という質問に「ありません」だけ、「こういう案件は大丈夫ですか?」という質問に「経験がないので、やってみないと分かりません」だけ。こうした受け答えでは、ポテンシャルを感じられませんよね。
現場に常駐するエンジニアにとっては当然なのですが、「事実より良く思われてしまうと参画した後につらい」という思いから、どうしてもアピール不足になってしまう人が多いように思うんです。
「嘘をつくべきだ」ということではなく、例えば「やったことはないけれど、興味があって勉強しています」とか「経験はないけれど、前の現場でやったことが活かせそうです」と、意欲ややる気を少し伝えるだけで、印象が大分良くなります。すると、今のレベルよりも1~2段高い案件に入っていきやすくなるのです。
エンジニアって真面目な人が多いじゃないですか。休日も技術のことを考えて勉強したり、コンピューターに触れたりしている。そういう良いところがお客さまや会社に伝わらないのは、本当にもったいないと思うんです。
もちろん、巷で言われるようにSESの経営や営業にはびこる問題もあるでしょう。ただ、安易に「案件ガチャ」と片付けるのではなく、自分の希望を会社とすり合わせる「報・連・相」をすることで、より良いキャリアを築いていくことは可能です。
そして、SESで働くエンジニアたちには、ぜひそうしてキャリアアップをしていってほしいと願っています。
取材・文/高田秀樹 編集/河西ことみ(編集部)
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