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日本企業が知らない、本当の「技術投資」とは? 元GAFAエンジニアが語る危機感【川中真耶・小橋昭文】

働き方

    Google、Appleを経験してきたエンジニアから見て、日本の企業と日本のエンジニアの現状はどのように映っているのか。

    ナレッジワーク川中真耶さんとキャディ小橋昭文さんによる対談最終回のテーマは「元GAFAエンジニアから見た、日本企業と日本のエンジニアに足りないもの」。

    国内スタートアップでCTOを務める2人は、日本企業の「技術基盤への投資」について課題を感じていると話す。どうすれば状況を変えることができるのだろうか。

    株式会社ナレッジワーク CTO 川中真耶さん、キャディ株式会社 共同創業 最高技術責任者 小橋昭文さん

    (写真左)株式会社ナレッジワーク CTO
    川中真耶さん

    東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修士課程修了。IBM東京基礎研究所に入社し、研究者としてXML、ウェブセキュリティー、ウェブアクセシビリティーの研究に携わる。その後Googleに転職し、ソフトウエアエンジニアとしてChrome browserの開発や、Chrome browserで用いられている分散コンパイル環境の開発に関わった。ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会出場。2020年4月、株式会社ナレッジワークを創業、同社CTOに就任。『王様達のヴァイキング』(週刊ビッグコミックスピリッツ)技術監修

    (写真右)キャディ株式会社 共同創業 最高技術責任者
    小橋昭文さん

    スタンフォード大学大学院 電子工学専攻卒業。世界最大の軍事企業であるロッキード・マーティン米国本社で4年超勤務。ソフトウエアエンジニアとして衛星の大量画像データ処理システムを構築し、JAXAやNASAも巻き込んでの共同開発に参画。 その後、クアルコムで半導体セキュリティ強化に従事した後、アップル米国本社に就職。ハードウエア・ソフトウエアの両面からiPhone、iPad、Apple Watchの電池持続性改善などに従事した後、シニアエンジニアとしてAirPodsなど、組み込み製品の開発をリード。 2017年11月に、キャディ株式会社を共同創業

    日本企業は技術基盤への投資が足りない

    ーーGoogle、Appleを経験した立場から、日本企業や、日本のエンジニアに対して思うところはありますか?

    川中:僕からすると、基盤への投資が日本企業は全然足りない。基盤に投資することですぐに実感できる効果は小さいかもしれないですが、それを繰り返していると、気付いた時にすごく大きな差となって現れる。GAFAの強みはそこに投資し続けていることにあります。

    エンジニア界隈では有名な「木こりのジレンマ」というものをご存知でしょうか。今、木を切らなければならないのだけれど、手元にあるのは刃がボロボロの斧だけ。刃がボロボロだから、なかなか木はうまく切れない。斧を研ぐ時間をとれば、その方が結果的に早いという話。日本企業はもっと斧を研ぐ時間をつくるべきかなと思います。

    ーー何かつくれない理由があるのでしょうか?

    川中:「投資する」ということを理解している会社が少ないのではないでしょうか。例えばエンジニアリングについて言うと、「良いPCを買う」というのは分かりやすい投資です。それだけでボロいPCを使っていた時と比べて生産性が2倍になったりします。でも、現実には性能の低い安いものを買ってしまうことが横行している。日本の固定資産の制度上、そうなってしまうのは分かるのですが……。それは良くない。もったいないと思います。

    小橋:確かにそこは感じますね。面白いのは、国家レベルで見ると日本はアメリカと比べてインフラにすごく投資していること。医療もそうだし、高速道路もそう。

    川中:でも、ITへの投資額を比較すると、日本はすごく少ないじゃないですか。それを欧米諸国並みに上げるだけでも、すごく良くなると思うんですが。

    株式会社ナレッジワーク CTO 川中真耶さん、キャディ株式会社 共同創業 最高技術責任者 小橋昭文さん

    小橋:ITエンジニア、ソフトウエアエンジニアがなぜ今ベンチャー界隈で重視されているのかをもう少し考えた方がいいと思いますね。従来のやり方は「別にSIerに頼めばいいじゃん」「デザイナーも外注すればいいじゃん」でしたよね。それを内製しようと思えば、その分だけ当然コストが掛かる。採用しなければならないし、マネージもしないといけない。それでもなお内製するのは、やはり事業に共感している人たちだからこそ、言われたことをただやる以上の貢献ができるという背景があると思います。そこを理解していなければ、ITインフラに投資しようという意思決定にはならないでしょう。

    例えば、多くの企業では自社ビルのメンテナンスを管理会社さんに一任しているのだと思うのですが、そうやって外注しているのは、オフィス管理という仕事が自分たちにとっての即戦力ではないと判断しているからでしょう。ITも同じで、即戦力だと認識していれば、内製しなければならないし、インフラにも投資しないといけないという判断になる。そこが腹落ちしていないんだと思いますね。

    「技術屋がそのままCTOになる」ことへの危機感

    小橋:日本企業がITインフラに投資しないのは、そのインパクトが技術者以外からは見えにくいからではないか、と思います。だからこそ麻野さん(ナレッジワークCEOの麻野耕司さん)はCTOとして川中さんを入れるわけです。技術を理解していて、事業を健全に成長させるために正しい判断をしてくれるだろう信頼できる人を必要とする。

    だからCTOとしては、ITインフラへどれくらいの投資するのかを判断する際、必ず事業数字と合わせて考える必要があります。そこまで技術と経営が分かっていないと務まらないポジションなわけです。「とりあえず投資した方がいいじゃん」では、「でもお金も大事だよね」という話になってしまうので。もしかしたら、その判断ができる人材が日本には少ないということなのかもしれない。ITと経営の両方を分かる人がすごく少ないという。

    川中:上の方にエンジニアの言葉が分かる人がいなくて、そのせいでエンジニアに対する投資が少ないということですよね。そこは「やっといてね」という下請けになってしまっている。そもそもエンジニアはコストセンターではなく価値を生み出せるわけだから、その「価値を生み出せる」ところをちゃんと分かるように説明できる必要がある。

    ーーCTOは技術の責任者であると同時に経営陣の一員であるということですよね。ただ、この二つの要素を兼ね備えるのが非常に難しい。

    川中:エンジニアに対する危機感という意味では、「経営のことは分からなくていい」という風潮がちょっとあるなと感じます。技術だけやっていればいいんだという。

    ーー「技術屋の人がそのままのキャリアパスとしてCTOになりました」みたいなことが、もしかしたらまだあるということでしょうか?

    川中:あると思いますね。エンジニアコミュニティーの中にもそういう風潮があると感じていて。それは良くないと思っているんです。エンジニアコミュニティーは良くも悪くも技術が分かっている人を褒め称えるコミュニティー。考え方によっては、そこからちょっと距離を置いた方がいい場合もあるのかもしれない。

    小橋:例えば医療機器の会社でも、西欧だと経営陣に医師がいることが多いです。医療を分かっている人として経営に関わっている。それがいないと、純粋に事業をつくる人もやはり正しい判断がしにくいから。それがない日本企業では結果的に投資の判断がしにくいというのはあるのかなと。

    だから、世間のソフトウエアエンジニアには経営を理解するようになってほしい。経営が全てできる必要があるというより、理解できることがすごく重要。お金という私たちの人生を支えているものがどのように回っているか、とか。そういうところへの関心がすごく重要なのではないかと思います。

    株式会社ナレッジワーク CTO 川中真耶さん、キャディ株式会社 共同創業 最高技術責任者 小橋昭文さん

    家計簿、決算書…意外と身近な“経営を学ぶ”第一歩

    ーーそういう意味ではお2人がどう経営の観点を学んだのかはぜひ聞いておきたいです。

    川中:どうだろうな。自分で学ぼうと思って学んだものでもない気がします。ただ、スキルだけでいうと簿記を学びましたね。「数字くらいちゃんと読めるようになりたい」と思って、勉強しました。

    ーーそれはナレッジワークをやることが決まったから?

    川中:いえ、やると決める前です。「これくらいは読めるようになりたいな」と思って。あとは、それ以前からビジネス系の人と話をする機会が結構あったので、その中でいつの間にか喋れるようになったというのもあると思います。僕自身はもともと「技術が分かっていない人に対して説明するのがうまい」「翻訳家みたいだね」と言われることは多くて。仕事で特別に必要に迫られていたわけではないんですが、いつも「親に説明するならどうするか」と考えていました。

    それをやっていたら、自然と技術を知らない人に説明するのもできるようになったし、そういう人がどう考えるのかも結果として理解できるようになっていた。そのおかげで今も麻野に通じるように話せているというのはあると思います。

    エンジニアにどう投資するかは、正直まだ手探りの部分も多いです。これまでの経験に加えて、「普通の会社だとサーバ費はこれくらい」といった情報はWebにもたくさん載っているので、そういうものをたくさん読んで判断しています。そんなに外れていないことができているとは思っているんですが。

    小橋:勉強と過去の経験の掛け算というわけですね。でも、簿記から始まったというのは面白い。私はアメリカのえげつない学費を自分で払っていたので、常にお金を見るしかなかったというのがありますね。一時期はデイトレーディングもやっていたので、そこの感度がないと死ぬというのもありましたし。

    川中:株は確かに僕もやったなあ。「決算表くらい読めるように」と思って。デイトレーディングまではやらなかったですが。

    小橋:何かの理由でそれをやる機会があったというのは大きいですよね。それが必ずしも株のようなものである必要もない。私自身も「自分の家計簿をちゃんと管理しよう」というところからスタートしていますし。金融がどうのこうのみたいな話は後になって学んだことで。

    川中:僕は世の中の仕組みそのものにも興味がありました。社会がどう回っているのかとか。そこに対する感度が高かったというのは関係あるかもしれない。

    株式会社ナレッジワーク CTO 川中真耶さん、キャディ株式会社 共同創業 最高技術責任者 小橋昭文さん
    ーー技術も構造的であることが重要ですが、となると経営も似ている部分があるのでしょうか?

    小橋:経営は最終的には「どういうリスクをいつとるか」。そのために資金調達をするなり融資を入れるなりするものでしょう。そういう意味では、開発も少し似ているところがありますよね。「ちょっと今晩無理してでも、来週を楽にしよう」とか。「学生時代のようにテスト直前に一夜漬けするのはよくないよね」みたいな。それを業務として複数人のチームで回すというのは、確かに似ている気がします。

    川中:リソース管理みたいな観点からも似た部分は見出せますよね。「この人員をどこに配置すると最終的に良いものができるか」というのはプログラムを書く時にも考えるのですが、経営もその点は似ている気がします。まあ、プログラムはどう実行されるかが分かっているから、投資対効果が見えやすいというのはあるんですが。見えない中でもある程度見える部分はあるので、それに基づいてやっているように思います。

    小橋:例えば「先輩が後輩をOJT的に鍛える」というのもそう。そうすると今は効率は落ちるけれども、先々は楽になる。ではいつそれをやるのか、と考えるじゃないですか。経営的センスを磨くヒントはいろいろなところにある気がしますね。

    考えてみれば、エンジニアの世界には「技術的負債」という言葉があるわけで。負債ってもともとはお金の言葉。それに例えられているってことは、やっぱりすごく似ているところがあるんでしょうね。

    ーーなるほど。そうして考えると、経営をもっと身近なものとして捉えられるようになりそうですね。お2人とも、今回はお話を伺わせていただきありがとうございました。

    取材・文/鈴木陸夫 撮影/赤松洋太

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