テクノロジーの世界で「温故知新」は必要なのか?大ベテランたちの答え~「『UNIX MAGAZINE』のバックナンバーを読むしかなかった」【歌代和正×風穴江×蛯原純】
1989年1月は、「2つの時代」が始まった月として歴史に刻まれている。
一つは、昭和から平成に年号が変わった月。もう一つは、村井純氏(現・慶應義塾大学環境情報学部長)を筆頭とするグループが、日本で初めてインターネットをつなげた月である。
そして1993年、インターネットサービスプロバイダ事業を展開していたインターネットイニシアティブ(以下、IIJ)が日本初の商用インターネットサービスを開始してから早20年以上。今ではスマホの普及もあって、ネット接続は老若男女にとって当たり前の時代となっている。
この20年以上のインターネット史について深く知る人物である歌代和正氏をはじめ、IT業界の大ベテランたちが、さる6月28日に東京・六本木で行われたITトークイベント『TechLION vol.26』に登壇した。
この日のイベントテーマは「テクノロジー温故知新」。歌代氏とは、まだインターネットが日本になかった時代から村井氏らとともに先端テクノロジーの“輸入”(当時はまだアメリカから技術を日本に持ち込むこと自体が「最先端」だった)に携わってきた人物であり、IIJにも1994年からジョインしている。
その他、日本語の文字列をコード変換するためのPerlライブラリ『jcode.pl』の作者としても広く知られており、文字通り日本のインターネットの生き字引である。
そんな同氏や、BSDライセンスで配布されているUNIX-like OS『NetBSD』の普及に尽力してきた蛯原純氏、そして『月刊スーパーアスキー』の編集者を皮切りに長年Techジャーナリストをしてきた風穴江氏が集まり、インターネットの過去・現在・未来についてフリートークを展開した。
イベント後半には、3人と『TechLION』主催の法林浩之氏、馮富久氏によるパネルディスカッションが行われたのだが、この時に出てきた話題が、タイトルにした「そもそもテクノロジーの世界で温故知新は必要なのか?」というお題だ。
技術を学ぶための最善の道は「違和感を持つ」ことである
かつては電話回線とPCをつないでネット接続をしていたと書いて、ピンと来る人はどれだけいるだろうか。今は無線が当たり前のように使われ、かつスマホで気軽に大容量の動画サービスを楽しむこともできるようになった。
当然、28年前に比べて各種のテクノロジーは飛躍的に進歩しており、1~2年前の技術ですらオワコン扱いされてしまうほど変化のスピードが速まっている。
そんな中で、「古い技術情報は若いエンジニアにとって覚えるべき対象なのだろうか?」という問いから始まったパネルディスカッションでは、大ベテランらしい含蓄ある議論が繰り広げられた。
ジャーナリストの風穴氏は、自身の経験を基に「過去から学ぶ」ことの意味をこう話した。
「私がアスキーに新卒入社した時、分からないことがあったら『UNIX MAGAZINE』(1986年~2009年)のバックナンバーを読むしかありませんでした。そうやって歴史から学んでいたので、私たちは現在のLinuxを見て『何が新しいのか』も分かるのです。おそらく、最新版だけボンと渡されても、なぜ今、そうなっているのかは分からないでしょう。だから古い情報に当たる行為は大切だと思います」
実は筆者も、初めてテクノロジーメディアの編集・執筆を担当するようになった若かりしころに、あるベテランジャーナリストに同じような助言をもらったことがある。歴史を学べば、「なぜ今、この技術が注目されているのか?」や、「この技術の何が新しいのか?」が分かるようになるからだ。
この助言は非常に貴重なものだったと今なお感謝している。
だが、あえて違った視点で議論の口火を切ったのは蛯原純氏だ。極論を出すことで議論を活性化させることを狙い、「今の若手エンジニアは『Qiita』に書いてあることしか知らない」と話した。「それで、いいんじゃないか」と。
要は、技術の進化における「文脈」、「体系」など学ばずとも、カジュアルにソフトウエアを開発することができるようになっているということだ。蛯原氏のようなベテランからすれば由々しきことであっても、それが現実である以上、温故知新を強要するのはミスリードなのではないか?という意見だ。
そして、各々の意見を踏まえて歌代氏が語った持論が秀逸だった。いわく、若いエンジニアに古い技術情報が必要かどうかは分からないが、大事なのは「知らないことを想像できること」であるというのだ。
「どんなに優れたエンジニアであっても、技術進化の歴史をすべて知ることは不可能。だから、日々の開発で必要なのは、知識を増やすことより『無知を知る』ことなんです」
「知らないことを想像する」力とは、例えばこんなことだと歌代氏は続ける。
「あるソフトウエアを作っていて、ものすごくメモリを食っちゃいました、というケースがあったとします。この時に、『理由が分からない』と放置してしまう人と、違和感を持って『なぜこんなにメモリを食ってしまったのか』と解決に向けて情報に当たっていく人と、どちらが優秀かと言えば間違いなく後者なんです。つまり、この違和感があれば、『すべての歴史』を知っている必要はないということです」
この違和感を醸成し、解決策を探るためには、今使っているソフトウエアやフレームワークの成り立ちから学ぶことが大切なのかもしれないし、先人たちがつまずいたポイントから学ぶこともあるだろう。
モデレータを務めた馮氏は、「この違和感を醸成していく行為について、ネットには多くの技術情報がころがっているけれど、直接的に問題解決につながる情報だけを得たら学びが止まってしまうというデメリットもある。『ちょっと横』にも視野を広げていくことや、それを促してくれるような存在も大事なのではないか」と補足していた。
こうした議論の中で、登壇した3人が共通して口にしていたのは、「結局、古い技術情報も『いつか必要になる時』のために残しておくことが大事」という点だった。
情報とは、使える・使えないという価値基準ではなく、「ある」ということこそが重要なのである――。それは、何かに違和感を持ち、現状を変えようとする次世代のイノベーターたちにとって貴重な糧となるのだ。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)
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