サイトオープン10周年特別企画
エンジニアのキャリアって何だ?技術革新が進み、ビジネス、人材採用のボーダレス化がますます進んでいる。そんな中、エンジニアとして働き続けていくために大切なことって何だろう? これからの時代に“いいキャリア”を築くためのヒントを、エンジニアtype編集部が総力取材で探る!
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近年生涯学習の重要性が見直され、「リカレント教育」や「学び直し」といったキーワードが注目されるようになった。
Web業界随一の勉強家としても知られるGMOペパボの取締役CTO、栗林健太郎さんも、昨年、北陸先端科学技術大学院大学に進学し、学び直しを実践している。
栗林さんが今回の学び直しを決めたのは、「アンラーニング(※習得した知識や価値観、成功体験から意識的に離れ学び直すこと)」の重要性を痛感したからだそう。
なぜアンラーニングが重要なのか。そして古き知識を捨て、新たな知識を得るためのポイントとは? 栗林さんに話を聞いた。
GMOペパボ株式会社 取締役CTO CTO室室長
栗林 健太郎さん(@kentaro)
東京都立大学法学部政治学科で日本政治史および行政学を専攻。卒業後、2002年に奄美市役所に入職。08年よりソフトウエアエンジニアに転じ、はてなへ。12年からpaperboy&co.(現GMOペパボ)に勤務。Webアプリケーション開発者、マネジャー、執行役員を経て、17年に取締役CTOに。北陸先端科学技術大学院大学博士前期課程に在学する社会人学生でもある。エンジニア界隈では「あんちぽさん」の愛称で知られている
栗林さんは、Webエンジニアとしては比較的遅咲きの部類に入る。32歳でエンジニアに転身するまで、奄美市役所の職員として社会福祉に従事していたからだ。2008年にはてなに転職し、現職に至るまでは、実践を通してWebサービス開発のノウハウを学び続けてきた。
そんな栗林さんが北陸先端科学技術大学院大学に入学したのは2020年4月のこと。40代半ばになってからの挑戦だった。
「現時点でGMOペパボのサービスラインナップにはないけれど、将来的に成長が見込める技術分野を選んで研究しようと考え、大学院進学を決めました。研究テーマは情報セキュリティーとIoTです。個人的にも興味がある分野ですし、ここで得た知見をいずれ何らかのかたちで社内に還元したいという思いがありました」
とはいえ、技術的な知見を吸収するだけが大学院への進学を志した理由ではではない。知識をアップデートするために、学び直すべき時期に来ているという自覚が栗林さんの背中を押した。
「これまでサービス開発、組織づくり、人材マネジメントなどに携わる中で、さまざまな課題と向き合ってきました。しかし私たちを取り巻く環境は常に変化しています。こうした状況下において、さらなる成長を目指すなら、これまで通りのやり方を続けるだけでは、何かが足りないと感じるようになりました」
新しい気持ちで世の中と向き合うためにどうすべきか。考えを深める中で思い至ったのが、これまでに身に付けた知見をいったん脇において学び直す、アンラーンニングの必要性だった。
「私がエンジニアとして得た数々の経験やスキルを振り返ると、どれも必要に駆られて取り組んだものばかり。知識の幅は広がり、仕事にも役立ちましたが、時間経過とともに陳腐化した知見も少なくありません。
また、どれも実践の中で身に付けてきたので、これまで体系的に何かを学ぶ機会がありませんでした。だからこそ、これを機に新たな学習スタイルを受け入れ、別の考え方をインストールしてみるべきだ、と。私にとって大学院での研究はアンラーニングの一種なんです」
新しい事業やサービスを興すのと同様、蓄えた知識もいずれ拡散から収束へと転じる時がくる。そうしなければ“大きな事を成す”ことはできない、と栗林さんは考える。
「今のままでは、自分の存在が組織の成長を妨げるような状況になることを危惧していました。エンジニアは、常に学び続けることを宿命付けられた存在だと感じている人は少なくありません。しかしある程度の経験を重ねてくると、キャリアの半ばで学ぶのを止めてしまう人が一定数いるのも確か。
もちろんそういう人がいても構わないとは思います。ですが、そうした人物が、古びて使い物にならない過去の成功体験や価値観を振りかざして、組織の成長を止めてしまうことは不幸でしかありません。だから未来ある組織の阻害要因にならないため、私が率先してアンラーニングすべきだと考えたわけです」
栗林さんは「できるなら、70歳、80歳、可能なら100歳になっても開発に携わっていたい」と話す。もし仮に80歳まで現役を続けられたとすると、40歳はまだ人生の折り返し地点を過ぎたばかりということになる。だからこそ40代の今、アンラーニングに向けて舵を切れたのだ。
だがそうはいっても、大学院での学びがもたらすのは喜びだけではない。一つの研究テーマに集中することによって、“成長痛”にも似た苦しみを味わうこともあるからだ。
「新しい知識の獲得が成長の手応えをもたらしてくれる一方で、今は仕事と家庭生活を除けば研究が最優先。だからこそユニークで将来性のあるサービスや最新のテクノロジーを目にしても、触らずやり過ごす場面が増えました。
いうなれば、常にお預け状態なわけです。以前ならすぐに飛びついて試していたにも関わらず、それを我慢しているわけですから、当然フラストレーションがたまります。自分の定めた研究テーマなのですが、集中力を保ち続ける難しさを痛感させられる日々です」
アカデミズムの手順やルールにも合わせなければならないし、自由気ままに振る舞えないもどかしさも感じる。だが慣れない環境で学ぶからこそ、アンラーニングが実りあるものになるともいえる。
「慣れ親しんだ過去を捨て、空いたスペースに新しい知識を入れていくわけですから、心地良いわけがありません。それでも継続していられるのは、大学院で学ぶことは私にとって大きな意味があると確信しているから。成長の手応えが感じられるからです」
とはいえ一度身に付けた知識やスキルを手放すのは勇気がいる。どうすれば過去に執着せずアンラーニングができるのだろうか。
「学びだけに力を注ぐのではなく、時折自分の過去や未来について考えを巡らせる機会をつくることが大切だと思います。私も自分の来た道と行く末を考えたくて『キャリアキーノート』をまとめました。オーソドックスなアドバイスではありますが、現実を見つめ直すのにとても役に立つのでおすすめです」
その上で栗林さんは「焦りは禁物」だと付け加える。人や組織、世の中の仕組みはすべて「経路依存性」に支配されているからだ。
「経路依存性とは、何事も常に過去の経緯や背景に縛られていることを意味します。コロナ禍のような強い環境圧力を別にすれば、変化は、生物の進化のように少しずつ段階的に起こるのが一般的です。それは学習に関しても例外ではありません。劇的な効果を期待するのではなく、成果を焦らず一歩ずつ学ぶことが大事なのだと思います」
もう一つ「忘れがちだが大事なポイント」があると栗林さんはいう。それは、自分らしい生き方と時間配分を照らし合わせて、いつ何を学ぶかを考えることだ。
「学びは成長をもたらし、人生をより良いものにしますが、その在りようは人それぞれです。自身がこれからどんな人生を歩みたいのかによって、人生の時間配分は異なります。そのため、焦るでもなく、かと言って悠長に構えすぎるわけでもなく、自分にとっていつ何を学ぶべきかを決めるという観点を持つことも大事なポイントです」
いつ、何を学ぶかも大事だが、その前に自分の人生について考えること。そのために、わが身の現状と今後について考える時間をつくることが、学習努力と結果をリンクさせる重要なポイントになるようだ。
取材・文/武田敏則(グレタケ)
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