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タフに「やっちゃう」しかない。暦本純一に学ぶ妄想力と実行力の鍛え方

働き方

    サイトオープン10周年特別企画

    エンジニアのキャリアって何だ?

    技術革新が進み、ビジネス、人材採用のボーダレス化がますます進んでいる。そんな中、エンジニアとして働き続けていくために大切なことって何だろう? これからの時代に“いいキャリア”を築くためのヒントを、エンジニアtype編集部が総力取材で探る!

    スマホ画面上の写真を、2本の指でピンチして拡大する――誰もが日常的に利用しているこの「スマートスキン」の技術を生み出したのが、ソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)のフェローで東京大学大学院情報学環教授でもある暦本純一さんだ。

    インターネットと人間をつなぐことで身体能力や認知能力を拡張させる、「人間拡張(ヒューマン・オーグメンテーション)」と呼ばれるテクノロジーの提唱者としても知られる。

    数々のイノベーティブなアイデアを形にしてきた暦本さんは、最新著書『妄想する頭 思考する手――想像を超えるアイデアのつくり方』(祥伝社)で、「イノベーションを生み出すためには妄想力が不可欠である」と説いている。
    新しいアイデアや、やりたいことを実現したいとは誰もが思うはず。とはいえ日々の仕事に追われて、「妄想している暇なんてない」というエンジニアは多いのではないか。

    イノベーションにつながるような「妄想」を組み込んだ働き方やポジション取り、キャリア選択をどう実現すればいいのか。暦本さんに聞いた。

    暦本純一プロフィール画像

    東京大学大学院情報学環教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長
    暦本純一さん

    ソニーCSL京都ディレクター。博士(理学)。ヒューマンコンピュータインタラクション、特に実世界指向インタフェース、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張に興味を持つ。世界初のモバイルARシステムNaviCamや世界初のマーカー型ARシステムCyberCode、マルチタッチシステムSmartSkinの発明者。人間の能力がネットワークを介し結合し拡張していく未来ビジョン、IoA(Internet of Abilities)を提唱

    求められる「粋な」遊びっぷり

    ――今、ITの世界ではアメリカや中国の企業が中心となっています。日本の企業やエンジニアの多くは、暦本さんがおっしゃるような「妄想力」が足りていないということなのでしょうか?

    日本で新しい発想をできる人が減っているわけではないと思います。書籍の中でも書きましたが、日本は漫画やアニメなどに見られるように「妄想大国」でしたし、今でもそのリテラシーは引き継がれているはずです。

    ただ、そうした妄想の文化と、大企業におけるビジネスの文化がうまく結び付いていない、ということは言えるかもしれません。これだけ多くの人が『シン・エヴァンゲリオン』を見に行くのに、その想像力を普段の仕事に生かそうとしていない。

    ――研究開発費など予算面の厳しさから、日本企業は「妄想する」余裕がなくなっている?

    予算がないという側面は確かにあるでしょう。それから、バブル期はITの黎明期とシンクロしていたこともあって、当時は何をやっても新しかった。だから、みんな面白がってさまざまな研究が生まれました。

    今はテクノロジーが成熟してきて、かつてのようにやんちゃに研究をするというのが難しい時代になっています。

    そもそも研究やイノベーションは「もの」になるか分からないリスクを伴うものです。

    例えばディープラーニングの技術は、カナダのトロント大学にいたジェフリー・ヒントン教授の1980年代からの研究成果が実を結んだものです。ニューラルネットワークの研究はなかなか成果が上がらず、90年代には「AI冬の時代」と呼ばれていました。アメリカなどでは資金を得られず断念する研究者も多い中で、短期的な成果だけを追求しないカナダという環境だからこそ続けられ、花開いた。

    しかしながら、先ほど言ったような環境下で、単に「役に立たない研究こそ意味がある」と開き直るのも良くないと思っています。

    誤解を恐れずに言えば、研究とは「人の金で遊ぶこと」なんですね。だからこそ、その遊びっぷりは常軌を逸して面白くなければならない。出資者が気持ち良くお金を出したくなるような「粋な」遊びっぷりが必要だというのが、私の考えです。

    実行するのは「難しいけど難しくない時代」

    暦本純一さん本文中画像
    ――粋な遊びっぷりとは?

    うちの研究室では、発想の大胆さを表す「天使度」と技術の高さや繊細さを表す「悪魔度」という二つの座標軸でアイデアを分析しています。「粋な」というのはつまり天使度が高い、ということ。

    ――先ほどテクノロジーの成熟によってやんちゃしづらくなっているというお話がありました。「天使度」の高いアイデアを出すのはやはり難しくなっているのではないでしょうか? インターネットやスマホが登場した当初はイノベーションにより社会が変わった実感がありましたが、最近は商品が早く届いたり、家にいながらにして食べ物が注文できるといった便利さはあっても、社会の変化とまでは言えない気もします。

    確かにAmazonやヨドバシ.comは通信販売をIT化しただけとも言えますが、その一方で商取引の性質を大きく変えつつあります。一言でいえば、最近はファブリケーション(製造)に近づいているように感じているんです。

    ――どういうことですか?

    最近のAmazonやヨドバシは、クリックしてから届くまでがものすごく早くなっていますよね。都内なら、下手をすれば数時間もしないうちに手元に品物がある。ロボットやドローン配送が実用化したら、配送時間はさらに短縮されるでしょう。つまり、買ったものが届くという感覚から、突然その場所に物質が出現する感覚になってくる。

    かつて、各家庭に3Dプリンターが普及すれば好きな時に必要なものが物質化できるという構想がありました。そうした「物質転送装置」あるいは「どこでもドア」を具現化していると見ることができるわけです。

    eコマースは、検索履歴や画面遷移から「この人は次にこれを買いそう」という予測AIを組み込んできています。私も、自分の購買意欲が読まれているんじゃないかと思うことがありますよ。そうした予測から物流までを高度に組み合わせることで、「欲しい物が瞬時に手に入る」世の中を実現しつつあるのではないでしょうか。

    ――そう捉えると確かに天使度が高いアイデアになりますね。しかし、やはり多くの人はすでにある技術のブラッシュアップ、すなわち「悪魔度」を高めることに偏ってしまいがちな気がします。それはなぜなんでしょう?

    天使度の高いアイデアは、実行することが難しいからだと思います。「妄想しましょう」と言えば、他愛のないことを考えることはある程度できます。でも、一番タフなのは、それを実行に移すという前提で行うことです。

    日本の大企業でありがちなのが、「オープンイノベーション開発室」みたいな部署をつくって、その中でアイデアを出すだけで終わってしまうこと。いろいろアイデアは出てきても、箱庭の中での「オープンイノベーションごっこ」になる危険性があります。

    ――実行力を高めるには、どうしたらいいでしょうか?

    実行するのが難しいと言った側から矛盾するようですが、今は実行のためのハードルは昔より格段に下がっていると思います。

    最近は、プログラミングなしでアプリ開発ができる「ノーコード」のツールもたくさんありますから、「やろう」という決断さえあれば昔よりもできることは格段に増えていますよね。

    例えばですが、Wantedlyを創業した仲暁子さんは、エンジニアでないにもかかわらず、Rubyを勉強して最初のアプリを自分で作り上げたというのを聞いて感動しました。そういうメンタルが一番重要だと思います。

    とりあえず「やっちゃう」ことでしょうね。

    エンジニアと妄想は相性がいい

    暦本純一さん本文中画像2
    ――暦本さんのキャリアについても聞かせてください。NECの研究所からカナダへの留学を経てソニーCSLに移り、そして東大大学院の教授でもある。ご自身のキャリアのターニングポイントはどこにありましたか?

    やはり、1994年にソニーCSLに移ったことです。大学を出て就職したNECもいい会社でしたし、私が「人間拡張」の妄想を抱いて研究をしたいと騒いでいたら、「頭を冷やせ」みたいな感じでアルバータ大学に留学をさせてくれたので感謝しています。

    帰国後に提出したプロポーザル(提案書)にNECの上司は興味を示しませんでしたが、ソニーCSLの所眞理雄さん、北野宏明さんに見せたところ、面白いじゃないかと言っていただいたので移籍を決めました。

    ――やりたいことをやれる環境を自分で選びとってきた、と。

    振り返ってまとめるとそういうことなのかもしれません。昔は、理系の大学院を出たらこの企業に就職する、というように選択肢が限られていましたから「正解」は何かと悩むこともあまりなかったのですね。でも、今は先のことはまったく分かりませんし、世界が変わるスパンが本当に短くなっています。大企業よりスタートアップがいいと単純に言うこともできません。

    だから、若い人たちに伝えたいのは、どこにいてもその瞬間瞬間でやりたいことを楽しむしかない、ということです。

    ――今はテクノロジーの進歩も早く、加えてコロナのような社会の大きな変化もあります。その中でエンジニアがキャリアを考える際に、どのような視点を持つべきでしょうか。

    おっしゃるようにテクノロジーは常に進化しているので、これを知っていたら十分ということはないわけです。だからこそ、新しいことを調べて取り入れる好奇心を失わないことが重要だと思います。そのための時間的・精神的な余裕を保つような心掛けは必要になってくるでしょうね。

    ――最後に、暦本さんはどのようにしてその「妄想力」を身に付けたのでしょうか?

    コンピュータに触れたことが大きいです。

    私は小学校時代にコンピュータに興味を持ったのですが、マイコンやパソコンが登場する前のことで、実機に触れられもしないのに方眼紙にプログラムを書いたりしました。それでも何となくですがどう動くかが分かってくる。

    すると、小学校でやっている計算とか作業とかがムダに思えてくるんです。プログラミングをやっていると、「社会のバグは全部やっつけるべきだ!」という邪(よこしま)な発想が自然と育っていった(笑)。

    そう考えたらエンジニアの皆さんは、やっぱり妄想と相性が良いんじゃないでしょうかね?

    取材・文/高田秀樹 撮影/赤松洋太 企画・編集/根本愛美(編集部)


    書籍情報

    書影『妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方』
    『妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方』(祥伝社)

    マルチタッチシステムSmartSkin(スマホの画面を複数の指で広げたり狭めたりする技術)や世界初のモバイルARシステムNaviCamなどの発明をはじめとする、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション研究の第一人者、暦本さんによる、アイデア発想法の決定版です。一般のビジネスパーソン、プランナー…新しいことを生み出したい方すべてにおすすめしたい1冊です。

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