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「毎晩コードを書きながら寝落ちする」“0x38歳”経営者に聞いた、生涯プログラマーでいる方法

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エンジニアのキャリアって何だ?

技術革新が進み、ビジネス、人材採用のボーダレス化がますます進んでいる。そんな中、エンジニアとして働き続けていくために大切なことって何だろう? これからの時代に“いいキャリア”を築くためのヒントを、エンジニアtype編集部が総力取材で探る!

生涯技術屋、叶えるには?

創業20年のITコンサル会社ウルシステムズの代表取締役社長・漆原茂さんは、経営者かつ0x38歳(10進数に直すと56歳。16進数表記はご本人たってのリクエスト)になった今でも「毎晩のように寝落ちするまでコードを書き続けている」という。

同じエンジニア出身の経営者にも、多忙ゆえコードを書くことから離れてしまう人は少なくない。また、コードを書くことが好きでエンジニアになった人が、キャリアを積むにつれてマネジメントや上流コンサルに回ることを組織から求められ、意図せず”現場”から離れてしまうといったケースもよくあることだ。

こうした流れに逆らい、生涯プログラマーとして生きていくことはできるのか。漆原さんに聞いた。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん

東京大学工学部卒業後、沖電気工業株式会社に入社。1989年から2年間スタンフォード大学コンピュータシステム研究所客員研究員。2000年7月ウルシステムズ株式会社を起業。ULSグループ株式会社、株式会社アークウェイの代表取締役社長も兼任

新しい技術が出たら触らずにはいられない

――漆原さんは今も毎日コードを書いていると伺いました。

最近はちょっとサボり気味ですね。昨日は書かなかった。でも一昨日は書きましたよ。ちょっと試したいものがあったから。そうやって動かしてみたいものがいっぱいあるんです。だから書かずにはいられなくて。

――お酒も一切飲まないとか。

飲むと眠くなって書けなくなるから。コードを書いている時間が本当に幸せなんです。書けなかった日は一日が不幸で終わってしまう。コードを書きながら寝落ちするのが一番の理想ですよ。でも、エンジニア社長なんて今どき珍しくないのでは?

――とはいえ、徐々に経営に軸足を移してコードを書くことから離れる人も多いと聞きます。

もちろん経営はしていますよ。でも、僕は今でもエンジニアなので。そもそも経営者って職業ですか? むしろ役割ですよね?

例えばプロジェクト管理だって、人がいて、予算があって、お客さんの要望があって、その中でどう売り上げを立てていくかという意味では小さな会社を経営しているようなもの。レイヤーが違うだけで、やっていることはそんなに変わりませんよ。

――では、今でも現場でプロジェクトに関わっている?

いやいや、会社だから当然、役割分担はあります。現場は現場で見てくれる本部長がいるし、プロジェクトリーダーもいる。だから、プロダクションはもう任せていい。現場の楽しさを知っているから、本当はやりたいんですけどね。しゃしゃり出ようとすると「あなたの居場所はありません」って言われちゃうので。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん

僕の役割はそこではなく、現場のエンジニアがワクワクして働ける環境を整えること、それから技術の目利きです。

技術はどんどん新しくなっていきます。現場の人が、目の前の技術が面白くて没頭しているのはいいんですが、それだけだと、気付くと組織として時代遅れになってしまう。うちのように技術で差別化したいと考える会社は、次の技術の目利きもしなくてはいけません。そこは僕の得意とするところです。

新しい技術やソリューションを見たり聞いたりしたときに、「こいつは来るぞ」「実際には役に立たなそうだ」というのは、触ってみて初めて分かるもの。最終的な意思決定者である僕が日々技術に触れているからこそ、一次ソースの人と会話ができます。

シリコンバレーのイケてるスタートアップ発の新しい技術があったとして、意思決定できる人間が直接行かない限り、絶対に相手にはされないですよ。技術の分からない人が「持ち帰って本社の決済を……」とか言っていたら、その時点でおしまい。

だから僕は、自分で論文を読み、コードを書き、試し続けているんです。例えば世間では盛んに「AI、AI」と言っていますけど、中身のないものもたくさん含まれているじゃないですか。でも、本物かどうかは書いて、動かしてみれば一発で分かるので。

エンジニアは本来「匠」の世界

――コードを書き続けることを望みながら、キャリアを積むにつれてマネジメントに回ることを組織から求められ、コードを書く立場から離れてしまう人が多いですよね。こうした現状はなぜ変わらないのでしょうか?

多くの会社が技術者をそういうふうにアサインし続けているからでしょうね。

大口顧客から受注した大型プロジェクトを細かく切り分け、下請け企業にアウトソースする。プロジェクトに携わる大多数のエンジニアは、お客さまの顔を直接見ることなく、切り分けられた役割を黙々とこなす。

こういうやり方であれば、ピープルマネジメントをする役割がどうしたって必要になる。高いお金を払ってでもそこを担う人を確保しないと、ビジネスが成立しなくなってしまいます。

そういう会社が大半だったから、それがエンジニアのキャリアパスと呼ばれている。それだけのことだと思います。それが嫌なら、従わなければいいのでは?

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん
――ポジションアップを諦めるということですか?

そうは言いませんよ。世の中にはそうでない会社もありますから。

そもそも、コードを書き続ける方向に行きたいのであれば、なぜ他人が決めたキャリアパスを歩むのか。それよりは「自分がどういうバリューを出したいのか」とか「何になら自分が没頭できるのか」にフォーカスした方がいいと思いますよ。

没頭できるからこそ、分からないことも楽しくなって頑張れる。そして、それが結果として価値になる。価値になるからビジネスになる。

誤解のないように言っておくと、大型プロジェクトを大人数で回すやり方を否定しているわけではないですよ? ビジネスとしてはそれでも成立するでしょうし、個人の志向として、その中で着実にやりたいという人もいるでしょう。

ただ、それは僕の考えるエンジニアとは違う。もっと個性を発揮した方が良いんじゃないかと考えるわけです。

――漆原さんが考えるエンジニアとは?

僕の考えるエンジニアは匠とかアートの世界。たった2、3人のチームで、時には互いにぶつかり合いながらも、100人集まっても作れないようなすごいものをスカーっと作り上げてしまう。そうやって技で食うのがエンジニアではないか、と。

そういうことがやりたくて20年前につくったのが、このウルシステムズという会社です。ですから、あれこれとルールを定めたり、歯車のように機械的に動かしたりするマネジメントは一切しない。優秀なエンジニアが内発的動機に従って動ける環境を整えてあげれば、自然と素晴らしい仕事をするはずと思っているから。

個性的な、尖ったエンジニアをどう組み合わせ、その個性が生きる案件にいかにアサインできるかがカギです。逆に、どんなに大きな売り上げにつながる案件だったとしても、エンジニアの個性に合わないものは全て断ることにしています。

――普通はなかなか断れませんよね。

売り上げありきで技術の分からない営業が案件を取ってきて、そこに無理やりアサインして、中の人ではまかないきれないから外注して、分業して……とやっていくから、マネジメントが必要になるし、誰も幸せにならないものができあがってしまう。

誰かが決めて、こっちは言われた通りに仕上げるだけ、という構図が不健康なんです。ウルシステムズでは技術屋が直接お客さまの話を聞きに行きます。つまり、うちのエンジニアは会社に対してではなく、お客さまに対してダイレクトに価値を発揮しているんですよ。

自分の書いたコードの価値を明言できるか

――そうすると、ビジネスのことも分からないとエンジニアは務まりませんね。

技術とビジネス、両方分からないといけない時代だと思います。

ウルシステムズのエンジニアの特徴は、お客さまの本質的な課題解決に向き合うところ。技術とビジネスの双方が分かるところが強みなんです。意外だと思われるかもしれませんが、特定の要素技術だけに特化したメンバーっていないんですよ。例えば「AIだけをやっている専門家」はいない。いるのは「AIもやれるエンジニア」です。

エンジニアとしての足腰がしっかりしているから、毎回新しいものが来ても打ち返せる。本を読んで「ちょっとやってみますよ」でやっちゃう人が多い。だからこそ、これだけ技術が移り変わっても最前線に居続けられるんです。

――変化に対応し続けることが大切だと。

例えば15年前、大手SIで4年間やってきた一人のエンジニアが「Javaのスペシャリストになりたい」と言って入社してきました。当時の弊社はJavaで打ち出していましたから。でも、実際にアサインされた案件は全て違う技術が求められるところだった。「これでは専門性が高まらない。俺は本当にこれでいいのかな?」と思いながらやっていたそうです。

でも、10年経って「これでいいんだ」と思えたと話していました。今の自分は切り分けられたパーツを埋めるだけの駒ではなく、どんな状況でも打ち返せる。どこでも生きていける自信が身に付いた。それが専門性という言葉の裏側で自分が求めていたものだったのだと気付いたって。

ですから、「技術屋はこの技術だけやっていればいい」と自分で線を引かないこと。そして、いくつもの技術領域を横断することは非常に大事だと思います。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん
――あえてお聞きしますが「コードだけを書き続ける」道を歩むのは難しいですか? 人によっては、職人的にコードを美しく書くことに一番の喜びを感じる方もいますが。

自分の書いたコードの価値をちゃんと明言できるのであれば、ありなんじゃないですかね。例えばバグの発生率を10分の1以下に抑えられる、とか。でも、実際にはそこを言い切れない人がいっぱいいる。いくらきれいに書いたと言っても、それがどんな価値を生んでいるのか言えなければ、それはただの自己満足ですよね?

もう一つ、コードだけを書いている人が陥りがちなのは、未来の技術を見ていないケース。そういう人は、新しい技術が来ると普通の存在になってしまう。例えば今、僕らはコードを自動生成するためのコードを書いています。そうすると、今必要なコードを書くだけの人は、3年後にはすっかりテンプレートに置き換えられてしまう。「未来のコード」を書き続ける必要があるんです。

――「未来のコード」はどうやったら書けますか?

一つは、未来への想像力。もう一つには、質の高いインプットが不可欠です。

でも、良質なインプットのためには、まず良質なアウトプットをする必要がある。そういう流れの中に自分の身を置かなくてはならない。あなたという存在が会社組織の外からも見えていなくてはならない。

だってそうでしょう? 存在が分からない人に対して、どうして良質な情報をあげようと思うだろうかって話です。

――とはいえ、企業に所属する多くのエンジニアが「顔の見えない駒」として扱われ、良質なアウトプットができていないという現状もあるのでは。

そういう危機感があるなら、技術者のコミュニティーにどんどん顔を出していくべきです。今では日本にもいろんなオープンコミュニティーがありますから。ただしオーディエンスになるのではなく、参加し、そこで貢献すること。と言ってもそんなに難しい話ではありません。発表したりコードを書いたりする以外にも、事務局をやるとか、コミュニティーに貢献するための方法はいろいろとありますからね。

前頭葉を劣化させないために

――会社の中にいるだけだと顔が見えないならば、会社の外に出て存在を示すべきだ、と。

もう一つアドバイスできることがあるとすれば、みんなと同じことをやろうとするな、ということですね。みんなと同じことをやろうとするから顔が見えなくなる。みんなが英語を勉強する中、英語を勉強するだけではユニークな存在にはなれません。

PHPをやってきた人が「今度はAmazon S3をやろうかな」では、「いやいや、そんな人は80万人くらいいるよ!」って話じゃないですか。だったら「COBOLもできてAWSもできます」って人の方がよっぽど「すげえな!」となる。昔のことだけ知ってるのはただのオジサンですけど、昔も知ってて今も知ってるんだったら話が違います。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん
――市場を見て、うまく希少性を追えということですか?

むしろ市場や流行に流されて打算的に行動するからダメなんですよ。そうじゃなくて、内発的動機に従えということ。内発的動機は一人一人違う。内発的動機に従うことが結果として、ユニークで尖った武器を持つことにつながるんです。

何かに没頭している人が一番伸びることは脳科学的にも証明されていると、デブサミの講演でも話しました。誰だって何だって、10年続ければものになるんです。でも、その「10年続けること」が何より難しい。

10年続けられないのは、内発的動機でやっていないからです。イチローがあれだけのパフォーマンスを残すまでには、われわれの想像が遠く及ばないくらいに苦しい練習を積み重ねているはず。なぜあんなに長い期間、それができるのか。楽しんでいるから、それ以外にあり得ませんよ。

――デブサミの講演では「年齢を重ねても記憶力は落ちない」と言って、いわゆる「35歳定年説」を否定してもいました。

そう。落ちるのは記憶力ではなく、反復する根気です。NHKの『チコちゃんに叱られる!』でも言っていたのですが、大人になると一日が早く過ぎる。なぜか。ときめきがないからです。

小さい子に「今日何があった?」と聞けば、みんなワクワクして答える。「〇〇ちゃんと遊んだ」とか「ハンバーグを食べた」とか。「何もなかった」なんて言わない。なのに同じことを大人に聞くと「いやあ……」となってしまう。ワクワクしてない。一瞬一瞬をキラキラして生きてない。それは前頭葉が劣化するからです。

前頭葉が劣化するのにてきめんなのが、「お前は言われたことだけやっておけ」という環境に置かれることです。考えなくてもいいルーティンワークに身を置くこと。それを続けるとヤバい。あとはマイナスのオーラのところにずっといること。「つまんねえな」と思ったり思われたりする関係にずっと身を置くと、やはり前頭葉は劣化する。

ですから、「一生プログラマーでいたい」と思うなら、一生プログラマーに没頭すればいい。そのためには、プログラマーとしての価値をちゃんと言えるようにすることです。

価値の示し方はいろいろあると思いますよ? お客さま側の最前線で切った張ったするのもそうだし、ガーッと書いたコードが周りに「これはすごい!」と言ってもらえるようなプログラムであれば、それもありだと思います。

あるいはその人と一緒に働くことで周りに元気が出て、チームの生産性が上がるのであれば、それもまた素晴らしいエンジニアでしょう。

――個人としては自分の書くコードがどういう価値を生んでいるかを言える必要があるし、組織としてはそれぞれ違う個性をちゃんと価値に昇華できる場を作る必要があるということですね。

そうすると組織としてもユニークな方向に行くよね、ということです。逆におしなべて顔を失う形でやると、それはパワープレーになるしかない。そういう組織もあるし、それはそれでビジネスとしては成立する。でも、その一員になりたいかと言われれば、そうではないと思う人は結構いるんじゃないでしょうか。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長 漆原茂さん

ガジェット好きな漆原さん。LED付きキャップにはエンジニアtype10周年にちなんで「10th」の文字が

取材・文/鈴木陸夫 撮影/赤松洋太 編集/河西ことみ(編集部)

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