コードを書く時間は減らさない!
ビジネス書「10分」リーディングビジネスや世の中のことももっと勉強したい、でもコードを書く時間は減らしたくない!そんなエンジニアに、10分で読める要約版でオススメ書籍を紹介します
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SDGsやESG投資の流れを受けて、ビジネスの本流で社会貢献が求められるようになってきた。「社会実装」という言葉には、成熟社会における企業の生存戦略そのものが凝縮しているのかもしれない。エンジニアはテクノロジーで社会を変えることができる。本書で、その方法論を学んでほしい。
Book Review
ムーアの法則に沿ったテクノロジーの進化が止まらない。私たちの生活においてデジタル化の流れが加速し、社会の在り方までも変えるようになってきた。すでに、電気自動車や民泊、ライドシェアなどが次々と登場してきた。さらなる「次」を目指して、新たなテクノロジーを使ったサービス開発に挑戦している読者の方もいるのではないだろうか。
しかし、大きなインパクトを社会に与えるような製品やサービスを普及させるには、社会からの共感や納得感を得ることが欠かせない。社会課題の解決では、ソーシャルセクターに近い考え方を取り入れなければ、そのソリューションが社会に受容されないだろう。
本書のテーマである「社会実装」は、ビジネスの世界における挑戦者にこそ求められる。最先端をゆくテクノロジーを追い求めるだけでは、生き残っていけない時代だからだ。
近年、SDGsやESG投資の流れを受けて、ビジネスの本流で社会貢献が求められるようになってきた。すでに大量生産・大量消費社会の問題点も指摘されている。社会実装のアプローチは決して簡単なことではなく、時には遠回りを強いられることもあるだろう。「社会実装」という言葉には、成熟社会における企業の生存戦略そのものが凝縮しているのかもしれない。そんな今だからこそ、あらゆる人がテクノロジーの恩恵を受けられる未来をつくるための体系的な方法論が重要となる。「社会の変え方」のイノベーションに注目いただきたい。
2010年代はデジタル技術の時代だった。現在ソフトウェアは世界を席巻しており、2020年代はデジタル技術がより社会へ浸透して、さらなる価値を生み出していくはずだ。そうなると、デジタル技術が規制領域に深く関わるようになってくる。するとAirbnbやUberが直面したように、既存の法律や社会規範との調和をはかることが求められる。
デジタル技術自体も、サイバー攻撃や国家による監視といった負の側面から、規制の対象となり、社会的な約束事がつくられていくことは避けられない。くわえて、デジタル技術と国際政治との関係性も深まっていくことになる。アメリカ政府の意向で中国通信機器大手のファーウェイの機器が締め出されたように、デジタル技術を扱う事業者は国家レベルでの政治的・地経学的な争いに巻き込まれてしまう。このようにしてデジタル技術が広まるにつれ、事業と政治が近接しつつあるのだ。
また、SDGsやESG投資の流れを受け、ビジネスの本流において社会貢献が求められ始めている。公益に利する事業に取り組むスタートアップが増え、公共が大きなビジネスになる時代を迎えている。
そんななかで注目されているキーワードが「インパクト」だ。インパクトとは理想のことだ。優れた理想を設定することで、よい問いを生み出し、理想を提示して人々を巻き込むことでイシューを解決する。こうした「インパクト思考」が重要視されているのだ。
「社会実装」という言葉をビジネスや研究、行政の文脈でよく聞くようになった。テクノロジーが社会に実装されるためには、社会も変わらなければならない。電気というありふれた技術ですら、法律などの社会制度が整い、人々が技術に対する教育を受け、そのポテンシャルを発揮できるようになるまで数十年の年月を重ねた。
第二次世界大戦後、大量生産の時代を通じて様々なテクノロジーが実装され、私たちは様々な面でエンパワーメントされてきた。では、なぜ現在、社会実装が注目され、課題となっているのだろうか。
それは、成熟社会ではテクノロジーの社会実装が遅くなるからだ。成熟社会では、すでに多くの課題がある程度解決されている。「今より良い社会」を想像しづらくなっているのだ。さらに、旧来の仕組みのもとで最適化されているため、新しいテクノロジーを導入しても得られる便益は少なくなってしまう。
変化が起こることで明らかに損をする人たちの存在も、成熟社会ならではの課題だ。長い年月を経て積み重ねてきた制度を変えづらいという側面もある。ニーズも多様化するため、一つの物事を進めていくうえで調整する相手も多様になり、価値観をめぐる合意形成は難しくなる。
では社会実装の例にはどのようなものがあるのだろうか。一つ目の事例は、米国などで普及したUber Taxiだ。Uberのアプリを立ち上げて、来てほしい場所と行ってほしい場所を指定する。すると車が目の前に来て、行きたい場所に正確に送り届けてくれる。お金のやり取りも不要で、料金を高くとられることもない。
ところが、Uberは日本で広がらなかった。その理由は、業界団体や規制当局との調整の薄さなど様々である。だが、一番の理由は市場にニーズがなかったことといえる。日本の都市部は公共交通機関が発達しているうえに、タクシーをすぐに捕まえられ、ぼったくりにあうこともまずない。そもそもデマンドがないと社会実装は実現が難しいのだ。
二つ目の事例は、Airbnbだ。Airbnbのビジネスモデルや技術は難しいものではないが、宿泊施設を提供するホストが各国の法律に準拠しなければならない。日本でも、ホストの法令順守を丁寧にサポートし、地域やマンションの管理組合と共生をはかり、法律や条例にも影響を与えてきた。同社の「Belong Anywhere(どこでも居場所がある)」というミッションが、従業員だけではなくユーザーの共感を呼び、広く受け入れられた。Airbnbは社会実装がうまくいった好例といえるだろう。
このような複数の事例を分析していくなかで、「成功する社会実装」には四つの原則があることが明らかになった。社会実装を成功させるには、デマンドがある前提で、インパクト、リスク、ガバナンス、センスメイキングという四つの要素を考える必要がある。要約ではこれ以降、四つの要素ごとに具体的な方法論を解説していく。
四つの原則で最も重要なのがインパクトだ。インパクトは、事業活動による長期的な変化や最終的に目指すべき理想のゴールと捉えるとよい。理想があってはじめて課題を見出せる。課題とは理想と現状のギャップであるため、理想がないと解決するべき課題も設定できないのだ。実は、多くの地方自治体では自分たちの理想像を描くことができていない。課題が多いはずの過疎地でも、理想をイメージできないがゆえに課題の存在もぼやけてしまう。
これまでの社会実装の取り組みで欠けていたポイントは、理想を描けていないという点だ。成功した社会実装の担い手の多くは、長期的で社会的なインパクトを見据えて、ステークホルダーに訴えかけていた。そこでは、理想となるインパクトに至るまでの現実的な道筋を示すことも求められる。
そのとき活用したいのが、インパクトとその道筋を示すためのツール、「ロジックモデル」だ。ロジックモデルは、「こうなればこうした結果を生むはず」という仮説の集まりとなる。それがゆえに間違っている場合もあるだろう。しかし、このようなモデルを作り上げておくことで、検証と改善が可能となる。これまでロジックモデルは、ソーシャルセクターやパブリックセクターによって、自らの活動とその効果の説明責任を果たすために使われてきた。民間企業が社会課題の解決に取り組むのであれば、その共通基盤としてロジックモデルを活用していく必要があるだろう。
ロジックモデルを書くうえで重要なのはインパクトの設定だ。単なる企業利益を超えて、公益を重視し、社会的に難しい課題や技術的に難しい課題を設定する。そうすれば、多様なステークホルダーを巻き込みやすくなる。大きな課題を描きながらも、小さく始めて試行錯誤し、デマンドを掘り当てることが必要だ。
社会実装の実現により、テクノロジーによって人々はエンパワーメントされる。だが、それに伴うリスクや倫理についても考えなければならない。リスクや倫理を過小評価したり無視したりすると、取り返しのつかないことも起こりえる。たとえば、自動車が社会実装されて交通事故が増えたり、デジタル技術の進展で個人情報の問題が顕在化したりした。同様に、テクノロジーの発展が引き起こすリスクは、そのテクノロジーの社会実装を目指す人々の想定を超えて生まれてくる。リスクを可能な限り想定し、あるべき社会やインパクトとの整合性を取って、慎重な議論のもとに社会実装を進めていくことが重要だ。
事業者がリスクにくわえて考えなければならないのが、倫理の問題だ。倫理的に疑問符が付くと不買運動に発展することもあり、業界全体にもネガティブな影響を与えかねない。事業の最前線で立ち止まって倫理を考えることは、テクノロジーの実装にとってブレーキになるように感じるかもしれない。だが、ブレーキがあるからこそ車はスピードを落とし、急な曲がり角でも曲がることができるのだ。
リスクを適切に把握し、倫理的な理論を構築したら、ステークホルダーとの間で信頼を醸成することが重要となる。新しい取り組みには不確実性とリスクがつきものだ。それを許容してもらううえで信頼が突破口になる。
テクノロジーの可能性を引き出し、リスクを馴致するために社会のガバナンスの形も変化することが求められる。もともとガバナンスとは統治を意味する。グローバル化や小さな政府、市民参加、不確実性の高まり、ガバナンスの対象の広がり――。こうした流れを受けて、統治が政府の手を離れ多くの人を巻き込む中で、ガバナンスという言葉の存在感が増してきた。本書でのガバナンスとは、「関係者や関係するモノの相互作用を通して、法律(制度)や社会規範、市場、アーキテクチャなどを形成・変化させることで、効率・公正・安定的に社会や経済を治めようとするプロセス全般のこと」と定義されている。
ビジネスにおいては、ガバナンスが市場の構築やテクノロジーの発展に大きく関わっている。ガバナンスを変えることで、その国に新しいマーケットが出現する。その結果、ビジネスが新たに成長し、消費者が便益を得られる。こうして、民間企業がガバナンスの設計に大きな影響力を持てるようになってきた。
デジタル技術によって、既存のガバナンスの方法や在り方を変化させる可能性も出てきた。このようなガバナンス手法のイノベーションにより、ソフトウェアによる制御やリアルタイムのモニタリングを踏まえた制度設計が可能になっている。政府の役割も変化しており、デジタルインフラ整備などの公共性の高い事業を、民間事業者に委託したり、市場化したりすることで、行政サービスから切り離す動きが出ている。
こうしたなかで、民間企業は自社が目指す社会的インパクトに基づいて、新しいガバナンス像を提案していく必要がある。社会課題の解決により利益が出るような市場と社会規範をつくることも、民間企業の役割の一つになるだろう。このように、民間企業がガバナンスの在り方のアップデートに関わっていくための道筋は様々である。
よいガバナンスを設計できたとしても、人々が動かなければシステムは機能しない。求められるのは、ステークホルダーとのセンスメイキングだ。センスメイキングとは、ステークホルダーが「理にかなっている」「意味を成す」「わかった」と感じることによって、人々が動き出すプロセスを意味する。センスメイキングでは、人々が能動的にその物事に関わっていくことが肝となる。そこで自ら意味を形成し、新しいテクノロジーが受け入れられる。
センスメイキングのプロセスで最もよく躓くポイントは、課題のセンスメイキングだ。課題に対して納得できていなければ、デマンドも生まれず、テクノロジーの社会実装という解決策の話にまで至らない。課題とは理想(インパクト)と現状の差分である。「あなたの解決しようとしている問題は確かに課題だ」と思ってもらうためには、理想と現状のそれぞれの認識に納得感を抱いてもらう必要がある。まずは現状の共通理解をつくったあとに、理想としてのインパクトについてセンスメイキングを行うのがよい。インパクトのセンスメイキングは、「こんな社会を築きたい」というイメージへの納得感の醸成である。このようにして、両者をセンスメイキングできれば、課題を解決したいというデマンドが醸成されるはずだ。
ここまでの同意を得て、ようやくテクノロジーに関するセンスメイキングの話ができる。ただし、テクノロジーの説明は脇に置いて、まずは解決策を導入することで得られるメリットから説明するのがよいだろう。解決策のセンスメイキングをした後は、リスクとガバナンスについてもセンスメイキングしていく。
センスメイキングの取り組みは、大変泥臭く、時間がかかるものだ。しかし、だからこそ、センスメイキングを通して信頼を築けたときには、それが他社にはなかなか真似できない競争優位性となる。民間企業が共感や納得を軸にしたセンスメイキングの手法を身につけることで、よりスピーディーに社会実装を進められるようになるはずだ。
馬田隆明 (うまだ たかあき)
東京大学産学協創推進本部 FoundX および本郷テックガレージ ディレクター University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトでの Visual Studio のプロダクトマネージャーを経て、テクニカルエバンジェリストとしてスタートアップ支援を行う。2016 年6月より現職。 スタートアップ向けのスライド、ブログなどの情報提供を行う。著書に『逆説のスタートアップ思考』(中央公論社)、『成功する起業家は居場所を選ぶ』(日経BP)
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