船の自律航行実現まであとわずか。巨大プロジェクトを支える社員30人未満のスタートアップ・アイディアとは何者か?
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自動運転車の実現に向けて陸上ではさまざまなプレーヤーがしのぎを削っているが、同様の革新への動きは海でも進んでいる。
政府は2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」において、2025年までに自動運航船の実用化を目指す方針を示した。相次ぐ衝突事故、少子高齢化による担い手不足の解消が期待されている。
2021年6月には、三菱造船が主導するスマートフェリーの実証実験がスタートする。日本財団の「無人運航船の実証実験にかかる技術開発共同プログラム」の一つで、国内航路で実際に運航する大型フェリーに無人航行を可能とするシステムを装備し、陸上からの監視・運航支援体制の確立などに取り組むという。
このプロジェクトで肝となる陸と船をつなぐ監視システムの開発を担うのが、2017年創業のアイディア株式会社だ。
海事産業向けプラットフォーム『Aisea』を開発運営し、業界のDX推進をミッションとする同社は、社員30人に満たない正真正銘のスタートアップ。そんな彼らがなぜ、国家規模の巨大プロジェクトで重要な役割を担うに至ったのか。
代表取締役社長CEOの下川部知洋さん、取締役CTOの千葉福太朗さんの話から、同社のビジネス戦略と技術力の源泉を探った。
社長は海事産業の“インサイダー”
代表の下川部さんによれば、同社がフィールドとする海事産業では、IT化、デジタル化の遅れが長らく大きな課題となっていた。古くからある業界ゆえに新規参入が難しく、IT化を担えるプレーヤーがいなかったのだという。
「代わりにそこを担っていたのは舶用機器メーカーでした。レーダーや魚探など、どちらかと言えばハードが専門の彼らが、時代の変化を受けてソフトもカバーしてくれていたのですが、最新のソフトは海外から輸入していたというのが、日本の海事産業の実情でした」
そんな業界において、創業4年足らずのアイディアが今日の地位を築けたのには、下川部さんのバックグラウンドが深く関係している。下川部さんは北海道・釧路港で今年創業82年目となる、港湾事業を営む家に生まれている。
「私自身は昔からコンピュータが好きで、大学卒業後は大手SIerに就職。その後もITエンジニア、IT経営者としてのキャリアを歩んできました。しかし、そうは言っても幼い頃から港湾の仕事を見て育ってきていますし、年をとるにつれて、外堀を埋められるようにして少しずつ家業にも関わるようになりました」
つまり、IT屋でありつつも、同時に海事産業の“インサイダー”でもあるというのがアイディアの立ち位置。業界内で「仲間が立ち上げた会社」と認識してもらえたことが、現在のポジションを確立する上で大きかったと下川部さんは振り返る。
代表がこうした出自にあることは、当然ながら同社のプロダクトにも色濃く反映されている。実は、Aiseaはもともと下川部さんが家業のために作った業務システムがベースになっている。
クラウドコンピューティングの企画・コンサル会社を経営していた下川部さんはまず、その技術を転用することで家業の業務システムの開発を行った。さらにそこから派生する形で、船の位置情報をリアルタイムで共有するという、Aiseaの根幹を成す発想も生まれた。
「船の運航管理は、いまだにホワイトボードとFAXで行われていることも多いんです。船と陸、船と船同士がリアルタイムでお互いの位置を共有することができれば、船の出入りを管理する港湾業務の効率は飛躍的に向上します。こうした情報をタブレットやスマートフォンのアプリで閲覧・管理できるものとして作ったシステムがのちのAiseaです」
このように、もともと海事産業に携わる自分たち自身のために作ったシステムであることが、Aiseaが業界関係者のニーズを的確に捉え、高い評価を受ける大きな要因になっているようだ。
多発する衝突事故防止に高まる期待
家業である港湾事業の業務効率化という当初の目的に加えて、海の安全性向上にも寄与できるシステムだったことが、彼らのプレゼンスを一層高めていく。
「ある時、自分で操船していたら濃い霧に囲まれ、周りの状況がまったく分からない、レーダーもまったく機能しないという事態に陥りました。その時、自分たちで作ったこのアプリだけが、大型船が来ることをしっかりと表示してくれていたのです。だから私は船を止めることができた。このアプリがなかったら、おそらくはそのまま衝突していたと思います。こうした経験をしたことで、これは自社に限らず、世の中に広めるべきなのではと思うようになりました」
日本には大型船約7万隻に対して、小型船が約35万隻と、そのほとんどを占める。大型船には自船の位置を発信する義務があり、他船の位置を把握するためのレーダーも備えているが、小型船がこうした高価な航海機器を備えているケースは少ないという。そのため、小型船の事故は多発しており、毎年100〜200人が死傷している。
下川部さんらが開発した位置情報共有システムは、こうした事故を減らすべく、国内外のテクノロジーを調査していた国交省の目にも留まった。
「まさにこういうシステムを探していたと言ってもらえたことには、非常に勇気付けられました。その後、ビジネス的な可能性があるか調査をし、最終的に十分にやる価値があるという結論が出たことで、これ専業でやる会社として立ち上げたのがアイディアなんです」
現在、アイディアが三菱造船とともに進めている自律航行のプロジェクトに注目が集まるのも、こうした安全性向上の文脈が強いのだという。
「最近は大型船の衝突、座礁事故も度々ニュースになっています。危険の多い海の仕事に就きたいという日本人が減っていて、熟練した技術で危険を察知できる人が不足してきているのです。こうした事故を1回起こし、操業を停止すれば、賠償金は数十億円をくだらないと言われる世界です。そのため、大きなお金を投じてでも自律航行を実現しようという機運が高まっています」
自律航行は、創業当初からアイディアの事業計画にあったが、もともとは上場後の計画だった。相次ぐ事故や、世の中の法令遵守に対する意識の高まり、そこにアイディアのようなプレーヤーが登場したことが相まって、「自分たちの想定を超えて、未来が加速してやってきている感覚がある」と下川部さんは言う。
何もない海にどう“白線”を引くか
今回の実証実験で、アイディアはAiseaをベースにした陸上監視システムの開発と、同システムの構築に欠かせないフェリーのデジタル化を担う。
彼らの言う「船のデジタル化」とは、簡単に言えば、船にもともと付いている航海機器やエンジン、センサーなどの機器類を連携可能な状態に変換し、さらにインターネットプラットフォームにつなぐことを指す。そうすることで、陸上から船の制御系統に指示したり、逆に船から収集したデータを分析・解析したりできるようになる。同社が開発し、製品化済みの『AgentUnit(エージェントユニット)』を外付けすることで、それが可能になるという。
Aiseaが基本機能として備えるのは、航行支援システムと船舶運航管理システムの二つ。だが、個別の機能は後からいくらでも開発し、拡張できるよう設計されている。今回の実証実験で言えば、『AgentUnit』でデジタル化し、Aiseaにつながった大型フェリーに、セキュリティーや自律航行などに関する追加機能を実装する事になる。
自律航行システムは、アイディアと三菱造船が共同で開発する。機器類のデータと、カメラやセンサーで収集したデータを統合し、AIを利用してリアルタイムで高速処理することで、危険を察知し、事故を回避する行動を指示するシステムを構築する予定という。
「Aiseaには、機械学習や画像解析、IoTなど、自律航行に必要な技術がもともと多く使われているので、非常に相性のいい関係にありました。業務システムとしてクライアントから求められて実装した機能、例えばよく見えるカメラで画像解析できるようにしてほしいと言われて作ったものが、結果的に自律航行に必須の目の役割を果たしているといったこともありますし、逆に、自律航行を求めることによってできたちょっとした技術を業務システムに転用したケースもあります」
また、業務システムという直近で稼げるものを回しつつ、自律航行という未来の研究も行えているという意味でも、両輪がうまく機能していると下川部さんは言う。
では、自律航行を実現する上での技術的な難しさはどこにあるのか。特に、陸上における車の自動運転と比べて、何が違うのか。CTOの千葉さんが真っ先に挙げるのは「何もない海にどう”白線”を引くか」だ。
「車の自動運転であれば、基本的に道が決まっていて、白線が引いてありますよね。海にも港の中など輻輳(ふくそう)海域と呼ばれるエリアには航路がありますが、そこから大海原に出てしまうと、一切“道”がない状態。陸上における白線にあたるものをこちらで用意しなければならない難しさがあります」(千葉さん)
電子海図と呼ばれる電子化された海図データもあるが、陸までシェアされず、船の中に閉鎖的に記録されているケースも多いという。そのため、自律航行の実現には、単にシステムを開発するだけでなく、データを当たり前にシェアする文化を広める必要がある。
「弊社は法人向けの有料サービスとは別に、一般の小型船舶向けに無料アプリを提供しています。他の船舶との距離をリアルタイムで確認したり、航路を自動で記録したりできるものなのですが、すでに1万人程度のユーザーがいます。こうした個人のユーザーを増やせば、航海機器による発信義務のないボートや小型船舶の位置情報も把握できるため、システムの精度も高まる。母数を増やすことで、シェアする文化を広めようというアプローチをとっています」
廃れない業務知識に技術を掛け合わせる
アイディアのエンジニアに求められる技術の幅は広い。機械学習、画像解析、IoTなどの最新技術はもちろん、船に搭載された古い機器が発信するアナログ電波をデジタルに変換する必要もあるから、レガシーな技術に精通していることも求められる。「単にプログラムを組めるといったレベルではなく、デジタルとは何か、システムとは何かといった本質を知っている必要があります」と千葉さんは言う。
さらに、エンジニアのほとんどが小型船舶の免許を取得しているのも特徴だ。
「お客さまにも純粋な営業とか事務員の方なんていなくて、皆さん免許を持っていて、自分のことを操船者、機関長だと思っている。そういう方と話すのに、小型でもいいから免許を持っていると全然違います。小型免許はたった3日で取れるのですが、船とはどういうものか、その3日でいろいろと教えてもらえます。もちろん操船もします。その感覚を分かっていることが、非常に重要なんです」
これが技術の話にもつながってくる。例えば、一般向けの無料アプリには、この先取るべき針路を表示する針路予測機能があるが、現場の感覚が分からないままにこれを作ろうとすると、センサーの感度をとにかく高めようとしてしまうのが普通だろう。
「しかし、実際は感度が良すぎると矢印がパタパタと動いてしまって、使い物にならないのです。逆にセンサーを弱める調整が必要になる。実際に船を走らせた時の感覚と合うように調整するわけですが、そのためには、船のことをしっかりと理解できていなければなりません」
真にフルスタックであることが求められるのが、アイディアのエンジニア。それは逆に言えば、さまざまな経験を活かせる可能性があるということでもある。
「例えば、大量のデータを整合性を担保しつつ高速で処理するのは、難易度の高いところの一つ。複数の拠点から同じデータが同じタイミングでやってくるので、どれが一番正しいのかを素早く判断できる必要があります。私は前職でソーシャルゲームの開発をやっていたので、複数のプレーヤーが集まって一つのボスを倒す、レイドボスの技術要素を転用しています」
千葉さんは前職までに、ソーシャルゲームの開発以外にも車のIoT化、自販機のスマート化、役所の大規模システム開発など、さまざまな領域で活躍してきた。そんな千葉さんが新天地としてアイディアを選んだ背景には、エンジニアが長期的にキャリアを描く上で、非常に参考になりそうな考え方があった。
「一つ一つの技術要素が廃れるスピードは速いですが、長い期間が経っても廃れない業務知識を絡めることができれば、エンジニアとしてもっと面白いことができるのではないかと考えたのです。その点で、船の物流は昔から経済の重要な部分を担っていますし、日本は海洋国家ですから、業務知識として廃れることはないだろうと。そこに対してその時々の新しい技術でアプローチできれば、相当面白いのではと思えました」
夢の自律航行を含め、まだ誰も解決していない海の課題を、あらゆる技術領域をまたぎ、新旧の別もなく駆使して解決し続けるのが、アイディアのエンジニアの仕事と言えるのだろう。そうして最終的に動かすのは、視界におさまりきらないほどの巨大な船。「それもまたアイディアで働くことの醍醐味であり、ロマンではないかと思います」と千葉さんは話した。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/大島哲二
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