TOMEさん(@tome_ura)
1973年生まれのプログラマー兼Webマンガ家。PC98用フリーゲーム『VolleyBall 2on2』などを制作。2000年に個人で公開したシミュレーションゲーム『PRINCIPIA』が「第4回 アスキーエンタテインメント ソフトウェアコンテスト」において準グランプリを受賞。21年7月より、個人のTwitterアカウント(@tome_ura)にて『100日後に退職する47歳』を公開開始。同連載は21年11月に電子書籍化
今夏、Twitterに連載されたエッセイマンガ『100日後に退職する47歳』がエンジニアから反響を集めた。
ストーリーは、某IT企業に勤務する47歳のエンジニアの日常と、なし崩し的に退職するまでの100日間を描いたもの。淡々と進む日常に宿る“IT業界あるある”がエンジニアの共感を呼び、話題になった。
このマンガの主人公のモデルは、作者自身。「元アプリ開発者47歳@100日後に退職する47歳」こと、TOMEさんだ。
投稿されたマンガは最大で5000リツイートを超え、当初は400人程度だったフォロワーが、現在は7万人近くまで増加した。
IT業界のあるある話に加えて、40代後半・妻子あり・住宅ローンありの“普通のエンジニア”が、退職してどうするのか……行く末を見守った人も多かったようだ。
TOMEさんがマンガを描き始めたきっかけは、本業のエンジニアとして会社で認められなかった不満からだという。
気軽に始めたTwitterマンガでの予想以上の大バズリで何が起きたのか、それが彼のキャリアにどんな影響を与えたかのかを聞いてみた。
TOMEさん(@tome_ura)
1973年生まれのプログラマー兼Webマンガ家。PC98用フリーゲーム『VolleyBall 2on2』などを制作。2000年に個人で公開したシミュレーションゲーム『PRINCIPIA』が「第4回 アスキーエンタテインメント ソフトウェアコンテスト」において準グランプリを受賞。21年7月より、個人のTwitterアカウント(@tome_ura)にて『100日後に退職する47歳』を公開開始。同連載は21年11月に電子書籍化
TOMEさんの本業は漫画の主人公同様、ソフトウエアエンジニア。
「中学生の頃からゲーム制作が趣味で、雑誌に掲載されたこともあって。当時から将来はプログラマーになろうと決めていました。本業は会社勤めのソフトウエアエンジニアですが、アプリ開発は趣味でずっと続けていて。以前から個人開発で公開して、コンテストに出すこともあったんですよ」
アカウント名で、“元アプリ開発者”を謳っているのはそのためだ。
大学卒業以降、エンジニアとしてキャリアを積み、マンガのモデルになったIT企業は4社目。2021年9月に退職するまでの約4年間、金融系サービスのサーバーサイドエンジニアとして従事していた。
「マンガは僕が実際に経験したことをベースに多少脚色も加えているのですが、会社は今年9月に本当に退職しました。12月からは電子書籍の後日談に描いた通り、元同僚がCTOを務める某ベンチャー企業でフルスタックエンジニアとして働いています」
そんなTOMEさんがTwitter連載を始めたのは、会社に認めてもらえなかったことがきっかけだった。
「自分ではエンジニアとしてかなり貢献できたと思っていたのに、会社からはまさかの低評価。他の人たちはちゃんともらっているのに、私は夏のボーナスが0円だと言われて。自分の仕事を認めてもらえないことが思った以上にショックでした。ボーナスが0でも生活に困ることはなかったんですけど、働くモチベーションも0になってしまったんですよね」
もう何でもいいから、自分の頑張りを認めてほしい、褒めてほしい。そんな気持ちがTOMEさんを転職活動とマンガ制作へと向かわせた。
「ちょうどその頃、Twitterでエッセイマンガがよくバズっていて。承認欲求を満たす手段としては、ちょうどいいんじゃないかと考えました。
趣味のアプリ開発でも良かったんですけど、アプリは開発に3カ月くらいかかることもあって、モチベーションを維持するのが大変なんです。マンガはアプリ開発より手っ取り早く、コスパがよく『いいね』がもらえそうに見えて、気軽な気持ちで始めました」
まずは絵の練習も兼ねて、“IT業界あるある”を題材にネタを描き、Twitterに投稿を始めたTOMEさん。当初のフォロワーは400人ほどで、友だちが「いいね」をしてくれる内輪ノリからスタート。
ところが、ある日のネタ『100日後に退職する47歳』が急拡散。1日で2000リツイートされた。
「実際に100日描くつもりはなくて、単発ネタのタイトルとして付けただったので『これがバズるんだ!』と驚きましたね。
自分の中では、Twitterに投稿しながら1年くらい絵の練習をして、それなりに上手くなったらメディアに投稿して賞とかを狙おう、なんて計画していたのが、練習中にいきなりバズってしまった。だから100日分のストーリーを考えていたわけでもなくて。
バズったから残りの99日も描いてみようかな、という気になったんです」
新しい漫画を投稿するたびに、フォロワーもリツイートも面白いほど増えていく。数字が増えていくのを見るのは純粋に楽しく、どこか中毒性もあったという。
「パチンコなどのいわゆる“フィーバー状態”に近いかもしれません。Twitterの画面は、ずっと見ていても飽きませんでした。仕事中にもスマホが気になってしょうがなくって(笑)。そのうちに、会社は褒めてくれないのにTwitterではこんなに認めてもらえる。これはもう会社で頑張るより、Twitterに注力した方がいいんじゃないか、なんて思いも生まれてきました。うれしいを通り越して、少し有頂天だったかもしれません」
反響の大きさが、「100日間連載を続けるモチベーションになったことは間違いない」と振り返る一方、100日間、毎日連載を更新するのは思いのほか大変だった。
「Twitterで『100日後に~』というタイトルが流行っていたので安易に使ったのですが、100日間続けて投稿するというのは、想像以上に大変でした。面白いことを描かなきゃというプレッシャーも常にありましたし。
でも、多分こんなに僕が世の中から注目されることって、人生において最初で最後なはず。死んでも、と言ったら大げさですけど、このチャンスを絶対生かしてやる! と思って、仕事よりもTwitterの連載を最優先にしていました(笑)」
最初の50日は日々ネタを考え、一話で完結する話を制作。50日を過ぎたあたりから、100日目のゴールを見据えて「残り30日間は転職活動編」「10日間は引き継ぎ編」などざっくり内容を決めて話を描き進めた。
「自転車操業に近かったです。なので、もう1回同じように100回連載をやれといわれても多分できないし、やりたくないですね(笑)。でも、その頃は仕事でテンションが下がっていたので、Twitterに熱量を注げたことは精神衛生的にもよかったんだと思います」
エンジニアとマンガ制作は、一見するとまったく関係ないことのように思えるが、意外な共通点もあったという。
「エンジニアとして、いつも納期を意識し、スケジュール管理を徹底してプロジェクトを完遂してきたからこそ、『100日間連載プロジェクト』も中途半端に終わらせずに完走できたと思います。
大体一話描くのに2時間くらいかかるので、働きながら作業時間を確保するのは大変でした。通勤が1時間半弱かかっていたので、朝の通勤電車でネタを考えてネーム(下書き)を仕上げて、昼休みに喫茶店で清書する生活を送っていたんですよ」
TOMEさんがマンガ制作に使っているのは『アイビスペイント』というアプリ。マンガが成功したのは、このアプリのおかげも大きいという。
「紙だったらここまで書けません。デジタルだとアンドゥ(やり直し)がすぐできるので、仕事とも両立できたのだと思います。アプリが高機能なので、使いこなすには多少スキルが必要ですが、新しいツールの習得は仕事で慣れていますから。間接的にエンジニアの経験が役に立ちました」
11月には連載が電子書籍化。現在は、広告の挿絵なども依頼されるようになった。連載当初には予想もしていなかったことだらけだという。
「私の絵は決してうまいわけではないのですが、『妙な味がある』と褒めてくれる人が多いんです。何となく始めた絵の練習のアウトプットがこんなことになるなんて、人生何があるか分からないものですね。
おかげでリアルでも転職先が決まり、本業の方もポジティブにとらえられるようになったと思います」
Twitterを見た知人からスカウトの声がかかり、再びエンジニアとして会社で働き始めることになった。12月からはTOMEさんの、マンガ制作と二足の草鞋を履く生活が始まっている。
「マンガを描くという新たなスキルが身に付いたことは単純にうれしいし、できることが増えたことはキャリアの上でも有利に働くと思うんです。
エンジニアとの兼業マンガ家というスタイルを確立すれば、自分らしさを発揮できると考えています。『マンガも描けるエンジニア』という掛け算の組み合わせが自分の個性であり、強みだと思えるようになったので。
今回のようにエンジニアならではのネタをマンガにすることもできますし、難しい技術的なノウハウをマンガで易しく解説するのも面白いかなと考えているところです。本業で新しい仕事も始まったので、いろいろな可能性を探りながら、マンガでも新しいことに挑戦していきたいですね」
TOMEさんのキャリアは、エンジニアと異分野の掛け合わせが相乗効果を生んだ好例。さらに、新しいことにチャレンジしたり、環境や場所を変えれば「自分を認めてくれる人」はいくらでもいるということを思い知らせてくれる。TOMEさんの今後の活躍が楽しみだ。
取材・文/古屋江美子 編集/大室倫子
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