オンライン診療大手のMICINはなぜ「セキュリティ×アジリティー」を両⽴できるのか? コロナ禍の医療を支えた開発体制の裏側
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コロナ禍で最もオンライン化が進んだ分野の一つが、医療領域だ。2022年4月にはオンライン診療の診療報酬改定により、対面診療と同等の水準まで引き上がるなど、引き続き国を挙げて医療DXを促進する流れは続いている。
そんな中、5000以上の医療施設に導入されているオンライン診療サービス『curon(クロン)』などを手掛け、著しい成長を遂げたのが、医療ベンチャーMICINだ。
医療系プロダクト開発には、特に高いセキュリティ性が求められる上に、オンライン診療のような新興分野では、時代や環境の変化に即時対応するアジリティーも必要不可欠。
プロダクト開発において、この二つを両立する難易度は高いが、MICINのプロダクトでは、それらが二律背反にはならないと言う。それはなぜなのか。
MICINのエンジニアリング責任者である塩浜⿓志さん、情報セキュリティ部門を担う坂本伸太郎さん、創業時からプロダクトを支えるエンジニアの酒井⼤地さんに話を聞いた。
ビッグデータ活用で、広範囲の医療サービスをカバー
――まずはじめに、MICINが展開する事業やサービスについて教えてください。
塩浜:われわれは「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を。」をビジョンに掲げ、医療とテクノロジーを掛け合わせて、医療の可能性を広げることを目指すスタートアップ企業です。
このビジョンの根底には、代表の原が臨床医時代に現場で患者様達の最期に向き合う中で感じた、「こんなはずじゃなかった」という健康に関わる後悔を少しでも減らしていきたい、という思いがあります。
創業時より、この難しい問いを解決するためには「医療に関わるデータを活用すること」が鍵であると考えています。
このビジョンを実現するために、当社が展開している事業は四つ。
オンライン診療やオンライン服薬指導というサービスを通じて、医療従事者と患者の距離を縮める「オンライン医療」、デジタルツールを活用した臨床開発手法を提案することで、臨床試験の可能性を広げることを支援する「臨床開発デジタルソリューション」。
そしてソフトウェアを介した予防・診療・治療などの支援を行う「デジタルセラピューティクス」、テクノロジーを駆使し新しい保険を提供する「保険」事業です。
特にオンライン医療事業のプロダクトであるオンライン診療サービス『curon』は、PCやスマホから医療機関の診察をビデオ通話で受けることができるようにしたプロダクト。通院の時間や、医療機関での待ち時間を軽減することで、治療を続ける負担を大きく減らし、より医療へのアクセスを高める、創業時から取り組んでいる柱となるサービスです。
これは当社創業直前に当たる2015年8月に、それまで離島や僻地に限り認められていた遠隔医療(オンライン診療)がより広範囲に認められることになり、その変化を見て開発に踏み切りました。
――最近ではオンライン診療を手掛ける医療系ベンチャーが増えてきた印象ですが、中でもMICINの『curon』が利用者数を伸ばしているのはなぜでしょうか?
塩浜:変化に向き合い続けサービスを進化させてきたことが、選ばれ続ける一つの理由だと考えています。われわれは、オンライン診療の黎明期に始まり、さまざまな規制の変化が起こる局面においても、常にそれらの変化に真摯に向き合ってきました。そうして時勢にもあったサービス開発を続けることで、多くの医療機関の支持を受けています。
今ではオンラインでの服薬指導を可能にした『curonお薬サポート』などへと領域を拡大することで、より便利に、より多くの人に、オンラインで医療を受診頂ける環境の拡大に挑戦しています。
医療領域は「規制の変化」や、「世の中の情勢」によって、ガラリと求められるものが変わることがあります。それらに耐えられるよう、常にスピード感を持って、信頼できるサービスを提供し続けることができる。それが当社の強みでもあり、ユーザーの皆様に信頼をいただいている理由の一つなのかなと考えています。
坂本:当社は医療データを扱う企業であり、クライアントからも高度なセキュリティレベルを求められています。必然的に、プロダクトには高い堅牢性が不可欠。スピーディに開発しながらこれらに対応できる高い技術力や体制があるのは、当社の開発チームの強みでもありますね。
「柔軟かつ堅牢」相反する特徴を両立させるカギ
――高度なセキュリティが求められる領域でも、状況が次々と変わっていくコロナ禍では、時代や環境の変化に即時対応する柔軟性も求められますよね。
塩浜:まさにコロナ禍では、新たなオンライン診療サービス『curon typeC』やオンライン服薬指導サービスの『curon お薬サポート」をリリースするなど、世の中の状況に応じて、その時に人々に必要とされるものを、スピード感を持って開発をしてきました。
特に『curon typeC』は、病床逼迫による自宅療養者が増え、医療機関が素早く受け入れ体制をつくらなければならない、感染・重篤化リスクが高い高齢者も利用可能にしたい、といったニーズに応えるべく開発したプロダクトです。
オンライン診療サービスはこれまで医療機関に導入されることが前提でしたが、『curon typeC』は都道府県の医師会が導入するなど、オンライン診療のメリットを多くの方が享受できる体制に役立ちました。
――そういったいわゆる「アジリティー」と、プロダクトの質の高さや堅牢性を両立するのは難しいように思います。
坂本:仰る通り、医療分野では特にセキュリティのハードルが高いことから、一般的なWeb開発と比較すると、セキュリティなどの対応に多くの工数や日程が割かれがちです。
例えば、セキュリティを守るためのプロダクトの脆弱性診断を、ベンダーに外注するとなると、最近は脆弱性診断の需要が高いこともあり、依頼してから実施まで数カ月待つこともざら。しかし当社では、こうした状況において「それなら、脆弱性診断が内製化できるような体制で進めよう」と判断します。
脆弱性診断を運用していくにあたって、ベンダーに検証を外注することにより、プロダクトのリスクに見合わない過剰なコストや日数がかかってしまう可能性がある。そのせいで、医療体制の逼迫が問題になるような状況下でタイムリーにサービスのリリースができなくなるといった事態は回避すべきです。
このため、ある程度、自前でも行える内製化体制は、後々のことを考えれば必要だと考えたわけです。実際にこの体制により、コロナ禍ではスピーディーに、質も高い納品を実現できました。
この脆弱性診断の内製化のエピソードはあくまで一例ですが、このような開発チームの一つ一つの判断が、質とスピードの両立に繋がっているのかなと思います。
――なぜMICINでは、そのような判断をしたり、体制を整えたりすることができるのでしょうか。
酒井:プロダクトの多さから、ある程度は僕たちが全体感を見てバランスを取ってはいるものの、基本的にはそれぞれのプロダクトチームに権限を委譲しています。そのため開発にもスピード感を出せるし、市場のニーズも掴みやすい。
一方で、「セキュリティ上満たさなければならない要件とは何か」「インフラはどのように構築していくか」といったプロダクトのセキュリティや信頼性に関わることに関しては、プロダクトチームごとにしっかりドキュメントで残して、レビューしながら進めるようにしているんです。
――ドキュメントとは?
酒井:具体的には、「Design Doc」や「Production Readiness Checklist」を用意しています。
「Design Doc」とは設計書のようなもので、プロダクトが達成したい価値、提供するユーザー像、扱うデータの種類や内容、満たすべきセキュリティ、サービスのアーキテクチャなどをプロダクトチームにドキュメントとしてまとめてもらいます。それを元に、SREとインフォメーションセキュリティの各チームがレビューを行い、プロダクト開発の注意点などを明らかにします。
「Production Readiness Checklist」では、運用に際して準備しなければならないことを確認します。具体的には障害やインシデントが発生したときに、エスカレーションするフローや必要なモニタリングの仕組みがあるのかなどをチェックするもので、プロダクトのリリース直前に作成します。
これらを含めたワークフローを整えることで、開発チームは安心してプロダクト開発に専念し、リリースまで進めることができる。そんな仕組みがあるからこそ、全てのプロダクトでセキュリティと生産性の両立ができているわけです。
坂本:こうした取り組みは、一見すると、プロダクトチームにとって開発時に余計な工数が発生するだけのように感じるかもしれませんが、運用フェーズも含めたプロダクトライフサイクルにおけるトータルコストで見ると、このように統制の取れたかたちでリリースできるメリットは計り知れません。当社のような規模のスタートアップで、これができるのはなかなかないのではないでしょうか。
塩浜:結果的に効率が上がるものなので、経営サイドもこのような開発体制を整えることに投資しようと判断しました。
実は当社のような医療系の企業って、「セキュリティ保守が大変そう」「レガシーな開発をしてそう」というネガティブなイメージを持たれることも少なくないのですが、われわれの作り上げた開発に臨む体制があれば、それらに大きく意識を奪われることなく、必要な開発に集中することが出来ます。
「正解がないもの」を、スピード感を持ってつくる面白さ
――MICINが描くこれからについて、展望を教えてください。
塩浜:最終的には、当社が描くビジョンの達成に向けて、大勢の人の生活に入り込んでいく医療サービスを提供していきたい。そのために、今後もさまざまな医療ビッグデータを活用し、高品質のサービスを常に届けられる状態に整えておくことが重要だと思います。
今までにも「世の中にないもの」を世の中に出してきましたが、これから生み出すものも「正解がないもの」。答えは誰かが持っているわけではありません。ですから、高い品質やセキュリティレベルを維持しながら、スピーディーに仮説検証を行いつつ、本当に必要とされるサービスを作っていくことが求められます。
酒井:現場のエンジニアとしては、まず目の前のプロダクトをきちんと作ることに尽きます。患者さまに驚いてもらえるような、これまでにない医療体験を提供するプロダクトを作り込んでいきたいですね。
坂本:当社では今後もさまざまなプロダクトを開発していくと思いますが、私自身は、変化や拡大に常に対応できる「仕組みの基盤固め」を引き続き強化していきたいです。
世に出た後の運用フェーズを含めた枠組みをきっちり整備し、完成したプロダクトは運用までの安心したスキームを持ち、効率よく運用できるようにしていきたい。
そうすればリリースした後の運用フェーズで余計なエンジニア工数がかからなくなり、エンジニアがまた新しいことにチャレンジできる、良いサイクルが生まれますからね。
――質もスピードも両立する開発体制が整っていながら、スタートアップらしく挑戦を続けていく。今のフェーズにエンジニアとしてジョインするのは面白そうですね。
塩浜:今までにはないものをつくる難しさはありますが、その分プロダクトがユーザーに届いた時の喜びはひとしおです。
今時点において、医療に対しての原体験や想いが強くあるかはそれほど重要ではありません。健康や医療という領域は、誰もが人生で必ず意識をしなければいけない瞬間がある事柄。それについて、ジョインしていただいた後にユーザーの方々の声を聞いたり、周りのメンバーの想いに触れたりすることで、自然とこの問題を解決したいという思いが湧いてくるはずです。
社会に役に立つプロダクトを作りたいという思いと、技術追求の双方に興味がある方であれば、絶対に楽しめると思います。
酒井:特に「チャレンジしたい」と考える人にはいいですよね。当社には、もともと薬剤師として働いていたエンジニアや、最初は医療への興味は強くはなかったけれど、プロダクト開発に携わってみたいと挑戦しにきた人もいます。
自分の領域を広げてチャレンジしていきたい、と思っている方には間違いなく良い環境だと思いますよ。
取材・文/小田切 淳 撮影/吉永和久 編集/大室倫子
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