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機械エンジニアからIT僧侶へ。「ご縁」と「シェア」で思いがけず開けたデジタル化エバンジェリストのキャリア

働き方

    好きになった女性が、お寺の一人娘だったら……!?

    機械系エンジニアとしてリコーで働いていた小路竜嗣(こうじりゅうじ)さんが26歳の人生の岐路で選んだのは、結婚を機に退職し、仏門に入ることだった。

    僧侶と聞くと、アナログな世界のイメージで、エンジニアとは対極に思える。しかし小路さんはエンジニアとしてのキャリアに完全に終止符を打つことはしなかった。現在は、善立寺(長野県塩尻市)の副住職を務めるかたわら、寺院ITアドバイザーとして活動している。

    小路さんの話を聞くと、いかなる道へ進んでも、自分の行動次第でそれまでのスキルもキャリアも無駄にならないのだと分かる。話を聞くうちに、自分の強みを最大限に活かすキャリアの歩み方が見えてきた。

    プロフィール画像

    浄土宗善立寺 副住職/寺院ITアドバイザー 小路竜嗣さん(@KOJIRYUJI1

    1986年兵庫県伊丹市生まれ。信州大学大学院工学系研究科機械システム工学専攻を修了後、株式会社リコーに勤務。2011年に退職・出家。2014年浄土宗大本山増上寺加行道場成満。2014年浄土宗善立寺に副住職として入山。2016年に寺院のIT啓蒙活動を開始。2021年6月「DX4TEMPLES」開業

    お坊さんの膨大な仕事量「IT技術を使って何とかしたい」

    昔からものづくりが好きだったこともあり、進学先は工学科、機械系エンジニアとしてリコーに就職しました。でも、当時付き合っていた妻がお寺の一人娘で「結婚したらお寺に入ってほしい」と言われていたので、退職して結婚したんです。

    お寺の修行って、結構大変だと聞いていて。どうせやるなら体力的にも若いうちの方がいいかなと思い、そこに迷いは一切ありませんでした。ものづくりは、趣味でも続けられますから。

    そうして修行を経て、僧侶になって驚いたことの一つが、お坊さんの仕事の多さです。お葬式や法事などの法要以外にも、行政やお檀家さんへ提出する資料作り、勉強会、経理、あとはお坊さん同士の会議も結構あるんですよね。

    事務作業も多いので、少しでも効率化できたらいいなと思ってやってみたのが、お墓の地図のエクセル化。単純に区画にA-1、B-1……と番号を付け、それを檀家名簿と紐づけて、すぐにお墓の場所が分かるようにしました。

    それまでA2サイズくらいの手書きの地図で管理していたので、場所を見つけるだけでも10分くらいかかり、待っている檀家さんたちもイライラしただろうなと。

    それが1分もかからなくなったので、お坊さんが直接お墓へ案内したり、世間話をしたり、お檀家さんとのコミュニケーションの時間がとれるようになりました。義父である住職も、このお墓のエクセル化は「いいね」と肯定的に評価してくれて、うれしかったですね。

    そこから業務のIT化へのモチベーションが上がって、アプリやツールを使ったり、ちょっとしたコードを書いてみたり、「技術好き」を生かしてさまざまな取り組みをしてみたんです。

    こうじりゅうじ

    会報誌を『Scansnap』でスキャンしている様子。さまざまなツールを使って業務効率化を図ったことで、周囲にとても喜ばれたという

    うちもそうですが、町のお寺って、どこも僧侶が1人か2人の家族運営が多いから業務量が多くて大変なんですよ。

    そこで、他のお寺へもIT活用の啓蒙活動を始めたのは2016年頃。大きなきっかけは、法要に関する資料の保存などに活用していたメモアプリの『Evernote』です。

    Evernoteの公式SNSに「僧侶もめっちゃ使ってますよ!」とメッセージを送ってみたら、公式ブログでインタビューをしてくれたんですよ。

    すると記事を読んだ同業者から「便利そう」とか「どうやって使うの?」とあれこれ聞かれるようになって、「みんな同じようなことで困ってるんだな」ということに気が付きました。

    そこからですね。もっと自分ができることをシェアして、「僧侶のIT技術のボトムアップ」ができたらいいなと思うようになったのは。

    こうじりゅうじ

    そこで「寺院デジタル化エバンジェリスト」と名乗って活動を始めました。

    「エバンジェリスト」とは「ITの啓蒙家」の意味で、当時IT業界で流行っていた言葉。もともとはキリスト教の「伝道師」という意味なので、宗教家がやるにはちょうどいいじゃん、と思ったんです(笑)

    エンジニアからお坊さんになった時、「もうパソコンなんて一生使わなくなるんだろう」と思っていましたが、実際はみんなスマホを持ってるし、パソコンを使っている人も多い。一方で、連絡は電話やFAXしかできない人も少なくありません。

    IT化が進む中で、誰も取り残されてほしくない、困っている方がいるなら何かやりたい。そういう思いが強くなっていきました。

    「IT僧侶」の活動は、コロナ禍が追い風に

    寺院デジタル化エバンジェリストを名乗ったはいいものの、最初のうちは全然反響がなくって。2019年にさくらインターネットさんに協力してもらって、「お寺の公式サイトを作ろう」という趣旨のセミナーを開催したのですが、参加者はわずか5人。めちゃくちゃ広いホールがガラガラで、ド滑りしたんです。

    お寺は一般企業と違って人材の循環や昇進もないので、変化に対する抵抗心が強いのだと思います。周囲のお坊さんたちも「変わったことをやっている人がいるもんだ」と遠巻きに見ている感じで、しばらく暖簾に腕押し状態でした。

    その風向きが一気に変わったのが、コロナ禍です。

    Zoom会議をする必要に迫られたお坊さんも増え、取り巻く空気が好意的に変わったのを感じました。まず、セミナーの参加者がコロナ前より格段に増えたんです。

    2021年に再びさくらインターネットさんと、ホームページ作成ツールのWixさんに声をかけて、「お寺の公式サイトを作ろう」というウェビナーを開催したのですが、なんと約160人が参加してくれました。

    ほかにも会計ソフトのfreeeさんに企画を提案して、「お寺の会計を学ぼう」といった内容のセミナーを開催したこともあります。

    こうじりゅうじ

    それに、独学でWordPressを学び、サイトの作成支援も請け負うようになりました。

    お寺のサイトって企業以上にロングテールで、平気で100年は続いていきますよね。それなら各お寺が管理できた方がランニングコストを減らせて、長期的にはコスパがいいですから、そこのお手伝いができればと考えたんです。

    サイトを作って、会報をPDF化して、SNSと連携するなどしたことで、新しいユーザーさまが増えたという声も聞きました。

    お寺が伝えたいことは年月を経ても変わりませんが、WebやITを駆使して見せ方を変えることで、業界の新たな光になっているのかなと感じています。

    こうじりゅうじ

    制作例の一つが、浄土宗僧侶が運営する法然上人鑽仰会の公式サイト

    2021年には活動を事業化しました。事業にしたのは単純に貯金がなくなったからですが、現在は活動の応援費のような意味でお金をいただいています。

    もともと日本の仏教は他の宗派の方とも仲が良いのですが、事業化したことで、他の宗派の方からお声掛けをいただく機会も増えました。

    皆さんが観光で訪れるお寺以外にも、全国には熱意をもって活動をされているすてきなお坊さんが大勢いるんですよ。そういった全国の素晴らしいお寺が50年後も100年後も存続できるように、自分ができることをやっていきたいと考えています。

    「自分ができること」を発信していけば道が開ける

    こうじりゅうじ

    今やっていることはエンジニアの時とは違いますが、課題を見つけて分析し、どう対応するかという「問題解決のフレームワーク」はエンジニア時代につちかわれたものかなと思います。そういう意味では、研究生活も、社会人経験も無駄にはなっていないですよね。

    とはいえ、リコーを辞めた時に、自分がまさか「寺院ITアドバイザー」になるとは想像していなかったです。好きでやりたいからやってきただけなんですけど、続けてきてよかったな、と思います。

    なぜなら、「自分のスキルや知識をシェアして、周りの役に立つ」という道が開けたからです。

    先ほど言ったように、平日に会社勤めをしているお坊さんは多いので、私以上にITに詳しい方って大勢いらっしゃるんですよ。ただ、自分が持っているスキルや知識をシェアしている人は、あまりいないんですよね。それは少しもったいないことだと思います。

    こうじりゅうじ

    私は26歳になるまで「お坊さんになる」なんてまったく思っていなかったので、われながら変わったキャリアだとは思います。

    私たちの業界だと“ご縁”といいますが、不思議なご縁をいただいたので、自分ができることが誰かのためになるのであれば、積極的にやっていきたいと考えています。

    ただ、「IT僧侶」といわれて活動に注目していただくことはありがたい一方で、願わくは私の世代でIT僧侶は終わりにしたい。次の世代には「使える人」が特別なのではなく、誰もがITを使いこなすようになっていてほしいですから。その時が来るまで、「IT僧侶」として周りのお力になれたらと思います。

    取材・文/古屋江美子

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