Web3が注目を集める中で、「DAO(分散型自律組織)」で働くエンジニアも徐々に増えつつある。
だが、まだまだ「DAOで働く」は多くの人にとって未知の世界。DAOで働く選択肢は、エンジニアのキャリアや働き方にどのような影響を与えるのだろうか。
Web3版LinkedInこと『YoursDAO』やハッカソンプロトコル『AKINDO』などのサービスを展開するtrevary株式会社代表の金城辰一郎さんに話を聞いた。
trevary株式会社 代表取締役社長 金城 辰一郎さん(@illshin)
web広告代理店を経て独立、NHKを始めとした企業へSNSマーケティング支援。13年にBASE株式会社3人目メンバーとして参画しIPOに向けた成長に貢献。16年に地元沖縄で起業し、FC琉球のIEOプロジェクトに参画。20年に東京に拠点を戻し自社プロダクトによる事業展開を進めながら21年よりweb3領域にフォーカスを定め『YoursDAO』プロジェクトを発足。現在は人材課題をハッカソン形式で解決する『AKINDO』の開発を進める。noteなどでの発信の傍らWeb3特化Podcast『Web3FM』を展開
DAOは「民主的に組織をつくっていくこと」が本質ではない
——はじめに、そもそも「DAOで働く」とは具体的にどのようなことなのかを伺いたいです。
DAOは「分散型自律組織」と訳されますが、正直そう言われてもよく分からない……という人が大半だと思います。
そこで私はいつも「株主、経営陣、役員などのような管理者がいなくても、ミッション実現に向かってメンバーが自ら自律的に価値提供をして、事業を推し進めていく組織のこと」という説明を噛み砕いてしています。要は、社長がいない会社のようなものですね。
ただ、このように言うとメンバー全員が平等で、民主的にボトムアップで意思決定をしながらつくっていく組織のイメージを持たれるかもしれません。
実際に僕もDAOのことを知ったばかりの頃はそのように捉えていましたが、そこは本質ではないと今は思っています。
むしろ投資DAOなど一部例外を除き、ボトムアップで起ち上がるDAOはうまくいかないことが多いです。
——では、DAOの本質はどこにあるのでしょうか?
まずイメージしていただきたいのは、あるプロジェクトがあって、そこではコアプロダクトを作るためのコアメンバーが集まっている。これは今までの組織と変わりません。従来同様、株式で資金調達を行うパターンも非常に多いです。
しかし、このコアプロダクトに対しては、コアメンバー以外の人々もやりたいと思えばパーミッションレスに関与することができ、そしてその成果に対して例えばトークンなどの金銭的な報酬が与えられます。
この仕組みをブロックチェーンの技術によって人を介在させずに、自動的つまりトラストレスに実現したものが「プロトコル」です。
このプロトコルに貢献する人が増えれば増えるほど価値が高まる仕組みになっているので、どんどん人が集まってくる。そして、最終的にはコアメンバーを解散して、プロトコルに関わる「貢献者」に権限移譲をしていく。
コミュニティーの中央にスマートコントラクトで動くプロトコルがあるべきで、DAOの本質はそういう動きそのものだと思います。
——つまり、DAOで働くというのは「プロトコルに参加する」こと?
そうです。例えば、私たちはYouTubeに動画を上げて収益を得ることがありますが、それはあくまでサービス管理者であるYouTube側(=Google)が設定した範囲内ですよね。広告収入のほとんどは、プラットフォーマーが握っている。これが現状一般的な、いわゆるWeb2.0の世界です。
YouTubeはまだいいほうですがInstagram、TikTokなどはクリエイターに対してプラットフォームからの金銭的なリターンはほぼありません。
Web3、すなわちブロックチェーン技術を基盤とした組織であるDAOで働くということは、先ほどの例でいえば、動画投稿者を始めとする参加者がサービスの意思決定に携わり、利益はその人たちすべての間で分配されていく世界です。
間にいるのはプラットフォームではなく、自動化されたプロトコルなのでそこでの手数料は微々たるものになっています。
あらかじめ決められたプロトコルに従って、報酬はトークンで支払われる。具体的には、独自通貨のユーティリティトークンをはじめ、DAOの意思決定に参加できるガバナンストークンや、イーサリアム(Ethereum)などの暗号資産、より通貨に近いUSDCなどのステーブルコインなどです。
コアプロダクトの価値が上がっていけば、ガバナンストークンの価値も上がりますから、大きな報酬を得られる可能性が高まる。これは、株式で言うストックオプションに近いものです。プロトコルを大きくするためには、こうしたインセンティブの設計も必須です。
——なるほど。コアプロダクトの価値が上がらなければトークンも上がらない、と考えるとリスクの大きさも感じてしまいますが、DAOで働くことのメリットは何なのでしょうか?
何と言っても、国籍や住む場所、地位、年齢、性別などの条件に関わらず、やりたいこと、面白いことに関わるチャンスが得られるという点ですね。
実際、今DAOに参加している人の多くは、アフリカやインドなど新興国のエンジニアです。
もちろん、基本的に英語でやり取りがされているので言語の壁はありますが、そこさえクリアすれば、履歴書なんてなくても働くチャンスがもらえるし、自分の興味関心にしたがって自由に移ることもできるのです。
ここからさらに新興国で技術力を持っている人の参戦が増えてくるでしょうね。逆に日本人は、言語をハードルに感じてしまい、この波に乗り遅れていくような未来も考えられます。
現時点で「DAO求人」の募集は難しい。
ムーブメントは「ハッカソン参加」から生まれる?
——金城さんは、DAOの普及を見越して、『YoursDAO』や『AKINDO』といったサービスを手掛けられています。これらのサービスでは、どのようなことを目指しているのでしょうか?
これまでDAOの特長を説明してきましたが、実のところまだ黎明期であり、DAOという仕組みのすべてが上手く回っているとは言えない状況です。
ガバナンストークンで誰もが運営に参加できるというのは建前で、それ自体が機能していないDAOもたくさんありますから。僕はそういった「DAOで働く」こと自体に大きな課題とビジネスチャンスがあると感じています。
例えば、「DAOには誰もが参加できる」と言いますが、本当にそうなのか。
現状、DAOで働こうと思ったら、DAOが動いているDiscord(チャットアプリ)上のやり取りを見て課題を発見し、自分には何ができるかを提案した上でコアメンバーと面談をして実力を証明する……といった煩雑なやり取りが発生します。
「誰でも参加」と言いながら、実際はDAOも人を採用するために普通に求人広告を出して選考をしているんですよ。
そうしたDAOへの就職情報を集めたサービス、簡単に言えばWeb3版のLinkedInやIndeedみたいな求人メディアをコンセプトに立ち上げたのが『Yours DAO』でした。
ただ実は、今は『Yours DAO』ではなく、ハッカソンプラットフォームの『AKINDO』に開発の軸をおいています。
——なぜ『AKINDO』のサービス開発へと移行したのでしょうか。
『YoursDAO』でDAOへの就職情報を集めましたが、いわゆるフルタイムジョブの案件が多く、DAOで働くことの一番のメリットである「好きなプロジェクトに好きな時に関わる」ことの実現にはほど遠くって。Web3ジョブへのハードルを下げているものにはなっていなかったんです。
そこで今度は「Web3版クラウドワークス」のようなイメージで、もう少し気軽にWeb3で働くことを可能とするサービスを作ろうと考えたのが『AKINDO』の原型です。
『AKINDO』には、Web3企業にバウンティジョブ(ある課題を解決してもらったら、それに対する賞金や報酬を払う仕事)を掲載してもらう予定でした。
ただこれも、いろいろな企業にヒアリングを進めていくと、単に報酬目当ての人を集めるよりも、ちゃんと自分たちのプロトコルやコミュニティーに共感のある人を集めたいという要望が見えてきました。
Web3企業というのは、単にプロダクトで儲けたいと考えているのではなく「ディベロッパーコミュニティーをつくることで、最終的に運営者がいなくても全てのステークホルダーが幸せになるような仕組み」を作りたいと考えているところが多いんです。
つまり、永久的に残り、価値向上を続けていく公共財となることを目指している。そのコミュニティーづくりのために採用したのが、「ハッカソン」の仕組みでした。
——ハッカソンというと、これまでもエンジニア界隈では活発に行われてきたイメージです。
はい。そういったハッカソンの中であれば、純粋に自分の技術を試してみたい、そのプロダクトに貢献したいといったような内発的動機で参加してくれる人が多いと感じたんです。もちろん賞金の設定もしますけれど、それ狙いではない人の方が多くって。
そう考えると、プロトコルに関わるコミュニティーづくりにおいては、ハッカソンという仕組みが最適なソリューションだと思っています。
特に今、僕らが考えているのは「スモール・ハッカソン」という新しいやり方。新しいポジショニングですがこれを『AKINDO』で実現したいと思っています。
スモール・ハッカソンでは、参加者は1回きりではなく継続的にアウトプットを出すことで自身の評価や実績を蓄積することができ、それをもってしてWeb3企業にフルタイムで働けたり、グラントといった助成金を得られることをインセンティブとして設けています。
プロトコル側もエンジニアコミュニティーと継続的な関係性を求めていますから、スモールハッカソンのコンセプトはお互いのインセンティブが合う仕組みとなっています。
この仕組みであれば、Web3に関心のあるWeb2企業の採用などにも貢献できるので、世の中に普及もしやすいのではと考えています。
DAOの世界では「プロダクトのコンポーザー」を目指せ
——「DAO就職」のマーケットトレンドや今後の動きはどのようになっていくと思いますか?
これはポジショントークのようになってしまいますが……実際に海外でもDAOで働くためにまずハッカソンに参加するという動きが増えてきています。
既存のハッカソンプラットフォームであるDevpostやGitcoinをみると、多くのハッカソンが開催されていることが分かりますから。
近い将来、そうしたプロジェクトが主催するハッカソンにエントリーすることから始めて、DAOに参加して報酬を得ていくという選択肢も一般的になっていくのではないでしょうか。
ハッカソンでアウトプットをして、1回で終わらずにそれを継続していく。それがすなわちDAOに貢献していることになるわけです。
また、ハッカソンへの参加は個人としてだけでなく、SNSで仲間を募って共同で参加することもありますので、エンジニア同士のつながりも生まれています。
——このような変化は、エンジニアのキャリアや働き方にどのような影響があるのでしょうか。
これまで以上に、エンジニア個人の力が強くなっていくのは間違いありません。というのも、Web3の世界ではプロダクトのソースコードやデータベースがオープンになっている。誰もがそれらを利用してプロダクト、およびプロトコルを作ることができるわけです。
ですから、これからは個人で一つのプロダクトを作り上げる能力や経験が、より重要視されると思います。
DAOの世界観では、いろいろな人が作ったプロダクトをレゴブロックのように組み合わせて、さらに大きなプロダクトにしていくことが簡単にできるようになります。
そういう世界において、エンジニアはDJや編集者のように素材を「コンポーズ(再構成)」して新たなプロダクトを生み出していくことが求められるのではないでしょうか。
また自分が作ったプロダクトが他の開発者たちにどれだけ活用されるかも重要です。いわゆる「プロダクトのコンポーザビリティーを高める」ようなスキルです。
——そういった時代に備えて、今エンジニアたちができることは何だと思いますか?
何よりも、DAOやWeb3のコミュニティーに能動的に参加することだと思います。
Web2時代との一番の違いは、大きな組織に所属しなくても、個人でグローバルなつながりを持って開発できるようになること。能動性を持った人には無限の可能性が開かれる一方、受動的な人は淘汰されていく恐れがあるというのがWeb3の時代かもしれません。
正直、Web3の時代はまだ始まったばかりです。どんな技術が主流になるのか、どのブロックチェーンが伸びるのかは分かりませんし、それを調べてから動き出そうと思っていると、いつまで経っても実行に移せません。
それよりは、直感でもいいのでピンときたプロジェクトのハッカソンに参加して、手を動かしながら学んでいく姿勢が大切だと思います。その先に、会社に所属するのではなく「個人としてDAOで働く」という選択肢が生まれてくるはずです。
取材・文/高田秀樹