2022年10月7日、一般社団法人 日本CPO協会による「Product Leaders 2022 」がオンラインにて行われた。
本記事ではその中のセッション5「なぜ天才エンジニアがDisneyのプロダクトマネジャーになったのか」を一部抜粋してご紹介。
The Walt Disney Companyでシニアプロダクトマネジャーを務める“天才エンジニア” Daniel Haiさんがいかにしてエンジニアになり、プロダクトマネジャーへのキャリアチェンジを遂げたのか、その足跡をレポートする。
登壇者 The Walt Disney Company Senior Product Manager Daniel Haiさん
幼い頃からコンピューターに関心を持ち、7歳で最初のコンピューターを手に入れる。その後、家庭の事情から17歳で自立を迫られたのをきっかけに、レジ打ちをしながら独学でHTMLを学び、Firstsource社へ入社。そこでの経験を生かしてAdobe社へ転職する。『Adobe Premiere Express』の開発に携わったのち、10年間のフリーランスを経てAdobe社へ再転職。プロダクトマネジャーへと職種を変えて経験を積み、現在はWalt Disney Companyでシニアプロダクトマネジャーを務める
ナビゲーター 一般社団法人 日本CPO協会代表理事 DCM Ventures Venture Partner Ken Wakamatsuさん
米国カリフォルニア州オレンジカウンティ生まれ、カリフォルニア大学バークレー校出身。大学卒業後、エンジニアとしてMacromediaに入社。その後、Kodak、Adobe、Ciscoを経てSalesforceに入社。2016年、Salesforce Japanに出向し、プロダクトマネジャーの責任者として、プロダクトマネジメントチームを立ち上げる。 22年、DCM Ventures の Venture Partner に就任。日本のシード・ステージ、アーリー・ステージのベンチャーを中心に支援
出戻り入社したAdobeでエンジニアからプロダクトマネジャーへ
Wakamatsu: はじめに、Haiさんがエンジニアという仕事を選んだ経緯から教えてください。
Hai: 私は小さな頃からコンピューターが好きで、7歳のころに、初めてのコンピューターである『Commodore 64』(コモドール社発売の8ビットコンピューター)を手に入れました。
初めは姉がプログラムを入力してくれたのですが、プログラムといっても、何だかよく分からない文字列を無限に出力するようなレベルだったと記憶しています。
でも、当時の私はそれが最高にクールだと感じました。それですっかりコンピューターにハマってしまい、17歳になった頃には「仕事」としてプログラミングを始めました。
というのも、父が遠方に引っ越してしまい、生活を経済的に助ける必要が出てきたのです。
当時の私はレジ打ちの仕事をしていたのですが、そのままでは未来がないと思っていました。そこでHTMLを独学で学び、職に就き、初めての収入を得ることができた時、「このままエンジニアになろう」と決意。
それでレジ打ちをやめて、Firstsourceというコンピューター部品の販売会社の門を叩いたのがエンジニアとしてのキャリアの始まりでした。
Firstsourceでの初仕事は簡単なHTMLスニペットを書き、広告を出すというもの。今のようにデジタル化した社会ではなく、多くの人がプログラミングを知らない時代でしたから、転職も多く知見を持った人が少なかったため、キャリアを加速させることができました。
その後も、ショッピングカートやクーポンコードのシステムを作ったのですが、クーポンコードの方は、悪質なハッカーにハッキングされて大量のラップトップ(ノートパソコン)を不正に入手されてしまったことも(笑)。あれは大きな学びでした。
Wakamatsu :そんなご経験もされたのですね(笑)。エンジニアの世界に入った後、『Adobe Premiere Express』の開発に携わったと伺いました。そのあたりもぜひ詳しく教えてください。
Hai: ええ。『Premiere Express』はオンラインでのビデオ編集ソフトで、『Photobucket』(アメリカ合衆国の画像管理・動画共有サービスのオンラインコミュニティー)とパートナーを組み、パートナー主導で開発した製品です。
刺激的な経験ではありましたが、その頃は個人的にアートの世界にも興味が出てきた時期で、自分で作ったソフトウエアを使って芸術作品を生み出したい気持ちが高まっていたんです。
そこでAdobeを辞め、ニューヨークに引っ越して、しばらくはフリーランスエンジニアとして働くことにしました。
そうした生活を10年ほど続けた頃でしょうか。その間に私が以前Adobeで関わった製品がメインストリームから外れていく感覚があって……。再び潮流をつくるような、新たなチャレンジをしたいと思い、再びAdobeに戻ることにしました。
久々に戻ると、『Premiere Express』時代の上司は『Adobe Primetime』という別のプロジェクトに異動し、オンライン動画や広告関連の製品のマーケティングに携わっていました。
私も彼とともに『Primetime』に関わることになり、コンサルタント、エンジニア、プロダクトマネジャーと職種を変えながらAdobeで働き続けました。
顧客折衝、危機管理……「できないことをできるようにしたい」
Wakamatsu: Adobeではエンジニアからプロダクトマネジャーへとキャリアチェンジされたそうですが、ずっと現場でエンジニアとして働こうとは思わなかったのですか?
プロダクトマネジャーでなくとも、例えばエンジニアリングマネジャー(以下、EM)のようなキャリアを歩む道もあったと思うのですが。
Hai: もちろん、その道も考えました。ただ、EMは面白い仕事ですが、基本的にはそれまでの、つまりエンジニアの延長線上にあるキャリアだと感じていて。今と全く違ったスキルを身に付けることは難しいかもしれないと考えました。
というのも、当時の私は「できないことをできるようになる」ことでレベルアップしたい気持ちが強かったからです。
当時だと、顧客との対話や危機管理など、いわゆる目に見えないソフトスキルが自分には不足していると感じていたので、プロダクト開発をマネジメントするPMならその能力が鍛えられると思いました。
お客さまがどのようなビジネス課題を抱えているのか、広告プロダクトに何を求めているのかを把握し、ニーズを満たすための数値計測や機能改善に取り組む。それは私にとってまったく新しいことの連続ですから、きっと充足感を得られると考えました。
あとは、もう一つネガティブな理由ですが……。
Wakamatsu: ぜひ聞かせてください。
Hai: 実は、エンジニアとして働く中で、仕事の進め方に嫌気が差したのもあって。
例えば、プロダクト開発を進める中で、時折エンジニアとして納得できない決定がなされることがありますよね。そんな時、現場エンジニアという立場ではどうしても決定を覆すことができず、従わざるを得ない場面に常々歯がゆさを感じていたんです。
そんな経験を繰り返すうちに「自分自身が決定プロセスに関わりたい」と考えるようになりました。それが、プロダクトマネジャーという立場を選んだもう一つの理由です。
Wakamatsu: ポジティブとネガティブの両面があったわけですね。ちなみに、プロダクトマネジメントという未知の領域を学ぶにあたって、社内に指導してくれる方はいましたか?
Hai: いえ、試行錯誤をしながら自ら学びました。ただ、悪くはない学び方だったと思います。
なぜなら、プロダクトマネジメントを本当に学ぼうと思ったら、何事も自分自身で体験しなければならないからです。
特に危機管理などは、教えてもらうだけでは身に付きません。「何か起きたら、自分で責任を取らなければならない」という環境こそが私を成長させてくれました。
Wakamatsu: そこにやりがいを感じたからこそ、Adobeを退職した後もプロダクトマネジャーとして活躍されているわけですね。
「エンジニアとして稼ぐのは難しい」時代だから、”今は”PMを継続
Wakamatsu: Adobeでの経験を経て現在ではWalt Disney Companyでプロダクトマネジャーを務めるHaiさんですが、エンジニアリングの現場に戻りたいと感じることはありませんか。
Hai: エンジニアリングの現場が恋しくなることは多々あります。具体的なアイデアはまだありませんが、エンジニアに戻って、何か大きなことをしたいという気持ちはありますね。でも、「今ではない」とも感じます。
というのは、アメリカではここ6〜7年でエンジニアリソースのコモディティー化(ブランド力が低下し、一般的な価値にまで引き下げられること)が進んでおり、エンジニアとして高い給与を得ることがどんどん難しくなっているからです。
一流のアーキテクトでない限り、給料はすぐに下がってしまうでしょう。対するプロダクトマネジャーの市場価値は高いので、いち生活者としてキャリアを選ぶなら後者の方が良い選択です。
それに、エンジニアとプロダクトマネジャーとでは、プロダクトに対する向き合い方も変わってきます。
エンジニアとして関わっていると、興味の対象はどうしても自分が開発する機能にフォーカスしてしまいます。ですから、「〇〇というプロダクトをリリースした」ではなく、「〇〇という機能をリリースした」という実感になるんです。
それに対し、プロダクトマネジャーは自信を持って「このプロダクトをリリースした」と宣言できる。そのくらいプロダクトに強い思い入れを抱き、自分のキャリアの一部として付き合っていけることは、プロダクトマネジャーならではの魅力です。
ただ、繰り返しになりますが、エンジニアリングは楽しいですし、コモディティー化の流れがそのまま続くのか、またガラリと市場が変わるのかも予測不明ですから、今の私がプロダクトマネジャーを選ぶのはあくまでも暫定的な方針ですね。
Wakamatsu: なるほど。ちなみに、Haiさんはエンジニアリングの仕事のどこに魅力を感じているのでしょう?
Hai: 小刻みに達成感を得られる気持ち良さです。
プロダクトマネジメントには予測不可能な要素が絡みやすいですし、何かを作ろうと思っても、「なぜ作るのか?」「製品として期待されていることは?」といった質問をクリアすることが求められます。それに、ミーティングも多い(笑)
つまり、プロダクトを開発する“以外”の仕事が多く、やり遂げた感覚を得るまでに長い時間がかかるんです。
一方でエンジニアリングは、一週間の目標を立てて、それを計画通りに達成すれば「できた」気持ちを味わえるので、常に達成感に満ちています。
課題に対してどうアプローチするかを考える面白さもある。それこそが、幼い私がエンジニアリングに感じた魅力ですし、チャンスがあればエンジニアに戻りたいと感じる理由ですね。
文/夏野かおる 編集/玉城智子(編集部)