新しい技術が次々に登場し、市場のトレンドも⽬まぐるしく変化する時代。人々を熱狂させるヒットプロダクトを生み出すクリエーターたちは、何を軸に仕事をしているのだろうか。時代の波に流されず、熱狂を生み出し続ける名クリエーターたちの「自分軸」に迫る
ゲームは売れなきゃ絶対的に意味がない。元セガ・名越稔洋が示す「面白ければいい」へのアンチテーゼ
2021年10月に31年務めたセガを退社し、「世界に新たな作品を届ける挑戦をしたい」と名越スタジオを設立した名越稔洋さん。
これまでに、シリーズ累計1700万本を超えた『龍が如く』シリーズや、『ジャッジアイズ』シリーズなど数々のヒットゲームを生み出し、ユーザーを熱狂させてきた。
「面白いだけじゃなく、ちゃんと売れるゲームを作れないクリエーターは負けだと思う」と語る名越さん。
はやり廃りの激しいゲームの世界で、国内外のファンを熱狂させる仕事は名越さんのどんな「自分軸」から生まれているのだろうか。
「面白いけど、売れない」はクリエーターとして負け
2021年11月、『荒野行動』などのヒット作を手掛けるNetease Gamesの100%出資で新スタジオを設立した名越さん。その背景には、ゲームの作り手として新たな挑戦をしたいという思いがあった。
「21年、セガにクリエイティブディレクターというポジションが新設され、現場寄りの立ち位置でものづくりに取り組めるようになりました。
アミューズメントヴィジョンの社長になってから約10年、役員としてゲームづくりに関わってきたけれど、一人のクリエーターとして挑戦できるとすれば、これがきっとラストチャンスだと思ったんです。
私の経験してきた全てを注ぎ、自分の集大成となるようなゲームを作りたい。そう考えて新スタジオを設立しました」
モバイルゲームに強いNetease Gamesの傘下に入れば、自身の持つコンシューマーゲームのノウハウで同社に貢献できるとも考えた。そこで、セガからの移籍を決断したのだという。
「セガでは、ゲームを取り巻く環境が目まぐるしく変化していく中で、その時代に合う作品を世に送り出そうと試行錯誤を続けてきました。
その中で学んだのは、クリエーターの思う最高のクオリティーを維持しながら、収益も同時に成立させる難しさでした」
世の中には「面白いゲームを作る」こと、それ自体に価値を見いだすクリエーターもいる。しかし、「それはクリエーターとして負けだと思う」と、名越さんは言い切る。
「面白かったけど、売れなかった伝説のゲームって山ほどあるんです。でもクリエーターは、それを美化したらダメ。
資本主義における社会貢献って、利益を出すことなんですよ。一企業が行う経済活動でありビジネスなのだから、利益が上がらなかったらそのゲームを楽しんでもらえなかったことと同義。
クリエーターは、面白いというバリューを出した対価として、ゲームを買ってくれるユーザーからお金をいただいている。
だから、『売れなかったけど面白いものを作れたからいいよね』って開き直っちゃいけないと思うんですよ」
高いクオリティーと収益性の両立という難題に30年向き合い続けてきた名越さん。「セガでは本当に良い勉強をさせてもらってきた」と自身の過去を振り返った。
新スタジオでは、ワールドワイドに通用する日本発のゲームづくりに挑戦。人間ドラマを深く描く作品を作っていきたいと考えている。
「私はもともと映画の学科を出ていることもあって、日本のスタジオからしか生み出せない、より多くの共感を生む人間ドラマを描きたいと思っているんです。それこそ『龍が如く』シリーズを手掛けたスタッフもここにはいますしね」
出し惜しみしたくない。「時間の壁」との闘い
シリーズ累計出荷本数400万本を突破したパーティー用アクションゲーム『スーパーモンキーボール』シリーズや、ドライブゲーム『デイトナUSA』『F-ZERO』など、アーケードゲームからコンシューマーゲームまで数々のヒット作を手掛けてきた名越さん。
世の中に熱狂を生むものづくり哲学について聞くと、「自分が大事にしているのは、楽しまれるゲームを作ること」いうシンプルな答えが返ってきた。
「楽しまれるゲームを作るというのは、名越スタジオの存在意義でもあると考えています。このスタジオで最も大事にしたいのは、優れたゲームタイトルやキャラクターなどのIPをつくること。これまで通り、収益性とのバランスは大切にしますが、クリエーターのやりたいことやこだわりをかたちにできているか、クオリティーへのこだわりを特に重視しています」
また、全ての作品で「出し惜しみしない」ことも名越さんのポリシーだ。
「ユーザーの熱狂を生み出したいなら、一つ一つの作品で持てる力を出し惜しみせず、すべてやり切ることが重要だと思います。これはできそうで、意外と難しいことなんですけどね。
『このネタは次の作品にとっておこう』とか、『ここはカットして開発費を抑えよう』とか、どうしてもそろばん勘定が入ってしまいます。
もちろん収益は考えるけど、私はそういうことはしない。『今回はこんなもんでいいでしょ』と思った瞬間に終わりです。
クリエーターがサービス精神旺盛にめいっぱい力を出し切るからこそ、『次のシリーズもまた買いたい』と思ってもらえる。だから、もっともっと、もっともっと出し切っていかなきゃいけないんだろうなと思います」
ただ、目の前の作品に「全て」をつぎ込みたいと考える名越さんにとって、最大の壁となるのは「時間」の制約だ。
一つのタイトルにやりたいこと全てを盛り込むのが名越さんのスタイル。リリースまでの限られた時間の中でどうすれば「全部できるか」を考えることは、毎回至難の業だという。
「私のケースに限らず、会社の壁に『18時まで帰りましょう』なんて張り紙をしておきながら、定時帰りで働いていたら到底達成できないような経営目標を掲げている会社っていっぱいありますよね?
そして、その数字と時間の制約のギャップに苦しんでいるクリエーターたちもたくさんいる。でもね、もう『何時まででも働いていいよ』っていう時代じゃない。
だったら、決められた枠組みや制約の中で目的を達成するためにどうしたらいいかを考えるしかない。やりたいことをやり切るために、何を大切にし、何を譲るのか。
そこを見極めて、最善を選び取っていくことが現代のクリエーターにとって健全なものづくりの在り方なんじゃないかと思いますね」
エンジニアがゲームのアイデアや作り方を“操る”時代に
名越スタジオに所属するスタッフは、約30名(22年11月現在)。今後も積極的に人材を増やす予定とのことだが、今のところ100名規模のスタジオにするイメージは無いそうだ。「世界を熱狂させる面白いゲームを作りたい」という思いでつながる小規模な組織だからこそ、チームの結束も固い。
「今の規模感だと、私自身が現場のメンバーと直接ディスカッションできるし、うまく意思疎通ができる。それがすごく心地良いし、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーから学ぶことも多いです。
長く一つの会社に勤めてきたから、自分のゲームづくりが正しいと信じ込んでいた部分があったんですよ。でも、一歩会社の外に出たらそんなことはなくて。ゲームづくりのアプローチは無数にあるのだと知りました」
名越さんが目下取り組んでいるのは、メンバー全員のポテンシャルを新作ゲームづくりに生かすことだ。メンバーとのディスカッションを重ね、チームで「出し惜しみしない」ものづくりに挑んでいる。
「開発部門はもちろん、広報や総務を含む全社員に向けて、企画をプレゼンするんですよ。そして、みんなから意見をもらう。
時には私のアイデアが否定されることもあるんですけど、的を射た指摘であれば大歓迎。みんなからもらった意見を参考に、方向転換することもありますね」
中でも、エンジニアの意見を尊重するのが、名越スタジオの特徴だ。
「ワールドワイドで評価されるタイトルをつくろうと思ったら、エンジニアリングに強いプログラマーやテクニカルアーティストの存在が重要になってきます。もはや彼らが、ゲームのアイデアや作り方まで操る時代に突入している。
真にクリエーティブな時間を生み出すために、『少しでも無駄を省いてラクしたい』と考えるのがエンジニアリングの原点だし、やっていかなきゃいけないこと。そうしなければ、時間とコストがどんどん膨らんでしまいますから」
名越さんがエンジニアに求めるのは、高いプログラミングスキルに加えて、ゲームづくりの「センス」なのだそう。
「センスとは分かりやすくいうと、言語化力と地頭の良さです。あるゲームを面白いと感じた時に、その面白さや理由を言葉にして説明できること。
市場に商品として出回るということは、面白さを何らかのかたちで言語化して、ステークホルダーに伝えてディスカッションした結果だから。
それから地頭とは、そのゲームの面白さを実現するために、何を・どういう順番でやっていけばかたちになるのか考える力のことですね。
ものすごいアイデアを持っているクリエーターと、すさまじいセンスを持って『面白さ』を言語化してゲームに組み込めるエンジニアが組めば、“面白くて売れる”最高の作品ができあがります」
出し惜しみせず、一つの作品でできることはすべてやりきる。いかなる制約があろうとも、その中で「面白いだけじゃなく、ちゃんと売れるゲーム」を作る。その信念の背景には、30年以上ゲームとユーザーにとことん対峙してきたトップクリエーターだけがたどりつける“一つ上の地平”が見えた。
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取材・文/石川 香苗子 撮影/桑原美樹 企画・構成/玉城智子(編集部)
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