海外有名テック企業の大量解雇や採用停止、円安の影響による海外就労人口の増加など、ITエンジニアを取り巻くニュースが多かった2022年下半期。「日本のテック企業やエンジニアへの影響を考えた」という方も多いだろう。そこで『エンジニアtype』では各識者や最前線にいるエンジニアたちにインタビュー。2023年のIT転職市場は一体どうなるのか。少し先の未来を考えてみた。
スタートアップ採用激化でエンジニアの給与水準は上昇傾向に。報酬アップが意味する“シビアな実情”とは【Ubie×ゆめみ】
「スタートアップの年収が、上場企業を7%上回る」——。
日本経済新聞社がまとめた「NEXTユニコーン調査」(2022年)において、スタートアップの平均年収が上場企業を45万円(7%)上回り、650万円にまで達していることが明らかになった。
さらに、優秀なエンジニアを獲得すべくユニークな給与・評価制度を打ち出すスタートアップも目立つようになった。
例えば、Webサービスの内製化支援事業を手掛けるゆめみでは、自分の給与額を自分で決める「給与自己決定制度」を採用。社内でカジュアルに給与交渉ができる仕組みをつくることで、給与・評価に不満が生まれにくい環境づくりに取り組む。
さらに、AI問診システムなどの開発で医療機関のDXを支援するUbieでは、「会社成長連動報酬制度」を取り入れ、業績向上をダイレクトにエンジニアの給与に反映。周囲からの評価を気にすることなく事業の成長にコミットできる環境を用意することで、徹底した成果主義を貫く。
ただ、「エンジニアの給与水準が上がるにつれ、求める技術力や、事業への貢献度も高まっている」と話すのは、ゆめみCTOの大城信孝さんだ。
Ubieでソフトウエアエンジニアとして働く長澤太郎さんも、「スタートアップは少数精鋭。自分の担当領域にとらわれず、目的達成のためなら手段を問わず何でもやる姿勢が求められる」と実感を語る。
給与水準で上場企業を上回るようになった日本のスタートアップで、今後エンジニアに求められるものとは一体何なのだろうかーー。スタートアップで“高く買われる人”の条件を、大城さん、長澤さんの話から探った。
株式会社ゆめみ 最高技術責任者(CTO)
大城信孝さん(@notakaos)
沖縄県出身。2012年からサーバーサイドエンジニアとして経験を積み、16年にゆめみに入社。リードアーキテクトとして、主にシステムのアーキテクチャ設計やバックエンドの実装を担当。21年5月よりCTOに就任
Ubie株式会社 ソフトウエアエンジニア
長澤太郎さん(@ngsw_taro)
早稲田大学情報理工学科を卒業後、SIer、エムスリー株式会社を経て、2018年4月にUbie株式会社に入社。Kotlin黎明期より、国内での技術啓蒙、コミュニティ活動に取り組み、Kotlin Festの運営代表を務める。著書に『Kotlinスタートブック – 新しいAndroidプログラミング』(リックテレコム)など
採用激化でますます高まるスタートアップのエンジニア給与
——「2022年度のスタートアップの年収が上場企業を7%上回った」というニュースが話題になりました。この傾向は、2023年以降も続くと思いますか?
大城:あくまでも個人の感想にはなりますが、同様の傾向が継続すると見ています。優秀なエンジニアの確保は、スタートアップの生命線ですからね。
大手企業であれば新卒を一括採用し、丁寧な研修を経てエンジニアを育成する方法も取れますが、スタートアップは短期での成功が求められるため、そうした中長期の育成戦略をとりづらいものです。
そうなると、取れる手段はおのずと「高い給与を払って優秀なエンジニアを確保する」ことになります。
実際にゆめみでも、22年度の新卒から初任給の下限を460万円から520万円に引き上げました。
その代わりに、新卒であっても「入社前に800〜1000時間程度のプログラミング経験を積んできた人」という採用の目安を設けています。
ーー待遇をよくする分、新卒にも比較的高いレベルの技術力を求めるということですね。
大城:そうです。単純に待遇を良くしているというよりは、それと同時にエンジニアに求めるレベルも高くなっているのだと思います。
特に、Ubieさんのように世間からの注目度が高いプロダクトを少数精鋭で開発しているようなスタートアップではその傾向が顕著ですよね。
長澤:ありがとうございます。他社に引けを取らない報酬をエンジニアに提示しているのは確かですね。
ただ、当社の場合はやや特殊かもしれません。私を含むエンジニアが所属する組織Ubie Discovery(Ubieのプロダクト開発/事業開発を担う組織)には役職がないので、給与テーブルが存在しません。なので、誰がどのくらいの給与をもらっているのか、知るすべがないんですよ。
さらに、個人の評価もないので、給与査定も行われません。
ーーでは、どうやってエンジニアの給与が決まるのでしょうか?
長澤:Ubie Discoveryでは「会社成長連動報酬」という制度を導入しており、業績に連動して全員が一斉に昇給するシステムになっています。
個々の頑張りがダイレクトに給与に反映されるシステムなので、完全成果主義の環境で力を試したいと考える優秀なエンジニアのモチベーションは上がりやすいと思いますね。
「評価・役職」なしでも報酬を上げられるのは、事業の成長に貢献するエンジニア
——「役職・評価なし」とは非常にユニークな制度ですが、Ubieはなぜそのような制度を採用しているのでしょうか?
長澤:多くの会社では、役職が高くなると権限が増え、他のメンバーの評価に携わる体制、つまりは役職=権限=評価者となるシステムが採用されています。
しかしこのシステムは、それぞれのメンバーがコト(事業の目的)ではなくヒト(上司や他のメンバー)に向かって仕事をするリスクもあると考えています。
OKRに照らして「〜すべき」「〜してはならない」を判断するのではなく、「この人に気に入られるために、〜をしよう」と判断してしまうこともあるのではないでしょうか。
ーー「会社成長連動報酬」という制度にすることで、エンジニアがプロダクトの成長に集中できるようになるわけですね。
長澤:はい。人の顔色をうかがう時間をなるべくなくし、本質的なコトに向かって仕事をしようというのが、Ubie Discoveryが役職を置かない理由です。
評価についても、基本的な考えは共通です。そもそも、誰もが納得するような評価基準を設定し、運用していくのはかなり難しいですよね。
なおかつ、そこにリソースを割くことが必ずしも事業の成長に寄与するとは限らない。さらに言えば、「不毛な営み」になってしまうことすらあるかもしれません。
そこでエンジニアが所属するUbie Discoveryでは、個人の評価や査定はせずに、ストックオプションと会社成長連動報酬の2本柱を採用することにしました。
ーー個人に対する評価をなくしても、エンジニアの成長は促せるものなのでしょうか?
長澤:確かに、その難しさはあります。
なので、上司や人事からの評価とは全く別ものとして、周囲から仕事に対するフィードバックをもらえる環境づくりは行っていますね。
——ゆめみでは、どのような給与・評価制度を採用していますか?
大城:ゆめみでは「職位は自分で決めるもの」と考え、アソシエイトでもプロフェッショナルでも、はたまたテックリードでも、そのときどきのスキルに応じて自由に名乗っていいことにしています。
一応、「全くの自由ではむしろ戸惑ってしまう」人に向けてざっくりと職務要件を示す「職位ガイドライン」は公開していますが、絶対的な基準ではありません。
大城:この制度では上司・部下の関係も生じないため、給与査定もありません。
その代わりに、ゆめみでは「給与自己決定制度」という制度を採用しています。
ーー自分の給与額を、エンジニア自身が決められる?
大城:その通りです。これは、各メンバーが「自分はこのくらいもらっても良いはずだ」と考える給与を自己申告し、承認されればその額が支給されるというものです。
「役職も、給与も自分で決められる」ようにすることで、エンジニアが納得感のあるキャリアを歩む支援をしています。
——Ubie、ゆめみでこのような給与・評価制度を採用している目的はやはり優秀なエンジニアを採用することにあるのでしょうか?
大城:それは非常に大きな要素ですね。ただ、中途人材の採用もそうですが、一度採用した優秀なエンジニアにできるだけ長くモチベーションを維持しながら働いてもらえるようにする狙いもあります。
よく言われることですが、エンジニアは売り手市場なので「社内で給与を上げるよりも転職したほうが早い(大幅な年収アップが見込める)」状況です。
したがって人材の流失を防ぐためには、転職と同等のメリットを社内で仕組みとして提供していくしかありません。
そこで、ポジションを上げる手段として職位をフリーにし、転職市場に応じた給与を自己申告できるようにしたわけです。
ーー確かに転職するときは入社前に年収交渉をしますが、現職で給与額の交渉をすることは少ない印象です。
大城:そうなんです。でもそれってちょっと変ですよね。希望する金額を申告できて会社に交渉できる機会さえあれば、転職しなくてもいいエンジニアだっているはずですから。
ーーちなみに、エンジニアが希望の給与を自己申告したときに市場価値と大きくずれることはありませんか? 皆さん適切な額を申告できるものなのでしょうか。
大城:基本的には適切な額になりますね。というのも、給与の申告時には周囲のメンバー3名以上からフィードバックを受けることが必須なので。
あとは、本人の希望があればキャリアカウンセラーにも相談可能です。中には自分の価値を低く見積もってしまうエンジニアもいるので、第三者への相談を通して「その自己申告額は少なすぎる。もっと報酬を上げてもらうべき」と促され、給与がアップするエンジニアもいますよ。
ーー自己申告前に、客観的なアドバイスをもらえるわけですね。それであれば、めちゃくちゃな額で申告してしまうことはなさそうです。
大城:そうですね。他者からの後押しで自信をもって自己申告できるようにしているので、交渉下手な人でも安心できる仕組みだと思います。
自分のために技術力を上げるだけでは報酬アップにつながらない
——両社ともに、事業をどれだけ成長させたか、事業にどれだけコミットしたかがエンジニアの報酬アップにつながるよう制度が設計されていますね。
大城:そうですね。冒頭でお話しした通り、優秀なエンジニア採用のためにスタートアップ各社が給与・待遇改善に乗り出しているとは思いますが、報酬が高くなるというのは事業貢献とセットです。
ゆめみのエンジニアに関して言えば、クライアントのビジネスの成功にコミットすることが欠かせません。
そのために、プロジェクトを成功させられるような推進力、幅広い知見、技術力が求められます。
ーー事業の成長に貢献できるエンジニアに近づくために大切なことは何だと思いますか?
長澤:ポイントは二つあります。
一つ目は、周囲からの評価を気にしすぎないこと。
なぜなら、他のメンバーからの評価を良くすることを気にしてしまうと、本質的な課題に集中できなくなってしまうからです。
そして、人からの目を意識してかっこつけるようになってしまうと、ちょっとした質問ができなくなったり、フラッシュアイデアを出しづらくなったりもする。
これでは、イノベーションが阻害されてしまいます。
ーー自分がどう思われるかよりも、何を成すかに集中するということですね。もう一つのポイントは?
長澤:もう一つは、手段にとらわれずに目的達成に向かう経験を積むことですね。
スタートアップに限らず、会社には目指すべきゴールがあると思います。その目標をかなえるためにどんな手段をとるかは、あまり重要なことではありません。ただ、どんな技術を使うかなど、そこに固執してしまうエンジニアも少なくないと思います。
ーー自分自身の技術力向上にばかり目を向けてしまうこともありますよね。
長澤:そうですね、技術力を上げるのはいいのですが、「何のために」がなかったり、それが事業の成長に貢献できていなかったりするようなら、報酬アップにはつながりにくいと思います。
大城:自分の実力が問われる世界で、事業の成長にコミットしたいエンジニアにとってはスタートアップにはより良い環境が整いつつあると思います。ぜひ、多くの人にチャレンジしてみてほしいですね。
文/夏野かおる 編集/玉城智子(編集部)
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