Fellow of Harvard SEED for Social Innovation
ジル・チャンさん
ミネソタ大学大学院修士課程修了、ハーバード大学、清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。ハーバード・シード・フォー・ソーシャル・イノベーション、フェロー。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務める。過去2年間で行ったスピーチは200回以上に及ぶ。15年以上にわたり、アメリカ州政府やメジャーリーグなど、さまざまな業界で活躍してきた。2018年、ガールズ・イン・テック台湾40アンダー40受賞。現在は母国の台湾・台北市に拠点を置きながら、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している
イーロン・マスクも人前に立つのは不得意だった? リーダー業務が苦手なエンジニアが「内向的資質」を武器にする思考法
チームリーダーやマネジャーのポジションに就いたのはいいけれど、自分の意見を主張したり、交渉したり、メンバーをけん引する役割に「実は苦手意識を持っている」エンジニアもいるのではないだろうか。
そのような場面で尻込みしてしまう人は、自分の苦手意識とどう折り合いをつけたらいいのか。
そのヒントを探るべく、発行部数16万部を突破した書籍『「静かな人」の戦略書』(ダイヤモンド社)の著者、ジル・チャンさんにアドバイスを求めた。
同書では、「内気・一人が好き・注目されるのが苦手・話すより聞く方が好き・心配性・口頭より文字コミュニケーションを好む・じっくり考えて話す」などの内向的資質をビジネスの場で生かし、成果につなげるための方法や考え方が解説されている。
ジルさん自身も内向型でありながら、超外向型社会である米国のプロスポーツ業界や州政府でマーケターとして活躍し、現在は内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している。
「内向的な資質は、リーダー職なら『なおさら不利』だと思われがちですが、決してそんなことはありません。実際、ビル・ゲイツやイーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ、スティーブ・ウォズニアックなど、世界的に有名なエンジニアはほとんど内向型ですから」
そう語るジルさんから、内向型エンジニアが外向的な資質が求められがちなシーンでも臆することなく力を発揮するための考え方を教えてもらった。
周囲が期待する「ステレオタイプなリーダー像」を怖がらなくていい
ーーチームリーダーやマネジメントのポジションで仕事をするようになると、自分の意見を述べる、交渉する、チームをリードするなど、「外向的資質」が強く求められるようになります。ジルさんご自身も内向型で外向型の行動は苦手とのことですが、このような状況で感じるストレスやプレッシャーとはどのように折り合いをつけましたか?
私の場合は、考え方を変えてみることでそうした不安を減らしました。ポイントは二つです。
一つは、外向的な人のように振る舞えないのは「私が劣っているからではない」と考えること。
例えば、私がアメリカで働いていた時、現地の外向的なカルチャーになじむまでに、かなり長い時間を費やし、幾度となく「私には彼らのような振る舞いは無理だ」と愕然としました。
しかし、私がその環境に適応できなかったのは私自身が人として劣っているわけではなく、国や職場における文化の違いの要素が大きかったのです。皆さんも外向型になれないからといって、萎縮する必要はありません。
ーー二つ目はいかがでしょう?
二つ目は、自分のニーズや課題を伝えたり、質問したりするのを怖がらないこと。
そのためにはまず、世に言われる「良いリーダー像」にとらわれすぎないことが必要です。
例えば、多くの人が参加する会議で自分自身がリードする立場にいる場合、「どんな質問が来ても、あまり考えこまずに素早く、臨機応変に、笑顔ではきはきと反応できる」ことが優秀なリーダーだと思う人は多いでしょう。
そう考えると余計に「分からない」「教えてほしい」と言い出しづらくなってしまいますから、「リーダーはこうあらねばならない」という固定観念は捨てることが大切です。
そして、「質問をするとできない人だと思われてしまうかもしれない」といった考えが思い込みであることを理解しましょう。
私もかつては「リーダーである私が質問をすると十分な知識がないと思われてしまうのではないか」と、質問を避けていたことがありました。内向的なカルチャーが強い地域出身だったこともあり、周りにも積極的に質問をする人は少なかったのです。
しかし、アメリカでは質問は良いこととしてみなされます。「質問はネガティブ」は私が生まれ育った環境から抱いていた考え方にすぎなかったのです。実際、相手の期待に応えるために質問をするのは必要なことですから。
ーーなるほど。とはいえ頭で理解はできても、「質問するのは気が引ける」と思ってしまうエンジニアもいそうです。
その場合は、質問する際のリスクを最小限に抑えてみましょう。
例えば、大勢が集まる会議で手を上げて質問するのは躊躇するかもしれません。しかし、一対一で質問する、あるいはメールやチャットで質問すればハードルが下げられます。
どうしても公の場でしか聞けない場合は、事前に十分な準備をしておくといいでしょう。「これだけ調べた自分がわからないことは、きっと他の人にもわからない」と思えるところまで準備をすれば、内向的な人でも自信を持てると思います。
その際、恐縮するあまり謝り過ぎないことも大事です。私は以前、自分の上司から「若いアジアの女性たちは、あなたを尊敬している。彼女らはあなたの仕事のスタイルが正しいと思い、同じことをするだろう。だから謝りすぎはよくない」とさとされたことがありました。
その時に初めて、自分がそんなにも謝っていたことに気付かされたのです。
特にアメリカでは、謝るのは礼儀正しいことではなく「自分の力不足である」と認めることを意味します。日本ではまた違う文化があるとは思いますが、いずれにせよ謝る代わりに解決策を見いだすことが重要なのだと今は思います。
外向型資質は「ツールを使う」感覚で取り入れる
ーー外向的資質が求められる環境で「(内向型を維持しながら)自分をうまく表現する努力をした」ともありました。具体的にはどのような工夫をしたのでしょうか。
最初のステップとして、自分自身を深く理解しようと努めました。
私は何が得意で何が不得意なのか、何が心地良くて何が心地良くないのか。どうしても耐えられないという境界線はどこで、極限まで追い詰められるとどうなるのか、などです。
私の場合、これらを理解した上で、自分の得意分野を生かせるよう戦略的にシナリオを設計します。
ーー「得意分野を生かせるよう戦略的にシナリオを設計する」というのは、具体的にどんなことでしょうか?
リーダーにとって真に大事なのはゴールを達成することであって、そのプロセスではないはず。
つまり、社会的意義のあるプロダクトを開発するために必要なことは、会議でウイットに富んだ会話をすることでも、取引先とすぐに仲良くなれることでもありません。
だから、大勢の前で話すのが苦手であれば、一対一で話す、対面ではなくテキストで伝えるなど、できるだけ無理をせず、自分のコンフォートゾーン(安全地帯)を守りながら、成果を出すためのシナリオを戦略的に設計するのです。
そして、もう一つ重要なのが上司やクライアントとの期待値の調整です。基本的に期待値は相手のステレオタイプに基づいて設定されています。
先ほども触れたように、リーダーやマネジャーのポジションに関しては、「誰とでもすぐに打ち解けられて、人から信頼され、自分の考えをアピールするのも上手。行動も迅速で、ごく自然にリーダーシップを発揮する」といったイメージを持たれがちです。
あなたの上司やクライアントもまた、あなたにそんなリーダー、マネジャーに成長してほしいと期待しているかもしれません。
しかし、リーダー像は本来もっと多様なもの。リーダーのあり方は十人十色でいいし、一人一人が自分らしさを維持して活躍できるポジションのはずです。
そこで、あなたがあなたらしくリーダーの仕事を全うするために必要なのは、相手と期待値を調整すること。
例えば、「自分はこういう人間です。◯◯することが苦手だけれど、△△することは得意です」などと自己開示をして、自分の個性を相手に伝えてみましょう。その上で、相手が自分にリーダーやマネジャーの役割として期待することも把握するようにしてみてください。
特に、仕事の評価者である直属の上司が自分に何を求めているのかを知ることは重要です。その期待に応えつつ、自分らしさもアピールしていく。そういった過程で、内向型エンジニアは「自分なりのリーダー像」を模索していけばいいのだと思います。
ーーとはいえ、どうしても外向的な振る舞いが求められる場面に出くわすことはあると思います。内向型エンジニアが外向型気質をうまく取り入れる方法があれば教えてください。
まず前提として、無理に内向的な資質を変えようとする必要はありません。
その前提で私がおすすめするのは、外向的な人が得意とすることをスキルに変換し、それを目標達成のためのツールとして使うことです。
外向的なスキルは、ハードスキルとソフトスキルの二つに分類できます。前者はプレゼンテーションやセールストークなどを指し、これらはオンラインスクールや動画レッスン、書籍などで学べるでしょう。
後者は人脈の構築や社交性、ソーシャルイベントでの立ち居振る舞い、パートナーシップを短時間で形成するなどのスキルを指します。これらは外向的な人と交流したり、彼らを観察したりしながら、そのやり方をまねると体得しやすいです。
例えば、「外向型な人はこんな表情と声色で話すんだな」「この話しぶりが相手の心を開くんだな」という感じで、外向的な人が持つ資質を盗み、必要に応じてツールやフレームワークを選ぶ感覚で自分にフィットさせてみることから始めてみてください。
繰り返しになりますが、無理に自分を外向型の人間に変える必要はありません。内向型の自分のまま、あくまでツールとして外向型スキルを生かせばいいのです。
外向型資質を生かせる内向型リーダーは最強?
ーービル・ゲイツやイーロン・マスク、マーク・ザッカーバークは、実は内向型だと著書には書いてありました。
(中略)だが、テスラ社のCEOイーロン・マスクは、そういうタイプではない。
「基本的に、私は内向型のエンジニアだ。壇上でスピーチをする際にどもらないようにするため、苦労して訓練を積んだ。……CEOとして、避けては通れなかったからだ」とマスクは語る。
マスクのほかにも、マイクロソフトのビル・ゲイツ、投資の達人ウォーレン・バフェット、メタのCEOマーク・ザッカーバーグ、アップル共同創業者のラリー・ペイジも、内向型として有名だ
ーー彼らはなぜ内向型のリーダーとして成果をあげられたのだと思いますか?
彼らから学べることは、「自分が描いた理想や目標から決して目をそらさない」という内向型の強みを最大限生かすことです。
目の前の業務に熱心に取り組んでいても、別の目標に目移りしがちな外向型リーダーの特性と比較すると、内向型は逆。脇目も振らず目標に集中し、粘り強く達成を目指す強みがあります。
例えば、マイクロソフトやMeta、テスラといった有名企業はトレンドや未来を作っている一方で、批判や失敗と常に隣り合わせです。
彼らがこの地位につくまでにはたくさんの失敗を重ねたでしょうし、決して直線的に成功したわけじゃないはず。
ただ、彼らは何度転んでも立ち上がってきました。時には猛烈な批判にさらされようとも心にともる火を絶やさず、目指すゴールに向かい続けるのです。
巨大なテックカンパニーになりえた今でも、決して特定のプロダクトやサービスに固執するのではなく、状況に応じて自分たちの立ち回りを柔軟に変える創造性を発揮できる。
こうした側面にも、目的と手段をはき違えず、内面から湧き出るモチベーションに全力で従える内向型リーダーの強さが伺えます。
また、内向型リーダーは優れたチームを作る能力にも長けています。優れたチームは、内向型・外向型どちらもいて、互いの得手不得手を補い合える構成になっています。
「一人でやりたい」と思う内向型は多いですが、実は外向的な人を入れてチームを組成できるのは内向型の強みです。その資質に気付き、自ら壁を取り払えるかどうかが世の中に大きなインパクトを生み出す秘訣だと感じます。
ビル・ゲイツもかつて、「賢明な内向型は、物事を深く考える時間を惜しまず、期待を超える頑張りで問題を解決する。その過程で自分の長所を自ら見つけることができるだろう」と語っていました。
「内向的=リーダーにとっては不利な特性」といった思い込みから卒業し、その資質を戦略的に生かす。そうすることで、内向的なエンジニアは優秀なリーダーになれるはずです。
取材・文/小林香織 編集/玉城智子(編集部)
書籍紹介
聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼……「静かで控えめ」は賢者の戦略。外向型が優位な世界で、内向型がその魅力を最大限に発揮する方法とは? 全米200万部ベストセラー著者、スーザン・ケイン絶賛!「現代の静かな闘士たちが絶対に読むべき書」。
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