地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します
「再エネ=高い」は過去の話。電気代0円生活も可能な時代に【連載:ゼロから始める再エネ×IT生活】
「地球環境維持のためにも、日本のエネルギー自給率を上げるためにも、再生可能エネルギーが重要なことは分かっている。だが、再エネはコストが高く、ビジネスの足かせとなる。だからなかなか導入に踏み切れない」
これが多くの人の再エネに対するイメージではなかったでしょうか。
けれども、そうしたかつての「常識」は今、変わりつつあります。再エネのコストは、実際にはかなり低減してきているのです。
というわけで、今回は「再エネとお金」をテーマに話したいと思います。
再エネ賦課金、初の値下げが意味すること
再エネ関連の最近の大きなトピックの一つに、再生可能エネルギー発電促進賦課金(以下、再エネ賦課金)の値下げがあります。
再エネ賦課金とは、太陽光発電など再生可能エネルギーの普及を促すため、固定価格買取制度(FIT)で買い取った費用を電気料金に上乗せするかたちで消費者に負担させる仕組みのことです。
再エネ賦課金の単価は、年度が替わるタイミングで経済産業大臣が設定することになっています。
今年3月に発表された2023年度の再エネ賦課金は、1kWh当たり1.40円。これは、前年度と比較して1kWhあたり2.05円も安いです。
2012年の制度開始以降、再エネ賦課金は年を追うごとに値上がりしていました。それが初めての値下げ。しかも前年度の半額近くまで引き下げられたのです。
(一般的な家庭だと、前月と比べて約480円の値下げになる計算。5月の電気代から適用されるので、4月以前の明細と比べてみましょう)
値下げの理由は、ウクライナ危機による急激な市場価格の上昇で、再エネ電気の販売収入が増えたこと、とされています。
細かな理屈は、ネット上に解説記事がたくさんあるのでそちらに譲りますが、ざっくり言えば、発電するのに燃料を輸入しないといけない火力は、地政学的なリスクにより市場価格が高騰。他方、太陽光は燃料を必要としない上、固定価格で買えるため、価格差が逆転してしまったわけです。
ウクライナ危機の先行きは不透明ですから、再エネ賦課金がこのまま来年度以降も下がっていくのかは、現時点で確たることは言えません。
けれども、FITが定める再エネの買取価格自体も徐々に下がってきているのを見ると、ここからまた一気に値上がりするとは考えづらいです。
少なくとも、いまだに「再エネ=高い」というイメージを持っているとしたら、過去のものとして改める必要があると思います。
電気がタダで取引される卸売市場
再エネは思いのほか安くなってきているーー。この事実をより解像度を上げて見るために、日本卸電力取引所(JEPX)を紹介したいと思います。
JEPXは、2003年に設立された日本で唯一電気の売買ができる市場。売り手である発電事業者と買い手である小売事業者が、ここで日々電気を売り買いしています。
電気は現在の技術では大量かつ安価に貯蔵できないため、需要と供給の量が異なると停電などの恐れがあります。そのため、単位時間ごとに電気の需要と供給の量を一致させなければなりません。
JEPXでは、30分を1コマとして電気を売買しており、取引価格はコマごとの売り手と買い手のバランスによって自動的に決まります。売り手が多ければその時間の価格は安くなるし、買い手の方が多ければ高くなるということです。
先物取引なので、売り手も買い手も「明日のこの時間帯はこれくらいの需要がありそうだなあ」などと予想して、前日に入札します。
面白いのは、この取引価格には、1日の中でも結構大きな変動があることです。
Twitterで「JEPX スポット価格」などと検索すれば、価格変動のグラフを見ることができます。例えば、23年5月27日の取引分はこんな感じです。
一目瞭然ですが、日中は安く、夜になると高い。この時期は毎日、大体同じようなかたちのグラフになります。
理由はお察しのように、太陽光発電です。
日中は太陽光による発電量が多いから、供給過多で価格が下がる。一方、日が沈んだ夜は太陽光発電ができないので、価格が上がるわけです。
注目してほしいのは、午前8時から午後1時ごろまで。すべてのエリアで取引価格が0円になっています。JEPXに0円取引はないので、実際は最低入札価格の0.01円で取引されます。
ニュースでは連日のように電気代高騰と報じられるので、電気が足りていないと思っている人が多いかもしれません。しかし、時間単位で細かく見ていくと、実際には電気が余りまくっていて、タダ同然で取引されている時間もあるのです。
5月は電気の消費がそれほど多い季節ではないので、夜間のピーク時の取引価格でも15円程度。ですが、何らかの理由で発電量が大きく減った際や、冬などの消費量が多い季節には、価格差はより大きなものになります。
例えばこれは、2022年6月30日取引分のグラフです。
東京エリアでは、17時ごろに200円/kWhを記録しています。
誰でもすぐに思いつくことですが、0円の時に買って200円の時に売れば、それだけで大もうけです。ITエンジニアであれば、そういうシステムを作ることができますし、実際にそういう需要があります。
ただし、昼に安い電気を買い、それを電気代が高い夜に使う(または売る)ためには、電気をためる技術が不可欠になります。
例えば、僕が外部CTOをやっていたパワーエックス(現在は技術顧問)は、バッテリー付き充電ステーションという製品を出しています。これに昼間に充電しておけば、24時間いつでもEVを充電できます。
最後は宣伝のようになってしまいましたが、ここでお伝えしたいのは、こうした製品を作っているのが、主に元グーグルのソフトウエアエンジニアたちであるということ。要するに、ITの知見が大いに生きる領域であるということです。
電気代0円生活は可能か
ちなみに、かつては夜間の方が電気が安い時代がありました。2000年代の原子力発電所がフル稼働していた時代がそうです。
原発は止めることができないから、夜間も発電しっぱなし。それゆえ、電気余りの状態になっていたのです。
電力会社が設けていた「深夜電気料金」プランを契約することで、一般消費者も夜間の安い電気の恩恵にあずかることができました。その流れで、夜のうちにお湯を沸かす、洗濯乾燥するといった、たくさんの製品も生まれました。
原発が止まった今は、逆に昼間の電気の方が安くなっているわけですが、昼間だけ電気代が安いという料金プランはまだありません。
唯一あるのは、一部の電力会社が用意する「市場連動プラン」です。先ほど紹介したJEPXの市場価格と電気料金が連動するので、市場価格の低い昼間はその恩恵にあずかることができます。
当然リスクもあります。上限価格があるとはいえ、何らかの理由で市場価格が高騰すれば、その分、電気料金も跳ね上がります。
ですが、自由にシステムを設計し、作ることのできる僕たちITエンジニアであれば、夢の「電気代0円生活」だって可能かもしれません。
まず、市場連動プランを契約する。すると、日中はほぼタダで電気を使い放題。その上で、そうでない時間帯には、システムが自動でブレーカーを落とす。そうすれば、ほぼ電気代0円で生活することができます。
えっ? それじゃあ冷蔵庫が使えない? それはまあそうです。だから、現実には住居でそれをやるのは難しいかもしれません。
けれども、例えば昼間限定の遊び場ならどうでしょうか。「電気代0円」というコンセプトを打ち出して、遊びながら再エネや電気について学べる場所を運営する、とか。
あるいは、地域のコミュニティーセンター。ああいった自治体が運営する施設の営業時間は、電気の取引価格が安くなる時間帯とほぼ重なりますよね。また、同じ発想で、銀行の窓口を電気代0円で運営はできないか……。
もちろん考えなければいけないことはたくさんあるでしょうが、いろいろと面白がることはできそうです。
「電気代0円生活」なんて、昔だったら『電波少年』の企画になっていたかもしれません。今だったらYouTuberでしょうか。どなたか名乗り出てくれる方はいませんかね。その生活の様子をこの連載で記事にしても面白そうです。
フードロスならぬエネルギーロス
時間帯によっては0円で取引されるくらいに、電気は余っているーー。それくらいに太陽光による発電量が増えていることが伝わったでしょうか。
最近では余りに余りすぎて、いよいよ捨てる時代にも突入しています。
ニュースなどで「出力制御」という言葉を聞いたことがありますか。
出力制御とは、主に電力の需給バランスを保ち、電力の安定供給を行うため、太陽光発電など再生可能エネルギーからの電力の買い取りを一部ストップする制度です。
出力制御が発令されたら、発電事業者は発電を止めなければなりません。
実際には発電は続くのですが、それを系統に流すことができないので、電気を捨てることになります。発電事業者は、そのための設備を設置することが義務付けられています。
日本国内では2018年10月に、九州電力管内で離島以外で初めての出力制御が実施されました。2022年に入って北海道電力、東北電力、四国電力、中国電力でも。太陽光発電の導入量が増えたことで、出力制御の実施も増えています。
2020年に、原油先物価格がマイナスに転じたのを覚えていますか。コロナ禍で需要が大幅に落ち、原油の保管コストが高まったのが要因で、当時は「お金を払ってでも売る」という変なことが起きていました。
電気の場合は捨てるのが簡単なので、原油のようにマイナスに転じることはありません。ですが、状況としては似たようなことが起きています。
0円でも誰も買わない。だからせっかく作った電気を捨てる。
フードロスならぬ、エネルギーロスとでも呼ぶべき問題が起きているわけです。
このように、ITによって昼間の余っている電気をいかに夜に使えるようにするかというのは、経済的なメリットを生むだけではありません。こうした社会問題の解決にもつながるのです。
樽石デジタル技術研究所 代表/大手小売業CTO
樽石将人さん(@taru0216)
レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンにて、OS、コンパイラー、サーバーの開発を経験後、グーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。海外への事業展開に向け、技術チームをリードし、IPO を達成。22年1月に退職。21年12月に立ち上げた樽石デジタル技術研究所の代表のほか、PowerX社外CTO、22年3月からは某大手企業でCTOを務める
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