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宇宙開発のタブーに挑み切り開く! 民間初のスペースデブリ除去装置を生み出した発想の転換とは【アストロスケール上級副社長・伊藤美樹】
晴れた日の澄んだ青空。その向こうに広がる宇宙が、今大量のごみで溢れかえっていることをご存じだろうか。
20世紀後半に宇宙開発が始まって以来、世界中で多くの人工衛星やロケットが打ち上げられてきた。役目を終えたそれらや、衝突等によって飛び散った破片はごみとなり、宇宙空間に存在し続けているのだ。その数は、実に億単位に及ぶ。
秒速8kmという恐ろしいスピードで地球の周りを回る「宇宙ごみ」。過去には宇宙ごみ同士の衝突事故が発生したこともある。
「このまま放置すれば宇宙開発が進められなくなるばかりか、人工衛星からの情報に頼って生活している私たちの日常生活にも大きな支障が生じかねない」と語るのは、アストロスケールの上級副社長・伊藤美樹さんだ。
アストロスケールは、そんな危険なスペースデブリ(宇宙ごみ)除去を含む「軌道上サービス」の提供に専業で取り組む民間唯一の企業。2013年の創業後、「サステナブルな宇宙環境の構築」を目指す同社には世界中から技術者が集い、日本だけでも現在120名を超えるエンジニアリングメンバーで前例のないサービス開発に取り組んでいる。
宇宙開発の中でも極めてニッチなスペースデブリ除去という領域に着目し、難易度の高い事業で成長し続けられているのはなぜなのか。伊藤さんに話を聞いた。
アストロスケール 上級副社長
伊藤美樹さん
日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合にて、内閣府最先端研究開発支援プログラムである超小型衛星『ほどよし』の開発プロジェクトに参画。2015年4月アストロスケール日本に入社、代表取締役に就任。エンジニア業務も兼務し、デブリ除去衛星実証機である『ELSA-d』の開発に取り組んだ。23年2月より現職
宇宙開発が停滞すれば、私たちの日常生活が変わってしまう
ーー近年、宇宙開発事業に参入する民間企業は増えていますが、手掛けているのはロケット開発などが一般的ですよね。そんな中で、アストロスケールがスペースデブリ除去というビジネスモデルに着目した背景を教えてください。
スペースデブリが増え続けていく状況に課題を感じたからです。宇宙開発というと遠い世界の話に感じる方が多いかもしれませんが、実は私たちの生活と密接に関係しているんですよ。
天気予報を見たり、GPSを使って目的地に行ったり、災害時に被害の発生場所をいち早く把握したりできるのは、人工衛星があるからです。
私たちの生活インフラの多くは、人工衛星から送られてくる地球の画像データを分析することによって成り立っています。
ところが、使い終えた人工衛星やロケットの破片などからなるスペースデブリは、これまで宇宙空間に放置され続けてきました。大きいものだけで約3万6000個、微細な物体も含めると何億ものスペースデブリが宇宙空間に散在しているのが現状です。
このままでは、宇宙はごみだらけになってしまいます。さらに状態が悪化すれば、今稼働している人工衛星の継続的な運用ができなくなってしまうばかりか、宇宙空間に新しい人工衛星やロケットを打ち上げられなくなってしまうでしょう。
ーー宇宙環境が想像以上に深刻な状況であることに驚きました。
さらに、近年は民間企業の進出に伴って宇宙開発は加速しています。
例えばSpaceXは、地球全土を覆う人工衛星網を作り、あらゆる場所でインターネットの利用を可能にするビジネスを構想しています。これを実現するためには、何千機という新たな人工衛星の打ち上げが必要です。
今までは6000機程度だった人工衛星の数が爆発的に増加すれば、それだけ衝突の可能性が高まるのは言うまでもありません。
こうした状況下、宇宙開発とのバランスをとりながら宇宙環境を改善していくことが、私たちアストロスケールのミッションです。
前代未聞の人工衛星を実現に近づけた「発想の転換」
ーー前例のないサービスを作る上で、技術的にはどのような壁がありましたか。
最も困難だった壁の一つは、スペースデブリを捕まえるための人工衛星の開発です。
従来の人工衛星は、地上の一点を見つめながら地球の周りを移動していました。一方で私たちが作ろうとしているのは、スペースデブリの周辺をぐるぐると周りながら状況を診断し、適切なタイミングで捕まえて大気圏に引きずり下ろして、そのときに生じる熱で燃やし尽くすというアクティブな動きをする人工衛星です。
ニュースなどで、国際宇宙ステーションと宇宙船がドッキングする映像を見たことがあるでしょうか。あれはそれぞれの乗り物の中にいる宇宙飛行士が連絡を取り合いながら、お互いの位置を調整することによって結合させています。
しかしスペースデブリの場合は相手がごみなので、意思疎通ができない。その分、衝突のリスクが高まります。
今までに誰も実現したことがない技術だからこそ、そのハードルは想像以上に高いものでした。
ーー宇宙空間でゴミを捕獲するには、かなり難しい技術が必要なのですね。その状況をどのように打開したのでしょうか?
発想を転換し、いきなりゴールを目指すのではなくステップバイステップでこの事業を進めていくことにしました。
具体的には、すでに存在しているゴミを除去するサービス(アクティブ デブリ リムーバル)を実現する前に、これから打ち上がる人工衛星がゴミになるのを防ぐサービス(エンド オブ ライフ)を開発することにしたのです。
車には、故障時にレッカーで引けるようにフックが付いていますよね。私たちはそれに似た「お助けアイテム」を開発し、これから打ち上げる人工衛星に予め装着することで、運用停止後に回収しやすくするサービスを始めました。
既存のスペースデブリ除去の実現につながる技術のロードマップ作成につながりましたし、2021年に開始したミッションにおいて、スペースデブリの除去に必要な主要技術の実証ができました。
ーーいきなり難易度の高い事業に挑戦するのではなく、中間ステップを設けたことによって、目標を達成しやすくしたのですね。
そうですね。ただ難易度を下げたと言っても、中間ステップをクリアするのも決して容易ではありませんでした。
先ほど申し上げた「お助けアイテム」とは、磁石でくっつくドッキングプレートなのですが、本来人工衛星に磁石は乗せられない決まりになっています。宇宙空間で方角を把握するために搭載されている地磁気センサーが、影響を受けてしまうからです。
そのタブーを知った上で磁石を使うのですから、人工衛星に影響が出ないようにする必要がありました。このとき役立ったのが、宇宙事業以外の分野で使用されていた地上の技術です。
おそらく宇宙の分野で長く活躍してこられた方であればあるほど、磁石を使うというアイデアは想像し得ないものだったと思います。
しかし私たちは、地上で使われていた磁場をコントロールする素材を活用し、人工衛星に積んでも問題のないドッキングプレートを開発しました。
すでに契約もいただいており、私たちの作ったドッキングプレートを搭載した人工衛星が打ち上げられています。
ーー宇宙業界以外の技術にも目を向けることには、普段からこだわっているのですか?
そうですね。組織の話になりますが、私たちは創業期から他業界出身の技術者を積極的に採用してきました。
人工衛星とは総合技術の塊なので、電気や機械、通信、ソフトウェアなど、多様なフィールドの技術者がそれぞれの専門分野で培った技術を生かすことができます。
一方、宇宙産業で使われている技術やプロセスは非常にレガシーなので、他業界の出身者には、宇宙業界の慣習にとらわれずに開発に取り組んでほしいと思っています。
また、組織のカルチャーも円滑な開発を進める上では非常に大切な要素です。
当社には日本の宇宙業界を牽引してきた60代、70代のレジェンドクラスの技術者も多く在籍しているのですが、若手ともフラットにコミュニケーションを取っています。
バックグラウンドの異なるメンバー同士がお互いに学び合う風土は、今までに誰も実現したことのない技術やサービスを生み出す際の土台になっていると思います。
サステナブルな宇宙開発のために「宇宙のロードサービス」に挑戦
ーーアストロスケールは、今後どのような事業展開を計画しているのですか?
設立以降、スペースデブリの除去事業にフォーカスしてきましたが、それだけではなく、今後は宇宙のロードサービス「軌道上サービス」としてさらに展開していきたいと考えています。
地上では自動車・船舶などの業界においてアフターサービスを含むバリューチェーンが整っていますが、宇宙ではまだそのアフターサービスが整っていません。
人工衛星の燃料を補給するガソリンスタンドはありませんし、衝突事故が発生したとしても現場を整備する術がありません。そもそも衝突しないようにするための道路交通法のようなルールすらない状況です。
しかし宇宙開発の進展に伴い、車で言うロードサービスのような仕組みが宇宙にも必要になるのは間違いありません。
「軌道上サービス」の開始は30年を目標としており、23年度にはその実現に向けたステップとして人工衛星『ADRAS-J』を打ち上げる予定です。
ーースペースデブリ事業からさらに範囲を広げて、より包括的に宇宙環境を支えるサービスの実現を目指すのですね。
これから宇宙開発がどんどん進んでいく宇宙環境を維持するには、スペースデブリの除去だけではなく、宇宙を長く使い続けられるシステムそのものが必要とされています。
そして、従来の宇宙産業では一機開発が普通でしたが、これからは量産の時代に入ります。私はここに民生技術のノウハウが大いに生かせると考えています。
量産の技術を構築しコストダウンに挑戦する過程で、いかに地上の技術を宇宙にカスタマイズできるか。
つまり、いかに宇宙業界の常識を壊していけるかが、これからの私たちにとって最大のチャレンジになるでしょう。
取材・文/一本麻衣
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