『プロダクトマネジメントのすべて』小城久美子の
エンジニアのためのプロダクト開発本連載では、プロダクト開発に携わるエンジニア読者向けに「成功につながるプロダクト開発」を実現するためのプロダクトマネジメントの基本の考え方や応用テクニックを、国内外の企業の優れたプロダクト開発の取組みを事例にとり、小城久美子さんがエンジニア向けに紹介・解説。明日からすぐに使える「いいプロダクト開発」をかなえるヒントを提供します。
『プロダクトマネジメントのすべて』小城久美子の
エンジニアのためのプロダクト開発本連載では、プロダクト開発に携わるエンジニア読者向けに「成功につながるプロダクト開発」を実現するためのプロダクトマネジメントの基本の考え方や応用テクニックを、国内外の企業の優れたプロダクト開発の取組みを事例にとり、小城久美子さんがエンジニア向けに紹介・解説。明日からすぐに使える「いいプロダクト開発」をかなえるヒントを提供します。
「大好きなマンガを読みながら英語力が磨ける」としたら、願ったりかなったりではないだろうか。
国内初、マンガを活用した英語多読学習アプリの『Langaku』は、まさにそんな願いをかなえるアプリだ。
開発元は、「世界の言葉でマンガを届ける」をビジョンに、エンタメに特化したAI技術(画像認識・自然言語処理)を開発するMantra。2021年6月よりベータ版のテストを行い、22年6月にプロダクトをローンチ。
集英社の支援もあり、「ローンチ前から約7000人のユーザーの意見・利用状況を参考にしながら、ベータ版の開発ができた」と語るのは同社プロダクトマネージャーの山中 武さんだ。
何とも潤沢なユーザー数だが「今振り返ると、せっかくのユーザーの声を充分に生かし切れていなかった」と山中さんは話す。その理由とは何なのか?
大好評の連載【番外編】として、今回は『Langaku』の運営・開発を手掛ける山中さんと、ソフトウエアエンジニアの保田和彦さんに話を聞いた。
Mantra株式会社 プロダクトマネージャー 山中 武さん
『Langaku』事業責任者。2004年に神戸大学を卒業後、出版社に入社。編集者として小説・マンガ・新書・画集等の制作に関わる。担当した主な作品は『誘』『うーさーのその日暮らし』など。その後、ゲーム専門の広告代理店を経て、2019年よりMantra設立時に企画職として合流
Mantra株式会社 ソフトウエアエンジニア 保田和彦さん
『Langaku』のソフトウェアエンジニアを担当。ヤフー株式会社でデータ分析基盤の開発・運用を経て、2021年よりMantraに合流。Mantraではソフトウェア開発全般に従事
小城 久美子さん(@ozyozyo)
ソフトウェアエンジニア出身のプロダクトマネジャー。ミクシィ、LINEでソフトウェアエンジニア、スクラムマスターとして従事したのち、『LINE CLOVA』や『LUUP』などにプロダクトマネージャーとして携わる。そこでの学びを活かし、Tably社にてプロダクトマネジメント研修の講師、登壇などを実施。書籍『プロダクトマネジメントのすべて』(翔泳社)共著者
小城:本日は、よろしくお願いします。まずは、『Langaku』の開発過程について教えていただいてもよいでしょうか。
山中:弊社ではMantra Engine(マントラエンジン)というマンガの翻訳を支援するプロダクトを提供しているのですが、このような事業を運営する中で、集英社さんが2020年にアクセラレータープログラム「マンガテック2020」を開催するという情報を知りました。
「マンガ翻訳に特化したAI技術を開発しているので、マンガテックならうちだよね」と思い、プログラムに応募したのが『Langaku』のスタートです。
集英社さんのピッチコンテストで合計5社のうちの1社に選出されて、プロダクトの開発を開始。少年ジャンプ+で編集長を務めている細野さんが担当してくださり、アプリで使用する作品の権利関係を調整頂いたおかげで、スピーディーにプロトタイプを作ることができました。
小城:プロトタイプはどのように作られたのでしょうか。
山中:まずは、ノーコードのツールを使って、コマをタップすると英語と日本語が切り替わるというプロトタイプを作ったんです。
社内の反応がよかったので、Webブラウザで使用できるプロダクトの開発に着手。集英社さんから作品をお借りしながら、プロジェクトを進めていきました。
小城:集英社さんのお力を借りられるのはとても大きいですね。プログラムに参加している時に、検証した仮説はありますか。
山中:実は、アクセラレータープログラムに参加している期間に、「学習であることを考えると、いつでもタップして英語が日本語に切り替わられるのは、答えを教えるのと同じことにならないだろうか」「まずは英語だけで読むような形にして、2回目に読む時に日本語も見られるようにすれば、学びも最大化するのでは?」と仮説を立てて、最初は英語版しか表示できないUXにしたんです。
そしたら、ユーザーが一瞬でいなくなりました(笑)。おそらく難易度が高くなりすぎて、楽しく英語を学習するという体験を得られなくなったからだと思います。
これはまずいとさすがにすぐ気づきましたので、タップすると英語から日本語に切り替えられる機能と、単語をタップするとweblioさんの辞書がブラウザで開く機能は最初から誰でも利用可能な状態にして、検証を続けました。
©堀越耕平/集英社小城:その後は、どのようにアプリ開発を進めたのでしょう。
山中:アクセラレータープログラムの成果を元に、公開でベータテストを行う許諾を集英社さんから頂きまして、ベータテストを実施しました。集英社さんの協力もあり、その時点で約7000人のユーザーが集まっていたので、この7000人のユーザーを対象にサービスを作りこんで、iPhone版のリリースを目指すことになりました。
同席している保田は、このベータテストの途中からMantraに合流して、iPhone版の開発を一手に引き受けてくれました。
小城:ベータ版のプロダクトをリリースした時には7000人のユーザーがいたんですね。
山中:そうなんです。ただ、7000人のユーザーに一気に使ってもらうことはせず、1000人のユーザーに分けて、各バッチごとにアプリを提供しました。その都度ユーザーインタビューを重ね、計7回ほどのブラッシュアップを繰り返しました。
小城:1000人規模でオープンベータテストを実施できるのはすごいことです。
山中:本当にありがたいです。ただ、オープンベータテストを開始して早々、スマホ上での英語のマンガの、可読性の問題に直面したんです。
まず、英語になると、日本語と比べて単純に文字量が増えます。文字量が増えると、フキダシの中の文字が小さくなってしまい、読みにくくなる。
また、英語のマンガは全て大文字のため、その独特な表記に慣れていないと読みにくさを感じやすい。そういった可読性の問題が積み上がって、ユーザーのストレスが大きくなっていった結果、マンガを読む体験の楽しさが損なわれていたことに気づきました
小城:その苦しさを解消するために打った手はありますか。
山中:特に英語を読むことに慣れていないユーザーの中でこういった問題が大きくなっていたのですが、マンガの中に日本語を混ぜてみたらどうか、というアイデアが社内から出てきました。これが試してみたら、想像していたよりもかなり読みやすくなったんです。
これはよいということで、実際にベータ版にも組み込みまして、継続率にも寄与することが確認できました。
©尾田栄一郎/集英社また、辞書機能も改善しました。先ほど申し上げたように、当初は単語をタップするとweblioさんのページがブラウザで開くようになっていました
しかし、単語を調べるためにブラウザに飛んで、調べた後にアプリへ戻るという手順に、多くのユーザーが煩わしさを感じていたことに気づきました。
そのため、自然言語処理で抽出したマンガの文章を元に、アプリ内で使えるオリジナルの辞書を実装することにしました。
他にも色々と細かいことは行っていたのですが、以上のような改善をベータテストの中で積み上げていきました。
小城:プロダクトが完成し、次のフェーズに入った直後に壁があったとお伺いしました。
山中:はい。実は、リリース後のそのタイミングで「ユーザー像をしっかり把握できていない」と気づいてしまって……。
というのも、ある日のミーティングで、保田を含む『Langaku』のチームメンバーから「このプロダクトは一体どこに向かっているんですか?」と聞かれたんです。
保田:ユーザビリティーを上げる方法を検討するフェーズだったので、ミーティングを開けばスポットでのアイデアはどんどん出るんですが、そのアイデアが正しいのか、実行に移すべきものかは判断がつかず、息詰まることが多くなったんですよね。
山中:そうそう。それで「このプロダクトが誰のどんな課題を解決できるのか、明確な言葉を持っていない」と気づいたんです。
保田:この結論に行き着くヒントになったのが、小城さんの書かれている16時間ドリルだったんです。
山中:ユーザーの姿を決めるためにも「まずはプロダクトの根幹と向き合おう」と思い、チーム全員で16時間ドリルに取り組むことにしてみました。
結果、先ほど申し上げたように、どのようなユーザーのどのような課題を解決するのか定義できていないーーつまり、ユーザーの姿が曖昧になっていることに気付けました。
その原因のひとつは、プロダクトが解くべき問いを、ユーザーの持っている課題ではなく、「日本人の英語力向上にはインプットが足りていない」という社会の課題に求めていたことでした。
日本人が英語を苦手とする理由のひとつに、英語教育の中でのインプットが非常に少ないことが挙げられるのですが、そのインプットの少なさを『Langaku』で解決すれば、ユーザーの英語力は必然的に向上するだろうと考えていたんです。
小城:おそらく抽象度の高いレベルで課題を定義したことによって、そのためにどのユーザーゴールを達成するのかという解像度を上げて意思決定する作業が難しかったのでしょうね。プロダクト開発においてよく発生する事象だと思います。
山中:アプリをリリースする前に検証できればリソースを抑えられたと反省しています。もしタイムスリップするなら、アクセラレータープログラムに参加している期間でもっとユーザーの課題とそれを解決するためのUXコンセプトの検証に時間を使ったと思います。
保田:小城さんにぜひお伺いしたいのですが、あの時、どの程度まで解像度を高められていたら「ユーザーを深く理解できている」と言えたのでしょうか?
小城さん:正解はないと思いますが、社会課題を解決するために、どのユーザーゴールを取り扱うのか、そのためにどんな機能をつくるのか?とプロダクトに一気通貫した軸を通すことを私は大切にしています。
ユーザー理解ができていないと、機能がどうあるべきかの意思決定の根拠がなくて決められないはずなので、自信をもってこの機能を作ることでどんな効果があるのかを語れるくらい、でしょうか。
手段として、私はよくゴールデンパスを描きます。理想とするジャーニーをユーザーゴールごとに整理して、どのジャーニーの仮説検証にまず力を入れるのかを意思決定し、ロードマップに落とし込むのが好みです。
小城:その後は、どうやってユーザー理解を深めていったのですか?
山中:まず改めて、ターゲットとなるユーザーを言語化するところからやり直しました。
具体的には、どういった文脈・状況にいるユーザーが、どういった成功を求めているのか、その成功に辿り着くためにどういう行動フローを持つのかをそれぞれ仮説して、インタビュー調査からその中にあるペインポイントを洗い出す、ということを行っていきました。
これは、『UXグロースモデル』で書かれていた「メカニズム解明型ユーザー理解」を参考にしています。実は、最初はジョブ理論の考え方でユーザー理解をやり直そうとしたのですが、上手く理解できているようでやっぱりしっくりこないということが続きまして……。
そんな折りに、たまたま『UXグロースモデル』を読んで非常にしっくりきたんですね。本の中でも触れられてますが、「メカニズム解明型ユーザー理解」がジョブ理論をより実践しやすくした概念として説明されていて、個人的に腑に落ちました。本の通りに上手くいくとは当然思ってないのですが、まずは「守破離」の守のつもりでやってみようと。
保田:自分はまだ深く理解できているわけではないのですが、『UXグロースモデル』のコンセプトは納得感が高いと感じています。
小城:『UXグロースモデル』の書籍が社内で共通語になっているのは素晴らしいですね。新しい学びを社内に啓蒙して、共通言語をつくるためにどのようなことをされていますか。
山中:まず、気づいたことはどんどん共有するようにしています。また、あとあと共通言語になる可能性も考えて、本を読んだ時のメモも社内に共有することがあります。
一番いいのは、メンバーと一緒にユーザーインタビューをすることですね。エンジニア含めメンバー全員がユーザーインタビューに取り組むのは、弊社の特徴のひとつかもしれません。
小城:エンジニアの方もユーザーインタビューできるんですね。
保田:チームの規模が小さいということもありますが、全員が同じ目線で課題に向き合えるように、「プロダクトマネージャーだから」「エンジニアだから」という壁を設け過ぎず、エンジニアもごく当たり前にインタビューをしています。
山中:ユーザーインタビューに限らず、保田はエンジニアの領域を超えて、プロダクトの価値を上げる考えを提案してくれるので頼もしいですね。
保田:ユーザーインタビューもそうですが、エンジニアリングの範囲を越えた業務領域に触れる機会は前職時代含めてなかなかありませんでした。
その分、初めて経験することも多いですが、エンジニア自身がプロダクトの価値を上げる方法や、プロダクトマネージャー視点を身につけられることには大きなやりがいを感じます。
小城:視野が広がりそうですね。
保田:そう思います。プロジェクトを俯瞰してみる力も養えるので、開発フェーズにおける判断が早くなったと思いますし、エンジニア自身が判断できる場面を増やせることにもつながる。そこは大きなメリットだと感じます。
小城:ありがとうございます。最後にお聞きしたいのですが、『Langaku』アプリの今後の方向性について教えていただけますでしょうか。
保田:Langakuのユーザーはまだまだ少ないので、より多くのユーザーに活用していただけるサービスを作れるよう、出来るところから取り組んでいきたいです。
山中:まだまだ道半ばですが、素晴らしい小説やマンガに出会ったときのように、「これがあったから自分の人生は変わったんだ!」と思ってもらえるような——ユーザーの人生のカーブを切らせるようなアプリにしていきたいと思っています。
取材/小城久美子 文/中たんぺい 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
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