「小さな成功より、大きな失敗を」製造業DXの先駆者に聞く、AIで世界トップを獲る方法
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AIの開発で世界に遅れ気味な日本だが、「世界と肩を並べるためにエンジニア個人ができること」をあげるとしたら、それは一体何だろうか。
AIという言葉が広まる約20年前から、マイクロソフトで機械学習アプリケーションの開発経験を積み、その後に転職した横河電機ではAI専門開発チームの立ち上げを経験。
「AIとは何ぞや」を仕入れるために、いち早く世界トップクラスのAIエンジニアに接触してきたという横河デジタル 代表取締役社長、鹿子木宏明さんにインタビュー。
鹿子木さんは代表でありながら現在も第一線でAI研究者の顔を持つ。2023年3月には自身が開発を手掛けた『プラント自律制御AI(FKDPP)』が、製造業の生産性を爆上げする技術として日本産業技術大賞 内閣総理大臣賞を受賞。大きな話題を呼んだが、この成果を出すまでには、高い壁を乗り越える必要があったと言う。
鹿子木さんはどのように最先端のAI技術を学び、製造業の未来を切り開いたのか。その道のりとともに、世界トップレベルのエンジニアになるためのエッセンスを聞いた。
「何も理解できなかった」学会への初参加から、世界トップに追いつくまで
ーー鹿子木社長はかつて大きな挫折を経験したと伺いました。どのような出来事だったのでしょうか。
2013年頃、私は横河電機の技術者として、プラントのデバイスを調整するソフトウェアの開発を行っていました。データサイエンスに興味があり、独学で勉強していたところ、ある日上司から「データサイエンスを使って、何か大きいことをしなさい」と言われたんです。
上司は三つの条件を出しました。一つ目は、3年ではっきり目に見える成果を出すこと。二つ目は、ビジネスにつなげること。そして三つ目は、小さな成功ではなく、大きな成功を目指すということ。「小さく成功するぐらいだったら、大きく失敗した方がいい」とまで言われました。
そこで私は、限られた予算の使い道として、髙見くんという同僚とともに海外の学会に参加しました。当時AIという言葉は世の中に浸透していませんでしたが、私たちは書籍や論文で勉強を重ねていたので、AIの知識についてはそれなりに自信があったのです。
ところが学会では、登壇者の発言内容をほとんど理解することができませんでした。そこで話されていたのは、自分たちが勉強していたことの2年も3年も先を行く内容だったのです。書籍や論文で勉強するだけでは、いつまで経っても世界トップには追いつけないんだと思い知りました。
ーーその後、二人はどうしたのですか?
諦めませんでした。学会ではなんとかキーワードを拾えたので、日本に帰ってからその言葉について徹底的に調べたり、自分でプログラムを組んだりして勉強を重ねました。
そして一年後にもう一度同じ学会に参加すると、今度はほとんどの発表内容を理解することができました。その学会で学んだ技術が『プラント自律制御AI(FKDPP)』の開発につながり、各方面から高い評価をいただきました。
ーーまさに「大きな成功」を成し遂げたのですね。ところでプラント自律制御AIは、どのような点が画期的だったのでしょうか?
例えば、化学プラント工場の蒸留作業。プラントにはたくさんの熱源があるのですが、その熱の一部は、空気中に逃げてしまって廃熱になってもったいない。なので、業界ではその廃熱を蒸留塔の加熱のエネルギーに再利用することが考えられていました。
ところが、廃熱というのは常時一定の量が出るわけではなく、とても不安定なんです。「今日はこの量しか出なかったから」と適当に使うと、出来上がる製品の品質が悪くなってしまうのです。
なので結局、人間が頻繁に見て調整するしかなくて。しかも、コントロールに熟達したスペシャリストを置く必要があって工数の負担も大きい。そこをAIに代替したのがプラント自律制御AIです。
通常AIの強化学習においては、何万回、何億回という学習が必要とされるため、リアルでその回数の学習を実施するのは現実的ではなかったのですが、必要な学習回数を数十回にまで落とすことに成功。結果、プラントの自律制御AIが形となり、2022年には世界で初めてこの仕組みを活用したプラントが稼働を始めました。
今まで人手で行われていたプラント制御をAIに代替すれば、省エネだけでなく人材の有効活用にもつながります。今後この技術を活用したプラントが広がることによって、スケールメリットが出て、製造業DXをさらに推進していけると考えています。
「何を使ってもいい」は逆効果。適度な制限がアイデアを生む
ーー鹿子木さんのように、世界トップレベルの技術で成果を出せるエンジニアになるためには、何が必要でしょうか?
世界最先端の知見は、教科書から学べるものではありません。学会に出るなどして、世界のトップエンジニアが今何を考えているのかを知る必要があります。
しかし、彼らの真似をするだけでは単なる二番煎じになってしまいます。そこで大切なのは、自分なりのオリジナリティを持つことです。そのためには、自分たちが取り組んでいるビジネスのどこに強みがあるのかを考えることがヒントになると思います。
例えば、日本の製造業の強みの一つに「匠の技」があります。職人たちが細かい手作業で素晴らしいものを生み出す技術は、日本独自のものです。これをいかにAI化するか、もしくはAIで支援するか、といったテーマを設定すると、世界から注目される発表につながる可能性が高いと思います。
ーーでは世界トップレベルのエンジニアを育てるために、会社はエンジニアにどのような支援をするべきでしょうか?
自分の経験を振り返ると、プラント自律制御AIの開発に繋がる取り組みを始める前、上司は「大きいことをやりなさい。ただし三つの条件を守りなさい」という指示を出しました。それが「実現するためなら何をやっていいよ」という指示ではなかったことが、私はとても良かったのではないかと思います。
一般的に「お金と人を無制限に使って良い」という環境下では、人はあまり努力しません。上司は予算や期日などを設定した指示を出すことによって、部下が「この制限の中でどうやって成果を出そうか?」と自発的に頭を使いたくなるような環境を用意することが大切だと思います。
その上で上司は「何かあったときは自分が責任を取る」という態度で部下と向き合うことも大事です。今は変化が早い時代なので、多くの技術者は新しい取り組みをすることに怖さを感じています。そんなとき上司がドンと構えていてくれると、部下は安心してチャレンジできるのではないでしょうか。
また、正しい「土俵の選び方」をアドバイスすることも、上司の果たすべき役割です。AI技術の中には、Googleなどの大企業がひしめいていて、先進的な成果を世界に示すのが困難な領域があります。努力に見合った成果が得られる可能性の高い「適切な土俵」を上司がアドバイスしてあげると、部下は時間を有効に活用することができるようになると思います。
ーー御社では世界で活躍できるエンジニアを育てるために、どのように人材を育成していますか?
今申し上げたようなことは横河デジタルでも実践しています。海外の学会にも社員ができるだけ参加する機会を設けるようにしていて、今年は7月にホノルルで行われたICML(International conference of machine learning)という学会に参加してもらいました。
その他に力を入れているのは、ソフトウェア技術の強化です。このトレーニングは私が直接行っています。前職のマイクロソフトで培った技術を、早く社員に盗んでもらいたいんです。単にプログラミングができるだけではなく、コードの背景にある思想を理解し、ソフトウェアの技術力を高めてもらえるような訓練を行っています。
また英語のトレーニングも私が行っています。最先端の技術のマニュアルは英語で書かれていますし、海外の技術者と交流する際も英語が必要ですから、これからの技術者は英語ができないとなかなか厳しいでしょう。私はかつて英語のスピーキングに苦労した経験があるので、その壁を乗り越える過程で得たノウハウを社員に伝授しています。
DXの本質はX(トランスフォーメーション)のためのD(デジタル)
ーー横河デジタルは製造業のDXを推進しています。今後どのような製造業の未来を実現していきたいですか?
読者の方は、もしかすると一般的な工場に対して「保守的」とか「単純作業」といったイメージを持っているのではないでしょうか。確かに一昔前の工場はそうでした。一つの失敗が重大な事故に繋がりかねないため、工場で働く人たちはいつも緊張していて、空気は張り詰めていました。
しかし横河グループの甲府工場には今、「失敗をしたくでもできないような仕組み」がDXによって取り入れられています。その結果、緊張から解放された作業員は「いかに失敗しないか」ではなく「いかに良いものを作るか」に集中できるようになりました。現場からアイデアも出てくるようになり、従業員は皆イキイキと働いています。
これはまさにDXのX、つまりトランスフォーメーションの力です。人のマインドセットや職場の雰囲気のトランスフォーメーションこそが、日本の製造業に必要であり、D(デジタル)はあくまでその実現のために取り入れられるものだと捉えています。
ーー御社はまさに、トランスフォーメーションのためのDXで製造業を変えていきたいと考えているのですね。
そうですね。トランスフォーメーションを目指すお客さまとともにビジョンを作り、それに必要なデジタル技術を進めていくのが我々のDXです。製造業の未来を明るくするために、これからも世界トップレベルのエンジニア育成に取り組み続けていきたいと思います。
取材・文/一本麻衣、撮影/桑原美樹、編集/玉城智子(編集部)
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