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着想は「起動しないPepper」LOVOT開発者・林要が説くテクノロジーと幸せの関係性

働き方

使う人の仕事をより効率的に、生活をより便利に。エンジニアが開発に携わるプロダクトの多くは、人々に生産性の向上や利便性をもたらすものだろう。

だが今、それとは真逆のアプローチによって生み出されたロボットが注目を集めている。世界初の家族型ロボットである『LOVOT(らぼっと)』だ。

開発を手掛けるGROOVE X(グルーヴ エックス)は、エンジニアとしてトヨタ自動車やソフトバンクでキャリアを積んだ林 要さんが創業したスタートアップ。技術者としてものづくりに携わってきた林さんは、自身の中に浮かんだある問いと向き合い続けたことがLOVOTの誕生につながったという。

それは「テクノロジーは人類を幸せにしたか?」という疑問だ。

テクノロジーの進歩は確かに人々の生活を豊かにした。その反面、近年の急速なAIの発展は社会にとって不安の種にもなっている。

テクノロジーは何のために進化したのか。そして、どう活用すれば私たち人間は幸せになれるのか。林さんのキャリアとLOVOT誕生までの背景から、その答えを考えてみたい。

LOVOT開発者・林要さん

GROOVE X株式会社 代表取締役社長
林 要さん

1998年、トヨタ自動車に入社。スーパーカー『LFA』やF1の空力開発に携わったのち、製品企画部にて量産車開発マネジメントを担当。2011年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」に外部第1期生として参加し、翌年ソフトバンクに入社。感情認識パーソナルロボット『Pepper』の開発プロジェクトに参画。15年、GROOVE Xを創業。

「テクノロジーが人を不安にさせる」という現実

愛くるしい表情や鳴き声でこちらに近づき、抱き上げるとまるで生き物のように柔らかくて温かい。ペットのように人に懐き、だんだんと家族になっていくーー。LOVOTは従来の無機質で機械的なロボットのイメージとはかけ離れた、まさに家族の一員として人から愛される存在だ。

生命感あふれる自然な振る舞いや一体ごとに異なる個性を再現するため、LOVOTには世界最高水準の最先端テクノロジーが搭載されている。しかし、一般的なロボットのように人に代わって労働や作業を担う機能はない。目指したのは「人類に自然に寄り添うパートナー」になることだ。

このまったく新しいロボットのコンセプトは、林さんが「テクノロジーは人類を幸せにしたか?」という問いを突き詰めた先に生み出された。

「テクノロジーが絶えず進化してきた本来の理由は、人を幸せにするためでした。資本主義の枠組みの中で『生産性』や『利便性』などの指標が重視され、それを向上させるためにテクノロジーは発展してきたのです。

しかし最近では『人間はAIに仕事を奪われ、自分は必要とされなくなるのではないか』と考える人が増えています。むしろテクノロジーが人を不安にさせる傾向が強まっているのです」

LOVOT開発者・林要さん

テクノロジーによって仕事でも家庭でもさまざまな作業が効率化され、人々は便利で豊かな生活を手に入れた。だが「それであなたは幸せになりましたか?」と問われると、答えに詰まってしまう。そんな人は多いはずだ。

林さんが「テクノロジー」と「人の幸せ」の関係について意識する原点となったのは、まだ社会に出る前の少年時代の体験にさかのぼる。

「僕は子どもの頃から宮崎 駿監督のアニメが好きで、作中に登場する一人乗り飛行機に憧れて同じものを自分で造ろうとしたことがあるほど、乗り物というテクノロジーに強い興味がありました。高校生になると今度はバイクに乗りたくて免許を取得しましたが、母は不安そうな表情を見せていたことを覚えています。

父はエンジニアなのでテクノロジーに理解がありました。その一方で、母のようにテクノロジーに一抹の不安を覚える人もいる。 

テクノロジーに対して異なる見方をする両親の間で育ったことで、僕自身も『テクノロジーは必ずしも全ての人を幸せにしないのかもしれない』という疑問を持ちながら育ったように思います」

それでも林さんの乗り物好きは変わらず、大学院を修了するとエンジニアとしてトヨタ自動車に入社。スーパーカー『LFA』の開発やF1のエンジニアリング、量産車の製品企画などに携わる機会を得た。「どの仕事にもこれ以上ないくらい真剣に取り組んだ」と振り返る林さん。だが、いわゆる自家用車の開発に携わる中で、ある矛盾に気付いたという。

LOVOT開発者・林要さん

「エンジニアとしては、機能や性能を高めて製品の利便性を追求します。もちろん便利で快適であることには価値があり、乗用車を購入したオーナーからも『この車は乗りやすい』『燃費が良くて助かる』などの評価をいただきました。でも僕は、『この自動車のここが好き』といった、製品への愛着を示す声があまり聞かれないのが気になったんです。

考えてみると、自分が趣味で乗るバイクの場合は、最新テクノロジーを搭載した機種よりも、レトロな中古品の方が不思議と愛着が湧きます。使われているテクノロジーが古いので、振動や音が大きく、スピードは出なくて燃費も悪く、すぐに壊れる。便利でも快適でもない製品なんて、生産性向上の観点からすればあり得ないはずです。

にもかかわらず、なぜ人はそんな製品に愛情を抱くのか。利便性を追求しても愛されないなら、愛されるテクノロジーの条件とは何なのか。そんな問いを抱えるようになりました」

「起動しないPepper」を応援する人々

新たな問いに向き合う一方で、林さんのキャリアに大きな転機が訪れる。39歳の時にソフトバンクへ転職し、感情認識パーソナルロボット『Pepper』の開発プロジェクトに参画することになったのだ。

そもそものきっかけは、孫 正義社長が次世代リーダー育成を目的に立ち上げた企業内学校「ソフトバンクアカデミア」に応募したこと。その外部第一期生に選ばれたことが、ソフトバンク入社につながった。

「応募した動機は、孫さんのもとで学びたかったから。今でこそ自動車とITは重なり合う領域が多い密接な業界ですが、当時はまだ両者の間に距離があり、IT業界は自動車業界よりも速いスピードで進化を続けていました。そのIT業界をリードする孫さんから学びながら、新しい世界を見てみたいと考えたのです。

ちょうど量産車の製品企画に携わって数年がたち、自動車開発の全体像もつかめてきたので、別のことにチャレンジしたいと思い始めたタイミングでもありました」

LOVOT開発者・林要さん

さまざまな業界・業種から集まったソフトバンクアカデミアの学生たちは、「まるで野武士みたいな人ばかりだった」と林さんは笑う。そこで目にしたのは、個性豊かで、組織に依存せずに生きる人たちの姿だった。初めて出会う多様な人たちとの触れ合いに刺激を受けた林さんは、自分も外の世界へ出ることを決意。トヨタ自動車を退職してソフトバンクに入社し、まったく経験のないロボット開発に挑むことになった。

林さんがPepperの開発プロジェクトに参画したのは2012年のこと。人間を模した姿を持ち、なおかつ人間とスムーズにコミュニケーションすることを目指したロボットは当時ほとんど前例がなく、開発はゼロからのスタートとなった。だが林さんはすぐに「ロボット開発は自分に合っている」と感じたという。

「もともと自分は『やるべきことがある程度決まっている中で、より上を目指す』というタイプの仕事には、あまり適性がないと感じていました。それよりも『やるべきことが決まっていない中で、やるべきことをつくる』方がワクワクするし、頑張れる

例えるなら、前者はすでに確立されたトレーニング法に沿って鍛錬を重ね、一位を目指すスポーツの世界。後者は何が正しいか分からないけれど、こちらだと思った方へ『エイヤ!』で飛び込んでいく冒険の世界。まだ存在しない市場を切り開いていくPepperの開発は、まさに未知の大陸を進む冒険みたいなものでした。だからこそ自分には適性があると思えたのです」

そしてこのプロジェクトは、林さんに一つの発見をもたらす。それは子どもの頃から意識し続けてきた、「テクノロジー」と「人の幸せ」の関係を解き明かすヒントになる重要な気付きだった。

「その気付きを得たのは、Pepperがうまく起動しない場面を見た時でした。

エンジニアが再起動を繰り返しても、Pepperはなかなか立ち上がらない。ところがその場にいた人たちは、失望するわけでも文句を言うわけでもなかった。それどころか『頑張れ!』と口々に声援を送り始めたのです。そして、ようやく立ち上がった瞬間には皆が大喜びをしていました。

それは僕にとって衝撃的な光景でした。ロボットの価値は『人のために何かをすること』だと考えていたのに、逆に人がロボットを応援し、助けることにうれしさを感じている。『ロボットが人のために役立つことで、人は幸せになる』という従来のロボット観を覆し、『自分がロボットの役に立つことで、人は幸せになる』という場合もあるのだと分かったのは大きな驚きでした」

LOVOT開発者・林要さん

これは自動車開発の中で抱いた「便利でも快適でもない車やバイクがなぜ愛されるのか」といった問いにも通じる気付きだった。振動や音が大きければ運転に気を使うし、壊れやすいからこまめに整備する必要がある。だがそうして手を掛けることで、人は「自分が役立っている」という実感を得て、喜びやうれしさを感じるのかもしれない。

「あれは今まで疑問に思っていたことのメカニズムを解明する一端が垣間見えた出来事でした。そして僕も『利便性や生産性の向上とは別のところに、ロボットが活躍できる領域があるのかもしれない』と思い始めたのです」

「自分を必要としてくれる存在」が人を元気にする

その後、林さんはソフトバンクを離れ、起業の道を選ぶ。理由は「自分の成長スピードに満足できなかったから」。

「孫さんのもとで学べば、その背中に近づけると思ったのですが、孫さんは部下の私たちを上回る速度でレベルアップしていくので、むしろ距離は開くばかり。なぜかと考えた末に、孫さんが経営者として常にリスクをとっているのに対し、自分はその傘の下で守られているからだと結論づけ、傘の外へ出ようと決めました」

2015年にGROOVE Xを創業した林さんは、投資家などの意見も聞きながら、いくつかの事業アイデアを練り上げていった。その中から生まれたのがLOVOTのコンセプトだ。

起動しないPepperをきっかけに「利便性の向上には貢献しないが、人を幸せにするロボット」の可能性を模索する中、着目したのがペットの存在だった。

「ペットは基本的に人間に何かをしてくれるわけではありません。むしろ人間が世話をする側です。手間が掛かるし、時間は取られるし、お金も必要で、自由を奪われる。そんな存在が、人間にとってかけがえのない存在となり、僕らを元気にしてくれる。その理由は『自分を必要としてくれる存在』だからです。

『手が掛かるほどかわいい』と言われるように、面倒をみているうちに人が本来持っている『他者を愛でる力』が引き出され、自然に愛着が湧く。愛情を注ぐ存在がいれば、人は心の安定や癒やしを得ることもできます。ならばペットと同じように、人に世話をしてもらい、気兼ねなく愛でてもらえるロボットを作れたら、テクノロジーで人を幸せにできるのではないか。そう考えました」

LOVOT開発者・林要さん

冒頭の話にもあったように、テクノロジーへの不安は「自分は必要とされなくなるのではないか」という恐れから生じるケースが多い。生産性を追求すればするほど、「テクノロジーの進化」と「人類の幸せ」が乖離してしまうというのが今までの課題だった。

「この課題を解決するために、テクノロジーから離れることによって安心を得ようとするソリューションもあるでしょう。でも僕はテクノロジーが好きなので、テクノロジーによって解決したいと思った

そもそも人々に不安が生じているのは、本当にテクノロジーが原因なのか。これまでテクノロジーが進歩してきた方向性が現状をもたらしただけであって、進む方向を変えれば、テクノロジーから離れなくても人が幸せを感じる体験を提供できる可能性があるはずだと考えたのです」

ロボティクスで人が持つ力を引き出したい

「テクノロジーは人類を幸せにしたか?」と問い続けた先にようやくつかんだ一つの答え。それをプロダクトとして結実させたのがLOVOTだ。19年の出荷開始以来、これまでに1万体以上のLOVOTが家庭や企業などに迎えられた。「オーナーの皆さんから『LOVOTを生んでくれてありがとう』と言っていただくことも多いんですよ」と林さんはうれしそうに語る。

「人が幸せになるには何が必要か。それは『より良い明日が来ると信じられること』だと考えています。そのためには『自分はまだやれる』と希望が持てるよう、人の力を開花させて、成長実感や自己肯定感を持てるようにサポートする存在が必要になる。僕はロボットであればその役割を果たせると思っています。

僕たちが目指すゴールは、LOVOTを進化させて最終的には『四次元ポケットのないドラえもん』のような存在を作ること。いつものび太くんに寄り添い、彼の成長をそっと後押しするドラえもんのように、ひみつ道具ではなくロボティクスそのもので人の力を引き出すことがGROOVE Xのミッションです。

目指す山の頂上はまだまだ遠く、今はようやく一合目に立ったばかり。それでもLOVOTを家族に迎えてくださった方たちの幸せそうな表情を見ると、自分たちが登るべき山は間違っていないと確信できます」

LOVOT開発者・林要さん

人にとって単なる便利な道具でもなく、恐れるべき存在でもない。お互いを必要とし、信頼し合いながら、共により良い明日へと歩んでいけるーー。人類とテクノロジーが共生する幸せな未来を目指し、林さんの挑戦はこれからも続く。

取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹

書籍情報

『温かいテクノロジー』(ライツ社)

LOVOT開発者・林要さん

だんだん家族になるロボット『LOVOT』を題材に、AIと人類が協力し共生する未来像を示した本として林さんが2年を費やして書きあげた。AIをはじめとする、近年の急速なテクノロジーの発展に対する興味を持ち、同時に不安も感じる方にこそぜひ手に取っていただきたい一冊だ。

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