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専門知識がない人にどう説明する? 見向きもされなかった「教え」を爆発的に広めた僧侶に学ぶ、伝えるために意識したいこと【河合敦】

働き方

エンジニアが抱えがちな悩みを、歴史的偉人の言動になぞらえて紹介していく本シリーズ。

坂本龍馬編上杉謙信編に続いて、今回も『歴史探偵』(NHK総合)を始め、多数のテレビ番組や著書を通じて日本史を分かりやすく教えている歴史作家の河合敦さんに、エンジニアのお悩みをぶつけてみた。

ビジネスサイドの人を相手に説明する場面が増えてきたエンジニアから寄せられた「コミュニケーション」に関するお悩みだ。

歴史作家 河合敦さん

歴史作家 河合敦さん(@1ne15u

歴史作家とともに、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師も務める。1965年、東京都生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学。歴史書籍の執筆、監修のほか、講演やテレビ出演も精力的にこなす。『日本史の裏側』『教科書に載せたい日本史、載らない日本史』『殿様は「明治」をどう生きたのか』シリーズ(扶桑社)、『日本三大幕府を解剖する』 (朝日新書)、『徳川家康と9つの危機』 (PHP新書)など著書多数。初の小説『窮鼠の一矢』(新泉社)を2017年に上梓

今回取り上げるお悩み

あるエンジニア

プロジェクトで上流工程を任されるようになり、クライアントと打ち合わせや折衝をする機会が増えたのですが、技術の専門知識がないビジネスサイドの人を相手に説明することも多く、コミュニケーションに苦労しています。

自分では分かりやすく伝えたつもりなのに、相手に理解してもらえないことも多く、「クライアントがもう少し技術を勉強してくれたら話が早いのに」と思ってしまいます。

「その悩みを抱える人なら、コミュニケーションの達人だった蓮如のエピソードが参考になるかもしれません」と話す河合さんに詳しく伺った。

ケーススタディ・蓮如の場合

エンジニアに限らず、どんな仕事でも分かりやすく伝えるスキルは必要です。そして、歴史上でも、優れたコミュニケーション力を発揮して偉業を成し遂げた人が大勢います。

その中でも今回は卓越したコミュニケーションスキルを持った僧侶・蓮如のエピソードをご紹介させてください。

蓮如は、室町時代の僧侶で、浄土真宗の第8代目門主(本願寺8世)でした。

浄土真宗は、鎌倉時代に親鸞が開いた仏教の宗派ですが、当初、その教えはなかなか広まらず、蓮如の時代になっても信仰する人は少ないままでした。

歴史作家 河合敦先生

そこで蓮如は考えます。一人でも多くの人にこの素晴らしい教えを伝えるにはどうすればいいだろうかと。思いついたのは、誰でも分かる平易な言葉で教えをまとめることでした。

教えをまとめたものは「御文(おふみ)」や「御文章(ごぶんしょう)」と呼ばれ、有力な門徒が一般の信者に読み聞かせる方式で独自の布教活動を展開します。

しかも、読み聞かせの方法について細かく指示した布教マニュアルまで作成。聴衆が飽きないように楽しく話すコツを僧たちに伝授しました。

この布教活動により、浄土真宗の教えは庶民の間で一気に広まり、信者の数は爆発的に増えていったのです。

蓮如が誰にでも分かりやすく伝えられたのは、まず自分自身が親鸞の教えを徹底的に理解することに努めたから。

蓮如は親鸞が書き記した書物を擦り切れるまで何度も読み込み、親鸞が何を伝えようとしたのかを本質的なレベルまで掘り下げて理解しました。そこまで理解を深めたからこそ、仏教の知識がない庶民にも分かるやさしい言葉や表現で伝えることができたのです。

自分の頭で理解できていないことは、相手も理解できません。

私は27年間、高校で教師をしていましたが、どの生徒にも分かりやすく説明するために、授業のテーマに合わせて毎回様々な歴史の史料や文献を読み込みました。

教師の中には「生徒が授業の内容を理解してくれない」と愚痴をこぼす人もいますが、それは生徒が悪いのではなく、教師の理解不足が原因です。伝える側が理解していないから、相手が理解できるような説明ができないのです。

きっとエンジニアの場合も同じでしょう。エンジニア同士が専門用語を使って会話しているときは、お互いに何となく理解した気になりますが、例えば「『アーキテクチャ』を高校生にもわかるように説明して」と言われたら、途端に言葉に詰まってしまう人は多いのではないでしょうか。

蓮如が人々に伝えたいことを「御文」にまとめたように、普段何気なく使っている専門用語も「非エンジニアに伝えるならどう説明しようか」と考え、技術に対する本質的な理解を深めることがコミュニケーションスキルの向上につながるはずです。

いつの時代も技術力のある人が評価される

いかがでしたか。坂本龍馬編上杉謙信編に続き、偉人が辿った生き方や仕事術から、現代に生きる私たちも多くのことが学べると分かっていただけたのではないでしょうか。

なお近代以前の日本にも、現代のエンジニアに該当する職業が存在しました。それが「職人」です。特定の専門スキルを持った技術者は、いつの時代も自分の強みを発揮して社会に貢献していました。

しかも腕の良い職人は稼ぎもよく、社会的にもリスペクトされていました。とくに江戸後期になると、下級武士たちが貧しい生活を送る一方で、一流の技術を持つ大工は半日しか働かなくても食べていけるほどの高い収入を得ていたんですよ。

技術力があれば、高い社会的地位を獲得することも可能でした。例えば、徳川家に取り立てられて江戸城を始めとする数々の城を建築した「中井家」と呼ばれる大工集団は、苗字を与えられて帯刀も許されるなど、武士と同等の待遇を得ています。

ちなみに、坂本龍馬もスキルを武器に道を切り開いています。勝海舟が失脚した後、龍馬たちが学んでいた海軍の学校が閉鎖されてしまいます。行き場をなくした龍馬たちを雇ったのが薩摩藩の西郷隆盛でした。その理由は、軍艦の操縦術は当時最新のスキルであり、この技術を身につけた人は日本にほとんどいなかったからです。

龍馬が亀山社中を設立できたのも、薩摩藩が資金を援助してくれたおかげでした。まさに「技術は身を助ける」といったところでしょう。

どんな時代も技術力を備えた人は高く評価され、大きな仕事や面白い仕事を任されるものです。今も昔もより良いキャリアを築くには、プロとして通用するスキルを磨くことが重要だと言えるのではないでしょうか。

文/塚田有香、撮影/桑原美樹、編集/玉城智子(編集部)

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