岡山理科大学 情報理工学部 情報理工学科
教授
下田紀之さん(@noshimoda)
株式会社セガにてゲーム製作のプロデューサー、ディレクター、プランナーとしてアーケードゲーム・家庭用ゲーム・スマートフォンゲームなどの開発に携わる。2022年より岡山理科大学でクリエイティブと品質を両立させるためのゲーム開発方法について研究。24年「ゲーム開発プロジェクト管理の基本」(技術評論社)を上梓した。代表作に『ボーダーブレイク』など
この春、「マネジャーに昇進した」「チームリーダーを任された」など初めてメンバーをまとめる立場に就いたエンジニアも多いだろう。
急なアクシデントに見舞われたりしないだろうか、プロジェクトを失敗させてしまわないだろうかと、不安な人もいるかもしれない。
もちろん失敗は必要な経験であり、その糧が成長へとつながる。ただ先人たちの失敗事例から学びを得ることも、“初心者リーダー”の成長を大きく後押しするはずだ。
そこで今回、著書『ゲーム開発プロジェクト管理の基本』(技術評論社)にて、ゲーム開発の現場での失敗例からプロジェクトを成功へと導く方法を体系化した下田紀之さんに、プロジェクトを取りまとめるリーダーが直面しがちな失敗と、その失敗を回避する術を聞いた。
岡山理科大学 情報理工学部 情報理工学科
教授
下田紀之さん(@noshimoda)
株式会社セガにてゲーム製作のプロデューサー、ディレクター、プランナーとしてアーケードゲーム・家庭用ゲーム・スマートフォンゲームなどの開発に携わる。2022年より岡山理科大学でクリエイティブと品質を両立させるためのゲーム開発方法について研究。24年「ゲーム開発プロジェクト管理の基本」(技術評論社)を上梓した。代表作に『ボーダーブレイク』など
ーー数々のプロジェクトでリーダーを経験されてきた下田さんですが、リーダーになりたての頃の失敗で今も記憶に残っているものは何ですか?
失敗はたくさんあるのですが、中でも最も後悔しているものは、同僚のアイデアを潰してしまったことですね。
私は新卒で福岡のゲーム会社に入社し、プロデューサー・ディレクター・プランナーとしてPCゲームの企画開発に携わっていました。その失敗をしたのは、まさしく、リーダーになりたての頃。プロデューサーとして、メンバーたちのアイデアをとりまとめる役割を担っていました。
そこで挙がったアイデアの中に、非常に画期的なものがあったんです。ただプロデューサーとしての経験が浅く、絶対に失敗したくないと考えていた私は、分かりやすいゲームを作ろうとして、アイデアの根幹となる尖った部分をすべて削る判断をしました。その方が、より大衆に受け入れられる人気ゲームになると考えていたんです。
結果、完成したタイトルは同ジャンルのゲームの中に埋もれてしまいました。
もちろん、アイデアが尖れば尖ったほど良いゲームができるとは限りません。ですがあの時は、どうすれば斬新なアイデアがユーザーに伝わるのかを考えようとしませんでした。新米リーダーの頃に経験した、今でも忘れられない手痛い失敗です。
ーーその頃のご自身にアドバイスするとしたら、どんな言葉を送りますか。
「プロジェクトの目的をしっかり突き詰めろ」ですかね。そうすることで、アイデアの効果的なブラッシュアップができたはずです。
あくまでも、プロジェクトを進める上で礎となるものは「目的」です。アイデアとは、目的を達成するためにとるべき「手段」でしかない。もし目的と手段が結びついていなかったり、手段が目的になってしまったりすると、そのプロジェクトは迷走します。
だからこそ、まずはこのプロジェクトは何のためにあるのか、何の課題を解決したいのかといった目的を突き詰めることが大切。そうすれば、目的達成のための手段となるアイデアを、より良い形に昇華させやすくなります。
ーープロジェクトの目的を突き詰める力は、どうすれば鍛えられるのでしょう。下田さん流のノウハウがあれば教えてください。
リーダーになりたての方には、まず日常の小さな作業をプロジェクトとして捉えてみることをおすすめします。家事でも、運動でも、遊びでも構いません。それぞれの目的を考えながら、プロジェクトの構造に慣れるのが訓練として最適だと思います。
例えば、恋人との旅行をプロジェクトと捉えてみたらどうなるでしょうか。目的は、一緒に楽しい時間を過ごすことですよね。ターゲットは、もちろん恋人です。
そのため、恋人の目線に立って楽しめるプランを考える必要があります。このとき気を付けなければならないのが、旅行すること自体が目的になってしまうことです。本来考えるべきことは、楽しい時間を過ごすには何をすべきかですからね。
「何のためにやるのか」「そのためにはどのような手段が最適か」「この手段を取ることで得られるものは何か」。このようなことを、日常のちょっとしたイベントでも考え続けてみましょう。
ーー先ほど「手段が目的になってしまうとプロジェクトは迷走する」とおっしゃっていましたが、具体的にはどんな事態が引き起こされるものでしょうか。
手段であるアイデアに固執するということは、ある種、独りよがりになっている状態とも言い換えられます。「とにかくこのアイデアがおもしろいからやってみよう!」とリーダーの熱意だけが先走り、メンバーの多くは疑問を抱えながら仕事を進めてしまっているケースです。
このような場合では、メンバーがプロジェクトを自分ごとに落とし込めていないため、「この作業をすることがどんな成果を生むのか」という仮説が抜け落ちていきます。仮説が無いと「その作業で成し得たかったことが本当に実現できているのか」という検証も行われません。
そうなると、作業をやること自体が目的化してしまい、作業のための作業になってしまう。いわゆる「やらされ仕事」をこなしている状態ですので、メンバーは上からの要求を最低限の水準でクリアすることをゴールに考えるようになります。
プロジェクトは、知的労働の集約です。「この目的を実現するためにAIを使ってみよう」「仕様決定後の変更を防ぐために、要件定義の打ち合わせの数を増やしておこう」など、それぞれの工夫や判断が不可欠。
目的に対してボトムアップの提案が出てこない状態は、メンバーのクリエーティブが発揮できていない状態です。仕事がただの作業に陥っているので、プロジェクトは失敗に終わります。
ーー下田さんのお話を聞いて、時にはアイデアを捨てることも必要なのかもしれないと思いました。でも、アイデアを捨てる覚悟を決めるのって難しそうです……。
アイデアを大切にすること自体は良いことだと思います。あくまでも避けるべきなのは、手段であるはずのアイデアに固執してしまうことです。
周りのメンバーがそのアイデアをNGと判断していた場合は、何をしたってうまくいきません。その場合は、アイデアを捨てるのではなく、引き出しにストックするという考え方を持つことをおすすめします。
アイデアは、時代、周りにいる人、所属するチームや会社の状況によって、その価値が変動するもの。思いついた時はダメでも、数年間寝かせた上で、そのアイデアを実現すると成功につながる場合だってあります。
私はセガに所属していた時代、『ボーダーブレイク』という10年間続いたアーケードゲームを開発した経験があります。このゲームは、当時には珍しいオンラインでロボットを操作するTPSなのですが、ゲームのローンチまでにはかなりの時間がかかりました。5年ほどアイデアの提案と却下を繰り返していたんです。
アイデアは手札の一つです。自分の引き出しにストックして、必要に応じて出すものと考えられれば、一つのアイデアに固執しにくくなると思います。
ーーリーダーとしてプロジェクトを進めるにあたり、メンバーマネジメントの面で意識すると良いことはありますか?
作業に取り組む前に、「この作業を行うことのメリットは何か」といった仮説を提示すると、目的が明確になってメンバーもアイデアが湧きやすくなります。
そして、作業を進めた段階で仮説検証を行うことが重要です。検証といっても、論文のような複雑なエビデンスを伴う証明ではありません。仮説を進めた時の動作の確認だけでも大丈夫です。検証を明確に行うと、メンバーの当事者意識も生まれアイデアが出しやすい状態になります。
規模にもよりますが、多くの場合、プロジェクトは莫大な数の作業で成り立っています。これらの作業を複数名で協力してクリアしていくので、共通の目的意識を持たずに各メンバーが自由に動いてしまっては、無駄な作業で時間のロスが生まれてしまう。
だからこそリーダーは、プロジェクトの最優先課題である目的や、それを実現するための作業の優先順位を明確に示す必要があるのです。
その作業を行う際には、プロジェクトの目的だけではなく、想定ターゲットやプロジェクトメンバーのスキルレベルも考慮した上で、開発の基準となる方針をドキュメントでチームに示すことが一般的な方法でしょう。そして、個々のメンバーにとっての目的や作業、優先順位に落とし込んでいくのがお勧めです。
ただし、リーダーが一人で全ての優先順位を決めるのは到底無理があります。そのため特にリーダー初心者のうちは、サブリーダーなど現場レベルのまとめ役を用意するなどして、各メンバーへの落とし込みはセクション毎に任せていくのが良いと思います。
ーーリーダーとしてプロジェクトを成功させるためには、数をこなすことも必要かと思います。ただ、その経験値がたまっていない時はどのようなことに取り組むと良いのでしょうか。
確かに、初心者リーダーが感じる最も大きな壁は、経験不足によるものが多いと思います。その壁を乗り換えるためには、トライ&エラーを繰り返すしかありません。でも、そうは言ってられない場合もありますよね。
そんな時は、社内外を広く見渡してみてください。あなたの身の回りでも無数のプロジェクトが走っているはずです。そして、どんなプロジェクトにもエラーはつきもの。そのエラーと解決策を吸収することで、多くの知見が自分の中に集積できます。
また、会社との関係性にもよるのですが、十分な時間を確保することも必須です。スケジュールにバッファがないと業務に追われますし、トライ&エラーを行う余裕もなくなります。失敗する可能性を加味して、プロジェクトのスケジュールを組むのがベストです。
メンバーだけでなく、会社や組織ともしっかりコミュニケーションを取りながら、主体的に判断・進行できる関係性を日ごろから築いておくことも、初心者リーダーのうちから意識しておくといいと思います。
取材・文/中たんぺい 編集/今中康達(編集部)
ゲーム開発プロジェクトの管理・マネジメントについて、その根幹となる基礎を解説する書籍です。
ゲーム開発での失敗や成功など長年の経験を踏まえて、開発をうまく進めてチームの力を引き出すためのプロジェクト管理の方法についてまとめました。
現場でのご参考に、また学生の道しるべに役立てていただければ幸いです。
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