株式会社プログレス
取締役COO
中山宗典さん
2010年にアクセンチュアに新卒で入社しITコンサルタントとして複数のシステム導入プロジェクトに従事。スクラッチによるシステム開発を行うクラウディオを経て、20年には代表の室伏と共にフルリモート会社である株式会社プログレスを創業し、取締役副社長に就任。現在は取締役として経営を行う傍ら、認定スクラムマスターとして複数のプロジェクトにおいてプロジェクト管理や推進を行う
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コロナ禍をきっかけに広まったリモートワークだが、最近は多くの企業で出社回帰の流れが本格化している。
そんな中、今なおフルリモート勤務を推奨し、総務省が選定する「テレワークトップランナー2023 総務大臣賞」を受賞したのが、システム開発や運用保守を手掛けるプログレスだ。
同社は2020年に「フルリモート×フルフレックス」の会社として設立され、現在は北海道から沖縄まで27都道府県で社員がリモート勤務を続けている。
テレワークの先進企業として国が認めた企業は、果たしてどのような取り組みを行なっているのか。
リモートワークは生産性や会社への信頼感が低下しやすいと言われるが、こうした課題は発生していないのか。
プログレス取締役の中山宗典さん、今年1月にCCOに就任した山田覚也さんに話を聞くと、フルリモートを続けるために努力を惜しまない同社の姿勢が浮かび上がってきた。
株式会社プログレス
取締役COO
中山宗典さん
2010年にアクセンチュアに新卒で入社しITコンサルタントとして複数のシステム導入プロジェクトに従事。スクラッチによるシステム開発を行うクラウディオを経て、20年には代表の室伏と共にフルリモート会社である株式会社プログレスを創業し、取締役副社長に就任。現在は取締役として経営を行う傍ら、認定スクラムマスターとして複数のプロジェクトにおいてプロジェクト管理や推進を行う
株式会社プログレス
社外CCO(Chief Communication Officer)
山田覚也さん
株式会社チームネクステージの代表取締役CCO。2024年1月に、プログレスの社外CCOに就任。ほかにも、名古屋工業大学の非常勤講師、叡啓大学のキャリアコーチ、明治学院大学 女子ラクロス部メンタル&コミュニケーションコーチなど、多方面でアドラー心理学をベースとした1on1コーチングに従事。経営者・組織長・管理職・医者・検事・プロアスリート・サッカーJ2監督・医大生など、コーチング実践はのべ3,000時間を超え、コミュニケーション研修やリーダーシップ研修、チームスポーツにおけるチームビルディングなどを得意としている。25年末までにあらゆる組織にCCOを導入し、30年末までに全ての高校と大学でコミュニケーションを必修科目にすることを目指し活動している
――そもそもなぜプログレスは創業時から「フルリモート×フルフレックス」の働き方を選択したのですか。
中山:理由は三つあります。一つ目はシステム開発とリモートワークの相性が良いこと。対面でなくても作業を進められるので、移動や通勤などの無駄な時間を省けば生産性向上につながります。
二つ目はIT人材不足への対応と採用力の強化です。身体や家庭の事情によって制限されない柔軟な働き方を採用することで、優秀なエンジニアを獲得しやすくなると考えました。
三つ目は創業の時期がコロナ禍で、感染拡大防止を目的として国や自治体がテレワークを後押ししていたという背景があります。
−−−−現在はコロナ禍も収束し、世間では出社回帰ムードが高まっています。その理由としてよく挙がるのが、「リモートワークは生産性やコミュニケーション効率が低下する」というものです。プログレスではこのような課題は生じていないのでしょうか。
中山:もちろん顔を合わせて仕事をしたほうがコミュニケーションコストは下がるだろうし、マネジメントもしやすいでしょうね。
それはわれわれも当然理解しています。だから全員が同じ場所に出社すれば、確かに仕事は楽になるかもしれない。
でも私たちは別にただ楽をしたいわけじゃない。
フルリモートはオンサイトより大変なこともあるが、それ以上にメリットがある。だからリモートワークの良し悪しを理解した上で、良い部分を最大限に高めてオンサイト以上の価値を出そう。
これがプログレスが大切にしている考え方です。社内に対しても「フルリモートが楽だからやってるんじゃない」とよく伝えています。
――オンサイトを上回るフルリモートのメリットとは?
中山:オンサイト以上にフルリモートの生産性が高まるのは、各自がやるべきタスクが明確になり、集中して考えたり作業したりする段階です。
急に話しかけられるといった邪魔が入らないので、いわゆる“フロー状態”を長く継続できる。一人一人がタスクに没頭し、組織全体でフロー状態を回すことが生産性向上につながります。
加えてマクロな視点で考えると、働く場所に縛られないことのメリットは非常に大きい。日本の人口減少がさらに進めば、一人のエンジニアが担うシステム開発や運用の負担は増大します。東京に一極集中で人材を集めるやり方では、いずれ限界が来るでしょう。
一方で、日本全国に目を向けると地方にも優秀なエンジニアはたくさんいる。フルリモートなら、日本中どころか世界中のエンジニアを集めることも可能です。
将来的に出社前提の働き方では日本のシステムを維持できなくなったとき、プログレスがフルリモートの先駆者として蓄積してきた知見を広く提供し、IT業界全体の生産性を高めるために貢献したい。
だからリモートに課題があるのは承知の上で、さまざまな工夫や取り組みでそれを改善し続けて「日本一のリモート開発会社」になる。
全員がプロフェッショナルな姿勢で仕事に挑み、なおかつ安心できる空気感のある組織を作りたい。それがわれわれの思いであり、プログレスの目指す姿です。
――フルリモートでオンサイト以上の価値を生み出すために、どのような施策を行なっていますか。
中山:先ほど話したように、リモートワークの代表的な課題として指摘されるのがコミュニケーションコストの増加です。この課題を改善し、全員が同じ方向を向いて最大限の力を発揮するために、プログレスでは独自の「コミュニケーションガイド」を策定しています。
これはリモートワークの心構えやリモートでプロジェクトを運営するためのアイデア、各種ツールの使い方などをまとめたもので、社内の全員が共有しています。リモートワークでコミュニケーションの課題が生じやすいなら、それを感じさせないようにみんなで努力する。そのためのガイドです。
――例えばどのような内容が記載されているのでしょう?
中山:コミュニケーションの前提となるのが、プログレスがバリューとして掲げる「前向き、感謝、受容」です。
●仕事を依頼されたら「はいか、イエスか、喜んで」の精神で前向きに受け取る
●お願いしたタスクが完了したら、依頼した人は大きく感謝する
●自分とは異なる立場や価値観の人から出された意見を否定せず、必ず一度受容する
ガイドではこうした心構えを明文化しています。
対面で仕事をしていれば、もし仕事を断られても相手の様子から「きっと今は忙しいんだな」と理解できるかもしれませんが、リモートで一度断られると次から頼みにくくなってしまう。
だから一度受け取って、自分のタスクが溢れてしまう場合は「喜んで引き受けます。だからこんなサポートをお願いします」とマネジャーなどに報連相して、作業量や納期を調整するのがプログレスのルールです。
このようにフルリモートだからこそ大切にすべきことは多々あるので、会社が推奨する行動や心構えをかなり詳細に記載しています。
――「リモートだからこそホットコミュ」「フレックスだからこそ即時レス」などの項目もありますね。
中山:相手の顔が見えないとテンションが下がりやすいとか、チャットの返信がなかなか返ってこなくてモヤモヤするといった状況もリモートワークにありがちなので、その対応策として記載しています。
「ホットコミュを心掛けよう」だけではフワッとしすぎるので、「同期/非同期どちらのコミュニケーションも通常以上のテンションで」「チャットは盛り上がっていることが通常と知る」といったレベルまで明文化しています。
チャットが盛り上がっていないと発言しづらくなり、自分一人で悩んだり、確認を取らないまま作業を進めて結局は手戻りが発生したりする。発言しにくい空気は間違いなく生産性を低下させます。
加えて重視しているのが、議事メモ作成の鮮度です。フレックスを許容している弊社ではちょっとした打ち合わせに参加できない人もいるかもしれません。それでも必ずその場の会話内容を記録し、全員で共有する。「議事メモは鮮度と事前準備が大事。みんなで書こう」を合言葉に、Google DocsやNotionなどの同期可能なツールを使って議事メモを作成します。
――Slackに記載する際のルールまで具体的に示しているのには驚きました。
中山:そうなんですよ。例えば「定型の『お疲れ様です』やメンション時のさん付けは不要」とはっきり決めています。あとは絵文字やスタンプの積極活用を推奨したり。
これも若手や入社して日が浅い人が「あいさつを省くと失礼かも」「絵文字なんて使っていいのかな」と悩まなくていいように、会社がルールとしてはっきり決めています。
こうしてコミュニケーションの方法を標準化すれば、新しいメンバーが入社した時もプログレスのカルチャーにすぐ馴染めます。
――会社がルールとして決めてくれれば、いちいち迷わなくていいので助かりますね。一方で、ルールが細かすぎて戸惑う人もいるのでは?
中山:はじめは細かいと思うかもしれませんが、プログレスではこれが当たり前になっていて、代表の室伏(勇二)も率先してスタンプを押したり議事メモをとるくらいなので、その様子を見ると新しく加わった人も自然にガイドの内容を実践するようになります。
改めてにはなりますが、私たちはプロフェッショナルとしてオンサイト以上の価値を出すことを目指しています。
だからコミュニケーションもプロとしての一つの仕事であり、報連相でも雑談でもいいので、さぼらず丁寧にコミュニケーションしようというのが基本的な心構えです。
「俺は陰キャだからチャットで盛り上がるとか無理」なんて言ってる場合じゃなく(笑)、これも仕事だからちゃんとやろうよってことです。
ガイドの内容はオンサイトならわざわざやらないことばかりなので、実践するのは面倒臭いかもしれない。でも面倒臭いことを丁寧にやるから正しくフルリモートを実践できるのであり、「日本一のリモート開発会社」になれる。私たちはそう考えています。
――フルリモートを円滑にする施策として、1on1にも力を入れているとお聞きしました。
中山:これまでも心理的安全性を高める取り組みとして1on1は実践してきましたが、さらなるレベルアップを図るため、今年1月にアドラー心理学をベースとした1on1コーチングで豊富な実績を持つ山田さんをCCO(Chief Communication Officer)として招きました。すでに新たな取り組みも始まっています。
山田:今年1月から始めたのが、CCOである私との1on1です。以前からプログレスでは対メンターのカジュアル1on1、対上長のチームリーダー1on1、CEOが全社員と話すCEO1on1を行なっており、相談する文化が根付いていました。
山田:そこにCCOとの1on1が加わることで、上司には話しにくいことやプライベートを含めた長期的なライフプランに関することなど、より幅広く相談してもらうことを目的としています。例えば若手エンジニアとの面談で「50歳になった時に自分はどうなっていたい?」といった、かなり先を見据えた将来のイメージを聞くこともあります。
中山:CCOを招いたそもそものきっかけは、私たち役員が山田さんの1on1を受けたこと。自分たちがやっていたものとは明らかに質が違っていて、「プロの1on1はこんなにすごいのか」と感動したんです。
私が1on1をする場合、相手の相談に対してつい答えを出したくなるのですが、山田さんは自分で答えを出せるように促してくれる。それが非常に心地よかったので、プログレスのメンバーやマネジャーにも同様の機会を提供して、1on1をより満足度の高いものにしたいと考えました。
山田:そうですね、私は相談に対して答えは出しません。1on1の目的は、本人が「自分はどうなりたいか」に気付き、その未来に向けて自ら目標を設定し主体的に行動できるようにサポートすること。私の1on1を受けたメンバーからも「目標が具体的になった」「答えをもらえると思っていたら、全部自分で考えていた」などの感想をもらっています。
他にもCCOとして階層別のコミュニケーション研修や社内コーチング人材の育成に取り組み、私が持つコーチングのスキルやコミュニケーション力向上のノウハウを社内に伝えることで、プログレスに関わる人たちの満足度と幸福感を高めていくのが私の役目です。
――コミュニケーションを円滑にするための施策は本当に手厚いですね。他にも力を入れている施策はありますか。
中山:人事評価制度の明文化です。プログレスが定義するプロフェッショナルとは「期待された仕事を、期待された納期までに、期待されたコストでやり抜く人材」であり、この基準をどれだけ満たしているかが人事評価に直結します。
そこで自分が何を期待されているのかを明確にするため、職種や職位ごとに詳細なジョブディスクリプションを作成し、評価軸や評点の指標もオープンにしています。
例えばマネジャーなら「プロジェクトを管理し、オンスケジュール・オンバジェットでプロジェクトデリバリーを行う責任を担う」など16項目の責任範囲を定義し、必要な技術や経験、知識もジョブディスクリプションに記載しています。
――これだけ詳細に人事評価制度を明文化する狙いはどこにあるのでしょう?
中山:世間一般では「リモートワークだとサボる人がいる」という話も聞きますが、「何をどう頑張れば評価されるか」を明文化すれば、仕事をサボってわざわざ自分の評価を下げようと考える人はいません。
人を大切にし、実力を正しく評価する制度があるからこそ、フルリモートかつフルフレックスという自由な働き方が許容されるというのがわれわれの考え方です。
プロジェクトや業務では評価しきれない貢献にも報いるため、プラスαとして加点評価指標も設定しています。売上や稼働率、さらには社内カルチャーを良くするための活動なども加点の対象です。
有志による勉強会を実施したり、全社的なイベントを企画したり、社内SNSを盛り上げてくれる人たちは、会社にとって本当にありがたい存在なので、きちんと評価する仕組みを用意しています。
――プログレスのようにフルリモートに関して先進的な取り組みをする会社がある一方で、世間ではリモートに適した環境や体制が整備されていない会社もたくさんあります。コミュニケーションのプロである山田さんから、エンジニア読者がリモートワークで生産性や会社への所属感を低下させないためにできることがあればアドバイスをお願いします。
山田: 大事なのは、個人と会社が双方向のコミュニケーションで「発言できる関係性」を作っていくことです。
個人の側は、何かあれば積極的に発言する。物理的な距離が離れているからこそ、相談したいことや気になることがあれば何でも口に出すことが重要です。
そして会社側は、その発言をしっかり拾って受け止める。シンプルですが、これが会社への所属感や信頼感を高めるのに最も有効です。
例えば「フルリモートだとこんな時に仕事がやりづらい」といった課題を口に出したとき、上司から「自分でなんとかしろ」と言われたら、もう何も言いたくなくなりますよね。
一方、プログレスでは経営層やマネジャーが「問題提起してくれてありがとう」と心から感謝するので、メンバーも改善策などのアイデアをどんどん出すようになる。会社への信頼感に加え、社員の主体性も育つので、非常に良い相乗効果が生まれています。
ただし発言できる関係性はすぐに作れるわけではありません。プログレスのようにマネジメント側が「何でも言っていいよ」と繰り返し伝え、発言してくれたメンバーには「ありがとう」を伝える。これを根気よく続けて文化として根付かせていくことが必要です。
中山:結局のところ「これさえやればフルリモートがうまくいく」という簡単な方法はないんですよね。フルリモートを継続するには、課題を改善し続けていくしかない。
コミュニケーションガイドや人事評価制度にしても、一度作ったら終わりではなく、その時々の課題に対応して内容を更新し続けています。
先ほど紹介した施策の他にも、リモート疲れの解消やリフレッシュのために業務とは関係ない出張を年3回まで認める「プログレッシブワーク」や、組織や社員の状況を客観的に把握するための定期的なサーベイなど、多様な施策を実施しています。
なぜこれほどの手間やコストをかけて様々な施策をやるのかと聞かれることもありますが、それはやはりわれわれが「日本一のリモート開発会社」を目指しているからです。
この目的を達成するためにできることは、「はいか、イエスか、喜んで」の精神でどんどんやる。それがフルリモートを継続する唯一の道だと確信しています。
文/塚田有香 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
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