客先常駐12年のベテランSEが明かす、“ちゃんと断れる関係”のつくりかた「いや、それ無理っす」
無理難題と思えるリクエスト全てに応えていたら疲弊してしまう。かといって断ってばかりでは何の解決にもならない。常駐先のクライアントとの関係に悩むSE/PGは多いだろう。
クライアントとの理想的な関係を築く上で、どのように振る舞うのが正解なのだろうか。Microsoft プロダクトを中心とした情報系インフラの構築、アプリケーション開発、システム保守・運用をワンストップで提供する独立系システムインテグレータ、日本ビジネスシステムズで12年のキャリアを誇り、クライアントから最も多くの支持を受けるという岸暢人(きし・のぶと)氏に、その極意を聞いた。
クライアントの悩みを自分ごととせよ
お客様からの信頼を得るにはどうしたらいいか。技術的な知識があるのはもちろん大前提ですが、それに加えて、お客様が抱えている悩みを理解して、それを自分の悩みにすることです。
お客様が自分たちを求めるというのは、何かしらに困っているからですよね。行動には必ず、目的がある。その目的を理解し、一緒の方向を見て解決に向かうことができれば、必ず信頼してもらうことができるはずです。
最初は、お客様もエンジニアをエンジニアとしてしか見てくれない場合が多いです。お客様はエンジニアに対してテクニカルなことを聞くだけ。エンジニアもそれにテクニカルに答えるだけ。そうした一問一答のような関係では、問題の解決には向かいません。
私も若い頃は、そこが全然見えていませんでした。お客様から言われたことに対して一生懸命に調べて回答はしていたのですが、テクニカルなことだけを答えても、いつまで経ってもそのやりとりが繰り返されるだけで、終わりが見えませんでした。それは、お客様がなぜそういう説明を求めているのかという、目的を理解できていなかったからです。
そのことに気付けたのは、ある時、お客様の打ち合わせに一緒に出たことがきっかけでした。長く常駐していると、打ち合わせに一緒に出てほしいと言われることがありますよね? そこでお客様が、自分が伝えた内容を元に説明している姿を見た時、「あの時自分が別の説明の仕方をしていれば、この場はもっとうまく回ったはずだ」ということに気付かされたのです。
これはいくつもの現場に常駐してみて分かったことですが、お客様は皆、複数の顔を持っています。例えば、我々が接する機会の多いシステム管理者さんも、システム管理だけをやっているわけではない。エンドユーザーに説明したり、他のシステム管理者とやりとりしたり、りん議を上げるために上層部と話したりと、色々な顔があるのです。
そうだとすれば、必要になる情報もその都度、変わってくるはずです。同じシステムについての説明だとしても、工場でPCを使うエンドユーザーに説明するのが目的であれば、画面の説明に特化した方がいいかもしれない。他のシステム管理者に対してであれば、認証の接続についてテクニカルに説明する必要があるでしょう。上層部に対してであれば、併せてスケジュールやコストの話を盛り込むとか、そういう必要があるかもしれない。
私自身そのことに気付いてからは、その先にある目的に沿った形で、というのを念頭に置いて話ができるようになりました。
目的が何かというのは、お客様と一緒に打ち合わせに出る機会が増えれば、次第に見えてくるものです。もちろん直接聞いてもいいでしょう。率先して一緒に考えてくれるというのを嫌がる人はいないはずですから。説明を求められる時というのは、お客様のその後の予定にはだいたい、エンドユーザーへの説明だとか、予算の締め切りだとか、何かしらのイベントが入っています。そういうところから推測して先回りするというのも、私が自主的にやってきたことの一つです。
信頼を得るのは一朝一夕にはいきませんが、こういうことを続けていくことで、お客様からの反応は目に見えて変わっていきました。打ち合わせに呼んでもらえる機会が多くなりましたし、それまでは一問一答だったやりとりが、「ユーザーさんに説明するんだけど……」という目的を共有するところから話してくれるようになりました。
そうやってお客様自身の意識も変われば、こちらとしても仕事がしやすくなりますし、無駄な手戻りがなくなって、時間を短縮することにもなります。こうした地道な積み重ねの結果、今ではお客様から直々に指名を受けて、プロジェクトにアサインされることも多くなりました。
目的が一致していれば、プロセスは納得してもらえる
次第に社内での信頼度も上がり、いわゆるトラブル案件、炎上したところを「頼む!」という形で任されることが多くなっていきました。あるプロジェクトでは、自分が任される前に何人もの担当者がいずれも短期で交代することになっていました。お客様からは「あれもやりたい、これもやりたい」と次々に要望がくるのですが、それを実現するだけの体制が整っていなかった。その全てに付き合わされて、潰れていったのです。
アサインされた私はまず、お客様の要望にとことん付き合うことにしました。こういうやり方は本当はよくないのかもしれないですが、私は断るのが苦手なたちなのです。全て付き合った結果、途中、失敗したこともたくさんありました。お客様から「もう担当を変えろ」と言われたこともありましたが、「いや、やらせてください」と、とことん食い下がりました。幸いにも最終的には良い結果が出たので、そうした積み重ねの末にいい信頼関係を築くことができたのです。
客先常駐の仕事では、確かに無理難題をふっかけられることも少なくありません。そうした無茶な要望を受けた時、我々はどうするのがいいのでしょうか。丁寧に断るべきなのか、それともとことん付き合うしかないのか。もちろん状況によるでしょう。自分のやり方も絶対的に正しいというわけではなく、今回はたまたまうまくいったというだけの話だと思います。
とはいえ、全て付き合うと言っても、やみくもに何でも言われた通りにやるというわけではないですよ。それではメンバーが倒れていってしまう。ここでも、お客様の目的が何かを把握するということが、やはり重要になるのです。お客様が望んでいることさえ分かれば、要は最終的にそこにたどり着けばいいわけですから、そのための方法は色々と提案できるはずです。
例えば大障害が起きた時に、「すぐにそのシステムを直せ」というのは無理という場合があります。でもよくよく考えてみると、こうした場合にお客様が第一に望んでいるのは、なるべく早くにサービスを復旧させることです。そのことに気付けさえすれば、代替するシステムによっていち早くサービスを復旧させ、その後、元のシステムに切り替えるという、無理のないやり方を提案することだってできるはずでしょう。
目的が一致してさえいれば、プロセスは納得してもらえるものなのです。だから、まずはお客様が解決したい問題が何なのかを見極めて、色々と提案しましょう、ということです。そして往々にして、お客様自身も、解決したい本当の問題が何なのかを理解していない場合は多い。そこを話し合いでちゃんと見つけてあげることができれば、必ず納得してくれるはずです。
もっとも、そうやって聞く耳を持ってもらえるのは、ある程度の関係ができているからこそではあります。ただ逆に言えば、ある程度の信頼関係ができてさえいれば、色々な提案をすることもできますし、場合によっては断ることだってできるのです。
先ほど、私は断るのが苦手なたちだと言いましたが、それは「申し訳ございません。それは無理です」とは言いたくない、という意味です。そういう言葉を使うときは信頼関係がまだ築けていない。そうではなくて、まずは「いや、無理っす」と気兼ねなく言えるような関係を作ることが、より大事だと考えているのです。
関係づくりは、自分の得意な形でなければ続かない
私は、仕事とプライベートの間に境目を作らず、人と人として接することが大事だと思っているので、常駐先のお客様ともパーソナルな部分まで包み隠さず接するようにしています。飲み会に誘われれば喜んで行きますし、一緒にサッカーの試合を見に行く関係になったこともあります。
この会社に入って今年で12年目になりますが、エンジニアとして入社した当初は、できれば技術1本で、と考えていた時期もありました。コミュニケーションについて考えるようになったきっかけは、先ほども申し上げたように、技術だけでは仕事がうまく回らないと感じる出来事があったからです。
でも、私が今なお、そうしたスタイルを継続しているのは、仕事上それが必要だからということ以上に、単純に人とコミュニケーションを取るのが好きだからというのが大きいと思います。やっぱり技術をとことん突き詰めたいと思えば、おそらくそちらへ進む道もあったはずです。
こういうことには得手不得手がありますし、どちらへ進むにしても、本心からそれを好きと思わなければ、おそらく長続きしないでしょう。だから、まずは自分は何が好きなのか、何に向いているのかということを考える必要があるだろうと思います。
今、私の右腕のようにして働いてくれている後輩は、自分よりもテクニカルなことに関心が強いタイプです。それでも彼はお客様とうまくやっていますし、私自身も彼と組むことで、仕事がとてもうまく回っています。自分の得意不得意を理解していれば、このようにして最適なパートナーやチームと組んで仕事をするというやり方もあるのです。
結局、大事なのはそうした志向の違いではなく、一つには、繰り返し言っているように、お客様が本当は何に困っているのかという目的を理解すること。もう一つは、それを実現するためにはどうすればいいかという、自分なりの考えを持っていることです。その2つがあれば、同じ方向を向いてディスカッションができる。エンジニアであろうが、マネジャーであろうが、必ず信頼を勝ち取れるはずだと思っています。
文/鈴木陸夫 撮影/羽田智行(編集部)
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